第2部
Leibstandarten SIEBENTZUG −またまた 護衛連隊 第7小隊ー
STAND ABLAZE
つづき・・・だってさ。
その日の夜、皆が寝静まった宿屋の裏庭で、ひとりだけ起きている者がいた。
ニートだった。
彼女は刀を手に、黙々と素振りに精を出していた。
無数の星と月明かりの下で、いつになく真剣な面持ちで、額に汗しながら。
それはまるで、何かに取り憑かれでもしたかのように、何度も何度も、繰り返し繰り返し、ただひたすら続けていた。
だがそこに威圧感とか緊張感といったものは感じられない。
どちらかというと、悲壮感めいた雰囲気が漂っている。
そこへタウが近付いてくる。
「どうした、眠れないのか」
「タウ・・・」
声を掛けられて振り向いたニートは素振りを止め、額の汗を拭って刀を鞘に収めた。
「別に・・・、そんなんじゃないわ・・」
そして近くにあった切り株に腰を下ろすと、遠く夜空を眺めた。
「お前、ずっと様子が変だぞ、何かあったのか?」
「そお? 別に、なんにもないけど・・・」
そう言いながらも、ニートは決してタウと視線を合わせようとはしない。
「そんなに山賊退治が嫌か?」
「そんなこと一言も言ってないでしょ。 あたしのことはいいから、気にしないで寝たら?」
「そうはいかん、この作戦では、我々の誰一人として欠けることは許されん。
お前が、冷静な判断と行動が出来ないと困るんだ」
ニートは俯いて、暫くの間黙っていた。
「あんたこそ、眠れないの?」
「ああ、心配なやつが一人いてな・・・、どうにも気になって眠れない」
タウのこの、持って回った言い回しがどうにも気に入らない、ニートは常々そう思っていた。
だがこれが彼の表現の仕方であり、自分の事を気遣ってくれているのだと分かっているから、今はそれをとやかく言う
気はない。
「別に・・・、ただね、思い出しちゃったのよ・・・」
そしてニートは、自分の過去を話し始めた。
ニート・エマンツェは、アルトヴァーレン伯爵領の片田舎にある、山間の小さな町外れの樵の家で生まれた。
幼い頃から活発で、しょっちゅう近所の男の子達と喧嘩をしては両親を困らせていたという。
そんなニートに、その後の彼女に大きな影響を与えることになる事態が発生したのは、彼女が7歳の時だった。
町の側にある山に山賊が逃げ込み、それを追って退治するため、領兵の騎士団が町にやってきたのだ。
剣を手に甲冑に身を包んだその勇壮な出立ちと、泰然自若として物怖じしない態度の男達の集団を見て、彼女は素直に
憧れた。
その翌日から、男の子供達の間でチャンバラごっこが大流行したのは言うまでもないが、その中心にいたのはいつも
ニートだった。
ほどなく彼女は、近隣の町の子供達にまで名が知れ渡る程のチャンバラの名手になった。
その後、町の教会が中心となって、山賊の出現に備えて自衛団を組織すべく、退役軍人を雇って町の住人達に戦闘訓練
をしてもらうことになり、彼女も勇んで参加した。
日を重ねる毎に腕を上げる彼女を町の人達は頼もしげに眺め、この少女剣士を知らぬ者はいなくなった。
人生の転機は突如として現れる。
その日もニートはいつものように学校帰りに町の教会に出掛け、剣の訓練に勤しんでいた。
そこへ、一人の町衆が慌てて駆け込んできて、こう叫んだ。
「さ、山賊だ! 山賊が出たぞ!!」
しかもニートの家のある地域らしい。
不安が過ぎった。
ニートは急いで自宅へ向かって走り出した。
家には母親が一人で、樵の仕事に出ている父親と、学校へ行っている自分の帰りを待っているはずだ。
あるいは、仕事を早く終えた父が先に帰っていれば・・・、などと考えながら、しかし不安は払拭出来ない。
彼女は走った。
脇目も振らず、周りの人々の止める声も聞かず、ただただ走った。
<待ってて、お母さん・・・>
そして、目に映ったのは、この世のものとは思えない惨状だった。
家という家は破壊され、焼かれ、立ち上る炎と黒煙が空を覆い、太陽を隠している。
人という人は女から老人、子供に至るまで全て殺されていた。
まさに地獄絵図だった。
彼女の両親は・・・、願いは届かなかった。
燃え盛る家の玄関の前で、母親が・・・、そしてその上に覆い被さるように父親が倒れていた。
夥しい量の血の海に取り囲まれて。
ニートはその光景を前に立ち尽くした。
何がどうなってこうなったのか理解出来ずに、ただ呆然と立ち尽くした。
後を追ってきた町の人が静かに彼女の肩に手を置いた時、やっと我に返ってその場にへたり込んで、そして泣いた。
泣きじゃくった。
涙が枯れ果てるまで、いつまでも、いつまでも泣き続けた。
その悲痛なまでの叫びを聞いた人々は、幾日もその声が耳から離れなかったという。
一生消えることのない心の傷を負ったのは8歳の時だった。
そしていつしか彼女は、両親が死んだのは自分のせいだと思い込むようになった。
自分がもっと強ければ両親を死なせずに済んだ、そう思い込むことで、何処にぶつけたらいいか分からない怒りと
耐え難い悲しみを自分の中に押し込めようとした。
身寄りを失ったニートを引き取ったのは、その後山賊の掃討に訪れた領兵騎士団の団長、トロイ・ベーレンシュタルク
という男だった。
トロイ・ベーレンシュタルクは若くして領兵騎士団の団長となった、騎士(der Ritter)の称号を持つ
英雄であり、誰しもが憧れる有名人であった。
ニートは彼の元、アルトヴァーレン伯爵領の領都ナシュカッツェで暮らしながら剣の修行を積むことになる。
トロイはニートを養子にしようと思ったが、彼女は養子になることを頑なに拒み、両親の姓たるエマンツェの名を
決して捨てようとはしなかった。
その頑固なまでの強い意志に感心したトロイは、それ以降養子の話は一切しなくなったが、2人はそれこそ親子同然の
ように深い絆で結ばれていった。
次第に元気を取り戻して行った彼女は、トロイの指導の下剣術の修行に明け暮れ、その上達ぶりは教えているトロイ
本人でさえ驚くほどだった。
12歳でトロイの弟子として騎士団の訓練に参加するようになると、いつしかその名はアルトヴァーレン伯爵の耳
にも入るまでになっていた。
そして14歳の時、史上最年少で領兵の予備役として採用される頃には、領兵の中でも最強を誇る騎士団でさえ敵う者
がいなくなる程のレベルに達していた。
だが悲劇は繰り返される。
今度は、山賊討伐に出陣した騎士団が敵の罠に落ちて壊滅的打撃を受け、その中でトロイが戦死したのだ。
英雄の死という現実に、アルトヴァーレン伯爵は山賊の撲滅を決意し、全領兵を挙げて一大山賊討伐作戦が決行される
ことになった。
復讐に燃えるニートは率先して参加した。
もはや、ただ泣いているだけの少女ではなくなっていた。
「泣いているだけでは何も解決しない」というトロイの言葉を思い出しながら、彼女はその思いを剣に乗せ、その活躍
ぶりは文字通り苛烈を極めた。
ある戦闘に於いてなど、戦闘後、部隊に同行している記録係に自分の戦果を報告する際、ニートが口にした言葉は、
「覚えてないわ」の一言だったという。
自分の戦果を記録として残すのは、後に受け取る報奨金の額を正確に算定する論功行賞のために必要な事なのだが、
その時の彼女にとってはどうでもいいことだったのだ。
後に、一緒に戦闘に参加していた同僚が、彼女が斬ったのは9人だったと証言を残している。
結局、数ヶ月に渡って続けられたこの作戦で、彼女が殺した山賊はなんと48人を数えた。
これは驚くべき数字で、千数百名いる全領兵の中でももちろん最多である。
しかし、何人山賊を殺しても、彼女の心の中の傷が、悲しみが癒えることは決してないのだと思い知らされた。
こうしてニートは、わずか15歳にして名実共に領兵内で最強と、誰もが認めるところとなった。
そして、未亡人となったトロイの妻と、アルトヴァーレン伯爵のたっての希望で、ベーレンシュタルク家の名を継ぐ
ことを決意し、本名をニート・エマンツェ・ベーレンシュタルクと改名した。
ただし本人はその長ったらしい名前を嫌って、普段は昔のままニート・エマンツェと名乗っている。
彼女が護衛連隊の選抜トーナメントへ参加する意思を表明した時、アルトヴァーレン伯は中々承諾しなかったという。
選抜トーナメント参加に際して、彼女が伯爵の推薦状を持参していたため、伯爵が勧めたように思われがちだが、
実際はその逆だった。
アルトヴァーレン伯は温厚で柔和な老人で、ニートと面識を持つようになってからは、彼女を孫のように可愛いがって
いた。
手元に置いておきたかった、というのが伯爵の偽らざる気持ちなのだ。
だがニートは、護衛連隊への志願を取り下げなかった。
それは、領兵として生き続ける限り、山賊との関わりを絶つことが出来ないから、というのともう一つ、もっと強く
なりたい、もっと強くなって世界最強になりたいという野心も持っていた。
タウは絶句した。
ニートにこんな壮絶な過去があったなんて、思いもよらなかった。
たった16年の人生の中で、2度も親、両親と養父を殺され、しかもその両方が山賊がらみだったとは。
ここまで山賊に翻弄され続け、人生を狂わされ続けた人間を、彼は他に知らない。
それをこの16歳の少女は、その大きくもない背中に背負いながら生きているのだ。
一体どれだけ泣いて過ごして来たのだろう。
どれだけ悪夢に魘されて眠れない夜を過ごして来たのだろう。
どれだけ孤独感を味わったのだろう。
彼女が山賊に対して特別な感情を抱くのも無理もない、というよりむしろ当然というべきなのだ。
タウは、たいした紆余曲折もない、ある意味平凡な27年間の自分の人生と比較して自分を恥じた。
「そうか・・・・・・、そうか、すまなかった・・・、余計な事を思い出させてしまったな・・・」
「いいわよ、別に・・・、でも話したらなんかスッキリしちゃった」
そう言いながら顔を上げ、空の星を見上げるニートの横顔は笑っていた。
久しぶりに見る笑顔だった。
どこかさっぱりしたような、ふっきれたような顔にも見える。
しかし、その目からは大粒の涙が止めどなく流れて、月明かりに光っていた。
とはいえ、いつまでも感傷に浸っている訳にも行かない。
ニートがどんなに悲惨な過去を背負っていようとも、この作戦から彼女を外すことなど到底出来ないのだ。
タウは意を決して冷静にニートに話しかける。
「このまま放っておけば、お前のような思いをする子供が増え続けるんだ、分かるな」
「わかってるわよ、ちゃんとやるから心配しないでよ」
「そうか・・・、分かった、当てにしてるからな」
どうやらニートも覚悟を決めたようだ。
そう感じたタウが、背を向けて立ち去ろうとすると、ニートが呼び止めた。
「あ、タウ」
「なんだ?」
「誰にも言わないでよね、今の話」
「ああ、お前が泣いたこともな」
「言ったら絶対ブッ殺すわよ!(赤)」
タウは改めて確信した、この子は強い、と。
そして2日後、準備は全て整った。
いよいよ作戦開始の朝が来た。
宿屋の前には、綺麗に設えられた幌付きの荷馬車が停められ、休養十分で世話の行き届いた馬も頗る元気そうだ。
普通の人にとってはただの日常的な朝の風景も、澄んだ空気も、小鳥の囀りも、ここの関係者にとっては何か特別な、
そう、このウナギの蒲焼きのような香ばしい特別な匂いが・・・・。
「って! なんでウナギなのよ! しかも蒲焼きぃ!」
ニートが、朝の風景にあまりに不釣り合いなそのウナギの蒲焼きを指差して怒鳴る。
「何を言うかニート、これこそが俺達の秘密兵器なのだ」 パタパタ
平然と答えるタウ。
「だからなんでそれがウナギなのよ! しかも蒲焼きぃ!」
「蒲焼きは嫌いか?」 パタパタ
「いや、そういう問題じゃなくて!」
「山賊を誘き出すには最適だとは思わんか」 パタパタ
「なに言ってんのあんた、意味わかんない!」
「お、ウナギか、いいねー、朝からうな丼か?」 パクッ!
「ヴィリー!横から食うな!」
「あにおほっへんら、へめー」 ハフハフ
「食べながらしゃべるな!」
「いいかニート、よく考えろ。
山賊達は、峠を通る商人達がいなくなって、つまり獲物がいなくなって困っているはずだ。
たまに通っても、堅固な護衛付きでは手も出せない。
だが生きるためには食わねばならない。
食べ物は山でも手にはいる。
熊や鹿、兎や狸など、肉はいくらか手を掛ければ容易に手に入るし、山菜もある。
或いは山の一部を開墾して野菜を栽培しているかも知れない。
だが、魚はどうだ?
小川があれば多少なりとも川魚は捕れるだろうが、一年中捕れることはない。
川魚は季節や成長に応じて生活場所を移動するものもいるし、なにより数と種類が少ない。
毎日の食卓で、魚介料理のない日など考えられるか、いやない!」 パタパタ
作戦を前に昂揚しているのか、いつになく力説するタウ。
「そお? あたしは平気だけど」
「オレも、肉があれば後は要らねー」 モグモグ
「ばかを言うな、魚のない食事などあり得るか」 パタパタ
「タウ、あんたオヤジくさいわよ、まだそんな歳でもないくせに。
だいたい山賊があんたと同じ魚好きとは限らない、っていい加減パタパタすんな! 煙たい!」
「我慢しろ、ウナギはこうやって七輪で、団扇で扇ぎながら焼くのが鉄則なんだ」 パタパタ
「どっからそんなもん持ってきたのよ!」
「これは村の人達が提供してくれた。
ちなみにウナギは村長自ら川で釣ってきてくれたものだ、天然ものだぞ。
そしてこれが、俺の書いたレシピをもとに、村の婦人会で二日間煮込んで作ったタレだ」 ドン!
「タレまであるんかい!」
「当たり前だ、タレをつけなきゃ白焼きだろ、ここはやっぱり蒲焼きでないといかん。
本当はウチの女房が作ったタレがあれば最高なんだが、あいにく持ってきてないんでな、それが残念だ」
タウは既婚者であり、愛妻家である。
「またカミさんの自慢話か、そこまで言うんならいっぺんその料理食わしてみろってんだ」
「いやだ。 誰がお前なんぞに食わせるか。
よし、いい具合に焼け始めた、そろそろ出発するぞ」
「ホントに大丈夫かな〜、こんなんで・・・」
かくして、一行は峠へ向けて馬車を動かした。
いろんな意味で不安を抱えて。
出発してすぐ、空の雲行きが怪しくなってきた。
御者席に座り、馬の手綱を持つクラトラーはドキドキソワソワ、何もしないうちから汗をかいて周りをキョロキョロ、
見るからに不安でいっぱいな様子。
クラトラーはタウの要請した通り、村の人達が用意したいかにも商人風の服装をしているが、あまり似合っている
とは言い難い。
それが峠に差し掛かると、さらに恐怖感がプラスされて、もはや心臓バクバクで今にも破裂するのではないか、と
思えるほどに激しく鼓動し始めた。
タウが荷台の中から、幌の隙間をちょっと開けてクラトラーに話しかける。
「大丈夫ですよクラトラーさん、あなたに危害が及ぶことはありません。
私が保証しますから、心配しないで下さい。
それより、馬の様子に変化があったり、周りに異変があったりした時はすぐに声をかけて下さい」
「わ、わ、わ、分かっただス・・・・(汗)」
幾分落ち着きを取り戻した様子のクラトラーを見て、タウは再び幌の中に姿を隠す。
「ホントに大丈夫か? あのおっさん」
「心配ない、あの人なら上手くやってくれる。
それに、これから俺達が出会う山賊は人を襲わない、狙うのは積み荷だけだ」
「それより、早くなんとかしてよ、この煙・・ゲホッ」
ニートが文句を言うのも至極当然。
幌の中はウナギを焼く煙が充満して真っ白になっていて、目の前の視界すら遮られる状態で、耐え難いほど煙たい。
「よし、そろそろいいだろう。
アイヒ、後ろの幌を少し開けて煙を外へだしてくれ」
「ハ〜イ」
荷台の後方に座っているアイヒは幌を半開きにして、手に持っている団扇で煙を扇いだ。 バタバタ
「ちょ、ちょっとアイヒ、ちゃんと外向けて扇いでよ・・・ゲホゲホ」
「あははは、おもしろ〜いゲホゲホッ・・」
「やってる自分が噎せるなっ!ゲホッ」
煙が外へ出始めると、タウはウナギにタレを塗り始めた。
ジュワーッという音と共に香ばしい香りがたちこめ、それが煙に乗って外へ流れ出して行く。
荷馬車は少しずつ、大木が立ち並ぶ峠の奧へと向かって行く。
ウナギの蒲焼きの甘く香ばしい香りを振りまきながら。
この期に及んでもなお、ニートは信じられないでいる。
「本当に引っ掛かるの?こんなんで」
それに反してタウは絶対の自信を持っている。
「釣れる、必ず釣れる。 これで釣れなきゃ、やつらは人間じゃない!」
「断言しちゃったよ、この人・・」
その時、御者席の方から震えた声が聞こえてきた。
「ぐ、ぐ、ぐ、軍曹さん・・・・(汗)」
「どうした!? クラトラーさん!」
「う、馬の様子が・・・、お、おかしいだス・・・(汗)」
「何!? 馬が!(汗)」
全員に緊張感が走る。
幌の隙間から覗くと、確かに馬の様子が変だ。
頭を左右に振りながら、鼻をフガフガ・・・。
「って、ウナギの匂いに釣られちゃってるんじゃん! 馬釣ってどうすんのよ!」
それを聞いてアイヒがキョトンとする。
「え? 馬でウサギさんを釣るんですか?」
「釣らない! って言うか釣れない! どうやって釣るのよ!」
タウがニートを止める。
「しっ、静かにしろ。
どうやら釣られたのは馬だけではなさそうだ」
タウは、道の両側にそそり立つ大木の足元に広がる藪の中の変化を見逃さなかった。
静寂・・・。
聞こえるのは馬の蹄と車輪、馬車の軋む音だけ。
パッと見はいたって普通の山の風景なのだが・・・。
「近いな・・・。
みんな準備しろ、クラトラーさんは、連中が現れたらすぐ馬車から飛び降り、村の方へ走って下さい。
ニートは万一に備えて、クラトラーさんが安全な所に行くまで後に続け。
アイヒは馬車で待機、ヴィリーは・・・、好き放題に暴れて構わんが、深追いだけはするな」
「よっしゃ! 待ってましただぜ、その言葉!」
1分経過・・・。
2分経過・・・・・・。
3分経過・・・・・・・・・・・・・変化なし。
ヴィリーが痺れを切らしたその時、「うぉりゃー!」「でやー!」などという野太い叫びと共に、道の両側から複数
の山賊が勢いよく飛び出してきた。
それを見たクラトラーは慌てふためいて声を上げた。
「うわっ! 出た! 出ただー!!(汗)」
そして馬車を飛び降りると一目散に、今来た道を戻って走り出した。
それを合図に一行は即座に反応、荷台の幌を開けて真っ先にヴィリーが飛び出し、近付いてきた山賊の一人を斬り
つけた。
「とりゃー!」 ズバッ!
続いて飛び降りたニートが、クラトラーの背後をフォローして走り出す。
タウは荷馬車の前方から幌の外へ出ると、空になった御者席の上から走り寄る賊に向かって剣を振るう。 スパッ!
突然飛び出した剣士に驚いた残りの賊達は、慌てて大声を上げながら逃げ出す。
「わ、罠だっ! 罠だー!」
「退けー!」
タウが後方に向かって叫ぶ。
「ヴィリー! 逃がすな!」
「任せろ!」
ヴィリーは敵を追って山へ突進。
タウもまた、散り散りになって逃げる賊を追って山へ入って行く。
山へ入ってすぐ、ヴィリーは後ろに人の気配を感じた。 ガサガサッ!
「!」
すると、前にいた、逃げていた賊の男も立ち止まって振り返った。
汚いヒゲ面が不敵な笑みを浮かべている。
どうやら挟撃する気のようだ。
山賊達もバカではない。
返り討ちに遭った時のために、普段から準備は怠りなかった。
それぞれバラバラに逃げれば、追ってくる敵もまたバラバラにならざるを得ない。
そうして山の中へ誘い込んでおいて、一人になった敵を回り込んだ仲間と共に挟み撃ちにしてしまおうという考えだ。
ヴィリーはまんまとその策に嵌められた形になった訳だが、当のヴィリーにとってはどうでもいい事だった。
ヴィリーはとにかく勝手放題に暴れまくりたいだけで、それに文句をつけるような仲間など、いてくれない方が都合が
いいのだ。
ヴィリーを前後から挟んだ賊は、剣を手に身構え、じりじりと間を詰めてくる。
だがヴィリーは全く動じない。
萎縮するどころか、逆に全身の血が沸き立つような興奮に包まれていた。
いきなり前にいる男が、剣を振りかざして斬りかかってくる。 「うおーっ!」
だがこれが威嚇であることは、ヴィリーにはお見通しだった。
ヴィリーは剣を真っ向から剣で受けることはせず、サッと身をかわし、男が振り下ろした剣を受け流すようにして、
その剣と同じ方向に向かって力まかせに自分の剣を振るう。
「うぉりゃっ!」 ガキッ!
男の剣は、ヴィリーの剣に押されて勢いを加速され、近くの木の幹に当たって食い込んでしまう。「うわっ!」ガシ!
ヴィリーはそのままの勢いで体を半回転させ、背後から斬りつけようとしていたもう一人の男に斬りかかる。 ブン!
後ろにいた男はヴィリーの素早い動きに反応出来ず、右の脇の下辺りを斬られてしまう。 ズパッ!
「うわぁー!」
更に体を半回転させたヴィリーは、手前にいた男に向かって剣を振り下ろす。 ビュンッ!
幹に食い込んだ剣を手放すことで、辛うじてヴィリーの攻撃をかわした男は、剣を残して手ぶらで逃げだした。
「うわーっ!(汗)」
「バカめ! このオレ様を斬ろうなんて100万年早いってんだ! 待てこのヤロー!」
勢いに乗ったヴィリーは男を追いかけて山の中を奧へ、藪を飛び跳ねるように怒濤の如く突き進んで行く。
普段から高言しているだけあって、さすがに隊員選抜トーナメント8位の成績は伊達ではない。
体を一回転させる間に、挟撃する2人の男を迎撃する離れ業を演じて退けた。
ヴィリーはこうした単独戦に於いてこそ、その本領を発揮させる。
そもそも、敵を分散させて各個撃破するというのは、用兵学上の基本戦術の一つであり、敵の戦力を削ぐには有効な
手段ではあるのだが、こと第7小隊に対しては、この戦法は全くもって意味を為さない。
第7小隊のメンツ、特にヴィリーには、仲間同士による連携など始めから念頭にない、個人プレー主体なのだから。
一方、クラトラーの後方を警戒していたニートは、クラトラーが無事に山の麓まで逃げ延びるのを確認すると、踵を
返して荷馬車のある現場へ急いで走っていた。
近付くにつれて聞こえてくるアイヒのキャーキャー叫ぶ声。
「!、アイヒ!(汗)」
アイヒが山賊に襲われている!、そう思うと、ニートの脳裏に忌まわしい過去の光景が蘇ってくる。
「待っててアイヒ、今行くから・・・、絶対死んじゃダメよ!(汗)」
アイヒは、タウから強力な破壊魔術の使用を堅く禁じられていた。
微弱な電撃等は認められたが、だがその程度では荷馬車を取り囲むように藪の中に潜む7、8人の山賊を相手にする
には不十分であると言わざるを得ない。
一人ぼっちになって心細くなってしまったせいか、完全に萎縮してしまって、いつものアイヒらしい溌剌とした
動きは影を潜めて、ビクビクしているように見えた。
賊達は、それぞれ藪の中をガサガサ音を立てながら移動し、その都度アイヒはキャーキャー言いながら電撃を放つの
だが、致命的損傷を与えるには至らない。
それを延々繰り返すのだ。
最初のうちは的確に賊を捉えていた電撃も、アイヒに疲れが見え始めると次第に狙いを外すようになり、威力も
落ちてくる。
賊達はそれを待っていた。
魔術を駆使する者を相手にするには、無駄に魔力を浪費させ、疲れさせるのが最も賢い方法である。
もともと持久力に問題があるアイヒにとっては、最悪の事態と言ってもいい。
今のアイヒには、もはや敵の動きを目で追うことすらかなわない。
その愛らしい顔にも、誰が見ても分かる程、疲労の色が濃く反映されてきていた。 ハァハァ・・・・(汗)
そして、敵の動きを追って振り返った時、足が縺れて転びそうになる。 フラ・・・
「あっ・・・・(汗)」
その時、それを待っていたかのように一人の賊が藪の中から飛び出し、アイヒに向かって剣を振り下ろす。
「どりゃーっ!」 ブン!
「キャーッ!(汗)」
その場に倒れ込むアイヒ。
まさにその瞬間、反対の藪の中から黒い物体が目にも留まらぬ速さで飛び出すと、賊に体当たりした。 ドンッ!
「ぐわぁっ!」
妙な声を上げて倒れ込む賊の男、その体の上には一匹の狼が!
狼はものの見事に男の喉に喰らい付いており、その鋭利な牙を深く突き刺しながら、周りに潜んで攻撃のタイミングを
計っていた他の賊達へ、鋭い目を向け威嚇している。 ガルルル
「ワンちゃん!」
アイヒは思わず声を上げた。
その狼はあの時、スライムに襲われて瀕死の状態だったところをアイヒによって救われた、あのワンちゃんだった。
スライムに群れの仲間を全滅させられ、天涯孤独の身となったワンちゃんは、縄張りを捨て、命の恩人であるアイヒを
慕って、匂いを頼りにここまで追ってきたのだ。
九死に一生を得るとはこのことか。
アイヒはワンちゃんに駆け寄って、縋り付くように抱き締めた。
「ワンちゃん、ワンちゃん! うぇ〜ん(泣)」
それでもアイヒの危機に変わりはない。
突然の狼の出現に驚き、タイミングを逸した賊達は、ヒュッという口笛の合図のもと、ここぞとばかりに一斉に藪から
飛び出してアイヒに襲いかかってきた。
これではワンちゃんも太刀打ち出来ない。
しかし、一度失った好機は戻らない。
そこへ絶好のタイミングでニートが駆け付けたのだ。
「アイヒーッ!」
ニートは一番近い男に向かって斬りつける。 ビュンッ!
「うぉわっ!」っと男は間一髪でそれを避けたはず・・・、なのだが、スパッ! 「ぐえっ!」
男の体は真っ二つに切断された。
唖然とする賊達(汗)。
「フン」
ニートは不敵に笑うと、すぐに次の男に照準を合わせてダッシュ!
「うわぁっ!」
狙われた男は慌てて逃げ出そうとするが、ニートの刀には間合いを詰める必要がない。
狙いを定めて振り抜けば、たとえ10m離れていようがお構いなしに両断する。 ズパッ! 「ぐわっ!」
これは、彼女の持つ魔剣ヴィンデスアイルが、風を操る魔術を封じ込められている刀だからであり、言わば鎌鼬を
飼っているようなものなのだが、この時はまだ誰もそれを知らない。
しかもその威力は、ニート自身の精神力によって大きく左右されるのにも拘わらず、彼女は全く気にしていない。
「アイヒに手出したらタダじゃおかないわよ!」
そう叫んで道の真ん中で仁王立ちするニートの、それは決意表明だったのかも知れない。
もう二度と、あんな思いはしないという。
「な、なんだこの女・・・(汗)」
「けっ、構うこたぁねえ! 一斉にかかるぞ!」 ダッ!
ここからは圧巻の一言に尽きる。
男達に取り囲まれるニート、数の上では圧倒的に不利な状況にあるにも拘わらず、鍛え上げたその腕と魔剣の力で、
道の側に生えている大木もろとも賊を片っ端から斬り捨てていく。
力の差は歴然としていた。
これではまるで大人と子供の喧嘩の如くだが、ニートに容赦はない。
それこそ無慈悲なまでに冷徹に。
男達はニートの身軽な動きに対応しきれず、攻め倦ね、逃げ惑い、そして斬られ、息絶えていった。
雨が降り出していた。
タウが山から下りてきた時、目にしたのは道一面に広がる血の海と、そこに横たわる複数の山賊の亡骸だった。
それとその海の直中で、雨に打たれてひとり佇むニートの姿だった。
「よくやったなニート、大丈夫か?」
「別に、なんともないわ」
タウが声をかけると、ニートはまるでタウを無視するように平然とした顔で刀を鞘に収めた。 カチャ
そして荷馬車の中に退避しているアイヒのもとへ向かう。
その横顔の、頬を伝うのは雨か、涙か。
「アイヒ、大丈夫?」
「はい、ありがとうございます」
「あれ? これは・・・ワンちゃん?」
「ハイ、助けにきてくれたんです!」 ワン!
「へえ〜、すごいねワンちゃん」(撫で撫で)ワン!
そこへタウがくる。
「お、これはあの時の狼か?」
「ハイ」 ワン!
「命の恩人なんですってよ」
「そうか、じゃあしっかり面倒見てやらんといかんな、アイヒ」
「ハ〜イ」
3人が待つ荷馬車へヴィリーが戻って来たのは、それから暫く経ってからだった。
「うへー、ずぶ濡れだぜちきしょー」
「お、ご苦労だったな、成果はどうだ?」
「へへ、3人始末してやったぜ。 お前はどーなんだ、ニート」
「あたし? 6人よ」
「ケ・・・、ケッ! オレだって雨が降らなきゃあと2,3人くらい・・(汗)」
「いいや、それでいい、深追いは禁物だ。 全員揃ったから、一度村に引き返すぞ」
「なに? 山賊はまだ全滅してないぜ」
「いいんだ、当初の目的は達成した。 後は出直してからだ」
村へ戻ると、村人が総出で出迎えてくれた。
それはそれは一行が驚く程盛大で、村長などは祝宴を挙げるとまで言い出す始末。
しかしタウは、作戦は継続中であると言い、宴会を断った。
その日の夜、食堂で少し豪華な夕食をとる小隊のメンバー、とワンちゃん。
ここ数日、減退ぎみだったニートの食欲が復活した。
ニートはその小柄な体格に似合わず大食で、普通に2,3人前は食べる。
この日も3人前をペロリとたいらげた上に、アイヒと一緒にデザートのプリンまで口にした。
驚いたのは食堂の主人。
「姉ちゃん、すげー食欲だべな」
「そお? これくらいいつもだけど」 ぱく
「いやー、ワスも長いことこの商売やってっけど、こんだだいっぺえ食う人なんざ、男でもそうそういねえだべ」
ヴィリーが茶化して言う。
「気にすんなじいさん、こいつは胃袋を5つ持ってんだ。 燃費の悪さだけは天下一品だぜ」
「人を牛みたいに言うな!」
「今“強欲な壺”が発動中なんです」
「アイヒ、あんたまで・・・(汗)」
そこに、バナールを先頭にブレートマン騎士団(?)が入ってくる。
バナールが小隊の労をねぎらい、第一声を上げる。
「みなさん、今日はご苦労様でした。 全員無事でなによりです。 首尾はいかがでしたか?」
タウが答える。
「私の分と合わせて、全部で11人退治しました」
「それはすごい! 賊の半分以上ですね」
「ただ、首領のダウスは取り逃がしたようです。
ですがまあ、これで組織だった行動は不可能になったと思っていいでしょう」
「そうですね、恐らく残っているのは5,6人くらいでしょうから」
それを聞いたナウケが念を押すように口を挟む。
「つまり、奴等が反撃してくることはないと言うのだな」
自分は何もしていないのに、やけに偉そうな態度だが、タウは気にせず答える。
「その可能性は低いでしょう。
ただでさえ少ない人数で、しかも地の利のある山を下りるとは考えにくいですから」
「では、奴等はどう動くとお考えですか?」
「恐らく、暫くは山の奥に籠もるでしょう。
奴等は相当警戒心を強くしているはずです。
できればそのまま山を離れてくれればいいのですがね」
「まったくですね」
その日は久々の実戦ということもあり、小隊のメンバーは皆疲れていたので、今後の作戦の立案と展開は翌日という
ことになった。
そして翌日、再び食堂に集結した第7小隊とブレートマン騎士団(?)の面々は、次なる作戦を立案するための会議を
開いた。
進行役のバナールが挨拶もそこそこに話し始める。
「皆さん昨日は大変お疲れ様でした。
さっそくですが、今後の方針を、軍曹さんの方からお聞かせ下さい」
指名されたタウが答える。
「まず・・・、暫くは動かないことですね」
「動かないだと?」
ナウケが不満げな顔をする。
「そうです、というか動けないと言うべきでしょう」
タウはサラッと受け流す。
「何故だ、何故動かぬのだ?
折角第一陣を成功させたというのに、ここはその機に乗じて一気に攻勢に出るべきではないのか。
今こそ敵を殲滅すべき時ではないか!」
「それは出来ません。
敵は更なる攻撃を警戒して山の中にトラップを仕掛けている、と考えるべきでしょう。
山へ入るのは得策とは言えません」
「では、どうせよと言うのだ?」
「ですから今は動かぬことです。
敵を倒すには誘き出す以外に方法はない、しかし同じ手に二度もかかる程、敵も愚かではない。
別の戦術を使うにしろ、少し間を置かねば徒労に終わる公算が強くなるだけです」
「そんな及び腰でよいのか! 機を見るに敏となすという言葉もあろう!」
タウの素っ気ない態度が気に入らなかったのか、ナウケはやけに食い下がる。
そんなナウケに嫌気が差したニートが言う。
「だったら一人でやんなさいよ。 あんた何もやってないんだから」
その冷たく突き放すような一言にナウケは言葉を失う。
「う・・・・(汗)」
代わってタントが声を上げる。
「小娘! 言葉を慎まんか!」
ナウケが慌てて止める。
「いいんだ、爺、この人の言う通りだ・・・」
ニートの一喝で、意気消沈したナウケは素直に引き下がった。
バナールが提案する。
「敵の警戒心を逆手に取る、という方法はありませんか?」
「方法はあるのでしょうが、それには人手が必要になるでしょうね。
それも周到に訓練された人手が。
この人数では、とても無理です」
「やはり、だめですか・・・」
「そこで別の方法はないかと色々考えているのですが、ここで問題になるのは、もう一つの凶悪なグループの方です」
「そうか、もう一つグループがあったんですね」
「どうせならいっその事、この2つのグループを同士討ちさせることが出来れば、と思ってるんですがね」
「なるほど、同士討ちですか、それは名案ですね」
「2つのグループは、それぞれ襲撃の方法が違うという話がありましたが、そもそも何故一つの峠に複数のグループが
存在するのか。
つまり、元々は一つの集団だった物が、何かしら意見の食い違いを起こして分裂した、と考えれば合点がいきます」
「要するに、2つのグループは仲が悪いと」
「そうです。
もし、お互いに争っているのであれば、上手くそれを利用出来ないものかと思ってるんですが、具体的にはまだ何も
考えていません」
「素晴らしい! 成功すれば一石二鳥ですね」
「しかし、昨日の今日ですからね。
いずれにしろ少し間をおかないと、どんな作戦も功を奏すことはないでしょう」
タウとバナールがそんな会話をしている時、同席している村長と宿屋の主人が2人でボソボソ何かを話していた。
「そろそろ定期便がくる頃じゃな」
「そうだべな、もうすぐだべ」
タウがそれに気付いて聞き返す。
「定期便?」
「んだ、月に1回、港に荷揚げされた品物を運ぶ荷馬車が、峠を通ってくるだ」
「峠を? では護衛付きですね」
「んだ、なにせ金銀宝石やら高い服やら、貴族の人達が身に付けるような、おったまげる程高いモンばっかり積んで
くるだよ」
村長が補足する。
「そんだだ荷馬車がいっぺんに3台も4台も連なって来るんじゃよ。
ここの宿屋にはいいお客さんじゃ」
「もうすぐって、後どれくらいですか?」
「そうじゃな・・・、あと3,4日もすれば来るじゃろて」
「あと3,4日・・・・」
ここでタウは考え込んだ。
それを見てバナールが話しかける。
「これは利用しない手はありませんよ、軍曹さん」
「まあ、向こうと連絡が取れて折り合いがつけばの話ですが・・・、とはいえあと3,4日では・・・。
もう暫く考えてみましょう」
というわけで、その日は一日オフになった。
メンバーは各々、好きなように時間をすごしていた。
ヴィリーは、旅籠に集まった村の老人や子供達を前に、ドラゴン退治の武勇伝等を話して聞かせている。
さも自分の手柄のように、しかもいろいろ脚色を加えて。
その旅籠の裏庭で、アイヒとニートはワンちゃんとじゃれ合っていた。
ワンちゃんは完全にアイヒに懐いており、草の上に寝転んで腹を見せ、アイヒに撫でられてゴロゴロしている様は、
どう見てもただの犬だ。
その側でしゃがんで見ているニートがアイヒに言う。
「ねえアイヒ、名前変えようよ、ワンちゃんの」
「え、なんでですか?」
「なんかこう・・・、もっと強そうなのにしようよ、オオカミなんだし。
ワンちゃんだと、なんだかどっかのスポーツ選手みたいじゃない」
「いいんです、ワンちゃんで」
そこへナウケが、もじもじしながら一歩ずつゆっくり近付いてくる。
それを見つけたアイヒが声を上げた。
「あ、坊ちゃんだ」
自分の方から声を掛けようと思ってタイミングを見計らっていたナウケは、相手に先に声を掛けられて焦り、慌てて
挨拶をする。
「や、やあ・・・、い、いい天気だね・・・(汗)」
愛想よくニコニコ笑うアイヒとは対照的に、ニートは素っ気ない。
「なんか用?」
「い、いやあ・・・、よかったら話でもどうかなと思って・・・(汗)」
「別に、話すことなんてないわよ」
「・・・・(汗)」
取り付く島がない。
ニートはナウケに全く関心がない、というか、はっきり言って嫌っている。
ナウケのような、なよなよした他力本願の見本のような男に、ニートが好意を寄せるわけがない。
そのことにすら気付かないナウケは、なんとかニートの気を引こうと必死になっている。
「あのさ・・・、なんか・・・好きな物とかないのかな?(汗)」
「ニートさんは食べ物が大好きです!」
「アイヒ! 余計なこと言わなくていいの!」
「あ、それから王子様も好きですよ」
「アイヒーッ!!(汗)」
焦って声が裏返るニート。
「あんた、誰に聞いたの!?(赤)」
「ヴィリーさんです・・・、あ、秘密だって言われてたんだっけ」
「あんのバカヤロー・・・・(汗)」
ニートは真っ赤な顔をして額に脂汗をにじませながら、拳をギュ〜ッと握った。
「お、王子様・・・って、もしかしてミトライト皇太子殿下!・・・(驚)」
ナウケは驚き、たじろいで2,3歩後退りした。
ミトライト皇太子とは、その名の通り国王エーゼル三世の19歳になる長子である。
この時ナウケは、ニートが皇太子と面識があるものと勘違いしてしまった。
アイヒがあまりにもあっさりと王子の名を口にしたのがその要因だが、やはり王都に住む護衛連隊員ともなれば、その
くらいは当たり前なのだと、咄嗟に思い込んでしまったのだろう。
ナウケの頭の中に、ニートと皇太子が仲睦まじく散歩したり、食事したり、ダンスを踊っている光景が浮かぶ。
皇太子の名を出されては、ナウケといえども後ろへ引かざるを得ない。
相手は王族の、しかも皇太子である。
一地方貴族の息子などが到底敵うはずもない。
聞かなければ良かった、と後悔してももう遅い。
ナウケは肩を落として静かにその場を離れることしか出来なかった。 トボトボ・・・
「あれれ?、行っちゃいましたよ、坊ちゃん」
「放っとけばいいのよ」
ニートは全く意に介さず、むしろ厄介払い出来て清々した。
それから3日が経った。
タウとバナールは連日、次なる作戦の立案のため話し合っていたが、未だに良策が見出せずにいた。
港からの定期便は、今日か明日にも峠を越えるはずだ。
バナールの表情には焦りの色が見え隠れし始めていたが、ある程度時間を置くべきだと考えているタウの方は存外
気楽に構えていた。
しかし、昼近くになって予期せぬ事態が発生する。
一行の宿泊する宿屋に、村長を尋ねて一人の老人が血相を変えて飛び込んできた。
「そ、村長さん! 大変だべ、村長さん!(汗)」
そのあまりの慌てぶりに驚く村長と一同。
「どうした!? なにごとじゃ!」
「ネ、ネーレンところの娘っ子が・・・、ひ、一人で峠に入って行っただよ!(汗)」
「な、なんじゃとっ!!(驚)」
「ど、どういうことですか!?」
村長の横にいたバナールが、何が起こったのか尋ねる。
宿屋の主人に水をもらって一息ついた老人が、話し始めた内容を要約すると次のようになる。
村の最も峠寄りの辺りに樵のネーレン一家が住んでいた。
主人のネーレンは出稼ぎに出ていて、家には妻のリュットと4歳になる娘のマリーレが2人で暮らしていた。
朝から畑で野良仕事をしていたリュットは、その最中運悪く足を蛇に噛まれてしまう。
近くの畑にいた人達の助けでどうにか家まで辿り着いたが、どうやら彼女を噛んだのは毒蛇だったようで、彼女は家に
着くなり倒れ込んで、次第に高い発熱に見舞われ始めた。
早く毒消しを処方しなければ彼女の命が危うい。
だが医者を呼ぶにしても、一番近い医者は峠の向こう、ホファート子爵領に行かねばならない。
家に集まった近所の人達のそうした会話を、娘のマリーレは泣き出しそうな顔つきで聞いていた。
そして気付いた時には、マリーレの姿が見えなくなっていた。
家の付近を探した人達は、通り掛かった農夫から、マリーレらしき子供が峠の方へ走って行くのを見たと聞かされ、
急いで村長の元へ報告に来た、という訳だ。
「4歳の子が峠に!!(汗)」
驚きの声を上げるバナール。
前回の作戦以降、峠には表立った変化は見られないが、それは山賊がいなくなった事を意味するものではない。
賊の生き残り達は、新たな襲撃に備えて山の中に潜んでいるだろうし、仲間を殺されて復讐に燃えているだろうから、
峠に見張りを付けているのは間違いない。
加えてもう一つのグループが、次は自分達が狙われる番だと戦々恐々としいてるか、或いは返り討ちにしてやろうと
手ぐすね引いて待っているか、いずれにしても、今峠を通ることは極度の危険を伴う。
彼等は、たとえ4歳の子供といえども容赦はしないだろう。
ニートは無言ですっくと立ち上がり、刀を手に取るなり玄関へ向かって走り出す。
「おい、どこ行くんだ、てめー」
ヴィリーが声をかけると、険しい表情でニートが振り返る。
「バカ! 助けに行くに決まってんでしょ!」
続いてタウが立ち上がる。
「待てニート、走っていては間に合わん、今すぐ馬車を出す」
馬車は峠に差し掛かった。
しかし子供の姿は見えない。
タウは、馬車を奧へ奧へと走らせた。
暫く行くと、馬車の前を走っていたワンちゃんがけたたましく吠え始めた。 ワンワン!
それにタウが機敏に反応して馬車を止めると、すぐに荷台からニートとヴィリーが飛び降りる。
だが、周りに人の気配はない。
ただの静かな山の風景がそこにあるだけだ。
それでもワンちゃんは、峠道の先の方を向いたまま断続的に吠え続けている。 ワンワン!
一行が緊張しながら様子を窺っていると、峠の向こうから何やら人影のようなものが見え始めた。
「誰か来るぜ!」
最初に気付いたヴィリーがそう言うと、ニートは刀を抜いてその人影に向かって一直線に走り出した。 ダダッ!
「焦るなっ!ニート!」
タウが制止する間もなく、ワンちゃん、ヴィリーがそれに続く。
近付くにつれ、その人影の姿形が次第に見えてきた。
それは190Cmはあろうかという大男だった。
男はゆっくりと、こっちに向かって歩いて来る。
手入れもせず、伸び放題のチリチリの髪と髭、着古したボロボロの服の上に、熊や鹿の毛皮で作った上着を着て、腰
には剣をぶら下げている。
まるで熊が立って歩いているようでもあるが、誰がどう見ても山賊だ。
そしてその大男は、腕に小さな女の子を抱き抱えていた!
その光景を見て逆上したニートは、走りながら叫んだ。
「その子を放せ! この外道!」
すると男は立ち止まり、女の子を抱いている手とは逆の、右手をゆっくりと上に挙げた。
どうやら武器は持っていない、戦う気はないという意思を表現したいらしい。
それを察知したタウは急いでニートを止める。
「やめろニート! ヤツに戦う意志はない!」
ニートは、男の10mほど手前で足を止めた。 ザザザッ
だが手にした刀は納めていない。
「その子を放しなさい、ブッ殺すわよ!」
男はやおら言葉を口にした。
「話はこの子から聞いている。 蛇の毒消しなら俺が持っている」
「なんですって!?」
「医者を呼ぶより俺の方が早い。 急ぐんなら、道を空けてくれ」
低い落ち着いた声で話す男は毛むくじゃらの顔、太い眉の奧の目つきは鋭く、その悪人面からは表情が読み取れない。
とてもではないが、そんな何を考えているのか分からない男の言葉など、にわかには信じられない。
ニートに追いついたタウが話に加わる。
「このまま村へ行っても、お前の命の保証はないぞ」
男はタウを見たまま、一瞬止まった。
タウの言葉には、男を躊躇させるに足る重みがあったのだ。
「俺のことは構わん。 それよりこの子の母親の方が大事だろう」
その言葉を聞き、男の目を見て何かを感じ取ったタウは即決する。
「・・・・・・・、分かった、一緒に来てもらおう」
この判断にニートが異を唱え、ヴィリーも同調する。
「タウ! こんなやつの言う事信じるの!? 山賊なのよこいつ!」
「そうだぜ、ホントに毒消し持ってるのかも怪しいもんだぜ」
「長いこと山で暮らしていれば、蛇の毒消しの一つや二つは常備していて当然だ。
今は一刻を争うんだ、助けられるんなら誰の手でも借りる」
「だったら毒消しだけもらって、こいつはここでブッ殺しちまおうぜ」
「そうはいかん、この男には聞きたいことが色々あるんだ、死なれてたまるか」
厳しい口調でそう言って、なかば強引に2人を説き伏せたタウは、今度は男に向かって言う。
「その子と剣を渡してもらおうか、そしたらすぐに馬車に乗ってくれ」
こうして村へ引き返した一行は、無事に毒消しを処方して、リュットは一命を取り留めた。
そして男は身柄を拘束され、タウ等一行の管理下に置かれることとなった。
宿屋の中にある薄暗い物置に隔離された男にタウが質問するのを、他のメンバーは静かに見守っていた。
「お前、名前は何と言う?」
「ダウスだ」
「お前がダウスか」
「そうだ、お前達が俺達を退治に来た軍隊か」
「まあな。 仲間はどうしてる、まだいるんだろ?」
「山の隠れ処にいるはずだが」
「何人?」
「5人だ、・・・殺すのか」
「そうだな、それはお前達次第だな。 まだあの山で山賊を続けるのであれば、そうせざるを得んだろう」
「そうか・・・、だろうな・・・・、だが俺達はもううんざりなんだ」
「うんざり?」
「そうだ、俺達はもう山賊なんてやりたくはないんだ。
今回の件で仲間を失って、益々はっきりした。
襲撃を受けたあの日から、俺達はずっと話し合ってきた・・・、もう潮時だろうってな・・・。
だが・・・、その後何をやったらいい・・・・・」
「前は何をやってたんだ? お前等軍人じゃないだろ。
色々考えていたようだが、戦い方は素人に毛が生えたようなものだった。
まあ、プロの軍人でもニートやヴィリーに太刀打ち出来る者は、そうはいないだろうがな」
「やはりプロフェッショナルには敵わないか・・・。 俺達は皆、ムレーネ海で魚を獲る漁師仲間だった」
「漁師? ホファート子爵領でか? それがなんで山賊なんぞに成り下がった?」
「そのホファート子爵様のせいだよ」
「なんだと?」
「あれは・・・、もう2年以上前のことになるか・・・。
ある日、外国船が入る大きな港だけでなく、俺達のいた小さな漁港にまで港湾管理局の役人が来て、今後は港に
揚がる全ての物品に関税をかけると言ってきた。
魚介類も例外なくだ。
その上、更に港湾使用税も徴収すると。
少ない稼ぎで日々暮らしてきた俺達は、それでは仕事が出来なくなる」
「なんだそれは、魚も輸入品扱いか」
側で聞いていたバナールが口を開いて、補足するように説明した。
「聞いたことがあります、物流統制の一環ですね。
ホファート子爵は、以前から領内全ての物流を管理統制しようと画策していました。
それは密輸や違法な商取引などを摘発し易くし、結果としてそれらを抑制するという良い側面もあるのですが、
それはあくまで対面的なことで、子爵の目的はそこにはありません。
要は確実な税収の確保です。
私がいた頃はまだ計画の段階でしたが、それが実現しているとすれば、相当な収入源になっているでしょう」
「俺達のような、個人営業の漁師は皆廃業したよ。 だから俺達は、家族も仕事も捨てたんだ。
そして復讐してやろうと考えた・・・、だが出来なかった」
ヴィリーが吐き捨てるように言う。
「それで山賊か? 情けねー」
「俺達だってやりたくはなかった。 だが他に選択肢はなかった。
血の気の多いやつらの暴走を止める方法も考えなければならなかったし・・・」
ヴィリーの言う通り、どんな言葉を連ねようとも山賊に同情の余地などない、と誰もが思っていた。
だが、口にこそしなかったが、ホファート子爵領で苦汁を舐めた経験のあるバナールには、少なからずダウスに共感
出来る思いがあったことは否めない。
ここでタウは、最も知りたいと思っていた領域に踏み込んだ。
「元々お前等の仲間は最初は何人いたんだ?」
「何?」
「峠にはもう一つ山賊がいるだろう、あれはお前等の仲間だったのではないか?」
この質問を聞いたダウスは、それまでの冷静で落ち着いた態度を翻して、急に語気を荒げた。
「バカを言うな! あんな奴等と一緒にするな!
奴等は人間じゃない、人殺しをなんとも思っていない最低の連中だ!」
「仲間ではないのか?」
「当たり前だ、奴等は傭兵だぞ」
「傭兵!?」
「そうだ、奴等は元々、通商馬車が俺達に襲われないようホファート子爵が雇った傭兵だったんだ。
いや、今でもそうだ。
俺達も一度、峠で奴等とかち合って仲間を何人も殺された」
バナールが驚いて聞き返す。
「ち、ちょっと待って下さい。
馬車を護衛するために雇われた傭兵が、馬車を襲っているというのですか!?(汗)」
「そうだ。
だから奴等は証拠を残さないために、御者も含めて馬車に乗っている全員を殺して、積み荷を全て奪う。
俺達の仕業に見せかけるためだが、俺達はそんな残酷なことはしない、根本から違うんだ」
「そ、そんなバカな・・・(汗)」
信じられないという表情をするバナール。
しかしタウの方は冷静だった。
「いえ、辻褄が合いますよ。
これで、その連中がホファート子爵側から峠に入る馬車しか襲わない理由に説明がつく。
連中は事前に積み荷の中身が何であるかを知ることが出来て、それで襲うか否かを決めていたんです」
「な、なるほど・・・・、確かに・・・(汗)」
「と言うことは、つまり奴等はお前等のように山で生活しているのではないのだな?」
「当然だ、あんな奴等と同じ山で暮らせるか!」
ヴィリーがボソッと、素朴な疑問を口にした。
「もうすぐ定期便が来るんじゃなかったのか、襲われねーのか?」
「俺達は定期便は襲わない。
俺達は生活に必要なもの以外は狙わないようにしてきた」
「私の調査でも、これまでに定期便が襲撃されたという話は聞いていません。
彼等自身が護衛しているのですから、それは無理でしょう」
ダウスの発言を受けて、バナールは自信を持ってそう答えたが、タウは些か違う見解を持っていた。
「それでも安心は出来んでしょう、そうだろう?」
そう言ってダウスの顔を見ると、ダウスも同意した。
「その通りだ。
俺達は常に峠に見張りをつけていたが、馬車を護衛してきた奴等が急に態度を変えて馬車を襲う、という場面を
何度も目撃した。
奴等が護衛しているから安心というのは、事実を知らない連中の過信でしかない」
「他に、奴等について知っている事はないのか? 人数とか装備とか」
「人数はその都度違う。
護衛代として商人が支払う金額に応じて変わるんだろう。
定期便になれば15,6人の護衛が付くのが通常だったが、恐らくそれが最大級だろう。
装備は至ってシンプルだが、剣、弓、槍と、それぞれの使い手が一通り揃っている」
「そうか、やはり傭兵となると手強いな・・・」
この後、ダウスがなにげなく放った一言が、事態を思わぬ方向へ転換させた。
「あと、俺が知っている事と言えば・・・、奴等の親玉がマングステと呼ばれていたという事ぐらいか・・・」
「マ、マングステですって!?」
それまで黙って聞いていたニートが、急に大声を張り上げてダウスの側へダダッと駆け寄ると、その胸倉を掴んだ。
「あんた今、マングステって言ったわよね!」
「あ、ああ・・・(汗)」
驚くダウス。
ダウスの胸倉を掴むニートの手にはみるみる力が籠もって行き、目がどんどん血走っていく。
そこには怒りや憎しみといった感情が滲み出していた。
驚いたのはダウスだけではない、その場にいた誰もがニートの突然の豹変ぶりに驚いた。
タウが声を掛ける。
「どうしたニート、なにがあった?」
ニートは眉間に皺を寄せて、険しい表情のまま小さく呟くように答えた。
「マングステ・・・・・、義父さんの・・・トロイの部下に、そういう名前の男がいたのよ・・・」
「なに? それは本当か!?」
それでも、ニートの言葉を聞いてその意味が理解出来たのは事情を知るタウだけで、他の者は皆、訳も分からずに目を
パチクリさせるだけだった。
そんな連中を余所に、ニートの次の行動は決まっていた。
ニートはダウスから手を放すと、無言のままずかずかと大股で部屋を出て行く。
訳の分からないヴィリーがニートの背中に向かって言う。
「おい! どこ行くんだ、てめー!」
それにタウが答える。
「奴等を捕まえる。 すぐ出発するぞ!」
「なに!? そうか!」
ヴィリーは再びの出陣に勢い付いた。
「バナールさん達はこの男を見張っていて下さい。
行くぞ、ヴィリー、アイヒ!」
峠に向かって馬車を走らせるタウ、その御者席の横にはニートが、いつになく厳しい表情でじっと前を見据えていた。
「何故・・・、トロイ・ベーレンシュタルクの部下がこんな所に居るんだ」
「知らないわよ、あたしに聞かれたって・・・」
「その、マングステという男は死んだのではなかったのか?」
ニートは俯いた。
「あの時・・・、義父さんが死んだ時、その部下の人達も殆ど一緒に死んだ・・・・。
でも、そのうち何人かは遺体が見つからなかった。
行方不明になった人もみんな死亡扱いにしたのよ。
その一人がマングステだった・・・・」
「・・・軍人が夜盗化したという話はしばしば聞くが、それは戦時等の混乱期によく起こる事だ。
どんな男なんだ、そのマングステという男は」
「正直、名前を聞いても、顔も思い出せないわ。
トロイの直属の部下じゃなかったみたいだし・・・」
「要するに、そのマングステが、トロイが死んだ経緯を知っているという訳だな」
「裏切ったのよ」
「なに? 裏切った?」
「トロイの遺体の傷は、背中から攻撃されて致命傷を負ったものだった。
でもトロイは・・・、あの人は敵に後ろを取られるようなヘマじゃないわ。
後ろにいた味方に斬られたのよ、そうとしか考えられない」
「ではそのマングステがトロイを斬ったと?」
「分からない・・・、でもそれに荷担していたのは間違いないわ」
「ワン!」
馬車の荷台でアイヒの横に寝そべっていたワンちゃんが、首をもたげて一声吠えたのは、それから暫くしてから
だった。
するとタウ等の前方、道の向こう側から小さな点のように通商馬車が現れた。
ニートはすぐさま馬車を飛び降り、それに向かって走り出した。 ダダッ!
「ニート! いきなり斬りつけるんじゃないぞ!」
果たしてタウの言葉は届いたかどうか、ニートは近付いて来る馬車に向かって道の真ん中で立ち止まり、大声で
怒鳴る。
「マングステ! マングステはいるか!」
その後方で、タウが馬車を止め、御者席の上に立って大きく手を振りながら合図を送る。
「おーい! 止まれー!」
気付いた通商馬車の御者が慌てて馬の手綱を引いた。
「どー! どー!」 ヒヒヒン
その横に座っていた護衛の兵士その1が驚いて声を上げる。
「な、なんの騒ぎだ!?」
御者は立ち上がってニートとタウに向かって怒鳴り返した。
「こら! お前達!、一体何のつもりだ!、これは王室御用商人モーシュ様の通商馬車と知っての狼藉か!」
「王室御用商人か、聞いて呆れる・・・」
余談だが、確かにモーシュという商人は、王都ヴォルストブッフで貴族相手に高級な海外製ドレスや礼服、宝飾品等を
売っている豪商の一人で、王室の関係者も利用したことはあるのだろうが、決して正式な免状を持った王室御用達の
出入り業者などではない。
ヴォルストブッフの住人、特にご婦人方であれば当然知っているべき情報であり、タウの妻もまた然り。
タウは独り言のように呟いて、鼻で笑った後、大声を張り上げた。
「俺は護衛連隊第7小隊長タウゲニヒツ・ラングヴァイラー軍曹だ!
今からこのドロッセル峠に出没する山賊を捕縛する!
全員そのまま動かずにいてもらおう!」
「なに!? さ、山賊だと?(汗)」
驚く御者、その横で脂汗をかく護衛の兵士その1。 ギクッ!
御者は言う。
「何を言っているんだお前は! 山賊など何処にもおらんではないか!」
後続の通商馬車の御者達や従者達がざわざわと騒ぎ始める中、その馬車の周囲に展開していた護衛の兵士達が、続々と
前の方に集まってきた。
「何だ、何事だ!」
その声を聞いた兵士その1が、声の方へ向いて答える。
「お、マングステ、いや、あいつらが今から山賊を捕まえるとか何とか言いやがって・・」
その言葉にニートがいち早く反応した。
「お前がマングステか!!」
それは、髭だらけの顔に吊り上がった太い眉とギョロリとした目つきの悪い悪人面で、背は高くないが恰幅がよく、
肩を揺すりながらこれ見よがしに偉そうな態度で歩く男だった。
そのマングステが低いしゃがれた声で言った。
「なんだ、小娘。 あん?、てめえどっかで見覚えが・・・」
そして思い出す。
「!!・・・・、そ、その赤い髪の毛は・・・、トロイんとこの娘っ子!!(汗)」
「思い出したみたいね」
ニートはニヤリと薄笑いを浮かべながら、マングステに向かって刀を突き出した。 チャキ
タウが御者に言う。
「そこにいる、お前等の護衛について来た傭兵が山賊だ!
証拠は挙がってる、全員その場で武装を解除しろ!」
「な、なんだって!?(汗)」
仰天する御者の横で、脂汗をダラダラ流しながら兵士その1が、あからさまに怪しげに慌てふためいて叫んだ。
「て、てやんでえ! お、俺達が山賊だとぉ? ざけんなっ!
誰がそんなこと言いやがった!(汗)」
「よせ!」
マングステが止めた。
「こいつ等はみんなお見通しらしい・・・」
そしてニートを睨む。
「こうなっちまったら、ケリをつけなきゃならんだろうな・・・・。
え? トロイの娘っ子」 シャキン!(剣を抜く)
自分の過去を知るニートと出会ってしまった以上、このまま放置しておけば今後の仕事に差し障りが出るのは明白。
事ここに至っては、ニートもろとも全員を始末してしまおう、とマングステは考えた。
マングステの一言で、その思惑は一味の全員に伝わった。
「へっ、そうかい」
そう言ってニタリと笑った兵士その1が剣を抜くと、他の兵士達も次々に剣を手に取った。 シャキッ!
それを見たタウが命令する。
「ヴィリー! 出番だ!」
「おうよ! 待ってたぜ!」 ガバッ!
ヴィリーは馬車から飛び降りると、兵士達の中へ突進して行く。
タウは続いてアイヒを呼ぶ。
「アイヒ、お前も好きにして構わんが、山は崩すなよ」
「ハ〜イ」
場面は一瞬にして怒号と悲鳴が駆け巡る戦場と化した。
ヴィリーはまるで水を得た魚のように、所狭しと駆け回りながら山賊達に斬り掛かって行く。
前回のダウスの一味と違い、今度の相手はしっかりと武装している上に、訓練された元軍人達であるが、強い相手に
こそヴィリーは燃える。
ヴィリーは自ら回転しながら、その勢いで装甲ごと敵の体を力づくで切り裂く。
次から次へと、正にぶった斬っていく。
ヴィリーが八面六臂の活躍を見せる一方で、アイヒもまたそれなりに奮闘していた。
本来のアイヒの力を持ってすれば、この場にいる全員を瞬時に殲滅する事さえ容易なだけの破壊的能力を持っている
のだが、タウから諄いくらいに戒められている上に、御者や従者等捕縛対象外の人達も多数入り乱れているため、
力の使い方に躊躇し模索しながらではあったが、徐々に新しい活用法を見出しつつあった。
それは、一人の山賊がアイヒの周りを守護していたワンちゃんの隙をついて、アイヒに接近した時の事だった。
剣を片手に襲いかかる賊に対して、それを避けようとして体勢を崩したアイヒは、咄嗟に相手の体に右手を翳し、
「ブルート・・・コッヘン!」。
この術を受けた賊は、途端にその場に倒れ込んで血反吐を吐き、激しく叫び悶え苦しんだあげく、そのまま息絶えた。
ブルートコッヘン、その名の通り血液を煮沸するというこの恐るべき術は、本来アイヒが最も得意とする治癒系の
魔術を応用したもので、近接した敵に対して咄嗟に思いつきで反応してしまったものだった。
治癒系の魔術をパワーを増強させて攻撃に使うという、なんとも突飛な逆転の発想から生まれたこの術は、アイヒ
ならではと言うか、アイヒのような攻守両面においてその才能を遺憾なく発揮できる者のみが為し得る特別な魔術と
言えよう。
アイヒ自身、試しに使ってみたら上手くいった、といった感じで、はじめは半ばキョトンとしていたが、“これは
使える”と手応えを覚えると、みるみる力がこみ上げてきた。
そして今度は右手に力を集中させると、離れた敵に対してその拳を突き出す。 ビュッ!
「たいがーぱぁんち!」
10m以上離れていたのに、直撃を喰らったその敵はものの見事に吹き飛ばされた。 ウギャーッ!
更に連打が続く。
「撃つべし! 撃つべし! 撃つべし!」 ビシュッ! ビシュッ! ビシュッ!
バシッ! ベキッ! ボコッ!
見るも無惨な敵は、内蔵破裂に加え無数の骨折と頭蓋骨陥没で即死した。
アイヒは遂に、一個の対象に向かって力を凝集させて射出するコツを手に入れた。
そんな阿鼻叫喚の中で、一定の距離を置いて睨み合うニートとマングステ。
2人はじりじりと間合いを取りながら攻撃のタイミングを計っていた。
マングステがそろそろ動く、そう感じたニートが徐に声を発する。
「その前に、聞いておきたい事がある」
「なに?」
「トロイが死んだ時、お前はその場にいたはずだな」
「ああ、あの時か・・・、覚えてないね」
空々しくニヤけるマングステ。
「ふざけるな! ならば何故その後行方不明になって、今ここにいる!」
「俺がトロイを殺した、とでも思っているのか? 俺が奴を恨んでいたとでも」
「そんな事は関係ない! お前が裏切ったのは間違いないんだから!」
「裏切っただと?、人聞きの悪い事を言うんじゃねえ。
まあ、確かに虫の好かねえ野郎だったがな、清々したぜ」
「その言葉だけで十分だっ!」 ダダッ!
ニートは脱兎のごとく駆け出すと、一気に刀を振り抜く。 シュパッ!
マングステはそれを平然とした顔つきで躱す・・・、しかし予想以上に鋭いその太刀筋に驚いた。
「へっ、やるじゃねえか、トロイの娘っ子」
ニヤリと笑うマングステ。
「だが!」 ブン! ガシッ!
マングステが強力な一撃をニートに加え、ニートはすかさず刀の峰でそれを受けた。
が、その力の強さに圧倒され、後ろにふっ飛ばされた。 ブワッ! 「くっ!」
空中でなんとか体勢を整えたニートは、着地するなり再びマングステに向かってダッシュ。 シュダッ!
パワーにはスピードで対抗、ニートは素早く移動して敵に狙いを定めさせないようにしながら、矢継ぎ早に刀を繰り
出す。
マングステはすんでのところで躱し続けるが、次第にそのスピードに圧倒され始める。
そして遂に、ニートの一撃がマングステを捉えた。 ピシッ!
「ぐっ!」
マングステの頬から一筋の血が滲み、流れ落ちる。
形勢はニートに傾いた。
ニートは、この時とばかりに一気呵成に攻め立てようとしたその時、それを見てタウが一声発した。
「殺すな、ニート!」
その声を聞いた一瞬、ニートの刀が鈍る。
マングステはその隙を見逃さなかった。
マングステは力づくで刀ごとニートを突き飛ばす。 ガツン!
そして間髪入れずに一撃を食らわす。 ガギッ!
「ギャーッ!」
飛び散る血飛沫。
間一髪で難を逃れたものの、ニートは肩のアーマーを砕かれ右腕に深傷を負ってしまった。
あまりの痛さにのたうち回る。
「ニート!!」
ニートがやられた!
タウはすぐにでもニートの加勢に駆け付けたかったが、彼もまた敵と交戦中のため自由に動けない。
下手に動けば自分の身も危うい。
「バカかてめえは、戦いの最中によそ見してんじゃねーよ」
マングステは剣を片手に持ち、肩を揺らしてふてぶてしい態度で、地べたに転がるニートを見下ろしながら言うが、
当のニートは痛みで目がかすんでしまってよく見えない。
「そう言やあ、昔トロイの野郎が言ってたっけな、人を斬る時は躊躇うなってな」
<人を斬る時は躊躇うな。
躊躇いは迷いを生み、剣を鈍らせ、その結果相手に要らぬ苦痛を与えるだけでなく、自分にも返ってくる>
確かにそれはトロイがニートに対して、事ある毎に教えてくれた剣士としての心構えの一つで、ニート自身もそれを
肝に銘じて生きてきたはずであった。
けっして忘れていたわけではない。
それをこの場で裏切り者のマングステに言われたことに、ニートは傷の痛み以上に耐え難い心の痛みを感じて、その
ことの方が辛かった。
「てめえは教わらなかったのか、え? このあばずれが!」
そう言ってマングステはニートの腹部を思いっきり蹴飛ばした。 ドカッ!
「あぐっ!」
それだけで、華奢なニートの体はいとも簡単に吹き飛ばされてしまう。
その後何度も蹴り飛ばしながら勝ち誇ったようにベラベラしゃべるマングステ。
「やつは何も分かっちゃいねえ・・・。
俺はいつでも躊躇っちゃいねえ、ただ楽しんでいただけだ。
手足を切り刻まれて苦しみ悶えて死んでいく人の様をな。
それをあの、トロイのクソ野郎が偉そうに説教なんぞたれやがって。 何様のつもりだってんだ!
思い出しても胸くそ悪いわ!
英雄だか何だか知らねえが、背中がガラ空きだってんだよ。
いいザマだったぜ、たいして強くもねえ口先だけのイカサマ剣士が」
一体何時のことを言っているのか、当人以外は皆目分からないが、この最後の一言がニートの逆鱗に触れた。
「貴っ・・様・・・・」
ニートは右腕からボタボタと血を滴らせ、ボロボロになった体を引きずるようにフラフラしながら、痛みをこらえて
ゆっくりと立ち上がった。 はあはあ・・・
「そ、その汚い口で・・、トロイを語るな・・・(汗)」
「あん? なんだと?」
「貴様にトロイを語る資格はない!」
「ハン! だったらてめえも切り刻んでやるよ!」
マングステはその怪力でめいっぱい剣を振り下ろす。 プン!
今のニートでは直撃をくらったらひとたまりもない。
だが、この時のニートは恐ろしいほどの集中力を発揮した。
油断したマングステの大振りのせいもあろうが、瞬時にマングステの剣の動きを見切って躱すと、痛めた右手に持って
いた刀をサッと左手に持ち替えて下から掬い上げるように振り抜く。 シュパッ!
ニートの間合いを見切っていたマングステは、余裕でそれを躱した・・・つもりのはずが!。
「ぐえっ!」
奇声と共にマングステの右腕がボトリと地に落ちた。
「な、何故だぁー!!」
ニートの魔剣ヴィンデスアイルが彼女の気持ちに反応して火を吹いたのだが、マングステには理解出来ない。
しかもニートは理解する暇すら与えなかった。 ズパッ!
まさに一瞬にして勝負は決した。
静かに刀を鞘に収めるニート、出血がひどく、もはや他の敵と戦う力もない。
そして
「タウ!」
ニートは地面に転がるマングステの首を顧みることもせず、タウの名を大声で呼ぶと、気付いてこっちを見たタウに
向かって、大きく親指を立てた左手を突き出してニッと笑った。
ニートが勝ったことを知ったタウは、目の前にいる賊達に向かって声を張り上げた。
「お前等のボス、マングステは敗れた!
もうお前等に勝ち目はない! 剣を捨てろ!」
タウの指差す先、地面に横たわるマングステの亡骸を見て、もうこれ以上の戦闘は意味がないと悟った賊達は、急速に
意気消沈して次々に武器を置いた。
以外な程あっさりと。
いかにマングステがワンマンだったかが窺い知れる。
祭りの後のように雑然としてぐちゃぐちゃになった現場。
結局、武装解除に応じて捕縛された賊は6人、残り9人は全て小隊のメンバーによって殺された。
ニートが右腕に負った怪我は思いの外深く、傷は骨に達するまで斬り裂かれていた。
アイヒがその止血と傷口を塞ぐための細胞活性化の魔術を使って治療している。
それを側で見守るタウ。
タウの本音としては、首領のマングステは生かして捕縛したかった。
そしてその実態を明るみにした上で処罰を加えるのが、政治的問題に発展するのを回避するためには必要だと考えて
いたからだ。
だからと言ってニートを責めるつもりはない。
彼女には彼女の思いがあるし、やるべき事をやってのけた。
それこそ命懸けで。
それをどうして責められようか。
今はむしろ彼女を褒めてやりたいという気持ちの方が遙かに強かった。
そんなタウに、小綺麗なスーツを来た、小太りで、広い額のてっぺんまでテカテカした血色のいい肌艶の中年男が
近付いて来た。
見覚えのない顔だが、恐らく通商馬車のどれかに身を隠して事が治まるのを待っていたのだろう。
モーシュの代理人で運搬の責任者と名乗った男は、額の汗を拭き拭き、おどおどしながら質問した。
「こ、これは一体どういう事なのかね、ホファート子爵様より拝借した護衛の兵士を殺害し捕縛するとは・・・(汗)
子爵様に何と申し開きすればよいのやら・・・(汗)」
タウは、いつものように平然とした顔で答える。
「我々は国王陛下の命により、山賊退治に来て任務を全うした。
その山賊がホファート子爵の傭兵だったとしても関係ない、山賊は山賊だ。
従ってこの事が、お前さんが懸念しているような政治問題に発展することはないと思って差し支えない」
全くもって根拠はなかったが、タウには自信を持ってそう答えるだけの確信に似たものがあった。
「本当にそうなのかね・・・?(汗)」
「心配ない、もう山賊が出ることもないだろうし」
そこへ険悪な表情でニートが乗り出してきた。
「ちょっとあんた、モーシュの代理人って言ったわよね」
「そ、そうだが、なにか・・・(汗)」
「アイヒ!」
ニートは強い口調でアイヒを呼び寄せると、その背中のバッグをグイッと引っ張って男の前に差し出した。
「これあんたの店で買ったのよ、ニセモノじゃないの!
どうしてくれんのよ! お金返せ!」
「え?(汗)
そ、そんな・・・、そ、そう急に言われましても・・・、私には何のことやら・・・(汗)
何かのお間違いでは・・・(汗)」
突然ニートに偽物を売ったと詰め寄られた代理人は、慌てふためいて、しどろもどろで話をはぐらかそうとする。
その広い額からは拭いても拭いても脂汗がダラダラ、明らかに挙動不審。
タウが面白半分で嫌みを言う。
「ほほう、お前の店ではコピー商品も売るのか、では王室御用商人とは名ばかりの偽りか?」
「そ、そんな滅相もない、コピー商品なんてそんな・・・(汗)」
「だったらこの場で積み荷を全部チェックしてあげましょうか!(怒)」
ニートの発言に男は青ざめた。
「そ、そんな事されたら納期に間に合わなくなってしまいますよ!(汗)
わ、分かりました、分かりましたよ。
こちらの馬車の中にバッグがありますので、どれでもお一つお好きなものを差し上げますから、それで勘弁して
下さい(汗)」
「だってさアイヒ、好きなの選んでいいわよ」
「ハ〜イ」
ニートに言われてゴソゴソと馬車に潜り込むアイヒ。
それを見てヴィリーが茶化す。
「ははん、これじゃあどっちが山賊か分かりゃしねーな(笑)」
「うっさい! こっちは被害者なのよ!」
すぐにアイヒはひとつのバッグを手に馬車から顔を出す。
「あ、わたしこれがいいです〜」
「そ、それはヴェルトフレムト伯爵家のお嬢様の注文品!
い、いけません・・、そ、それだけはご勘弁下さい・・・(汗)」
ニートが厳めしい目つきで男を睨む。
「は? なんか言った?(怒)」
「あ・・・、い、いいえ・・・(汗)」
こうして山賊を全て退治した一行は、ギムペル村に引き返し歓待を受けた後、王都に向けて帰路についたのであった。
その道中、荷台でふんぞり返り、だらしない格好で高いびきをかくヴィリーの横で、アイヒとワンちゃんと共に
じゃれ合うニートの笑顔は、これまで見たこともない程純粋で混じり気のない、ありのままの素直な16歳の少女の
笑みだった。
今回の任務で彼女は、大きな壁を一つ乗り越えたようだ。
そしてアイヒもヴィリーも、それぞれに一回り成長したように見える。
それは小隊に任務を完遂するという成果をもたらした、ということで証明されるだろう。
そんな光景を見ながらタウは思った。
<家帰ったら女房の焼いたウナギを食おう・・・>
チャンチャン♪
後日談として、ダウスと、後に説得に応じて投降したその仲間達は、一時ブレートマン男爵領の牢獄に収監されたが、
南方郡裁判所の裁定により情状酌量が認められ、その後ブレートマン男爵家の使用人としてドロッセル峠に新設された
関所の番人に就いている。
この件に関して、バナール・ズースペクトの尽力があったことは言うまでもない。
また、第7小隊に捕縛されたマングステの一味は、同じく牢獄に収監された後、同裁判所にて死刑の判決を受ける。
そして、事の仔細を聞いて欺されていたと知り激怒したホファート子爵の強い要望によってホファート子爵側に送還
され、国王とホファート子爵の名に於いて処刑された。
一方モーシュ商会は、本物に混ぜて模造品や贋作を売っていたことが広く知れ渡り、貴族達からの信頼を失うが、
さすがに商魂逞しく、中低所得者向けの商品や日用品等の輸入販売に転換して今なお王都で商売を続けている。
中でも南方から輸入したヤシの実洗剤は、一般家庭の主婦達から絶大な支持を受け、一躍大ヒット商品となったとか。
オハリ
すいません、下手な文章で。
日本語って本当に難しいですね。
句読点ひとつ取っても四苦八苦です。
次はもう少しはまともなのが書けるといいな、と思ってます。