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愛した彼にリナリアの花を

作者: フィガロ

2ヶ月おきに新作をあげているのは全くもって偶然でございます。


誤字、脱字、誤用などはお知らせください。面白ければ評価やレビューなどよろしくお願いします。

 もし、同じ歳だったら隣の席で笑い合えたかな。

 もし、同じ歳だったら隣を歩いていられたかな。


 どうかこの気持ちが彼に届きませんように。



 唐突だけれど、私には好きな人がいる。中学の頃から憧れていた部活の先輩だ。

 レギュラーとして試合で頑張る彼に、どうしようもなく惚れてしまっている。マネージャーが部員に恋をしているというさして珍しくもないありふれた構図だ。


 タオルを渡したりスポーツドリンクを差し入れたりするだけの距離感で、彼にとって特別な存在ではないことはわかっていた。

 それでも、彼のことが好きだった。


 好きになるきっかけなんて大したことじゃない。昔から惚れる理由なんて些細なことだと相場が決まっている。私もその例に漏れなかった。


 なんとなく友達に誘われて行ったバスケ部の見学で一目惚れしたというだけ。私より情熱的な恋をした人もいたかもしれない。

 別にバスケに興味はなかった。さらに言うなら、ルールも知らなければ有名な選手も知らない。スポーツそのものに関心がなかった。


 そんな私がバスケ部のマネージャーになるなんて数日前までは考えもしなかった。入学してから2週間弱という期間で部活動という発想にも至らなかった。


 彼を目当てに入部したなんて思われたら引かれてしまうかもしれない。そう思って色々勉強して誤魔化そうとした。

 知っているルールなんて、ボールを持って歩き過ぎてはいけないことと遠くから打てばポイントが高いことくらい。


 そんな私がマネージャーなんておこがましいことかもしれないけれど、彼の頑張りを近くで見たかった。ただそれだけのこと。


 先輩は格好良かった。特別顔立ちが整っているという訳では無いけれど、部活中はとても輝いていたし、何より優しかった。

 ただのマネージャーでしかない私にも積極的に話しかけてくれた。彼にとっては何気ないことだろうし、そんなつもりも無いことは分かっていたけれど、嬉しかった。


 

 3年になって先輩が部活を引退した後は、どうにもやる気が出ない。喪失感はどうにも拭えなかった。我ながら勝手だと思うけれど、先輩のいないバスケ部に興味はなかったと言っていい。

 まぁ、彼は死んでいないので会いに行こうと思えばいつでも行けるのだが。


 それでも、先輩がいつ顔を出しに来てもいいようにマネージャー業を怠らない。レギュラーにタオルを渡し、スポーツドリンクを配り、蜂蜜レモンを口に押し込むのだ。強引さで言えば近所のマダムと張り合えるという自負がある。


 仲の良い友達は辞めてしまい、先輩も引退した。入部した理由もなくなってしまったけれど、辞めるつもりはなかった。


 先輩が好きなのは今も変わらないけれど、体育館に響くやけに重いボールの音とシューズの甲高い擦れる音が彼を思い出させてくれるので足を運ぶのを辞めなかった。もう一度言うが、先輩は死んでいない。


 ある日、部活が終わって帰ろうとした時のこと。後輩に呼び止められた。レギュラーの子で、あまり身長は高くないどちらかと言うと小柄な子だ。バスケットボールで身長が低いのは致命的と言っていい。そんな中、頑張る彼を私は少し尊敬している。

 すっかり外は暗くなっていて、街灯のない場所ははっきりとした闇だ。


「どうしたの?」

 レギュラーといえど、後輩なので積極的に話したりはしていない。だからあまり彼のことはよく知らない。

 体育館の前で男女が二人きり。なかなか話し出さない彼に苛立ちを覚えなかったかと言われれば嘘になるが、この状況での話なんて決まっているのだからそこを急かしてしまっては可哀想だろう。


「あっ、あの!!」

「好きです、俺と付き合ってください!」


 平々凡々としたなんの捻りもない告白だけれど、自分が同じ状況になったことを考えたら告白するだけ凄いことだ。

 そんな彼を称え、私の答えは1つ。


「ごめんなさい」


 誠実に告白されたのなら、やはり誠実に返すべきだろう。それが礼儀というものだ。ここで付き合っておけば後で苦しまずに済むかもしれないが、妥協で恋人になるなんてこの子にも失礼だろう。


 鈍感でヘタレな先輩だが、やはり彼のことが好きなのだ。


 目に涙を溜めて、俯く後輩には申し訳ないが出来るだけ早く帰りたい。しかし、彼は勇気を出して私に告白してくれたし、何よりレギュラーの彼がここで拗ねてしまって辞められては私も困る。だからといってこのまま長時間過ごすのも……といったところだ。

 助けを求めて校舎を睨んでいると、下駄箱の方から人影が出てきた。


「あっ」


 真面目さの象徴のような黒い髪と、毛先の丸まった毛質、どうにも伸びきらない猫背と、頼りなさげな足取り。間違いなく先輩だ。


「葦屋か。こんな所で何してるんだい?もうとっくに部活は終わっているはずだけど」

「ちょっと後輩の相談に乗ってまして。先輩こそ、こんな時間まで勉強ですか?」

「いやなに、数字を見つめていたら眠ってしまってね。さっき司書の先生に起こされたんだ」


 なんとも先輩らしい。こんな気の抜けた人でもそれなりに有名な進学校を目指す学力はあるのだから不思議だ。

 スポーツ推薦の話もあったらしいが、高校でも続けるかどうかは分からないと蹴ったらしい。それでもこの人ならバスケを続けるだろう。そんな人だ。


 恨めしそうに先輩を見つめる後輩を見送って、先輩と一緒に歩く。どうやら駅まで送ってくれるようだ。すっかり葉も赤くなり、暗くなるのが早くなり始めた。女一人では危険だという先輩の優しさだろう。


 そんな先輩の優しさとは裏腹に、駅に着いて欲しくなくて少し遠回りをする私は悪い女だ。


 彼と話すのは他愛もない、なんの生産性もない会話だ。それが相変わらず楽しくて、愛おしい。

 しかし、こうやって先輩が私とまともに話せるのは女子として意識されてない証でもある。

 先輩は女慣れしていないのか、女子と話す時やたらと言葉に詰まる。それが少し可愛いのだけれど、私と話す時はいつだってスムーズで、軽口まで叩いてくる。


 先輩と話せるのは嬉しいけれど、先輩にはあまり話して欲しくないという矛盾だ。それがいつも悔しくて、少し露骨にアピールもしてみるのだが、彼は気付かない。月が綺麗と声をかけても返ってくるのは生返事だけ。


 もはやわざとにすら思える態度に、何度か問いかけてみたが本当に心当たりがないらしく、いつもみたいに困ったように笑う。


 しばらく歩くと、駅が見えてきた。いつもの倍以上時間をかけてたどり着いた。隣の彼の好意を無下にしているようで心苦しいが、どうせ結ばれない恋だ。今だけは好きにさせて欲しい。


「じゃあ、ここでお別れだな。気を付けて帰るんだよ」

「先輩もお気を付けて」



 そして、先輩は卒業した。



 卒業式はただひたすら泣いた。みっともなく先輩を困らせて泣き喚いた。こうして泣いている間は先輩が私を見てくれている気がしたから。


 引退試合として、3年とレギュラーによるエキシビションマッチが開かれた。

 当然のことだけれど、3年が負けた。当たり前だ。ずっと現役で練習しているレギュラーと勉強ばかりでほとんど身体を動かしていない3年なんて試合にならない。

 そう頭では分かっていても、悔しかった。

 先輩達もそうだと思う。いくらハンデがあるとはいえ、後輩に負けるなんて耐え難い屈辱だろう。でも、それを表に出さない彼らはやはり強かった。



 先輩がいなくなってからは忙しかった。今生の別れのように泣いた私だけれど、先輩と同じ学校に行くために必死に勉強した。

 基本的にマネージャーに引退はないので、勉強に専念するために退部という形をとった。


 比較的頭の良かった先輩と違って要領の悪い私は放課後学校に残ってまで勉強をして、これなら受かるだろうというところまで行った。

 

 願書を提出し、入試も見えてきた頃。妙な倦怠感と寒気に不快感を抱きながらも、今休むわけにはいかないと夜遅くまで勉強していた。部屋の明かりに気付いた母が見に来るまで長時間文字との対峙は続き、力尽きるようにベッドに倒れた。 

 朝起きると、吐き気が凄まじい。倦怠感と寒気は増している。にも関わらず身体は熱を発している。


 風邪だ。誰がなんと言おうと風邪だ。ここ数日の無理が祟ったのだろう。こんな所で休むわけにはいかない……とこの状況で思うほど私も馬鹿じゃない。


 今無理をしては風邪が悪化する可能性がある。しかも、今はインフルエンザも流行っているはずだ。これが風邪じゃないことも有り得るが、それは病院へ行けば分かる事だ。


 母に学校を休むことを伝えると、ただひたすら寝た。瞼が二度と開かなくなってもおかしくないくらいに寝た。

 父では無い男の声を浮上しきらない意識の中で聞きながら、療養に努めた。


 なかなか起きない私に苛立ったのか、病人である私の頬を叩く母。寝坊した時より弱いとはいえ病人にする行為ではない。それを母に言っても聞かないので、まずは用件を聞いた。

 既に夕方であること。明日病院へ行くこと。そして、先輩がお見舞いに来てくれたことだ。何故私が学校を休んだことを知っているのかはさておき。


「なんで起こしてくれないの!?」


 勢いよく身体を起こしてヒステリックに叫ぶ。身体に障るなんて知ったことか。今大事なのはそこじゃない。


「風邪を悪化させるようなことあの子がすると思うの?」

「……しない」

「分かったならお風呂でも入ってきなさい。熱もかなり下がったみたいだし、汗を流さないと。その間にお粥作ってるから」


 やはり母には敵わない。いつもは厳しくても、やっぱり優しいのだ。しかし、さっきのビンタのことは忘れていない。私はかなり根に持つタイプだ。


 相当汗をかいていたらしく、少し服が重く感じる。こんな状態を先輩に見られたことに恥ずかしさを覚えるけれど、どのみち私に抗う術はなかったのだから仕方がない。


 シャワーを浴びながら、これからについて考える。先輩が私のことを女として見てないことは分かっている。ただの後輩として見舞いに来てくれたのだろう。そうでなければあの先輩が女子の部屋に入ることなど出来るはずがない。


 いっそ別の高校へ行って先輩のことは忘れるべきかもしれない。その方がお互いの為だろう。新しく好きな人が出来れば昔惚れた男なんて忘れる。私はサバサバした女子だと一部に定評がある。


 しかし、忘れたくないという思いも当然ある。サバサバ系女子といえど、少し粘着質な部分があってもいいと思う。先輩のことは忘れずに新しい恋を探すなんて不可能なので、いっそ玉砕覚悟で告白するしかない。もしかしたら成功するかもしれないのだ。希望的観測は忘れない。


 そうと決まれば、体調を崩している時間が無駄だ。告白や勉強の前にまずはこの風邪を治さなければ。受験の日は刻一刻と近づいている。ここが正念場だ。

 シャワーを浴びてお粥を食べて、この日は回復に努めた。

 


 そして今日、不安と緊張の最高潮。受験だ。

 ここが人生最初の分かれ道と言ってもいい。小学校、中学校と義務教育をなんの疑いもなく受けてきた私にとって初めての壁。

 何もしなくても道は見えていたし、決められた場所を歩くだけだった。


 でも、今回は違う。初めて自分の人生を決める。本当にこれでいいのか、こんな不純な動機で進路を決めていいものか何度も悩んだけれど、結局私の答えは変わらなかった。



 空気は冷たく、鋭い刃のように露出した耳を切りつけてくる。受験場所へ向かうバスを待つ足が震える。これは緊張か寒さによるものか判別はつかないけれど、とてつもなく不安を感じているのは間違いない。

 母は「落ちたらその時考えればいいわ」なんて軽く言っていたけれど、それでこの霧を晴らせるほど私は豪胆な性格はしていない。


 ようやく来たバスはとても混んでいて、勉強のせいか目が虚ろで生気のない人が多い。とても未来ある受験生の相貌ではないが、それだけ本気なのだ。

 隣の男子は死んだ目で呪文のように英単語を唱え続けている。


 しっかりと書き込まれた参考書を眺めていると、バスが停まった。どうやら着いたようだ。とんでもない早さで脈打つ心臓を押さえつけ、脚を動かす。

 どこかの教室へ案内されると、開始前の事前説明があり、試験が始まった。


 試験官が禁止事項を話してから、あまり記憶が残っていない。気が付けば試験は終わっていて、私は母が運転する帰りの車に乗っていた。ほとんど埋めることは出来たし、見直しもした。しかし、だからと言って受かるというわけではない。

 人事を尽くして天命を待つというわけではないけれど、あとは結果を待つしかない。今不安になっても遅いのだ。



 そして、合格発表の日。緊張し過ぎて全く眠れず、吐き気を堪えながら張り出しを見に来た。

 紙に書かれた膨大な量の数字だが、案外見つけるのは早かった。


「あっ、あった」


 感動の瞬間だが、今までの努力と苦悩に反して出た言葉は薄い。喜びよりも、安心の方が大きかった。

 これで、スタートラインに立つことは出来た。あとは告白するだけ……と言いたいところだが、そこが一番の関門だ。


 私が知らない一年の間に好きな人、もしくは恋人が出来ていないとも限らない。もしいたなら、そのときは諦めるしかない。

 我ながら最低だとは思うけれど彼に想い人がいないことを願うしかない。


 悶々とした二週間を過ごし、入学式。先輩がいればいいと思っていたけれど、友人のいない学校生活も地獄だ。コミュニケーション能力が欠けているとまでは言わないが、あまり得意ではない私にとって入試の時とは違う緊張と不安に包まれた。


 新入生として体育館に入り、安いパイプ椅子に腰掛ける。誰も聞くつもりのない校長先生のありがたい言葉を聞き流しながら、式が終わるのを待つ。入学式が始まってわずか数分で見える限りでも何人か眠っている。

 春の陽気や同じ言葉を繰り返す声、眠ってしまうのも仕方がないのかもしれない。


 半数近くが睡魔に負け、私も限界に達しようという頃、ようやく式が終了した。退場を促され、反応が遅れている人は寝ていたんだなと薄く笑みを浮かべながら歩いていると、体育館の外で数人の男子が歩いているのが見えた。

 楽しそうにバスケットボールを操って遊んでいる。その中で、妙に見覚えのある特徴的な背格好の人がいた。間違いなく先輩だ。


 声を掛けようかと思ったけれど、友人と遊んでいるのならそれに水を差すのは野暮だろう。

 それに、私はまたマネージャーになるつもりだ。結局関係性は変わらないのかもしれない。それでも、私は確実に足を踏み出した。



 そして、入部の日。他の新入生に混じって体験入部に参加する。先輩はすぐ私に気付いたが、信じられないようでしきりに目を擦っていた。

 バスケ部のマネージャーは少ないらしく、私と二年生の二人。


 先輩マネージャーの名前は澄華(すみか)さん。バスケットボールの経験はなく、奉仕欲求を満たすために入ったそう。とても美人で、いつも落ち着いているいい人なのだけれど、人見知りが激しいというか積極的に誰かと話すことが苦手らしい。マネージャー仲間として、仲良くしてくれる。


 高校に入っても私と先輩の関係は変わらないと思っていたけれど、少し変化した。先輩と、私と、澄華さんで昼食をとることになったのだ。


 教室で一人お弁当を食べる澄華さんを不憫に思った先輩は足を震わせながら勇気を出してランチに誘い、男子と二人きりが耐えられなかった澄華さんが私を誘ったという次第だ。

 

 澄華さんのことは好きなのだが、正直に言えば先輩と二人きりで食べたかった。しかし、この状況も澄華さんのお陰なので蔑ろにしたくもない。先輩も気を遣ってか、しきりに澄華さんの方を見ていた。

 二人とも話せる共通の話題を探しながら、澄華さんの卵焼きを盗んで食べた。大変美味であった。


 

 そして、月が二度消えた頃。浮き足立った生活も落ち着き、友人も出来た。最近では、先輩は友人と食べるようになり、私と澄華さんの二人でお弁当を食べる。

 澄華さんは両親が共働きで、弁当は自分で作っているらしいがとても上手だ。美人で、大人しくて料理上手とは隙のない女だ。恐ろしい。


 私にもお弁当を作ってほしいと我が儘を承知で頼んでみた。すると、二つ返事で快諾してくれた。作るのに一つも二つも変わらないらしい。


 これで、これからのランチタイムは薔薇色だ。午前中の授業も頑張れるし、午後の授業にも身が入る。持つべきものは良い先輩だろう。


 だんだん、春の陽気が夏の湿気に変わり始めた。体育館の温度が上がったことで部活中も部員の士気が低い。

 だらけてやる気のない彼らを見て、微妙に苛立ちを感じていると澄華さんが差し入れを出した。蜂蜜レモンだ。


 差し入れの中で、もっとも当たり障りのない。これでみんな頑張ってくれれば嬉しいのだけれど。

 まず最初に、先輩が意気揚々と手を伸ばした。口に含み、咀嚼。すると、顔を盛大に歪めた。かなり酸味が強いらしい。

 料理上手の澄華さんがこんなものを作るとは思えないけれど、口に合わないのは事実だ。


 蜂蜜レモンを口に入れてから数分後、先輩が口を開いた。


「みんなで食べよう。せっかく作ってくれたんだ」


 先輩の言葉に、部員みんなが意を決して食べた。各々が味に対して様々な感情を持っていたが、飲み込んだ。

 マネージャーが作ってくれた料理に文句をつけることなど出来ないと、言い表せないもどかしさを残して練習が再開した。


 すると、何故か部員の動きが良くなった。蜂蜜レモンの疲労回復もあるだろうが、強烈な酸味で気合いが入ったのか。ここまで考えていたのなら凄い人だ。頭が上がらない。皆に食べるよう促した先輩へも。


 私には到底出来ないサポートの仕方に、尊敬と悔しさを覚えた。




 ある日の昼休み。普段はあまり自分から話題を振ることのない彼女だが、今日はやけに話しかけてくる。それ自体はとても嬉しいし、良いことなのだけれど、気のせいか先輩の話が多い。というよりほとんどそうだ。


 先輩と澄華さんは同じクラスであり同じ部活なので話の種や話題に上がることは珍しくないのだけれど、些か多すぎる気がする。仲良くなったようで後輩ながらに安心していたけれど、友人としてではなく……という可能性も出てきた。

 いつか告白するなんて悠長なことは言ってられないかもしれない。



 部活中、先輩に澄華さんをどう思っているのか聞こうとした。でも、聞けなかった。答えを聞くのが怖かった。もう私の居場所はここにないんじゃないかって。もし彼女のことが好きだと言われたら、私はそれを応援するしかない。


 意識されてないにも関わらず狙う下世話な女なのに、好きな人を聞いておきながら寝取ろうとする下品な女に成り下がる。


 だから、聞けなかった。でも、答えは分かっていた。

 いつも私から何事もなくドリンクを受け取っていた彼が、澄華さんに照れながら手渡しされるのを見てしまったから。



 思えば、三人一緒に食べていた頃からこうなることは分かっていたのかもしれない。だって、()()()()()()()()()()()()()()のだ。彼は確かに優しいけれど、同じ部活とはいえ話したこともない女子を昼食に誘うだろうか。足を震わせてまで。


 それに、私を呼んだのは澄華さんだ。本当は、先輩は澄華さんと二人きりで食べたかったのだろう。


 全くもって惨めな話だ。私はあの時澄華さんを邪魔に思ったが、先輩は私のことを邪魔に思っていた。澄華さんは私と一緒にいたことで先輩の人となりを知った。つまり、私は二人のキューピッドという訳だ。


 私は一体何をしているんだろう。


 次の日、私は昼食を一人で食べることにした。母には弁当を作らなくていいと言っているため、購買で買った安いパンだ。

 メールで素っ気なく「今日は一人で食べる」と言った私を澄華さんはどう思うだろうか。柔らかく、しっかりと具の入ったサンドイッチだが、妙に味がなかった。


 どうも授業にやる気が出ない。以前から真剣な生徒ではなかったと思うけれど、いつにもまして身が入らなかった。

 ずっと澄華さんと先輩のことを考えていた。本当は澄華さんは私のことが嫌いだったんじゃないか。先輩に近付くために利用したんじゃないか。そんなはずないのに。


 どんな顔をして部活に顔を出せばいいのか分からない。先輩と、澄華さんと何を話せばいいか、前みたいに楽しく喋ることなんで出来るわけがない。初めて、ズル休みした。


 家に帰ってケータイを見ると、澄華さんからメールが来ている。何かあったのかと心配してくれている。あんなに慕っておいて、些細なことで疑うなんて我ながら最低だ。彼女には申し訳ないけれど、それに私が返信することはなかった。

 


 夕食の時も、好きなはずのハンバーグが美味しくない。ずっと、ずっと、心に霧がかかったみたいだ。

 私は先輩のことが好き。それは間違いない。それなら、このもやもやした気持ちは何だろう。しばらくは部活に行けそうにない。


 朝学校に着くと、下駄箱に紙が入っていた。放課後、体育館裏に来てほしいとのこと。ありきたりだし、呼び出さずに自分から来いとは思うけれど、正直この傷心を少しでも塞いでくれるなら誰でもいい。


 夏休みも近付いて、浮き足立っている他の生徒とは反対に、私の心は深海にある。今朝の手紙はなんだろう、ラブレターだろうか。もしそうなら返事はどうしよう。なんて。


 いつもは悠久にさえ感じる授業だけど、今日はやけに早かった。味気ない昼食をとって考え事をしていたら気付けば放課後だ。

 「いかないと」そう思って指定された体育館裏に行こうとして考える。バスケ部にあったらどうしよう。先輩、澄華さんに会ったらどう言い訳すればいいだろう。いや、言い訳なんていらない。別に二人にどう思われようと私の知ったことじゃない。嫌われたなら辞めてしまえばいい。


 不貞腐れたというか、開き直った私は心を殺して体育館へ向かった。すでに誰かがいるようで、しきりに周囲を見回している。

 身長は高いが、あまり筋肉がないのか妙に細長い印象を受ける。

「こんにちは」


 待たせるのも申し訳ないので声をかけた。それにかなり驚いたらしく、身体を跳ねさせてこちらを向いた。

 率直に、何の用か尋ねると「好きです、付き合ってください」とのこと。だいたい察していたとはいえ、全てがありきたりだ。

 中学の時、後輩を振ったが今の私にそんな心の余裕はない。私はこの、名前も知らない男の彼女になった。


 週末、デートしようと誘われ予定もないので行くことにした。正直私は彼のことが好きという訳ではないけれど、デートになら行くことの出来る軽い女だ。

 遊園地に集合しているのだが、時間になっても来ない。待ち合わせ場所も時間も彼が指定したのだが、本人が遅れている。

先輩なら、時間より数十分早く来てそわそわしているだろう。


 ようやく来た彼は、服に気合いを入れたのかもしれないが絶望的に似合っていない。服に着られている。

 意気揚々と歩き始めた彼だが、歩幅の違いに気付いてないのか歩くのがかなり早い。私はおいてけぼりだ。先輩なら合わせてくれるのに。


 何度も小走りで追いかけて、歩くのが早いと文句を言った。これは正当な苦情だ。私自身小柄なのもあるが、少し早すぎる。

 それを聞くなり彼は私の腕を強く掴んだ。恋人繋ぎでもするつもりかと思ったけれど、力が強すぎる。痛い。


 一切の思いやりを感じないデートに、恐怖を感じた私はお金を渡して急いで帰った。このまま居ては何をされるか分からなかったから。自意識過剰というか、被害妄想だと言う人もいるかもしれない。ただ不器用なだけだろうと。それでも、一度恐怖を感じた相手と遊園地など楽しめるはずがない。


 家に着くと、安心して身体が震え始めた。本当に彼は私のことが好きだったのだろうか。身長の高い男性というのは、細身とはいえ威圧的なものだったけどあんなに強く握られては完全な恐怖に変わってしまった。気付けば頬が濡れている。


 せっかくの休みなのに、何でこんなことに。どうして私ばっかり。私が何をしたっていうんだろう。

 中学時代、不純な動機で入部したから?先輩を追いかけるというある意味ストーカー紛いな理由で入学したから?信頼していたはずの澄華さんを疑ったから?それにしてはあんまりじゃないか。


 もうしばらく誰とも話したくない。そう思って布団に潜ると、扉をノックされた。母だ。返事をして、速やかにドアを開ける。誰とも話したくないと言ったばかりだが、ここで動かなければ後で更に面倒なことになるので従っておく。


「……何か用?」


 半泣きの潤んだ瞳で母を見る。相変わらず豪胆というか、私のようにくよくよするといった感情とは正反対の様子だ。そして、何故か今は妙に機嫌が良さそうだ。


「杉本君が来てるわよ」


 杉本……?誰だっただろうか。そんな知り合いはいなかったと思うのだけれど。私に男友達なんていないはず。母の策略だろうか。まず、敵を知らずして勝ちはない。その杉本とやらを見てやろう。母に部屋まで通してもらった。


「元気か?葦屋」

 とても聞き慣れた声だ。そして、少し巻かれた黒毛。微妙に曲がった背筋。先輩だ。そう言えば杉本という名字だった気がする。先輩と呼びすぎてすっかり記憶から消えていた。


 先輩曰く、真面目な私が部活を何も言わず休むなんて何か事情があるのではないか、ということらしい。お前が理由だなんて言うわけにもいかない。さて、どうしたものか。


「先輩は、私とは普通に話せますよね」

「付き合いも長いからな」

「今年で3年目ですけどね」

「もっと一緒にいる気がしてるけどな」


 そう言って先輩は笑いかける。不意にこういうことを言うズルい男だ。そんなズルい男にはズルい質問をぶつけてやる。


「先輩は、私のことをどう思ってますか?」

「良い後輩だと思ってるよ」

「女としては?」


 最低だな。先輩を困らせると分かっていてこんな質問をしたんだ。どう返しても、元の関係には戻れないのだ。私だってこの関係を壊したい訳じゃない。振られても、友達として付き合っていけたらいいなと思いもした。でも、止まれない。


「そんな目では……見れないよ」


 振られた。一切合切言い訳のしようもない。分かっていたことだ。最初から。中学の時から憧れていたけど、ただの後輩としてマネージャーとしてしか見られていないことは分かっていた。それでも、希望を捨てられなかったのは私の弱さだろう。


 溢れた涙を止めるつもりもなく、ただただ流す。先輩は黙って見つめるだけだ。でも、それでいい。ここで慰めの言葉なんて一層私が惨めになるだけだ。


 泣いて、泣いて、泣いた。正直先輩もいつまでたっても泣き止まない私に苛立ちを覚えたのか、頭を撫でて強引に泣き止まそうとし始めた。


「そんなことしていいんですか?澄華さんが怒りますよ」

「許してくれるさ」

「こんな風に澄華さん泣かしたら許しませんからね」

「……あぁ、分かってる」


 いい加減泣き疲れた。明日の学校は目を腫らしたまま行ってやる。先輩に泣かされたって広めてやるんだ。

 完全に振られたことで、私の気持ちにけじめがついた。目は腫れたが、心も晴れた。これで先輩と澄華さんの仲を心の底から応援出来る。



 翌日、部活で澄華さんに会った。私の目が腫れていることには触れず、一言だけ言ってくれた。


「幸せになるし、幸せにするよ」


 へたれで鈍感で女たらしで、正直者で真面目で優しい彼をお願いします。そう思って澄華さんの胸に飛び込んだ。

先輩と後輩のラブコメ書こうかなーなんてフワッとした理由で書き始めたのですが、使いたいシーンが浮かんでからは結構重くなってしまいました

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― 新着の感想 ―
[良い点] >どうかこの気持ちが彼に届きませんように。 リナリアの花言葉と真逆の切ない言葉。 先輩に想いを伝えて、けじめがついた、心が晴れたと言っている彼女の本心。 更に全部読んでから再びこの部分を…
[一言] 好き。
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