056「オブラート」
『着替えたよ~、アランさん』
「本当だろうね? また上半身がサラシ一枚だったら、承知しないよ、ドミニクくん」
『用心深いんだな。同じギャグを二度かますほど、僕も馬鹿じゃないよ。お色気サービスは、一度だけさ』
「あぁ、そうかい。それじゃあ、失礼するよ」
アランがドアを開けて部屋に入ると、中ではドミニクが、シックなワンピースを着て、どこかモジモジとはにかんだ様子で姿見の横に立っている。
「小さいときは、よくこういう格好をしてたものだけど、今になると、ちょっと恥ずかしいな。どうかな? 変じゃないか?」
「いやいや、とても似合ってるよ。どこか、着苦しいところはないかい?」
「ぜんぜん。生地も仕立てもしっかりしてるから、安心して着ていられるよ。着心地バツグン! ただ、久しぶりのスカートだから、通気性が良すぎて落ち着かない」
その場をクルクルと回りつつ、スカートや袖をヒラヒラさせながらドミニクが満足そうに言うと、アランは、ホッと胸を撫で下ろしながら言う。
「ハハッ。そうか。それなら、それは君にあげよう。元は妻の物だが、もう着る人間がいないからね」
「えっ! 嬉しいけど、寮に置いとくわけには」
パタパタと裾をはためかせる手を止め、ドミニクは急に大人しくなる。アランは、気にせず提案を続ける。
「すぐに持って帰る必要は無いよ。今度の夏休みまで、ここに置いておいて構わないし、着たくなったら、いつでもここへ来てくれて構わない」
「でも、大事な物でしょう? 自分で言うのもなんだけど、僕は物の扱いが雑だから、すぐに破いたり汚したりすると思うな」
ドミニクが珍しく遠慮がちに言うと、アランは、最後に駄目押しをする。
「気にすること無いよ。僕にとっては、その服には独身時代の妻との思い出が詰まりすぎてて、そばに置いておきたくないんだ。エマくんには、ややバストのあたりがキツかったし、面影があるクロエに着せるわけにもいかないからね」
「そうなんだ。まぁ、クローゼットの肥やしにするのも、もったいないか。……ん? 遠回しに、僕のことを、まな板だと言ってない?」
感傷に浸っていたドミニクが、ふと疑問に思って詰め寄ると、アランはアサッテのほうを見ながら否定する。
「慎ましさは、ステータスだと思うよ。それじゃあ、廊下で待ってるから」
「あっ。アランさん!」
そそくさと部屋からアランが立ち去ってドアを閉めると、ドミニクは、そっと包み込むように両手を胸に添え、しばし沈思黙考していたが、やがて背中に手を回し、ボタンを外して脱ぎはじめた。
「やれやれ。じゃじゃ馬も、少女には違いないんだな」
フーッと長い息を吐くと、廊下に佇んでいたアランは、フッとニヒルに笑ってから、階段を下に降りはじめた。