055「ごまかし」
「たしかに。なんとかダマシってネーミングは、ちょっと可哀想ね」
「そうかな? よく擬態できている証拠だと思うけど」
エマが、その前の発言者に同意すると、隣に座っているテオが疑問を挟む。すると、その向かいに座っているクロエは、隣に座っているドミニクの袖を引きながら質問する。
「ねぇねぇ、ギタイってなぁに?」
「動きとか見た目とかを、そっくり真似することだよ」
四人は、アランが半分趣味で経営するカフェの、ステンドグラスに間近いテーブル席を囲んでいる。談笑するテーブルの中央には、ナプキンを敷いた上にカナッペをのせた皿が置かれている。斜めにスライスされたバゲットの上には、クリームチーズとともに、シロップでコーティングされたヤマモモが添えられている。
ドミニクは、カナッペを手に取って口に入れつつ、片手で覆ってモゴモゴと咀嚼しながら、斜向かいに座るテオに言う。
「テオだって、自分のことをニセドミニクって言われたら嫌だろう?」
「それは嫌だな。リスモドキに同意」
「誰がリスモドキだ。勝手にリス扱いするな」
「頬袋を膨らませて言われても、説得力ないな。そういえば、秋にはドングリを集めてたっけ」
「あれは、そのあとに足止めのマキビシ代わりに使ったじゃないか」
「追手がいなかったら、非常食にでもするつもりだったんだろう?」
「何を!」
ドミニクが立ち上がろうとすると、向かいにいるエマが肩に手を置いて着席を促しつつ、宥める。
「まぁまぁ。それにしても、ドミニクくんは、ずいぶんと草花や動物に詳しいのね」
「それは、僕も思った。やっぱり、実家の商売が薬屋だからからか?」
「へぇ。お家が、お薬屋さんなのね」
エマが褒め、テオが同意しつつ質問し、クロエがリス耳を触りながら感心すると、ドミニクは腕を組んでウーンと唸ってから言う。
「小さい頃は、よく店の手伝いをさせられたけど、薬を調合してるあいだ、お客さまが退屈しないように、お茶を出したり、小噺をするのがメインだったからなぁ」
「フ~ン。なんとなくイメージできるわね」
「あぁ、そうだな。余計なことをして、店主に怒られるところまでバッチリ想像でき、――ック!」
テオは、言い終わる前に口の端を歪め、ドミニクを睨む。テーブルの下を見れば、ドミニクがテオの片足に尻尾を巻き付け、自分のほうへ引き寄せている様子がうかがえる。
そうして、うわべでは朗らかに会話を交わしつつ、水面下で火花を散らしているところへ、アランがやってくる。
「ドミニクくん、ちょっと良いかな?」
「あっ、はい」
「キャッ!」
おいでおいでと手招きするアランを見て、ドミニクは尻尾を消しつつ立ち上がり、黒い煙に驚くクロエや、顔を見合わせて無言のやりとりを交わすエマとテオをその場に残し、席を外した。