076「本音と建前は別モノ(後)」
「瓶を返すとき、エマに訊いてみたんだ。これと逆の効果がある魔法薬は作れないのかって。そしたら、作るのは造作ないことだけど、誰に飲ませるつもりかと聞き返されて、あやうく」
「ハンサムくんに飲ませるのかと誤解された、でしょう?」
ネイサンが論点を先取りすると、ドミニクは、ごもっともだとばかりに大きく頷く。
「そういうこと。まぁ、テオが女になったところも、一度は見てみたい気もするけど。見たくない?」
「ウフフ。チョットは見てみたいかも。それじゃあ、これは、男から女に変身する薬なのね?」
「その通り。ただ、効果のほどは、僕と同じで一時的なモノだけどね。どうかな? 飲んでみる気になった?」
旺盛な好奇心を丸出しにしながら、期待を込めてドミニクが訊ねると、ネイサンは小瓶の蓋を取り、片手で仰ぐようにしながら匂いを嗅ぐ。
「バニラのような香りがするわね」
「どれどれ。……あっ、ホントだ。甘いね、こっちは」
近寄ってきたドミニクに、瓶の注ぎ口を向けて確かめさせたあと、ネイサンは蓋をしてしまう。
「でも、よしとくわ。前にも言ったと思うけど」
「女の身体になりたいわけじゃないの、だろう? でも、こんなチャンスは、二度と無いよ。どうせ、半日もしないうちに戻るんだし、やった後悔より、やらなかった後悔のほうが大きいに決まってるんだからさ。一歩、踏み出しちゃいなよ~」
「まったく、口がうまいんだから。今回だけだからね?」
肘で脇腹をつつきながらゴリ押ししてくるドミニクにあきれ、ネイサンは再び蓋を外すと、腰に手を当てて一気に喉に流し込む。その途端、ネイサンは前屈みで顔面蒼白になりながら、こみ上げてくる吐き気をこらえてグッと喉仏を上下させて飲み干し、大口を開けて荒い息をする。
その様子をマジマジと観察しつつ、ドミニクは、イタズラが成功したとばかりにニヤニヤとしながら言う。
「ヘヘッ。やっぱり、ノドゴシは悪いんだ。僕のほうも、ニオイに騙されて、もどしかけたんだ」
「ケホッケホッ。そういうことは、早く言いなさい!」
「ゴメン、ゴメン。ちなみに、何味だったの?」
「青魚のハラワタみたいな味よ。言わせないで」
このあと、ドミニクはネイサンに両手を挙げて降参し、それから、ネイサンはレディースファッションに着替えた。そして、ネイサンは開店休業状態の店に「クローズ」の札を下げ、ドミニクと街へと繰り出す。
「この姿だから、お兄さんはヤメテね」
「じゃあ、ネイサンさん」
「呼び捨てで結構よ。なんなら、お姉さんって呼んでも良いわよ?」
「オネエさん」
「う~ん、イントネーションが違うわね」
手始めに二人は、ブティックのひとつ隣のパサージュにある、ガレットとワッフルの店に入った。美味しそうだなぁと思いながらも、なかなか中に入る勇気が無くて入れなかったというネイサンは、それはそれは晴れやかな表情をしていたのだとか。あくまで、ドミニクの主観であるけれども。