075「本音と建前は別モノ(前)」
その後、時計塔の最上階にある機械室へ油を挿しに行き、そこでさんざん油を売って指導教官から拳骨を食らったり、家庭教師のテオによる苦手克服ワンツーマンレッスンにより、幾何学の期末試験で無事に赤点を回避したりしながらも、ドミニクは、テオとともに進級できることが確定した。目下、秋からはじまる新学期に期待して、胸を弾ませているところだ。
そのドミニクは今、夏休みに入り、汽車でひと足早く帰省したテオとエマを駅で見送ったあと、いつものブティックを訪れている。そこでネイサンとドミニクは、カーテンと衝立で間仕切られたフィッティングスペースで、ともに姿見に向かって試作衣装の微調整をしている。
「あら、そう。じゃあ、ホントに男の子になっちゃったのね。――こんなもので、どうかしら?」
「そうなんだ。終わったあとのシャワーで『あわや!』ということもあったんだけど、湯気で曇ってたし、ラッキースケベ出来たポジションにいたのはテオだから、大事には至らなかったよ。――さすがだね。ピッタリだよ」
「良いわね。しっかりと、青春を謳歌してるじゃない。――褒めても、何も出ないわよ。それじゃあ、お針を外しちゃうから、ジッとしてるのよ」
「人生は一度きりだからね。やり直しがきかないし、弟の分もいろんなことを経験しないとね。――イッ!」
「あぁ、ゴメンナサイ。生地が重なってるものだから、つい力が入っちゃって。……はい、おしまい」
「気を付けてくれよ。背中に傷が付いたら、湯船で悲鳴を上げることになるんだから」
そう言いながらも、ドミニクの顔はニコやかなままなので、本気で非難しているわけでないことは一目瞭然である。それが分かっていて、ネイサンは手首に巻いていた針山や、首から提げていたメジャーを外し、ものさしや型紙が適当に散らばっている作業台の上に置いて、ひと息つく。
「わざとじゃないから、許してね。それより、どう? アランさんの奥さんも、なかなかオシャレなお洋服を着てたものね」
「最高だよ。キラッキラのアクセサリーがついて、ますます気に入ったね」
いつものド派手でボーイッシュな恰好と違い、今日のドミニクは、シックなデザインの中に、さり気なく螺鈿のように光る飾りボタンを縫い付けられたワンピースを着ている。
「それじゃあ、お代のほうだけど」
「まぁ。そんな水臭いことしなくて結構よ」
「いやいや、お金じゃないんだ。きっと、いまの僕の話を聞いて、欲しがるだろうと思ってさ。――はい、どうぞ」
ドミニクは、近くのスツールの上に置いていたリュックサックから小瓶を取り出すと、満面の笑みでネイサンの手に握らせる。ネイサンは、カーテンを開けて窓辺に近付くと、陽の光に透かして中身を見ながら言う。
「これは?」