074「良薬は口に苦し」
「ドミニク。お前で最後だから、ちゃんと鍵を閉めて出ろよ!」
「はーい。忘れてなければ、覚えてます」
「お前は、そればっかりだな。早く来いよ」
「はいはい。すぐに着替えますとも」
ブーメランパンツを穿いた短髪のいかつい上級生が「学生更衣室」と書かれた鍵を投げてよこしたので、ドミニクは、それを器用に右手でキャッチする。そして、廊下の向こうに上級生の姿が見えなくなったのを確かめると、すぐに引き戸を閉め、中から鍵をかけてしまう。それから、自分の水着やタオルが置いてあるカゴの前に立ち、ワイシャツのボタンを外したり、スラックスのベルトを外したりする。
――あらかじめ下に着ておいて、正解だった。変身前に誰かに見られたらコトだものな。
衣擦れの音をさせながら脱ぎ終わると、ドミニクは胸にサラシを巻き、先程の上級生と同じデザインで色違いの水着を穿いた格好になる。そして、ドミニクはタオルのあいだに手を入れ、手のひらで覆うようにしながら何かを取り出す。
――たしか、飲んですぐに変身が始まって、半日もしたら効果が消えてしまうんだったな。夕飯までに戻ってると良いんだけど。
棚に脱衣カゴが並んだ更衣室には、現在、ドミニクが一人で、すのこの上に立っているばかり。手には、香水に使うような小瓶が握られている。その透明なガラスの内側には、虹色のマーブル模様をした薄気味悪い液体が入っている。ドミニクは、口を真一文字に引き結んだ表情で、慎重に栓を外し、注ぎ口に鼻を近付けてスンスンと匂いを嗅ぐ。
――ヨモギかな? 草餅みたいな味なら、楽勝だね。
警戒心を解いて頬を緩めたドミニクは、ひと息に瓶の中身を空ける。が、その直後に片手で口を覆い、もう片方の手を棚について身体を支えつつ、まるで生まれたての小鹿のようにプルプルと全身を震わせる。
――ウッ。なんだ、このザラザラとした口当たりの悪さと、卵が腐ったような嫌な臭いは。猛烈に吐き気がする、けど、飲み込まないと意味ないよね、きっと。ウムム。ひどい味がするなら、あらかじめ、そう断っておいてほしいよ、エマちゃん。
ドミニクは、瞳に涙を湛えつつ、ゴクリと喉を鳴らして嚥下する。すると、たちまちドミニクの身体が、夏の蛍のように光を放ち始め、徐々に輪郭が変わっていく。
――うわぁ。弟の裸なら、何度となく見てきたけど。実際に、自分の身に置き換わると、違和感が強いものだな。
やがて光が消えていき、完全に変身を遂げたドミニクは、おそるおそるサラシを外していく。白い薄布が外された下には、うっすら筋肉の付いた胸板があるばかりである。
「やった! あぁ、良かった~」
拳を固めてガッツポーズをしたあと、ドミニクがホッと胸を撫で下ろす。すると、廊下じゅうに胴間声が響き渡る。
『ドミニクーッ! ちんたら着替えてないで、さっさとプールサイドへ来い!』
「あわわ。喜んでる場合じゃなかった」
ドミニクはタオルや水泳帽を手にすると、大慌てで鍵を開けて廊下に飛び出していった。