073「七変化」
カウンターを挟み、調理スペースのほうにエマが立ち、ホール側にテオとドミニクが並んで座っている。
「そりゃあ、一時的に変身するだけの薬なら、特殊な材料を使うことは無いから、いますぐにでも作れるわ」
「そうか。それは良かった」
テオが安堵すると、エマはドミニクのほうを向いて訝しげな目をする。
「でも、理由を聞かないと渡せないわよ。魔法で調合した薬を悪用されちゃ、かなわないもの。せっかく魔女が市民権を得てきたところなのに、また評判が悪くなるわ」
「イタズラに使うわけじゃないんだ。頼むよ、エマちゃん。この通り!」
ドミニクが両手を合わせ、ギュッと目を閉じながら拝むと、エマは真意を測りかねる様子で片眉をつり上げたあと、庭のほうを見ながらテオに願い出る。エマの視線の先では、クロエが自分の目の高さをヒラヒラと舞う黄色い蝶を、無邪気に追いかけているのが見える。
「悪いんだけど、テオくん。少しのあいだ、店番とクロエちゃんの見守りを任せてもいいかしら? ちょっと、ドミニクくんと二人きりで話したいの」
「いいよ。僕は構わないんだけど、ドミニクは?」
心配そうにテオがドミニクのほうを向くと、ドミニクは気遣い無用だとばかりに片手を振り、トンと勢いよくイスを降り、店の奥へと向かいながら、テオの耳元にそっと片手を添え、小声で囁くように言う。
「全部、包み隠さず話してくる、いや、見せてくると言ったほうが正しいかな。こうなった以上、カミングアウトするしかないからね」
テオが懸念材料を口に出そうとするより早く、ドミニクはエマとともに店の奥へと姿を消す。そこへ、庭からタッタッタとクロエが駆け込んでくる。
「エマ~! ……あれ? エマじゃなくてテオがいる」
「こんにちは、クロエちゃん。エマさんは、今、ドミニクと内緒のお話をしてるよ。終わるまで、大人しく待ってようね」
「むぅ。じゃあ、テオに見せることにするわ。お庭に来て。あのね。ランナタのお花が咲いてるんだけどね」
「ランタナ、かな。いま、何色なんだい?」
「あっ。テオは、タンラナを知ってるのね。今はね、真ん中が白と黄色で、周りがピンクなのよ」
「へぇ。じゃあ、そのうち真ん中の黄色が濃くなって、周りがオレンジになるかもね」
クロエに手を引かれるまま、テオは他愛無い会話をしつつ、庭へと連れられて行く。店は留守になったわけだが、それからアランが戻ってくるまで、カウベルを鳴らす人間はひとりもいなかった。