068「笛吹けば」
「おっ! あったぞ、タンポポ」
「あのね。僕たちはスミレを探せと言われてるんだよ、ドミニク」
草むらにしゃがみ込み、片手でおいでおいでと手招きしているドミニクに対し、テオは呆れた表情をしながら、その近くまで歩いて行く。
「時期が違うんじゃないか? 見渡す限り、どこにもバイオレットが目に入らないぞ?」
「探しかたが悪いんじゃないか? 約一名、ぜんぜん違う目標に目を付けてるし」
「やっぱり、さっきのパンジーでお茶を濁すしかないかな。しぼり汁が恋の妙薬に使えるし」
「それは、あくまで古い劇の中での話だ。実際は、神経性の毒があるから危ない」
「もぅ。ロマンの無い人だな」
ドミニクは、テオの発言を聞き流してナップザックを肩から下ろすと、その中からオカリナのような素焼きの笛を取り出す。
「しおりに無い物を入れるなよ。遊ぶ気マンマンだな」
「いざ迷子になったときに役立つから、あながち玩具でもないよ。これで、小鳥だって呼べるんだから」
「絵本の読みすぎだ。でかいリスがおかしな笛を吹いて、警戒もせずに寄ってくる森の動物がいるとしたら、クマくらいのものだ」
「まぁまぁ、そうカリカリせずに、横に座れって」
苛立たしげに言うテオを、ドミニクはしゃがんだまま手を引いて隣に引き寄せる。テオが、仕方なさげにドミニクの隣に腰を下ろすと、ドミニクはテオの肩に寄りかかりつつ、片足を前に投げ出すように伸ばして座り、手にしている笛を吹きはじめる。
新緑の風薫る春のうららかな晴天に、しばし透明感のある丸い音色が鳴り響く。
数分ほどだろうか。ドミニクが気持ちよく演奏を続けていると、背後から、ガサッ、ガサッと草をかき分けて踏みしめるような音がしたので、ドミニクは演奏を止め、テオと顔を見合わせる。
「もし、冬眠から覚めたばかりのクマだったら、死んだフリをするってことで良いかな?」
「良くない。目を合わせたまま荷物を置き、クマの興味を荷物にそらしつつ、視線をそらさずにゆっくりと後ずさるだけだ」
「尻尾を消して、視界を奪った隙に走るってのは?」
「駄目だ。クマは人間より、はるかに走るのが早い。逃げ切る前に、追い付かれる」
そうこうしているうちに、足音が止まる。二人は作戦会議をやめて互いに頷き合うと、いささか緊張した面持ちで背後の草むらへと振り返る。
すると、そこには二人がよく見慣れている人物が立っていた。