067「西へ向かう前夜」
パトロール先でドミニクたちがネイサンと遭遇してから、さらに数週間が経過した。
「人は、何故に山に登るのか?」
「そこに山があるからさ!」
二人は寮の自室のベッドの上にロープやブリキのコップなどの持ち物を並べ、真ん中に校章が描かれた帆布製のナップザックに入れている。やや疲労の色が浮かぶテオとは対照的に、ドミニクはウキウキと心を弾ませている。
「楽しみだな、テオ」
「骨折り損のくたびれ儲けだと思うけど。何が悲しくて、十八にもなって遠足に行かねばならないんだか」
「ネガティブだな。大っぴらに外出できるんだから、良いじゃないか。ツマラナイ講義を受ける必要も、最後は精神論で解決する実技を受ける必要もないんだからさ。もっと、ポジティブに考えたまえ、若人よ」
ありもしない口髭を撫でるフリをしながらドミニクが言うと、テオは詰め終わったナップザックを丸イスの上に置きつつ、ため息を吐く。
ドミニクは、そんな素っ気ないテオに物足りなさを感じたのか、適当にギュウギュウと荷物を詰め込むと、それを自分の机の上に放り投げつつ、テオの肩を片手でゆらしながら言う。
「歴史や生物学は一夜漬けで乗り切れるけどさ。数学や古代語を簡単に覚えられる魔法は無いものかな。そう思わないか、テオ?」
「学問に王道なし。マジックよりロジックを覚えろ」
「回り道させるなよ。時間が有限である限り、人生を有意義に使いたいじゃないか。あのデガラシ、講義が下手すぎる」
「デガラシって言うなよ。幾何学の権威だぞ?」
「でも、言わんとせんところは分かるだろう? トリガラでもいい」
「あのな、ドミニク。失礼なあだ名を考える余裕があったら、講義内容を理解する努力をしてくれ。――酔うから、やめろ」
肩を揺らし続けるドミニクを、テオが両腕を伸ばして突っぱねると、ドミニクは老人のように顎を突き出し、フガフガと不明瞭な発生で言う。
「えぇ、諸君も、よぉく知ってのことと思うが」
「誰がモノマネをしろと言った」
テオが左手でドミニクのリス耳を引っ張ると、ドミニクは、その手を引き剥がし、異常が無いか確かめるようにパタパタと動かしてから、いつもの調子に戻る。
「まぁ、そういう枕詞を前置きしながら、あとに知るはずないことが続くんだけどさ。これ、学者バカの第二法則ね」
「なんだよ、それは」
「ちなみに第一は、余計なことで煩わせるなといって、平気で非常識なことをすること。でも、これは、どっちかというとバカ学者と言ったほうが良いかな。――そろそろ寝ようか」
ドミニクがタオルケットに包まり、テオに背を向けるようにして横になると、テオも自分のタオルケットを胸元まで引っ張り上げる。
「そうだな。明日は早朝から登山だから、体力を温存しておかないと」
「そうだね。でも、中腹の高台には、セーブポイントがあるよ?」
「……ん? 何か、良からぬことを企んでないか?」
「フッフッフ。それは、現地に着いてからのお楽しみだよ。――オヤスミ!」
「待て。まだ眠るな、ドミニク」
テオが半身を起こしてドミニクの肩を手前に引いて仰向けにさせると、ドミニクは、だらしなく口を開けて寝息を立てていた。それを見て、テオはヤレヤレとばかりに肩を竦めたあと、再びベッドで横になった。