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066「象牙の巨塔」

「誰が読むんだよ、こんなカビの生えた論文を!」

「ドミニク。やつあたりで、ホコリを散らさないでくれ」


 手拭いで口元を覆ったドミニクが、踏み台に乗って最上段にある本の天やはなぎれに乱暴にハタキをかけていると、その近くの下段で、ご大層に金で背文字が箔押しされた学論集を刊行された順番通りに並べ替えているテオが、三角巾代わりにしているハンカチの上へ降ってくる(ちり)に、目をしばしばとさせながら言う。

 パトロールから戻ってくるのが遅かった二人は、ドミニクの口元に白双糖の四角い結晶が輝いていたことを神経質な副班長に見咎められたこともあり、ネチネチと無駄に長い説教を食らった上で、古典資料を保管している書庫の整理と掃除を言いつけられたのである。


「だいたい、歴史は退屈なんだよ。なんだって、朗読会に臨席しなきゃいけないのさ。一夜漬けで丸暗記すれば、テストは及第できるってのに」

「君のヤマ勘が当たるのは、秋学期末の定期考査で認めるところだけどね。でも、講義中に熟睡するのは、態度が良くないぞ。ノートに、よだれの染みが出来てたじゃないか」

「いいじゃないか。どうせ、ノートは提出しないんだからさ」


 ハタキをカツラのように頭の上に載せつつ踏み台から降り、踏み台を持って隣の棚の前に移動しながらドミニクが言うと、テオは何も言わないまま、十四(ⅩⅣ)巻と十六(ⅩⅥ)巻を入れ替える。


「今度のテストを予想してみせようか?」

「口じゃなくて、手を動かしてくれ」

「あいにく、僕は口を閉じてしまうると、同時にモチベーションが下がってしまうタイプなんだ。泳いでないと酸欠になる回遊魚みたいなものだな」

「はいはい、さようでございますか。しかれば、お好きにお話しあそばせ」


 皮肉を込めた口調でテオが言うと、ドミニクは意に介さずにトクトクと喋る。


「帝政最盛期の三賢帝は出るね。|ルカ(Lucas)、|ルイ(Louis)、|ローラン(Laurent)のスリーエルで、戴冠された順番はルイ、ルカ、ローランで、年功序列も同じだけど、亡くなったのは、最盛期に絶大な支持を受けながらも退位したルカより、円熟期から衰退期に政争に巻き込まれて暗殺されたローランのほうが早い。そして在位期間は、黎明期にパイオニア精神を遺憾なく発揮したルイが一番長く、一番短いルカの三倍以上の日数を誇っている。また、その他にも」

「それくらいにしてくれ、ドミニク大先生さま。ただでさえ、風通しの悪さと古いインクや羊皮紙のニオイで頭痛がしそうなんだ」

「おやおや。もっとタフにならなきゃダメだぜ、相棒」

「急にハードボイルドさを出すな!」

「イテッ!」


 踏み台に乗ったまま肩を組み、兄貴風を吹かせつつ頷くドミニクに対し、テオは持っていた本を左手で縦に持ち、背表紙と地の角で盆の(くぼ)あたりに一撃を加えた。

 二人が蔵書整理を終えたのは、すっかり夜が更けてからであったという。

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