065「二律背反ではないか」
「カミングアウトしていないっていうより、出来ないと言ったほうが正しそうだ」
「理解してくれたのね。助かるわ」
最後の一枚をドミニクが手にしたところで、ネイサンは、そっと缶に蓋をする。ドミニクは、サクサクとクッキーを食べながら「ウーン」と唸ったあと、再び人差し指を立てて質問する。
「最後に、ひとつ」
「どうぞ。最後といわず、いくつでも」
「いや、そろそろテオの様子が気になってきたから、これでラストにするよ。――恋愛対象は、どっちなの?」
意を決した様子でドミニクが訊ねると、ネイサンはウフッと小さく笑みをこぼしたあと、ドミニクの背中を片手でパシッと叩きながら言う。
「いよいよ核心を突いてきたわね。男の子が好きってオネエもいるけど、私は女の子が好きよ。オネエだけど、女装はしてないでしょう?」
「あぁ、なるほど。でも、僕はターゲットとは違うよね?」
首を縦に振ってくれと言わんばかりに、ドミニクが期待を込めて訊く。しかし、ネイサンはニヤリと口角を上げたあと、ゆっくりと首を横に振って答える。
「その気が無いのは分かった上で言うんだけど、ボーイッシュでもガーリーでも、生まれ持っている素材に違和感なく似合っていて、ときめきを与えてくれる子ならいいのよ。だからドミニクくんも、ぜんぜん範囲外じゃないわ。あっ、もちろん、無理強いはしないから」
「アハハ。それなら、ひと安心かな。でも、そうなるとテオは標的に入らないってことになるけど、そうなの?」
「そうよ。ハンサムボーイは、見て眼福を得るだけ。お手を触れないままにしておくのが、私には一番なの。納得したかしら?」
ネイサンの言葉を聞いたあと、ドミニクは余裕を無くし、しばらく思考停止したのち、数十秒ほどおいて立ち上がり、廊下へ向かおうと歩き出す。ネイサンは、そのドミニクの腕を取って、反対方向へと誘導する。
「さっきのお庭は、こっちよ。忘れちゃった?」
「あぁ、どうも。一度で覚えられる間取りじゃないし、頭の中がいっぱいいっぱいすぎるよ」
「詰め込み過ぎたわね。いいわ。今夜のベッドの中で、ゆっくり整理してちょうだい」
そういうと、二人は微笑みを交わしながら、並んで廊下に向かった。
二人が庭に戻ると、押しの強いメイドが勧める茶菓を遠慮するために、必死で脳内にある婉曲表現を探すテオの姿があったとか、なかったとか。