064「口が酸っぱくなるほど」
「祖父は、楽隠居してから、いっそう骨董にはまってね。書画を蒐集する風流人だったから、遠い異国の画家の名前を初孫に付けたんだってさ。亡くなってから、その画家が肉感的な裸婦像で有名だったと知った父は、苦々しい顔をしてたそうだよ」
「あらあら。大事な跡取り息子に、なんて名前を付けるんだ、ってところね」
天窓から燦燦と降り注ぐ陽光の下で、ドミニクとネイサンはベルベット張りのソファーに座り、ときおり、その前のローテーブルに置いてあるクッキー缶から白くアイシングされたレモンクッキーをつまんでは、和やかに会話を交わしている。
「話がそれちゃったから、戻すけどさ。アランさんに、何を相談されてたの?」
「どのあたりまで、あなたが女の子だって知られてるかどうかよ。今のところは、私とアランさんと、それから、テオくんにも知られてるのよね?」
ネイサンがグーにした手を人差し指から順に立てながら言うと、ドミニクはクッキーを口に入れながら頷きつつ、パーに開いた自分の手を親指から順に折りながら付け加える。
「テオは誤算だったけどね。あとは、幼馴染のヴェロニクと、医務室の先生だよ。まだ、片手で数えられる範囲だね」
「ギリギリの線ね。これ以上は、増えないようにしなきゃダメよ。良いわね?」
食いしん坊の顔をまじまじと見つめながら、ネイサンが念を押すように言うと、ドミニクは、いつもと変わらない適当な調子で応じる。
「わかってるって。心配しなくても大丈夫だから。――それより、僕のほうからも質問して良いかな? 訊かれっぱなしだと、なんだか損した気分だから」
「ギブアンドテイクね。良いわよ。なんでも訊いてごらんなさい」
ネイサンが二つ返事で請け負うと、ドミニクは人差し指を立て、どこぞの警部のように質問する。
「ひとつ。良いトコのお坊ちゃまが、どうしてオネエになったのか?」
「まぁ。いきなり、センシティブな問題に切り込んでくるのね」
「答えたくなければ、次の質問に移るけど?」
「答えないとは言ってないわ。そうねぇ、遅くに生まれた一人息子に、男らしく育てようとされたことへの反発かしら。最近は、早く孫の顔が見たいとせっついてばかりだけど。まだ二十四になったばかりなのに、結婚を前提にお見合いしろって言うのよ。信じられる?」
「僕は十七だから、なんとも言えないな」
「んもぅ。そうやって、右から左へ受け流す文句だけは、スラスラ出てくるんだから」
拗ねたような態度をとるネイサンを無視し、ドミニクは質問を続けにかかった。