063「プルーストの真似」
「何かの見間違いかと思ったんです。――だろう、ドミニク?」
「そうそう。でも、ソラ似にしては、本人ソックリすぎるもんな。もっと早く手紙の消印のことを思い出していたら、ここまで驚かなかったんだけど」
「ホント、ビックリよ。まさか、二人が実家の近くをパトロールに来るなんて思わないもの。すごい偶然だわ」
白く塗られた木製のガーデンテーブルを囲み、テオ、ドミニク、それからネイサンが、非常にリラックスした状態で歓談している。
テーブルの上には、プラムの実やバラの花が上品に絵付けされたティーセットが、ひと通り用意されており、デザート皿の上には、おのおのの分のフォンダンショコラがのっている。三人は、それを純銀のケーキフォークで食べ進めながら、ときおり紅茶で喉を潤しつつ、世間話に花を咲かせているのである。
「今日は食べすぎるなよ、ドミニク」
「分かってるって。同じ失敗を二度繰り返すほど、ドミニクさまは馬鹿ではないのである」
大口を開けてフォンダンショコラを食べ進めるドミニクに対し、テオが釘を刺すと、ドミニクは口をモグモグと動かして咀嚼しつつ、胸を張って宣言する。すると、ネイサンは二人を見て口元に手を添えて上品に笑ったが、視界の端に台車が見え、次いで古式ゆかしい給仕服を着た年配の女が姿を現してネイサンに近付くと、すぐに毅然とした態度をとる。
「お坊ちゃま。お部屋の支度が整いました」
「ご苦労。――それじゃあ、ちょっと来てくれるかな。ねっ、ドミニクくん」
「えっ、僕だけ?」
驚くドミニクと、腑に落ちない顔で無言のまま視線を送って説明を求めるテオをよそに、ネイサンは片手で女に小さく手招きして耳元で囁き合うと、申し訳なさそうに眉を下げながらテオに一言断る。
「確認が済むまで、テオくんの話し相手になるように。今朝のタルトタタンは?」
「はい。まだ、あと半分ほどございます」
「すぐに取ってきて、お出しするように。――悪いんだが、チョイとばかり、二人きりで話したいことがありましてね。すぐに戻りますから」
「あっ、ハイ。どうぞ、ごゆっくり」
テオがよそゆきの笑顔を向けると、ネイサンは静かに会釈をしたあと、屋敷のほうへ歩きながら片手をドミニクに差し出す。ドミニクは、戸惑いつつも、その手をとって歩いて行く。そのあいだに、メイドは小走りで別の方向へと駆けて行く。
「……ここに小さなマドレーヌがあれば、幼少期を思い出すのかな」
一人取り残されたテオは、貴公子らしい優雅な仕草で紅茶の香りを楽しんでから、誰にともなくポツッと呟き、やや飲み頃を過ぎた液体を口に含んだ。