060「そのポジションは僕のもの」
「テオ。朝だぞ~」
「ムゥ……。まだ、外は暗いじゃないか。そんなことで、僕を呼び立てないでくれよ。適当に理由を付けて、応接間にでも待たせてといてくれ」
着替えが済んだドミニクは、毛布の上からテオの肩を揺するものの、テオは、その内側から完全に寝ぼけた声で見当違いの返答をしては、あっちへ行けとばかりに片手をヒラヒラさせて追い払う。その様子に、ドミニクは腰に手を当て、フンと鼻を鳴らして呆れる。
「起きろー、テオ!」
「ひゃい? ……あぁ、ドミニクか。朝から頭痛の種をまかないでくれよ。君と違って、僕は神経が細いんだから」
大きく息を吸ってから、ドミニクが大音量で叫んだばかりに、テオは、眉間に縦ジワを作りながら起き上がるはめになり、隣室の同級生は、ドンと壁を叩いて抗議している。
「悪かったな、図太い神経をしてて。だいたい、食堂が混みあう前にヴェロニクの朝食を済ませようって言ったのは、テオじゃないか。なんで、発案した張本人がグースカ寝てるんだよ」
「悪い。昨夜は、一度に色んな情報がインプットされたから、なかなか寝付けなくて。すぐに着替えるから、先に降りててくれ」
「まったく。なるべく早めに来てくれよ? ヴェロニクのお守りは、僕一人じゃ荷が重すぎるから」
「幼馴染なら、扱いに慣れてるんじゃないのか?」
「操縦マニュアルがあるなら、僕が知りたいよ。それじゃあ、待ってるからな!」
そう言って、ドミニクは部屋を出て、バタバタと廊下を駆けて行く。足音が遠のいたところで、テオは素早くベッドから起き上がり、手早くパジャマのボタンを外しはじめる。
それから、小一時間ほどした頃。
医務室に常備されている予備の体操着を着たヴェロニクは、まだ人がまばらな食堂で、食後の緑茶を飲んでいるテオとドミニクが見守る中、エルサイズの宅配ピザほどはあろうかという大皿に盛られたカレーライスを休みなく食べ進めている。そして、最後のひと匙を口に運ぶと、満足そうにおなかをさすりつつ、口の端についた米粒を下でなめ取って言う。
「ごちそうさま! あぁ、美味しかった」
「あいかわらず、胃袋は底なし沼だな、ヴェロニク」
「せめてブラックホールと言ってよ、ドミニク」
「ケッ。味も量も許容範囲が広すぎだっての」
やさぐれた調子で吐き捨てるように言うと、クルッとドミニクはテオのほうを向き、頬杖を突きながらぼやく。
「やれやれ。残したら、食べてやる代わりに、迷惑料として三人分払わせようと心積もりしてたのに。他人の奢りだと思って、チャレンジメニューを頼みやがって」
「まぁまぁ、そう嫌がるなよ。計画倒れに終わったのは残念だったけど、ちゃんと平らげたのは立派なものだよ。――偉い、偉い」
「えへへ。もっと褒めて~」
「ヘン。調子に乗るな、コギツネ!」
「アイタッ!」
爽やかな笑顔を向けて称えるテオに、気を良くしてヴェロニクがヘラヘラとしまりのない笑みを浮かべつつ、思わず尻尾を出すと、面白くないとばかりにドミニクは足元に視線を向け、その先にある小麦色の尻尾を自身の尻尾に絡め、力任せに引っ張った。