7、肛門破壊大作戦!
アルガさんと別れて、俺は一人でダンジョンを歩く。
すでに「オーク討伐肛門破壊大作戦」は動き出している。
ちなみに作戦の命名はアルガさんだ。
このエリアにはゴブリンとオークしかいないらしい。
オークはエリアのボスなだけあって一体しか存在していないようで、そのオークはアルガさんがこっそり監視してくれている。
そのため、下手なルートに迷い込まない限りはオークに出会う危険性はない。
なのでゴブリンを探しては短剣でバッサリやる。
ひたすらその繰り返し。
またゴブリンがいた。
そっと背後から近づいて行き、喉元を一閃する。
これで一撃。
抵抗される事もない安全かつ簡単なお仕事だ。
なぜこんなに俺の隠密行動が上達しているかというと、俺は今、無臭状態になっているからだ。
「消臭。臭いを消してくれる魔法だ。これでゴブリンには気づかれなくなる」
別行動を始める前にアルガさんがかけてくれた。
ちなみにそれがアルガさんの覚えていた初期魔法だったらしく、序盤はかなり苦戦したようだ。
「同期となる相手がいなかったな、詰んでたかもな」
別の魔法も覚えた今となっては笑い話だろうが、最初は何のための魔法か分からず困惑したらしい。
実際には隠密行動が可能になる優秀なスキルだと気付き、アルガさん達は有効活用できたようだ。
他のモンスターは分からないが、少なくともこのエリアにいるゴブリンとオークは鼻が利く。
というか敵を察知する事に関して、そのほとんどを鼻に頼っている感があるのだ。
故に、自分の臭いさえ消せば、一転して接近に気づかれにくくなる。
背後からの急所を狙ったクリティカル攻撃で簡単に仕留められるようになるというワケだ。
「うーん、中々ドロップしないな……」
何も残さずに消えていったゴブリンに思わず溜息をつく。
俺の行動の目的はいくつかあるが、一つはアイテムの収集を兼ねたレベル上げだ。
「私たちにはレベルみたいな概念があるみたいなんだ。ゴブリンを倒しまくっていると、たまに体が軽くなったと感じる時があって、そしてそれは勘違いじゃないってすぐにわかる。多分、それがレベルアップだと思う」
アルガさんの説明はそんな感じだった。
かなりフワっとした説明だが、この世界での先輩が言うのだからそうなのだろう。
実際にそんな分かりやすい表示がでるワケではないらしいが、実際にレベルアップすれば感覚で分かるらしい。
レベルアップしたと形容するのがしっくりくるそんな感覚が、戦闘の後にふと湧いてくる。
「不思議な世界だよな。レベルなんて、やっぱりゲームみたいだ」
半信半疑のまま通りすがりにゴブリンを倒しまくっていると、アルガさんの言葉そのまんまの感覚を感じてしまった。
別に疲れてもいないのに全身から疲労が急に取れたみたいに、少し前の自分がすこぶる調子が悪かったのかと思えるくらいに体に力を感じたのだ。
それと同時にいつもの紙テープが落ちてきて、相変わらずな文章でその現象を説明してくれた。
『レベルアップおめでとうございます。モンスターを倒すであなたは育ちましょう。あなたは強くなってください。最後にダンジョンクリアするために』
確かにレベルアップしたらしい。
そんなこんなで俺はレベルアップらしい感覚を二度ほど感じたが、アイテムはというと全く手に入らなかった。
あまりアルガさんを待たせるわけにもいかないので折り返し、来た道を戻る。
道中にもまたゴブリンがいたが、倒してもアイテムは出なかった。
俺の武器はアルガさんから借りている短剣だけ。
あの巨体を相手にするには若干の不安が残るが、仕方がない。
監視をお願いしているアルガさんもだが、何より肛門にぶっこまれたままのあの少女の事を考えても、準備に時間をかけすぎるべきではなかった。
石造りが続く明るい道を戻る。
行きに数えたのと同じ数の交差点を超えた所だった。
付近からドスドスという聞き覚えのある足音がする。
(オークの足音……移動している?)
予定の場所にアルガさんの姿がなかった。
不可侵領域は燃費が悪いらしく、監視は消臭を使って曲がり角の陰から行っているハズだったが、付近にそれらしき姿はない。
困った。
状況が分からない。
このまま作戦を次の段階に移行するのは危険だ。
作戦を確実に行うにはアルガさんとのタイミングを合わせる必要がある。
重量感を孕むドスドスという足音は間違いなくオークのものだ。
ドスドス……
(うーん、どうしよう。俺が見失ってどうすんだよ……)
ドスドスドスドス……
(うーん……うーん……ん? このパターン、なんか覚えが……)
ドスドスドスドスドスドスドスドス……!
(あれ、なんか足音が妙に正確に近づいてきてる気が……というか既視感なんだけど……)
「ブホオオオオオ!!」
「うおぉぉぉぉぉ!?」
角の先から足尾との主が現れた。
ブヨブヨに弛んだやけに鮮やかな桃色の肌を持つ凶悪な豚面のモンスター。
その鋭い視線が俺を捕らえる。
目の前に現れた新たな獲物として。
「マジかよ!? なんでだ!?」
見つからないハズだったのだが、あっさり見つかった。
奇襲作戦が始まる前に失敗である。
まさか、消臭の効果が切れたのか……?
それしか考えつかなかった。
アルガさんは時間制限のような話はしていなかったため、気にもしていなかった。
冷静に考えれば当たり前だ。
一度かければ永遠に続くなんて、いくら魔法でもそんな都合の良い話はないだろう。
「ブホオオオオオ!!」
「うおぉぉぉぉぉ!!」
オークが雄叫びを上げて駆けだした。
俺は逃げる。
とにかく逃げる。
とにかく、何とかしてアルガさんと合流する。
それしかない。
アルガさんの補助魔法なしに奇襲作戦は成り立たないし、そもそも俺はオークから逃げ切れない。
前回の逃走劇で俺のスタミナが乏しい事は理解した。
アルガさんがなぜ予定の場所にいないのか。
敵に発見された?
別の人との遭遇?
行動パターンを考えて、無駄な方向へは逃げないように。
情報は漏らさず、全て拾う。
例えば道中。
何か目新しい物は落ちていないか。
アルガさんの合図か、あるいは別の人の交戦の跡。
オークはどうだ。
新しい傷は付いていないか。
幸いにもオークの足は速くない。
距離を取って振り返れば観察も可能だ。
その時、オークが不自然に足を絡めた。
何が起こったのか分からないのか、受け身も取らずに前のめりに倒れ込んだ。
「シロ、目だ! 目を狙え!」
アルガさんが何もない空間から魔法のように姿を現す。
俺はその言葉に突き動かされるように駆けた。
倒れ込んだオークの顔が近い。
その右の目に、全体重をかけて短剣を突き立てた。