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空白の明日に  作者: 赤羽樹
5/11

懐疑

「疑い」は「信用」か「不信」の分かれ道。

この先、あなたが自分自身に宿したいのは?

病院はいつだって慣れないままだった。私もあの頃と変わってないのかもしれない。朱里だって本当はここが居心地のいい所とは思ってないんだろうな。今はぐっすり眠っているけれど、こう見ると何の変哲もないどこにでも居るようなただの17歳の少女である。橙色の小さな明かりが私の手元を照らし、今小説を読みながら妹の寝顔を時折眺めている。ただ意識していなくても左腕にどうしても目がいってしまう。ほんの数時間前、朱里の友達だという川前里奈ちゃんからも気になることを言われた。

病院の待合室に少し苦い顔をした里奈ちゃんが座っていた。私は最初、朱里が倒れたことが心配なのかと思い、彼女の横に座った。

「どうしたの?」

「あっお姉さん」

「朱里の事なら心配いらないよ。お医者さんも大丈夫って言ってたし」

「はい…」

しかし、里奈ちゃんの顔はどこか浮かない様子だった。私もさすがに疑問に思い、質問することにした。

「何か…気になることでもあるの?」

案の定、里奈ちゃんは図星と言わんばかりに表情が強ばった。よく見ると両膝に置かれていた手もギュッと握られていた。

「お姉さん。あの…里奈の左腕に何かあるんですか?」

「え?」

正直、この問いかけには私もドキッとした。何せそれは私も知りたい事柄だったからだ。

「何かってどういうこと?」

里奈ちゃんは少し黙った。恐らく言葉を吟味しているのだろう。私と同じであまり安易なことを想像したくはないはずだった。

「お店でお喋りをしていた時、急に朱里が帰ると言い出したんです。私はびっくりして朱里を呼び止めたんですけど…その時、朱里の左腕を掴んだ瞬間、悲鳴とともに振り払われてしまったんです。その後、店の外でもふいに掴んでしまってまた同じ状況に…そこから朱里、急に様子がおかしくなって崩れるようにして倒れたんです」

里奈ちゃんは朱里との間に起こった出来事を丁寧に話した。この子の様子から察するにどうやら嘘ではないらしい。恐らく真実なのだろう。そして、左腕が原因と思ったため私に左腕のことを質問してきたのだろう。しかし、私としてはその前が問題である。急に帰ると言い出したのは何故だろうか。まさか、また朱里の精神疾患が再発してしまったのか。ほぼ完治に向かっていたはずだが何かの拍子に塞いであった栓が抜けた可能性も否定出来ない。とりあえず朱里の心に何かしらの変化があったのは事実だった。

「お姉さんは何かわかりますか?」

里奈ちゃんはもう1度私に確かめてきた。私も慎重に答えた。

「私もね。里奈ちゃんと同じ反応をされたことがあるの」

「え?」

まあ当然といえば当然の驚きだった。

「私があの娘に会って間もない頃にね。左腕に包帯がしてあってそれを尋ねたら同じ反応をされたのよ。今は私にはたぶん包帯を見せてもいいと思ってるんでしょうけど、当時は私にも見せたがらなかったな~」

里奈ちゃんは包帯というワードにギョッとした表情を見せた。しかし、少し考えてからふと私の方を怪訝そうな顔で見つめてきた。

「私が朱里に会った時?」

ああ、なるほど。そういえばまだ朱里との関係を言っていなかった。私は胸ポケットに手を伸ばすと名刺を一つ彼女に渡した。

「小鳥遊…七海?」

里奈ちゃんはさらに困惑した様子だった。私はゆっくりと言葉を発した。

「名刺を見て気づいたと思うけど朱里と私は血が繋がっていないの。私が朱里に会ったのは19の頃だし、当時、朱里も中学1年生くらいだったと思う」

私達2人は黙ってしまった。私も正直、この先を喋っていいのか迷っている。いやこの前か。それをこの子に話してもいいものだろうか。私は分からなくなって少し躊躇していると里奈ちゃんの方から言葉を投げ掛けてくる。

「それじゃ…何で朱里を妹にしたんですか?いや、そもそもすることになったんですか?」

彼女は頭の回転がいいのか純粋なだけか、いやそれとも…。

私は未だに迷っている。しかし、こうも思う。

今まで朱里のことはごく僅かな人にしか話せないでいた。しかもそれはかなりの他人への理解がないと成立しないものだった。私は朱里のことを誰かと共有したいのか。いや、そんな馴れ合いみたいな事は正直したくない。ならば、今友達だというこの子に話してもいいのだろうか。やっぱり私はわからない。なら、私の想像が及ばない未来をこの子に委ねてみよう。

「朱里を妹にした理由か~。ふふ、特別な理由はないんだけどね。ただ私があの子の面倒をみたいと思ったのは事実だよ。就職が決まって施設を出ることになった私をあの子は寂しそうな目で見たの。いや、私の単なる思い過ごしかもしれないけどね。でも今はそれが思い過ごしであったとしてもよかったって思えるんだ。だってあの子の笑顔を毎日見ることが出来ているからね」

「施設って…?」

「ん?ああ、私と朱里にはねぇ親がいないのよ。どちらも幼い頃に両親を亡くしているの。私は施設暮らしが長かったけど、さっきも言ったように朱里は後から入ってきたの。親戚の夫婦が引き取っていたらしくてね。でも、元々の娘ではないし、経済的にも厳しいってことで移ってきたらしいんだけどね。あとは病弱なのもあったのかな?あまり詳しいことは私も知らないんだけど」

「そうだったんですか…」

再び2人の間を沈黙が横切った。里奈ちゃんは視線を地面に戻してそのまま黙っている。私は辺りをキョロキョロした。何となくだった。大した理由はない。その時、里奈ちゃんが「あの」とボソリと呟いた。

「私、朱里のこと何も知らないんです。だから、知りたくなったんです。もっとお互いを知って仲良くなろうと思ったんです。でも朱里は…多分ですけど相手に詮索されるのがあまり好きではないようでした。結局、朱里のことは何もわかりません」

私は目を丸くした。こんなにも朱里のことを気にかけてくれる子がいたんだって素直に思った。

「実はね、私も朱里の左腕を見たことはないんだ」

「え?」

私は唐突に話を戻した。そして、そのまま続ける。

「朱里の包帯の下は4年間一緒に暮らしてきけど未だに見たことがないんだ。他にもあの子が学校でどんな暮らしをしているのかとかどういう性格なのかとか本当のところはわからない。私も朱里のことでわからないことだらけなんだ。里奈ちゃんと一緒だね」

私はそう言って微笑んだ。地面を見ていた彼女はゆっくりとこちらを振り向き自然と目が合った。

「お姉さんでもわからないこと…あるんですね」

皮肉まじりの言葉だったけどどこかホッとしているようにも聞こえた。里奈ちゃんからしたらこれから知ろうとした相手が突然倒れるなんて混乱を招くことは必然と言えた。

「姉妹なのに情けないよね。だから私もあの子のことを知りたい。里奈ちゃんさえ良かったらこれから近況報告とかお願いできないかな?朱里の学校生活をもう少し知りたいしさ」

我ながら私は姉失格である。これではまた一つ朱里に対する秘密が出来てしまったがこうすること以外、朱里のことをよく知れないと思ってしまったのだ。

「ええ、いいですよ」

里奈ちゃんも快く返事をしてくれた。私の方に笑顔を向けている。

「それじゃさっきの名刺を貸してもらってもいいかな?私の連絡先を書くから」

「わかりました。ちょっと待っててくださいね」

里奈ちゃんはそう言うと鞄の中を漁った。

「はい」

「ありがとう」

手渡された名刺の裏に私は自分の携帯のアドレスと電話番号を印した。そうしてもう一度、里奈ちゃんへと返した。

「本当は朱里のアドレスを知りたいんだろうけど私から教えるとあの子怒るだろうからそれは里奈ちゃんから聞いてね」

「はい…」

里奈ちゃんは私の渡した名刺を見つめながら返事をした。しかし、その視線は名刺ではなくまた別の何かを捉えているようにも見えた。

「それじゃ私はこれで」

「え?朱里のことは…?」

「ふふ、すぐそこの売店に行くだけだよ」

「そう…ですか」

里奈ちゃんはまた俯き始めた。そして、私が売店から戻ってくる頃には彼女の姿は消えていた。

私は結局言えなかった。いや、言わない方が懸命だったのかもしれない。本当はよくわからないなんて嘘で朱里のことは施設長からよく聞かされたからさすがにそれなりのことはわかっていた。朱里の過去は他人にベラベラ喋っていいものではないし、施設長も私が朱里のことを理解しやすいよう話してくれたに過ぎないのだ。橙色の光で私の足元にはよりどす黒い影ができていた。朱里?あなたは一体何者なの?私はベットですやすや眠る妹が何故かとても恐ろしく見えた。

最近妙なことがある。お姉ちゃんは誰かとマメに連絡を取り合っているらしいのだ。以前に比べて携帯を確認している。携帯は会社などの業務連絡以外はほぼ無頓着といった様子だったのに、どうも最近は違うらしいのだ。しかもそうなったのは私が退院した後からだ。ということは里奈?その可能性は充分にあった。しかし、理由が見当たらない。まぁ一つ考えられるとしたら私の事だろうけど、もしその場合その事実は私にとっては恐怖に他ならなかった。お姉ちゃんが私の事を、私の過去のことを話した可能性がある。幸い、左腕のことはお姉ちゃんも知らないだろうからそれはないとして。他には思い付くものが沢山ありすぎて余計に不安を煽ってしまう。里奈だってバカじゃない。あの一件で私の左腕に何かあると勘づいたはずだ。未だ咄嗟に左腕に触れられると拒絶反応を起こしてしまう自分を恨めしく思った。

私のことを調べている?いや、それなら何のために?私はたった17年しか生きていない頭で必死に考えた。私が調べられていると感じる根拠は確かにある。それは、里奈の態度だ。前からよく話しかけてくるとは思っていたが最近は単なる興味本意とは思えないほどベタベタと接してくる。どこを行くにしても付いてきてる様な感じさえあるのだ。まぁこれは私の勘違いかもしれないけど、心配という言葉で片付けていいものなんだろうかという懸念がどうしても拭いきれなかった。そういえば先程お姉ちゃんが変わったと言ったが里奈にも同様の事が起きていた。里奈も逐一携帯をいじるようになったのだ。以前は会話を中心に場を盛り上げようと努めていた里奈が私と何かあるとすぐ携帯をいじり出すようになったのだ。初めからこういう人間だったのかなとも思ったがどうやら違うらしい。他のクラスメイトの子も「最近、里奈よく携帯みてるよね~」と話しているのを耳にしたことがあったからだ。クラスメイトは彼氏かななどと浮かれていたが私の目にはどうしてもそうは見えなかった。仮に彼氏だったとしたらあんな能面の様な表情はしない。あれは以前テレビで見た使命感を持った軍人の顔つきにも思えた。私は思い切った。

「ねぇー里奈?」

里奈は驚いたように後ろを振り向いた。そして携帯を私に見えないように隠した。

「どうしたの?」

「え?ううん。何でもない。朱里こそなあに?」

「いや、最近携帯をよく見てるな~っと思って」

里奈は不自然な間を開けた後、繕うように答えた。

「最近バイトを始めてさ。それでシフトとかの連絡が諸々くるから確認しているだけだよ」

里奈は何の不自然もないように答える。私もここで下がってはいけないと思った。

「何のバイト?」

「ファミレス!駅近くのところなんだけどね?あっそうだ。朱里も今度来てみなよ!お姉さんでも連れてさ!」

里奈は持ち前の明るい声で答えた。私の目にはから回った上がり口調に聞こえた。

「うん。機会があれば…ね」

私は曖昧な返事をしてその場は引いた。

そういえば今更ではあるが里奈が「お姉さん」という単語を使ったことに少し違和感を感じた。いつもなら誘うのは私だけだった里奈が私の身内を誘うのはかなり珍しい。何気なく姉の名前を出した里奈は姉との接触を機に、そこで親しくなったのだろうなと確信した。誰も親しくしているとは言っていないが女の勘というやつなのか、直感的にそう思ってしまった。恐らく病院で何かあったのだろう。私の記憶にないということはそういう事だ。

里奈。あなたは私の何を知ってるの?お姉ちゃんから何を聞いたの?あなたの想像した私の過去ってどんなの?

私の頭の中に駆け巡るのは疑問符の付くものばかりだった。それどころかそれらは膨張を続け、爆発寸前で懐疑心として小さく根付いてしまう。少々厄介な異物を心の中で飼っている状態なのだ。それは時折、不安という餌に泣き喚きそうになるが理性という毒が私の感覚を麻痺させ何とか錯乱しないように努めてくれている。

しかし、一度でも混乱を患った者は例外であり理性という毒が完全に解毒されてしまう。そして、不安という餌に踊らされて私は常に期待をしては簡単に裏切られてしまう。だから、ある時から友達も作らなくなった。作れば必ず裏切られてしまう。人間は元来そういう生き物だ。裏切りを生の拠り所とし、自己中心的な考えこそが正義だと決して疑わない。明らかに人間性としてはおかしいと思っていても他からの影響力で不正解があたかも正解だと信じ込んでしまうのだ。

だから私は他人を信用していない。今では自分自身さえも信用出来なくなってしまっている。私は他人のためにも自分のためにも生きてはいない。そこに「生きる」があるから生きているのだ。しかし、それは意味を持たない空虚なもので私はそこに入るはずの理由だったり理念だったり、自分がなぜ生きているのかの答えが知りたいだけなのだ。話を戻そう。裏切りは大いなる期待や信用のもとに最もな効力を果たしてしまう。だから私はガッカリしないためにも常に疑いの目を持ち、一歩引いた目線で物事を捉えている。それは里奈にも、ましてやお姉ちゃんに対しても。

一番信用出来るはずの人を一番に疑ってしまう。私はそんな自分が嫌いだ。どうしてもっと器用に生きられないの?どうして私はどこまでも不器用なままなの?私は昔と何も変わっていない。全てに疑いの目を持ち、いつも世界に絶望している。大きな裏切りは確かに大きなダメージを私の心に(もたら)すけどそれは一時的なもので小さな裏切りの蓄積ほど厄介なものはない。小さな裏切りは幾許かの期間を経てあらゆるストレスを溜めてしまう。それは私の心というタンクには収まりきらず破裂してしまう。それが喪失に変貌を遂げてしまう。その喪失はやがて私の心を蝕み、抜け出せそうにない暗闇へと誘っていく。それが今の私だ。変えようとも決して変わらない自分が存在するのではないかと疑ってしまう。誰でもいい。私を変えて欲しい。手段は選ばない。その肉食精神旺盛な態度で私を改造してほしい。私はお姉ちゃんに……。

「懇願の気は済んだか?」

悪魔の囁きが脳から直接、鼓膜を刺激してくる。

「気?そんなもの済むわけないでしょ?私はあなたから離れたいの」

「ふふ、生意気な。あの場面で誰がお前を救ってやったと思ってる?恩を仇で返したいようだなお前は」

「恩?そもそもあなたから受けたのは恩とは認識してないわ」

「まぁいい。詰まるところまたお前は自分から私に歩み寄ってくるだろうからな」

「どういうこと?」

私は悪魔の言う事がイマイチ掴めなかった。もう1人の自分をまた頼ってしまうの?それは絶対にイヤ。あれが表面化した瞬間、私の目に見えている世界が崩壊してしまう。それだけは絶対に避けなければならない。

「意味はそのままだ。またお前は私を頼ることになる。臆病で気弱なお前は私の力無しでは決して生きられないのだからな。悪魔との契約みたいに力を与える代わりに崩壊が代償だ」

「みたいってあなたは悪魔でしょ?」

「馬鹿なことを言うな。私はお前だと言っただろう?悪魔ではないよ。お前が私を悪魔と言うならお前も悪魔ということになるぞ?」

「はは、そうだね。私は悪魔なのかもしれないね」

私は自分に反駁することが出来なかった。本当はしたい。でも出来ない。悪魔かもしれないとういう心当たりが私にはあったからだ。お姉ちゃん。私はあなたを本当に信用していいんですか?私は私の事が信用出来ない。そんな人間がお姉ちゃんを信用していいものだろうか。どうしても人間の本質は変わらないと思ってしまう自分がいる。古人も性悪説を唱えてはいるが今はそれに賛同も出来るし納得もできる。あなたに受けた恩恵は生命を削ってでも返さなければならないはずなのに心に抱き続けた懐疑心のせいでその行動に踏み切れないでいる。

私は愚かです。どうしようもなく愚かなのです。それはあの事故からかもしれない。私は罪を犯した。一生を償わなければならないほど罪を犯した。お姉ちゃんが人殺しと蔑まされたのならば私も同罪、いやそれ以上の罪を背負わなければならないはずなのだ。お姉ちゃんは知らない。いやこの世に生きている人間は誰も知らないはずの真実を抱えてこれから先、私は生きていくのだ。

愚かさは人間の本性そのものなのです。

うちはよく楽天的だの楽観的だの所謂バカに見られることが多々あった。一人称が現代人特有の「うち」なのもより一層バカに見えるらしい。知的になりたくてたまに私という言葉を使うけれど普段から使い慣れている朱里やお姉さんには足元にも及ばなかった。うちの周りにいる人はうちのそんな性格に乗ってくれるような同人種たちだったけど朱里だけが違った。他の人は朱里のことを暗いとか近寄り難いとか言っていたけれど私は彼女を見る度にどんどん引き寄せられていった。最初は些細なことだった。委員会が一緒になったのだ。私は以前から話してみたいとは思っていたけどあと少しの勇気が出なかったのだ。委員会のクラスに配布資料を運んでいる時、私はふと朱里に声をかけた。

「齋藤さんって不思議だよね」

朱里は怪訝そうにこちらを見つめてくる。

「どこらへんが?」

「え?いや~、何か他の人と雰囲気が違うなって。何ていうか独特な自分という雰囲気を持ってるていうか」

私は自分でも何を言っているのかわからない言葉で返答した。

「そうかな~?至って普通だと思うんだけど」

「そう?うちには違って見えたからさ」

ほんの少しの沈黙が私には長く、また気まづく感じた。すると意外にも口を開いたのは朱里だった。

「川前さんは変わってるね」

「え?」

思いもよらなかった。うちが思っていたことをそのままそっくり返されたからだ。

「何ていうかクラスのみんなはどこか私によそよそしいのに川前さんは全くそんな感じがしない。話してて凄く楽しいよ」

うちはこの言葉が堪らなく嬉しかった。

それから私は朱里のことをよく遊びに誘った。

しかし、姉の手伝いを理由にいつも断られてしまうけども。朱里はあまり自分のことも家庭のことも話そうとはしなかった。それどころか話しかけに行くのはいつもうちからだった。

朱里はうちとのお喋りは楽しいと言った。しかし、楽しそうな顔をしたことは一度も無い。薄ら笑ぐらいは浮かべたことがあるが大声を出して笑うということはなかった。

朱里とは本当に友達と呼べる仲なのだろうか。お姉さんにはそりゃ友達に見えたかもしれない。でも実際の所は怪しいと言わざるを得なかった。うちが一方的に話しているだけで朱里は馬耳東風の如く聞き流しているだけなのではないかと思えてくる。本当はうちだけが友達だと思っているだけで朱里からしてみればただの暇つぶしの相手なのではないだろうか。いや、その役割にすらなっていないような気さえする。

うちだけが朱里の特別なんだと思ってた。今思えば何て烏滸(おこ)がましいんだと自分を叱ってやりたくなる。

恐らくだが朱里にはもう既に特別が存在している。それがお姉さんなのか、はたまた別の人物なのかはわからないが朱里はうちら「俗人」には見せない顔を本来見せているのだろう。正直言うとその人が羨ましかった。でもうちは朱里とトモダチになりたかった。うちをただ明るいとか誰でも分け隔てなくとかフレンドリーとかいろいろ人は言うけれどうちだって1人の人間だ。心がない訳では無い。そりゃあ合わない人は合わないし、好き嫌いはある。それでもうちが誰でも話そうとするのは単純に嫌われたくないからとかそういう軽い理由なのかもしれないと自分を疑ったことがあるがよくよく考えてみるとそうでもないらしい。うちは派閥みたいな差別が嫌いなのだ。良くいえば正義。悪くいえば偽善者。良かれと思って朱里にも話しかけたのは事実だ。そんなうちが朱里とトモダチになりたいだなんて図々しいにも程があった。それでもうちはあなたの特別になりたい。だけどそれが叶いそうにはない。うちの邪な気持ちがある限りあなたの特別にはなれやしないから。

朱里が倒れてからお姉さんとは約束通り連絡を取り合うようになった。ただ携帯ばかりをいじっていると怪しまれると思って新しくバイトも始めた。幸いうちらの通う高校はバイト禁止の校則がなかった。いざ怪しまれてもバイトの連絡と言い訳できるとこの時は軽く考えていたのかもしれない。当時のうちからして見れば上出来と言えるアイディアだったけど今思えば明らかに陳腐だ。案の定、朱里も携帯ばかりいじるようになったうちを不審に思ったのか珍しく朱里から歩み寄ってきた。うちは自分が用意した言い訳を述べると朱里がそろそろ感づいているかもしれないことをお姉さんに伝えた。

うちは一種、刑事や探偵になったような気分だった。朱里が犯人のような扱いをされていることにこの時は不思議にも気づかなかったのだ。うちは部下でお姉さんが上司。犯人の近況を逐一報告しているような気分だったがそこには少なからず罪悪感も一緒に混流していた。

それなのにうちは朱里の監視をやめようとはしなかった。ほらまたよく刑事が使うような「監視」という単語を用いている時点でうちは朱里から遠のいているような感じがしていたのだ。

朱里を観察していて気づいたことがあるのだが朱里はたまにどことも視線が合わない目をし、宙を眺めたままぼぉうとする事があった。それは中身が存在しない人形の様にも見えた。それからこれが一番恐ろしいくゾッとするのだが殺気の篭った目もすることがあるのだ。これは単なる気のせいとかではなく目が合ったら本当に殺されてしまうのではないかと思ってしまうほどの目をしている時がある。うちはその目を見つけると決まって朱里から目を逸らしていた。

朱里。あなたは一体何者なの?

彼女のことを知ろうとすればするほどうちは朱里のことがわからなくなっていった。

朱里。あなたはうちのトモダチだよね?

この言葉を言おうとする唇は小刻みに震えていた。

次回に続く

サブタイトルはすみませんが未定

お楽しみに

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