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空白の明日に  作者: 赤羽樹
4/11

記憶

朱里の記憶の紐が解かれ始める。

あなたは何を思うだろうか。

私は生きている存在価値が未だに見い出せないでいる。

たぶんそれはあの頃からなんじゃないかって思う。

壮絶な虐待とイジメの末に見たものは希望でもなんでもなく生きるための手段だった。お姉ちゃんには申し訳ない話だけど今は繋ぎ止めた生にしがみついて必死になっているだけでそこに感謝の念があるかというと正直怪しい。私は非道な人間だ。

横たわった闇が欠伸をしながら退屈そうに私に質問をしてくる。

「お前は何のために生きている?」と。

だからこのか細い喉から私は言葉というものを放ってみせた。

「私は私のために生きている。私を殺させないために生きている」

すると意地悪そうな顔でまたボソリと暗闇が言うのだ。

「自分のため?そんなものとっくの昔に消滅しているだろうに」

「え?」

気の抜けた落胆にも近い声が私の歯をすり抜け水のように口から零れ出た。

「まさか気づかなかったとは言わせないよ?お前の自我には既に別の何者かの支配が加わっている。それこそがお前の生きている意味であり、生かされている意味なんだよ。だから、お前はその何者かを生かすために、いや守るために今を必死に生きているんだよ。しかし、そいつを出さないように今はお前がコントロール出来ているがな」

正直、このモノが何を言っているのかはわからない。ただ、私の中には別の誰かが存在していて、その支配に屈服しないよう努めているということだけは理解できた。

これからどうしたらいい?今まで通り必死に今を生きていくということでいいのか。この数年で培った、この演技力で。

お姉ちゃんはもちろん知らない。いや知る由もない、私だけの記憶。ここにヒントがある。私を知るためのヒントが。私が何者であるのかを知ったとき、私は本当の私になれるのかもしれない。一人で生きていくための重要な武器になるのかもしれない。そして生きる意味がわかるかもしれない。だから今は色々なものを押しつぶしておくしかないのである。


何度目が覚めても同じ天井を朝日が照らしている。今日もやる気が無いのに重たい体をゆっくりと起こした。

並べられた朝食に、並べられた決まり文句。私にとっては変わらない日常が何よりも苦痛で、退屈で仕方がなかった。

美味しい朝食に対する笑顔。姉は私の虚偽で塗り固められた幸せとは違い、純粋無垢とした幸せをその顔面に塗り固めていた。

同じ人間であるはずなのに何が違う。どうしてこうも違ってしまう。私は本当に自分が何のために生きているのか未だにわからない。どうして生かされたのか鏡の前に立っていつも考えてしまう。そして家を出る際も重たい玄関の扉を開けながら私はいつも迷宮の果てに何があるのか知りたくなってしまう。


学校に着くと決まって1人の女生徒が近寄ってくる。

「朱里?おはよー!」

「おはよう」

彼女の名前は川前里奈(かわまえりな)。私と里奈が初めて話したのも私がひとりでいる所に気さくに話しかけてきたのだが私と仲良くなりたいのかどうかは正直わからない。実際、私も彼女と仲良くなりたいのか曖昧になってしまうのだ。だから、私は近すぎず遠すぎずのいい距離を保っている。

里奈は私なんかとは違い、クラスで中心に立つくらいの積極性のある、美人で活発な人間だった。だからどうして私と話そうとするのかイマイチつかめないでいる。ほら、今日も何かに誘ってきた。

「ねー朱里!今日駅前のケーキ屋さん行かない?すっごい美味しいらしいよ?」

「ごめん。今日もお姉ちゃんの手伝いしなきゃいけないからまた誘って」

「えーまたー?いいじゃん。ちょっとくらいー」

「うーん」

里奈はしかめっ面をしながら私に言ってきた。眉間にそんなに皺が寄ってしまっては折角の美人な顔が台無しだと思いながら私の心は別のことで迷っていた。

「じゃあ…少しだけ」

「え!?本当に!?じゃあ行こう!」

彼女は私の机の上に両腕を置いて嬉しそうにこちらを見つめてくる。私もその顔を見てニッと微笑んで見せた。

この学校も、クラスも、授業もひたすら退屈で仕方がない。しかし、どんなに環境が変化しようと人間の本質は変わってないと思う。それは彼等彼女等の顔を見ていれば一目瞭然だった。

トイレに来た私を見て集団の女子が会話をピタリと止める。正常な空間に紛れ込んだ異物を見るように彼女達の目は恐ろしく冷たい。同時にこの静かさがジワジワと私の心を蝕んでいくのがわかった。彼女達はヒソヒソと声を潜めトイレを出ていった。

「はぁーはぁー…」

息を止めていたのかと思うほどの呼吸の波が一斉に襲ってきた。壁に身を委ねながら少しの間、深呼吸をした。苦しい。時折、思い出してしまう。あの頃のことを。まだ私は。


私の記憶はたった一部分が欠落している。それは、下校中、道端で倒れた日のことだ。あの日は確かに学校には行った。昼休みを終えて放課後までいたのは覚えている。しかし、その後の記憶がごっそり持ち去られている。気づいたら病院のベットの上だった。

その記憶の中に何があるのだろうか。私はそれを知りたい。知らなければならない。高校は小学や中学とは別の地区なのでここでは私を知る者は残念ながらいなかった。知る鍵は施設長か、当時の小学の担任だった。しかし、私は担任の顔も名前も一切覚えていない。少しの落胆とともに選択肢が絞れたことへの喜びが沸き起こってきた。やっぱり知る手段はこれしかないのか。私は一つの決意を胸にトイレを後にした。

放課後、下駄箱の所で里奈が待っていてくれた。そうして私達は駅前のケーキ屋さんへと向った。

着いたケーキ屋さんの看板には「bonheur(ボヌール)」と書いてあった。私はどういう意味かは勿論知らない。少しオシャレそうで緊張感を覚えたが里奈はそんなことはお構いなしというふうにお店の扉を開けた。

「いらっしゃいませ」とハツラツとした笑顔で迎え入れてくれた女性店員は物腰優しそうなおっとり系で可愛らしい人だった。私には到底真似出来ない要素を兼ね備えた人なんだなと直感的に思ってしまった。二人用の席に案内されて私と里奈は向かい合わせに座る。

「私は決まったけど朱里は決まったー?」

「え?」

メニューを開いて数秒しかたっていないのにもう決まったの?と驚愕した。恐らく慣れているんだろうな。私も慌てて注文品を決めた。

「決めた」

「おっけー。すみませーん!」

里奈は何の躊躇いもなくごく自然に大きな声で店員さんを呼んだ。なるほど、確かにここには呼び出しボタンが備わっていなかった。

「お決まりでしょうか?」

「えっと、期間限定の三種の旬のフルーツタルトレットを下さい!朱里は?」

「あっ、えっと…この濃厚ガトーショコラを」

「はい!かしこまりました!お飲み物はいかがですか?」

「私はこのマンゴードリンクで」

またしても里奈は即決だった。私の感情は彼女の1音1音ごとに焦ってしまう。

「えっと…じゃあ…私はコーヒーで」

「かしこまりました。少々お待ちください」

そういうと店員さんは踵を返してオーダーを伝えに戻った。あまりにも慣れた対応に少し驚きを覚えた。

「朱里大人だねー。てか渋いねー。私はコーヒー飲めないもん」

里奈が羨ましそうに私を見つめてきた。しかし、私にはこの言葉の真意がわからなかった。

「そう?別に大したことじゃないでしょ。コーヒーは昔から飲んでるから慣れただけだよ。そう、慣れ」

私はそう言って笑ってみせた。里奈も納得したらしく「そう?」と何気ない返事をしてきた。

店内の天井には換気するためにプロペラのようなものが回っており、下には観葉植物がいい香りを放ち、この一空間を清浄しているような感じだ。清潔感に溢れ何ともオシャレである。

そんなことを思っていたら飲み物が運ばれてきた。案外、早いんだなあと私は何かに急かされているような感覚を覚えた。

「んー!これ美味しい!」

里奈がテンションの上がった声で言った。私は特に何かを言う訳でもなく、ただ一口コーヒーを啜った。そして、また辺りを見渡した。お客さんは主に若い女の子が多く、丁度、私達くらいの人がほとんどだった。数多く用意された席もほぼ満席で、その人気ぶりを窺わせていた。

暫くして注文したケーキとタルトが運ばれてきた。里奈のタルトレットは三種類の果物が色鮮やかに輝き、ある意味作品のように見える。私のはというと確かに濃厚そうなガトーショコラだ。なんてことはない普通にどこにでもあるようなものだ。

これまた里奈がテンションの上がった声で「これやばい!美味しすぎる!」と味の感想を述べている。私も一口食べるとあれ?思っていた以上に甘いと思った。もう少し苦めの味を想像していただけに少しだけテンションが上がった。里奈みたいに叫びはしないが心は確かに踊っていた。

「朱里、今幸せそうだね」

「え?」

思いもよらない言葉だった。そのまま里奈が続ける。

「だって今、すっごい幸せそうな顔してたよ?それだけケーキが美味しかったんだ~?」

里奈がニヤニヤしながら成功と言わんばかりに満足そうにしている。そんなに滲み出ていたのか。正直、恥ずかしい。

「うん。美味しいかった。こんなに美味しいの生まれて初めて食べたかもしれない」

「ふふ、やっぱり誘って正解だったよ。朱里も来て正解でしょ?」

「うん。そうだね」

こちらの答えが分かりきっているかのような質問に私はその予想通り回答した。里奈は私の心でも読めるのだろうか。

「ねー朱里?」

「うん?」

正面を見てドキッとした。里奈の顔から笑顔が消えている。

「朱里って小さい頃どんな子だったの?」

「え?」

周りの空気が一瞬ざわついた。里奈の質問は予想していない角度からやってきたのだ。

「どうしたの?急に」

「いや、私って朱里のことそういえば何も知らないなーと思って」

里奈はそんなことを聞いてどうするのだろうか?私は言葉を選ぶように平静を装った。

「あっ…そう?別に。私は至って普通の子だったよ」

「いやいや何かもっとあるじゃん?無邪気だったとかいたずらっ子だったとか」

さすがにこの答えには満足しなかったようで質問を跳ね返してきた。里奈は私の生い立ちを知って、そこから何を見出したいのか、また何がしたいのか今の私にはわからなかった。

「小さい頃は無邪気だったらしいよ。でも小学生に入ってから落ち着き始めたってさ」

「ふーん、そうなんだ。まぁ今の朱里を見てたら大体想像がつくわ」

里奈は最後に笑ってそう言ったが私にはその想像が恐かった。大体の相談がつく?まさか過去が想像されてる?冗談じゃない。あの過去を晒していいはずがない。そんな事あってはならない。

こちらの焦りとともに店内も客が増え、慌ただしくなった。先程から店員が行ったり来たりを繰り返している。

私はまだカップの底に残るコーヒーを見つめ、思わず立ってしまった。里奈が怪訝そうに見つめてくる。

「か、帰る」

「え?」

私はそう言ってバックを持つと出口の方へ膝を向けた。そして歩き出そうとした時「ちょっと」と声が聞こえ里奈が私の左腕を掴んできた。

「やめて!」

叫んでしまったのは無意識だった。先程まで少しだけ騒がしかった店内はなんの音も立てずシンと静まり返り、他の客が私たちの方に驚愕の視線と冷たい視線を同時に送ってきた。気がつくと私は里奈の手を振り払い、左腕を隠す様に胸元に引きつけ、怯えたような仕草を取っていた。

里奈もあまりのことに呆然としている。私はそのまま店を出てしまった。里奈も慌ててお金置いておきますと言い捨て店を飛び出した。

「ねぇ!朱里?待って!ねぇってば!」

里奈は訳の分からないまま私を引き留めようとする。

「付いてこないで!」

「なんでよ?私何か気に障るようなこと言った?なら謝るから!」

「何でもないからほっといてよ!」

「何でもなくない!」

一際大きな声で叫んだかと思うとまた私の左腕を今度は先程よりも強い力でガッと掴んできた。

「きゃっ!」

私は思わずまた叫んでしまった。そしてまた、怯えたような仕草を取ったまま里奈の方を化け物でも見るかのように見てしまった。里奈は再び振り払われた手をゆっくり自分の方に戻しながら私の名前を呼んだ。

「朱里?」

「来ない…で」

「え?」

「来ないで!はぁ、はぁ」

あれ?呼吸が苦しい。言ってしまった。あれだけ自分に好意を寄せていた里奈に拒絶の意を示してしまった。

そして、呼吸が段々しづらくなってきた。胸が異様に苦しい。頭が真っ白になりそうだった。

「はぁ、はぁ、はぁ」

「え?朱里?」

里奈が私の名前を呼ぶ声が聞こえる気がするがそれも徐々に遠のいていくのがわかった。後に聞いた話だが私が崩れ落ちるようにして倒れた後、パニックになった里奈は近くの人に救急車を呼ぶように縋り付き、救急車が着くと私とともに同乗したらしい。私が聞いたのはここまでである。


え?ここはどこ?誰もいない一室に多くの机と椅子が規則正しく並んでいる。中は薄暗く静寂に包まれ、窓からの僅かな陽の光に緑色をした木々がざわついている。

ここは…学校だろうか?でも確かに見たことのある部屋だ。すると部屋のドアがガラッと開き1人の少女が入ってきた。

その少女は私を見るなり不快な顔をして、自分の席についた。それから入ってくる人達はみんな同じ反応と対応をしては自分の席へと座った。しかし、数人だけ違った。私を見るなり近づいてきては殴る蹴るといった暴力を振るっては私を突き飛ばした。加えて水をかけてゴミの様なものまで投げつけてきた。そして、おぞましいほど高らかに笑い声を上げた。よく見ると私の机にだけ落書きがされており上履きも履いていないことに気づいた。

突然、鐘が鳴った。それと同時に彼、彼女らは自分の席へと戻っていった。私も席につくが各授業ごと、当然、教科書やノート類はない。担任の先生も私を怒鳴りつけるだけで心配の言葉など何一つなかった。そんなことをしているうちにお昼を過ぎた。昼食などない。喰らうのは暴力と無視という無接触の攻撃だった。放課後までも私への対応は変わらない。ああ、何で忘れていたんだろう。毎日が地獄だったってことを。終わりの見えない暗闇が茫然と広がっているこの現実世界に私の居場所などあるのだろうか。私の生きる意味があるのだろうか。

「じゃあ壊してみるか?」

「え?」

私は辺りをキョロキョロと見回した。

「見渡すな。私はお前だ」

ここで漸くこの教室にいる誰からも発せられていない声なのだと理解した。

「あなたは誰なの?」

頭の中で私はもう1度問い返した。

「だから、お前は私なのだ。言わばもう1人のお前と言った方がいいか」

「もう1人の私?」

私は理解する事が出来なかった。この得体の知れない何者かは私の脳に直接響かせてくるような声を発していた。

「そうだ。それで私の質問にいい加減答えろ。この状況を壊したいのか?壊したくないのか?お前はどっちがいいんだ?」

私は突然投げられた問いかけに戸惑ってはいたが答えは決まっていた。

「壊したい」

救われるのなら。この地獄を抜けられるなら今この現状を打破したかった。

「ふふ、そうか」

その時、寒気がしてフワッと一瞬意識が遠のいた。私は動かなくなり、クラスメイトの暴力も一瞬だが止んだ。急に動かなくなった私を見てブツブツと話を始める。

「おい、こいつ動かなくなったぜ?」

「はぁ?死んだじゃない?」

「はは、本当に死んでくれていいのにな」

「じゃあ、お前達が死んでみるか?」

この一言にクラスメイトはゾッとして顔を見合わせた。

「え?今の誰の声?」

「お前?」

1人の男子児童が違う女子児童を指差す。

「ううん。うちじゃないよ?」

「じゃあ…」

ここで漸く気づいたらしい。私の方を一斉に向き始めた。

「死にたいなら殺してあげるよ」

ムクっと立ち上がった私の目は恐ろしく座っている。瞬き一つせず、じっとクラスメイトたちを睨みつけている。

チラッと机の方を見て誰のと知らない筆箱を漁り始めた。そして、カッターを取り出すとカチカチカチと刃を剥き出しにさせた。それをクラスメイトの方へと構える。

「ふふふ、じゃあいくね?」

その瞬間、辺りは一瞬にして血塗れとなった。血飛沫や悲鳴が上がる。男子児童も女子児童も泣いて私に詫びたが、今の私にそれは無意味であり、空虚なその場しのぎであったことを私は悟っていたのだ。

切りつけられていくイジメっ子の集団。私は愉快で堪らなかった。暴力を鼓舞し、その力だけでクラスの権力者と誇示する彼彼女等がたった1人の刃物を持ったいじめられっ子の前になす術なく平伏している。こんなに愉快で滑稽なことがあろうか。その瞬間からプツッと何かが切れた様に私自身の歯止めが利かなくなった。最後に不敵な笑みを浮かべながらそこら辺に転がっていたイジメっ子を切りつけに行ったような断片的な記憶はあるもののそれがはたして真実なのかは私も思い出せない。第三者として、傍観者として語りかけていたまでは覚えているが途中から完全に得体の知れない何者かに意識を奪われてしまった。


「…っり、…っかり?」

誰かの声が聞こえる気がする。あなたは誰?私はね…。

「朱里?朱里!」

ゆっくりと上がって行く瞼の隙間から里奈の顔が薄らと見えた。

「朱里?起きた?今先生呼んでくるからね?待ってて!」

里奈はそう言うと一目散に病室を飛び出した。

さっきのは夢?それにしては随分リアルな夢だったなあ。誰かの記憶の中にいるような、水の中で溺れているような感覚だったなあ。

ガタッと病室の扉が開き、主治医と思われる先生が慌てて私の方に駆け寄った。

「齋藤さん?気づかれましたか?ここは病院ですよ」

主治医は私に言い聞かせる様に丁寧な口調で説明した。

「わかりますか?あなたはお店を出た後、倒れたんですよ?」

朧気にチラつく記憶を蝕むかのように先程まで見ていた悪夢が私の意識を朦朧とさせていく。どこか遠い場所にいってしまいそうな感覚だった。ベットに横たわる私の心と体は重いが幽体離脱でもするように意識的には軽かったのだ。

そうやって気を失いかけていた時だった。

「朱里!!」

病室の扉を勢いよく開けた1人の女性が血相をかいて私の名前を大声で叫んだ。

「お姉…ちゃん?」

お姉ちゃんの息が少し切れている。たぶん、走ってきたのかな。

「お姉さんですか?妹さんは大丈夫です。このまま一日入院して安静にしていれば、明日には退院出来ますよ」

「ありがとうございます」

「では。私達はこれで」

そう言うと担当医と看護師さんは病室を出ていった。

言葉には表しがたい沈黙が真っ白な病室を包み込んでいく。そうか。私はあの後、倒れたのか。お姉ちゃんがこちらに近づいてきた。そして、私の顔を覗き込んだ。

「よかった~、あっえっと朱里の友達かな?朱里をありがとね」

その声は安堵の色に染め上がっており、思わず零れ出た様な感じだった。

「あっいえ、私、朱里さんのクラスメイトの川前里奈っていいます」

「里奈ちゃんね。朱里のこと今後ともよろしくね。今日は本当にありがとう」

「はい」

2人は互いに頭を下げた。穏やかさに満ちた表情をするお姉ちゃんと少し緊張気味の里奈。これが人生の経験の差なのだろうか。

するとお姉ちゃんは私の手を優しく握り締め、続けて言葉を発した。

「朱里?お医者さんが大したことないって。今日はお姉ちゃんも病院に泊まるから安心していいよ」

そう。お姉ちゃんはいつだって優しい。ただ単に今ある生にしがみついているだけの私にさえこんなにも優しい。

もう少し自分の幸せを願ったっていいと思う。自由にしていいと思う。こんな私のせいで自分の人生に融通が利かなくなっているのだ。私はお姉ちゃんを生きるための道具としか思ってないのか?そんなにまで愚かな人間に成り下がったのか?私のこれまでは確かに華やかなものではない。しかし、自分にこのような考え方が浮かんでいる事に絶句せざるを得なかった。

お姉ちゃん。私に優しくする必要なんてないんだよ。どうして私を引き取ったの?血の繋がりのない私をどうして?お姉ちゃん。私はお姉ちゃんがわからないよ。ちっともわからないよ。ねぇ教えて?あなたはだれ?

次話に続く

予定タイトル

「懐疑」

お楽しみに

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