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空白の明日に  作者: 赤羽樹
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私の妹

あの時、早く話していれば。もっとあなたと向き合っていればこんなにも後悔はしなかったと思う。

私には妹がいる。

しかし、苗字も違ければ、血も繋がっていない。

それでも私には妹がいた。何にも変えられないほど大切な存在の妹が。そんな妹が今日もまた眠たい目を擦りながら隣の部屋から「おはよう」と出てきた。

朱里(あかり)、起きた?ちょっとさー棚からお皿出してもらえるー?」

寝ぼけているのか「うんー」と軽い返事をして朱里は棚の扉を開けてお皿を2枚取り出し、私の傍に置いた。

「はいこれ!テーブルに持っていって」

「うん、わかった」

食卓に並べられた目玉焼きとベーコン。傍にはこんがり焼きあがった食パンが今にも食べて欲しそうに食欲を出させようと奮起している。朝日に照らされたそれらはより一層の輝きを増し、朝食らしくそこに存在していた。

「はい朱里、牛乳」

「ありがとう」

牛乳を受け取る朱里の目はまだハッキリと開かれてはおらず、今すぐにでもまた寝てしまいたいという余韻を瞼の上に乗せているようだった。

「はい、じゃあいただきます」

「いただきます」

口いっぱいに朝食を頬張る妹は幸せそうに「美味しい」と言いながら、こちらに笑顔を向けてくる。私としてはこれが朝の日課であり、楽しみでもあった。

「お姉ちゃん今日は何時に帰ってくるの?」

「今日は少し残業になっちゃうかもしれないから10時頃になるかも」

朱里は少し不安げな顔をした後で、ハッと何かに気づいたように優しい表情をした。

「じゃあ私が夕飯作って待ってる!」

「朱里作れるの?作るのはいいけど怪我だけはしないでね?」

「お姉ちゃんバカにしすぎ!これでももう高校2年生だよ?」

「はいはい。じゃあ任せるね」

「うん!」

無邪気に笑う朱里の顔は同性の私から見ても愛らしく可愛いものだった。4年前に出会った朱里とは大違いで、こんな笑い方をする様になって本当に安堵している。

私が朱里に出会った当時、私は19歳で短大の一年生だった。本当は施設を出るつもりでいたのだが、施設長のご好意で就職までいさせてもらえることになっていた。そんな時、朱里と出会った。朱里は当時13歳だった。しかし、まだ幼き少女の目は漆黒に満ち溢れ、生への光輝は微塵もなく、ただ絶望の鎧を体全身に身につけた、とても13歳とは思えぬ様子だった。

施設へ来たのもカウンセラーでもあった施設長の患者としてであった。何を話しても返事はなく頷くだけ。ずっと(くう)を眺めているような感じだった。

児童保護施設「やすらぎの庭」は町外れの高台にあった。施設は1階建てだったがそのかわり名前の通り広い庭があり、そこでは身寄りのない子ども達が緑緑とした地面を駆け抜け、自らのしがらみを乗り越えようとする姿があった。

しかし、朱里は他のどの子とも違った雰囲気を抱えていた。絶望の鞄を背負い、足にはドス黒い闇の鉛を付けていた。後で聞いた話だがカウンセラーである施設長も初めての人種だと少し困惑していたらしい。それぐらい朱里は特種だった。

ここで暮らす子ども達の部屋は2人部屋で二段ベットに勉強机が各1個ずつ設けられた簡易的な内装だった。私は最年長ということもあり1人で部屋を使用していたため朱里と急遽同室になった。

「七海ー。ちょっといいかしら?」

「何ですか?施設長」

施設長はやや膨よかな体型で優しい笑顔をする女性だった。ショートカットに丸ふち眼鏡を掛け、実際の年からは若く見えるぐらい綺麗な人だった。

「あなたの部屋、1人分空いてたわよね?この子が入室するからよろしく頼むわね?」

そう言われて入ってきたのが言わずもがな朱里だった。

「齋藤朱里ちゃん。仲良くするのよ?」

「わかりました。初めまして、朱里ちゃん。私は小鳥遊七海(たかなしななみ)。よろしくね」

すると少女は小さく頷いた。

朱里は重度の精神障害を患っていたため同時に失声症も併発していた。そのため、この時の会話は私がなるべく話しかけて朱里が頷くという一方的なものだった。施設長がこの子の場合は長い目で見て根気よく治療していかないと治らないかもねと言っていたからだ。それくらい少女の心は何モノかによってズタズタに引き裂かれていた。

そんな少女との生活が2年経ち私は就職のため施設を出ることになった。その時、施設長に無理を言って朱里を引き取ることにしたのだ。施設には度々通わせる事が条件だったが私の就職先に合わせて朱里も転校させてしまった。だが中学の残り一年は保健室登校で卒業を迎えてしまったのである。少しは後悔の残る結果ではあったがそれを跳ね返す様に高校に入ってから朱里の精神状態は驚くべき速さで快方に向かっていった。きっかけがどうであれ今、朱里のこの笑顔を見れていることには喜びと安堵を噛み締めないではいられなかった。

今日もまた準備を済ませて「行ってきます」と少女は元気よく家を出ていった。小さなアパートを借りて3年、2人暮らしが楽しくなってきた反面、私の心に小さなモヤがかかり始めた。それは極小さいものだがハッキリとそのモノが何なのかを私はわかっていた。二面性をもった罪悪感を抱きながら私は静まり返った我が家に鍵をかけた。

今日も太陽に雲がかかっている。向かいの塀にいつも退屈そうに体を丸める猫は私の方を鋭い眼光で睨んでいる。

私は言えるだろうか。今の朱里をまた壊してはしまわないだろうか。逡巡が私の足取りを弱くさせた。

次回に続く。

予定タイトル

「私の姉」

お楽しみに。

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