ジングル・ジングル・ウェディング・ベル
クリスマスがおしせまった、ある日の朝。
わしの家の郵便受けに、北の果ての果てのお屋敷からの手紙が入っておった。
雪の結晶で封印されていたから、ひと目でそこから投函されたんだとわかったよ。
手紙を開いたら、真っ白な結晶が一瞬あたり一面にいくつも飛び広がって、輝きながら消えていった。
ふわふわ浮いて透けとる氷色の紙をいろどっているのは、なんとも流麗な飾り文字だ。
『六代目ルドルフ様
ごきげんよう。お元気ですか。引退なされてちょうど十年、お変わりありませんか』
それはサンタさんと一緒に住んでいる、妖精たちからの手紙だった。
毎日毎日、世界中の子どもたちのためにプレゼントを作っている、あの妖精たち。
サンタさんの穴いっぱいのお屋敷に何千人といるもんで、あそこはいつもにぎやかだ。
『七代目ルドルフさんはとても元気です。今年もクリスマスが近づいておりますので、とてもはりきっておいでです』
七代目はわしの息子で、かなりなやんちゃ坊主。幼いころはいたずらばかり。いわゆる反抗期にはサンタ・ジュニアとつるんで悪さばっかりして、ほとほと手を焼いたもんだ。
だがいよいよ世代交代となったときには、その真っ赤な鼻がわしよりもカアッと赤く力強く、輝いた。
まるでまぶしい太陽のように。
『オヤジ、俺がんばるよ』
なんのことはない、一緒に七代目を継いだヴィクセンの娘が、ばちっとかわいらしくウインクして、「これからよろしくね」と息子に微笑んだせいだった。
あの娘っこは親に似てかなりおしゃべりだと思うんだが、息子にはちょうどいいらしい。
さて、妖精からの手紙の続きは……。
『クリスマス・イブに結婚式を開きますので、どうぞお越しください。
魔法のお塩を一緒に送りますので、それを舐めて飛んできてくださいね』
なんと?
まさか息子はもう、七代目ヴィクセンとそんな仲に?!
い、いくら代がわりしたからって、二人はまだそんな歳じゃないぞ。
あわてふためき、かあさんを呼べば、かあさんもびっくり仰天。
「どうしましょう! 何をお祝いにあげたらいいかしら?!」
いや悩むのは、そこじゃないだろう。
魔法の塩がさらさらと、粉雪のように便せんから浮かび上がる。
ずれとるかあさんをせっついて、わしらはそれをぺろり。
このお塩は特別なもの。舐めれば精霊の力が宿って、空を飛べるのだ。
急げ。さあ急げ。
わしらは慌てて、空を駆けた。
北の北の、北の果てへ。
オーロラたなびく地の果てへ、一目散。
「サンタひゃん! うちの息子を止めてくだひゃい! いやまだひゃやいですよ、うちのばか息子がへっこんなんて!」
真っ白い雪と氷の大地の下の、穴だらけのお屋敷につくなり。
手紙を口にくわえているわしは、サンタさんに訴えた。
あの息子のこと、面と向かって「結婚やめろ」なんていおうものなら、怒って後ろ足蹴りをかましてくるにきまっているからな。
久しぶりに会ったサンタさんは、しかしきょとん。
いったいなんのことかね、七代目ルドルフがどうしたんだね、というか「へっこん」って何かねと、首をかしげて聞き返してきた。
「へっこんはへっこんですよ!」
わしの隣で、かあさんがおろおろ。
「とりあえず、ヒイラギのリースと金のベルを贈ったらどうかしら」
いやだから悩むのは、そこじゃないだろう。
まあまあ落ち着きなさいと、サンタさんはわしらにおいしい塩をひとにぎりずつくださった。
わしらは喜んで、昔のようにサンタさんのあったかい大きな手から、塩をもぐもぐ。
魔法のお塩の味は甘くてしょっぱくて最高。
引退したら食べられない決まりなんだが、今日は二度も食べられた。
サンタさんは口にひとさし指をあてて、「特別じゃぞ」とウィンクしてきた。
わしの口から落ちた手紙は、ふうわり飛んで――。
「あれえ先代ルドルフさんに先代コメットさん、もういらしてくれたんですか!」
穴のひとつに漂っていったと思ったら。
妖精たちがうじゃうじゃわらわら、わしらのもとにやってきた。
「いらっしゃい」「いらっしゃい」「ほんとおめでたいですよね」「いやよろこばしい」
待ってくれ。
みんなに祝福されるのはうれしいが、わしの息子はまだまだ若い。結婚なんて――と言いかけたら。
「これでサンタ・ジュニアも、一人前ですね!」
目を輝かせて、妖精のひとりがそう言った。
「サンタ・ジュニア?」
そういえば。
わしの息子の悪友は、父親であるサンタさんから、かつてこう申し渡されていたんだった。
『わしはもう千歳を超えていい年じゃからなぁ。だからおまえがお嫁さんをもらったら、世代交代じゃ』
わしはてっきり、めんどくさがる息子の代わりに妖精が手紙を書いてくれたんだと思ってたが。
どうやら妖精が書いたあの手紙は、少々舌足らずだったようだ。
「あらそれじゃ、うちのルドルフは七代目ヴィクセンと結婚しないの?」
「ちーす、オヤジにオフクロ。なになに? 俺とヴィクセンがなんだって?」
目を丸くしてかあさんが言ったと同時に、ちょうど息子がサンタさんの部屋に入ってきたもんだから、わしらは大慌て。いやなんでもない! なんでもない! と、わしらはわたわた、息子の肩に首をこすりつけて挨拶した。
「げ、元気でやってると聞いてなぁ」
「私たち、結婚式によばれたのよ」
「ああ、サンタ・ジュニアのか。あいつもついに、年貢の納め時ってやつだよな」
やんちゃな我が息子はにやり。
「でもさほんと、あいつのお嫁さん、超かわいいんだぜ」
「まあ、だれなの? 会える?」
かあさんは自分の息子の祝い事のようにウキウキ。
なにせサンタ・ジュニアは赤ん坊のころからよく知っとる子だ。
ヨチヨチ飛びのころは捨て犬捨て猫を拾ってくるぐらいだったが。
ちょっと大きくなったと思ったら、うちの息子とつるんで、常夏の島に雪を降らせたり、真冬の庭に花を咲かせたり。勝手に動物や人間のカップルをひっつけまくったり。地雷だらけの野原をきれいな花畑に変えたり……。
まあいろいろ、やらかしたもんだ。
「ほっほ。息子の嫁は、百八十八番地に住んでおるぞ」
サンタさんが嬉しげに教えてくれたので、わしらはこっそり穴だらけのこのお屋敷の、百八十八番地にいってみた。
案内してくれたのはわしの息子だ。こいつは、こういうことは率先してやりたがる。
「エレナちゃんが笑顔になりますように。ユキネちゃんが喜んでくれますように」
そこは抱き人形を作る工房で。
「アイシャちゃんが幸せになりますように。メイちゃんが……」
小さな妖精がひとり、人形を作りながら、呪文のように願い事を唱えていた。
人形が欲しいとサンタさんに願った子たちが、クリスマスの朝、にっこりするようにと。
「ひと目ぼれだったらしいぜ? サンタ・ジュニアもすみにおけないよな」
うしし、と息子が歯をむき出して笑う。
戸口からこっそり、一本一本丁寧に髪の毛を縫い付けられ、肌を磨かれていく人形を見るなり。かあさんが感嘆のためいきをついた。
「なんてかわいいお人形なの!」
たしかに見事なできばえ。おもわず抱きしめたくなる人形だ。
しかしほめるのは、そこじゃないだろう。
そう突っ込みかけたわしに、かあさんはうっとり囁いた。
「あのお人形の顔をごらんなさい。あんなに幸せそうで愛くるしい表情、みたことないわ。あの妖精の子、みんなから幸せをいっぱいもらって大きくなったのね。たくさんたくさん、あふれるぐらい」
かあさんの小鹿のようなつぶらな瞳は、いつにもましてきらきらしていた。
「あのお人形をもらった子どもたち、きっとお人形と同じくニコニコになるわよ。だってあの子、自分がもらった幸せを分けてあげようとしてるんですもの」
それから一週間後のクリスマス・イブ。
わしらはサンタさんのお屋敷で開かれた盛大な結婚式に参列した。
妖精の娘は雪色のドレスに雪色のブーケ。きらめく雪の結晶と、輝くばかりの笑顔をまとっていた。
サンタ・ジュニアは真っ赤なあの服を父親からもらって着こんでいて、それはそれは立派なものだった。サンタの正装といえば、この格好しかあるまい。まだ白いひげは生えていないが、何十年かしたら、きっともふもふになるだろう。
それにしてもジュニアはずいぶんと、お嫁さんに惚れこんでおるようだ。
お嫁さんの腰にしっかり腕を回して抱きしめて、くんかくんか妖精特有の甘い香りを嗅いで、とっても幸せそうな顔をしている。
「おめでとう!」「おめでとう!」「幸せに!」
はにかむ本人たちを尻目に、サンタさんも妖精たちも、わしらトナカイたちも大はしゃぎ。
花火がぽんぽん、オーロラ波打つ空にいくつもあがり、踊りの音楽が絶え間なしに演奏されていた。
わしら新旧のトナカイは再会を喜び合いながら、首に下げた金のベルをリンリン・シャンシャン。
新郎新婦を聖なるベルの音で祝福した。
リンリン・シャンシャン。
澄んだ音色がオーロラの空を駆けていく。
リンリン・シャンシャン。
軽やかに。
そうしてひとしきりみんなで踊りたおして、お祝いのごちそうを食べたあと。
新しいサンタさんはわしらの息子を先頭にしたそりにたくさんのプレゼントを乗せて、出発した。
自分の隣に、雪色のドレスを着たお嫁さんを座らせて――。
二人は仲良く一緒に、子どもたちの家にプレゼントを置きに行くのだ。
しゃんしゃんと鈴が鳴り。そりが夜空に舞いあがる……。
「すてきねえ」
そりを見送ったかあさんは、目を細めて微笑んだ。
「新婚旅行は、世界一周だなんて」
だからわしは、ふふんと笑って答えたもんだ。
「わしらだって、そうだったじゃないか?」
―― ジングル・ジングル・ウェディングベル 了 ――
ご高覧ありがとうございます。
クリスマスの夜に素敵な夢が降りますように。
~ちら裏メモ~
このお話の主人公は、あの真っ赤なお鼻のトナカイ、ルドルフさんです。
今作品ではサンタさんのトナカイは寿命数百年ほどで、
代々、名前とお役目を継承している設定にしています。
トナカイはお塩が大好物。
サンタクロースのトナカイたちは、もともとはごく普通のトナカイさんで、
魔法のお塩をもらうことで、空を飛べたり寿命が伸びたりする半精霊となるようです。