1話―①―転移してすぐバトル!?
勢いで書いた。後悔はしていない。
吹き抜ける涼やかな風は木々を揺らし、緑を想像させる特有の匂いが鼻孔をくすぐると、俺にほどよい安心感を届けてくれた。
まどろみの中でわずかに届く日の光に俺は徐々に意識を覚醒させていく。
「んん……はぁ。もう朝か」
まぶたを開けると目に映るのは――緑の世界だった。
「はぁぁぁ!?」
……。
混乱してきたので俺は考えた。
ここはどう見ても森だ。果たして俺は森の中で寝る趣味を持っていたのだろうか?
もしかして誘拐か! 起き上がり周りを見回しても誰もいる気配がない。違う……?
じゃあやっぱり俺が自分の意思でここで来たのだろうか。そういう変人だっているだろうし。
てかそもそも俺って誰だっけ……? なんか思い出そうとしても何も出てこない。何かが引っかかってる感じがするのだ。
でもなんとなく地球の日本という所で高校生なんぞをやっていた気がする……。気がするだけで本当は違うのかもしれないけど。
変な気分だけど、ま……いっか。それより今は俺の置かれている状況を確認するほうが先だと思う。
周りを見回してみる。うん。森だ。残念ながら俺にはこれ以上何もわからない。
次に自分の体を見てみる。変な格好をしている。例えるならよくあるファンタジー世界のモブ村人が着ていそうな服を着ていた。
「ってそうじゃない! なんじゃこりゃあ!」
俺の左腕に変な物体がついていた。ついているというのに俺は腕に違和感を感じない。だから気付かなかったんだろうけど。
だけど俺の目を惹きつけてやまないのはそのデザインだ。肘から手首にかけて黒の地の上に何本もの赤い流れるような線が覗いている。
全体にゴツゴツしているところもあるけど、なんというかとても……かっこいい。治ったと思っていた中二病が俺の奥底から湧き出してきそうだ。
よく見てみるとそのものの上に少しでっぱっている丸いものが乗っかっているがわかった。
興味本位にそれを右手で触ってみるとなんと……その丸いものが白く光りだした!
「なんだ? もしかしてこれ……機械か?」
丸いものだけじゃなくて黒の上の赤い線まで光だし、全体が機械音特有の唸りをあげていた。
光る赤い線の上で一際強い光の点が線に沿って移動し、それが一周すると丸いものの光の色が極光色みたいに変わっていき、同時に無機質な女性のものに思える音声が耳に響いた。
「サマナーデバイスの起動が完了しました。おはようございます。マスター」
「き、き、きたあああああああああああああ」
その音を聞いて俺は思わず興奮した声をあげてしまった。本当はなんでこんなものがあるのかと訝しむところだけどもはやそんなことはどうでもよかった。これは……そう! 男の夢! 未来テクノロジー! 高機能AI付きデバイス!!
鼻血が出そうになったので落ち着くために何回も深呼吸する。
ふぅ……。
「その、あのぉ。さっきマスターって言ってたけど俺が、その、マスターってこと????」
「もちろんです。このデバイスはマスターのためだけに存在し、マスターにしか起動することができません」
「な、なるほどー。君のことをなんて呼べばいいの?」
「このデバイスにはコードネームが設定されています。わたしのことは『ルカ』とお呼びください」
「ルカか。いい名前だ。じゃあルカ。まずここがどこか教えてくれる?」
「森です」
「いや、森なのは見ればわかるんだけどさ……。つまり何の森なのかとか、どこに行けば出られるとかそこらへんを教えてほしいわけなんだけど」
「わかりません」
「ええ!? じゃ、じゃあ検索して探すとか……」
「検索機能は搭載されていません」
「えええええ。マジ!? そこはかっこ良く検索しちゃってあっさり森から脱出できちゃうパターンじゃなかったの!?」
「検索機能は搭載されていません」
「いや、2回言わなくてももうわかったから! ならルカは何ができ――」
ここまで言って俺は異変に気づいた。何者かが近くまで来ており、そしてこちらを威嚇しているのだ。
その存在は簡単に説明することが出来ると思う。初めて見るのに俺はこれが何かがわかった。ファンタジー映画やゲームでは最弱でおなじみ、緑色の皮膚を持つ小人、ぼろぼろの布を身につけ、棍棒なんて物騒なものを持ってらっしゃる。
「エモノ……ミツケタ」
そう、ゴブリンである。てかなんでゴブリンなんて出るんだよ! この世界どうなってんの? 1体だけで、しかも最弱だったとしても俺には勝てる気が全くしない。ゲームでさくっとやられるのは主人公が強いからだ。だが俺は違う! 主人公でもないし別に運動も得意じゃない。都合よく剣術の世界チャンピョンだなんてことももちろんない。
「敵性反応を確認しました。状況をリセット。バーチャルモニターを起動します」
「バーチャルモニター??」
デバイスから警告音が鳴った。疑問符を並べる俺をよそに俺の左腕の上に半透明のウィンドウが映し出される。
そのウィンドウ越しにゴブリンを見ると異様なものを見つける。
[モンスター(小型)]
名 前:ゴブリン
H P:300/300
攻撃力:300
防御力:300
「バーチャルモニターから敵を確認することでそのもののステータスを確認できます」
「やっぱこれ……ステータスだったのか」
まるでゲームの世界だな。
「でも300ってようわからん。どういう基準だこれ」
「この世界での成人した、非戦闘職の青年のステータスはこちらになります」
[人間族]
名 前:一般人(非戦闘職)
H P:100/100
攻撃力:100
防御力:100
「よわっ。じゃなくてゴブリンが強いのか? 最弱モンスターじゃないのかよ! 人間の3倍あるけど! むりむり絶対勝てないってこっちきたあああああ!」
ゴブリンがついにこっちめがけて走ってきた。驚いてる場合じゃない! 逃げろ!
とにかく足を動かして走る。こんなに全力疾走で走ったのは久しぶりな気がする。
「マスターにもHPが設定されています。0にならないように気をつけてください」
めっちゃ物騒なこと言ってるけど!
「え! なにそれ、0になるとどうなるの!?」
「0になったサマナーは死亡します」
「いやあああああああああ!!」
俺は全力で走った。デバイスをよく見ると横の部分に小さなスクリーンがあり、そこに『100』と書かれていた。
「もしかして俺のHP100しかないの!?」
「その通りです」
「少なっ! ゴブリンの攻撃力300もあるのに俺一発で死ぬんですけど!? あっ」
少し頭に血がのぼり過ぎたようだ。走っている最中の体が横に大きく浮いた。
わかりやすく説明すると俺は木の根に足をとられて転んだのだ。
「ゲフッ」
地面にダイブして土を顔にかぶった。
慌てて振り返って目を凝らすとゴブリンが……棍棒を振り上げている光景だった。
もう、追い付いてきたのか? いや、俺の足が遅いだけか。やっぱ慣れないこと、するもんじゃないな。
ガン!
ゴブリンの棍棒を俺は反射的にデバイスで受け止めた。お陰で俺は攻撃を喰らわなかったけど、でもデバイスは機械だ。やばいんじゃないか?
しかしデバイスは傷1つついていないようだった。さすが未来テクノロジー!!!
ゴブリンは一瞬だけ怯み、そしてその後何回も叩きつけてくる。
俺はすかさずルカでガード!!!!
でもいつまでもこうしちゃいられない。今は1体だけだけどいつ増援が来るかもわかったもんじゃなかった。
「ルカ。このゴブリンなんとかできないのか?」
「サマナーには標準装備としてパワーグローブが装備されています。この装備は装備者の腕力を大きく上昇させる効果を持ちます」
なんだと。よく見ればたしかに俺は両手にグローブをつけていた。しかも漆黒の闇から引きずり出したような黒でデザインもかっこいい。
じゃなくて!!
俺は両手でゴブリンの腕を掴んだ。人間の3倍あるらしいゴブリンだけどこのグローブのおかげで俺はその動きを封じている。
だが封じているだけで力で勝てそうもない。
「ルカ。これだけじゃあ勝てないぞ! もっとガツンとやれる何かはないのか? でもあるわけないよな。あったら使ってるだろうし……」
「このデバイスにはサブウェポンが搭載されています」
「ってあんのかよ! あるならもっと先に言ってくれ。まぁ最初にはっきり聞かない俺も悪いけど!? とにかく! 今すぐそれを使いたい!」
「サブウェポンは1度しか使用できません。その上コストとしてマナを4つ消費します。それでも使用しますか?」
「まな? よくわかんないけどなんでもいいから起動してくれ」
「かしこまりました。サブウェポン、ブラストパンチ。発動シークエンスに移行します……エネルギー充填10%……40%……」
「うおおお。はやくしてくれえ。もう持たないぞ!」
「100%。発動準備完了。サブウェポンの攻撃力は800に設定されています。ご使用の際は技名を叫んでください」
「なんか力が湧いてきたぞ! おらゴブリンよくもいじめてくれたな!」
ゴブリンの腕を突き放すと俺はすべての力を左腕に込めた。
「行くぜ。ブラスト……パンチ!!!!」
宣言とともにデバイスは勢い良く煙が吹き出し真っ赤に染まった。
力強く繰り出された俺の拳がゴブリンにめり込み、ゴブリンが苦痛の表情を浮かべると――それは大きな衝撃をともなって爆発した。




