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「私も過去の話をしようと思いまして、あなたに声を掛けたのです。まあ、先に越されてしまいましたが、そこは気にするところではないでしょう。
私があなたの前に姿を現したのは、あなたに冬利が何故、私以外の者を護衛につけないのか、その理由を話すためであります。私は表上の立場としては秘書ではありますが、私の元々の雇い主は現椿家の当主でしたから、冬利が椿と名乗っていた頃から今も彼を守らせて頂いております。
私はあの人を守るためなら、どんな手段だって使います。椿家は若くして亡くなる方が多いからこそ、尚更私は悪役にでも悪魔にでもなれます。私の主人は雇い主が現椿家の当主の頃から彼1人なのです。その目的のためなら暗殺者としての技術も躊躇わなく身につけます。
ですが、私は主人の従者になる上で、自分の命を捧げてまでも主人を守らないと約束させられました。それは渋々応じたのですが、苦痛そうな顔をされてまでも私は彼の信念を曲げようとは思いませんでした。
彼が、命をかけてまでも守られることを嫌がるキッカケは、たった1度だけ起きた誘拐事件です。前置きはここまでにしておいて、冬利の昔話といきましょうか」
そうですね、この話の始まりは萌芽学園の入学資格を得た時の冬利の話となります。
かと言う私もですね、その資格を持ち、彼が入学する時とすれ違いに私はその学園を卒業致しました。特殊高等科、つまり一般的に言えば大学のようなものですね、そこにも入学することも出来たのですが、私はあくまでも従者。優先するべきことはあくまでも主人ですから、私は卒業した学園にまた舞い戻ってきた訳であります。
苦笑いされましたよ。
泣いて送り出した生徒の1人が、すぐに目の前に現れたのですから、そりゃそんな反応を私が関わった教員全員からされました。
で、次の一言がこれですよ?
「お前が従者だったとは。どうりで、嫉妬されていじめられても動じない訳だな、納得」
……だったのです。
私、どれだけ鋼のメンタルだと思われていたんでしょうね、彼らに。
と、言うかいじめられていたことすら、気づきませんでしたし、それを聞かされて驚きました。
そしたらまた、苦笑いされましたよ。
そして、こう言われました。
「……だろうな。本人が自覚してないから、取り締まるのがとても大変だったよ」
知らず知らずのうちに助けられていたんだとそう知れて、当時の私はとても嬉しかったのです。
そして、そう言った彼はその言葉だけではなく、私に忠告もしてくれたのです。その忠告がなければ、私は唯一の主人を失っていたかもしれません。
「お前は優秀だ、自信を持て。そして、矛盾しているようだが、常に謙虚であるように。
主人のためなら、躊躇いなく能力を使え。もし、お前が主人のために亡くなったとしたら、恨まれるのは……主人だ。そして、1番悔やむのも主人だ。従者としてのあり方を、良く考えながら従者として生きていけ」
私は彼を人として尊敬しています。
そして、人生の先輩として1番信頼している方でもあります。今でも、彼に時間がある時に会いに行くんですよ、彼は今でも萌芽学園の教員として生きていますから。
ああ、話がズレてしまいましたね。
さて、私は冬利が萌芽学園に入学するため、護衛としてすぐに萌芽学園へととんぼ返りした訳ですが、その時の冬利は護衛をちゃんと嫌がることなくつけておりました。
その時は主人である冬利のことを呼び捨てなどしてはいなく、ちゃんと様付けをして接していました。あの事件がなければ、私達はここまでこの主従関係に依存することはなかったことでしょう。そして、椿家の人間である彼が水月家の婿養子になる人生も存在しなかったかもしれません。
私はあの時のことを悔やんでおります。
どうして、現椿家の当主の命令を聞いてそれを果たすために私が守るべきだった唯一の存在である冬利のそばから離れてしまうようなことをしたんだろうと。そうじゃなきゃ彼は、自分の家族のように愛していた護衛達皆を目の前で失うことはなかったのに。そんな後悔が今も私の中で巡っています。
雇われた側である私が、上司の指示に逆らえる訳がなく、冬利がそのことを責めることはないとわかっています。ですが、どうしても私はそう後悔してしまうのです。どうしようもないくらい、後悔することに対して抗えないのです。
すみません、話が少し逸れてしまいましたね。
当時の私は何故かこう思ったのです、その仕事を早く終わらせ、冬利の元へとすぐに帰らなければならないと嫌な予感がしたのです。無理を言ったのですが、当主様は快く帰らせてくださいました。勿論、仕事を終わらせてましたよ? その予感は的中しました。そもそも仕事がなければ、私は躊躇いなく能力を使って、どんな手を使っても悪の手から守り切ったと言うのに。
「ちょっと待ってください、満さん!」
私は話を途切れさせることに申し訳なさを覚えながらも、私は満さんの話を制止した。
そんな私に、彼は不思議そうな顔をした。
「なんですか? 月穂様」
「椿には代々加護があると聞いています。その加護は、その時働かなかったのですか?」
椿家には加護があったはず。
なのに、誘拐されたのはおかしい。
「いい着目点ですね。
これから順を追って話すので、ちょっとだけ待っていてくださいね」
続き、話始めますね。
屋敷に戻れば、護衛達はいませんでした。その時に確信したんです、ああ冬利に何かが起きたんだって。だから、逆に冷静でいられました。
そして、同時に冷酷にもなれました。
冬利は、本来なら護衛がいなくとも自衛が出来るくらいの実力者でありましたので、一般人では冬利のことを誘拐することは不可能です。
ですから、協力者がいたと考えました。なので、私は冬利の実力に嫉妬する者、恋情のもつれ、愛憎、復讐……など椿の者を誘拐する理由を持つ者全てを即座に調べ上げました。冬利に、速読を覚えると便利だぞと言われた時、素直にそのアドバイスを聞いといて良かったとあの日の英断に、その時の自分を思いっきり褒めてやりたいです。
調べごとはものの1時間で終わらせることが出来ました。されど、1時間です。
1時間の間に、冬利が殺されていないか、私は気が気ではありませんでした。
ですが、無闇に行き当たりばったり探そうとするほど、冷静さを失っていなかったことが幸いしました。私は当主様に連絡しなければ、そうふと思ったのです。その時にはもう、犯人の目処はついておりました。
ですから、ただの従者に過ぎない私が勝手に動く訳にもいかない。そして、何も権限のない私には、もし自分よりも政治に関して力の強い相手だったとしたら、私は簡単に消されてしまうことを思い出したのです。だから、確実に冬利を助けるために当主様に電話を掛けました。
「冬利様が誘拐された模様です」
なるべく冷静に話せるよう、その時私は意識して心がけていたことをよく覚えています。
いざ、声に出すとダメですね。
冷静であらねばと思えば思うほど、冷静さが削れていく感覚が私を縛り付けていたのも今でも、現在起こっていることかのようにその感覚が忘れられません。
「犯人は。犯人は、特定出来てるのか」
当主様の声に抑揚がありませんでした。
慈悲深く、家族愛の深いお方でしたから愛息子を誘拐されたことが余程答えたのでしょう。
僅かに、ほんの僅かですが、声が引きつっていたその声が、今でも忘れられません。
「確証がありません。ですが、恐らくと言うレベルの心当たりは掴めました」
私は正直にそう話します。
そして、続けてこう話したと思います。
「場所特定装置の見る権限を一時的に私に預けてくださいませんか?」
きっと、外されているだろう。
だが、それは冬利の場合だ。
「冬利様のではなく、……護衛達の場所特定装置の権限を、です」
現椿の当主様は用心深いお人です。
冬利は、大事な大事な愛息子。
どんなに信頼における護衛だろうが、G場所特定装置を付けておりました。それは愛息子のためでもあり、同時に護衛達のためにもつけてらっしゃったのです。
椿家は、力のある家系です。そんな家系に関わるだけで、貴重な人材となれます。
ですから、護衛達も危ないのです。
椿家は軍事担当。尚更、気を引き締めて生きていかねばなりません。
ですから、当主様は護衛にも場所特定装置をつけていらっしゃいます。
武力では私の方が、他の護衛達よりも優れているのは確かです。ですが、彼らはあの椿家の護衛です。武力では若造に負けたとしても、長年の経験、そして顔の広さは私と比べ物にならないほどの上手であることは、側にいた私が1番知っております。
ですから、確信しておりました。
彼らはもう、冬利がいる場所を特定して、もう救援に向かっているはずだと。
ですから、その権限が必要だったのです。
……確信を得るためには。
「わかった、君に一時的に預けよう」
これで確信を得られる、そう思いました。
ですが、もう遅かったのです。
誘拐に協力したのは、冬利とは付き合いの浅いクラスメイトだとわかって。
理由は、恋情のもつれ。
何処だと問い詰め、護衛達の位置を確認しながら、そのクラスメイトが嘘をついてないと確認しながら、私は彼がいる場所へと向かいました。
が、何もかも遅かったのです。
冬利を守るように倒れる護衛達。
服が赤く染められた冬利の姿がありました。
遠目から見てもわかりました。
護衛達は、冬利を守って死んだんだと。
だけれど、彼らは安らかに眠るかのような顔つきをしておりました。
そして、実行犯と思われる男達も、息絶えていたのです。その男らを見つめる冬利の目には殺気に満ちていて、とても冷たい目をしていました。
ああ、間に合わなかったんだ……とそう私は察しました。私は、冬利の心を守ることは出来なかったんです。ですから、私は秘書として側に居続けることにしました。
けして、償いではないんです。
私には側にいることしか出来ませんから。
それに、私は冬利を助けることは出来ないんです。例え、奥方だったとしても冬利のトラウマは、心の傷は塞ぐことは叶わないでしょう。
だから、私は命を懸けません。
私の使命はただお側に仕えることです。
「これが、冬利が護衛をつけない理由です。同時に、私が秘書となったとしても側にいたいキッカケになった時の話とも言えます」
悲しそうに満さんはそう言った。
が、私はどう声を掛けていいやら、わからなくて、沈黙することしか出来なかった。
「良いんですよ、辛かったねとか言われた方が堪えますから。沈黙のままでむしろ有難いです」
私の心を察してくれたようだ。
本当に優秀な従者だな、満さんは。
私と似ているようで、似ていない。
「あなたはやっぱり、私のようにはなってはいけないよ。そのままでいてくれ」
山城唯として、彼に……いや、今を生きる人々に声を掛けるのは最期になるだろうとそう決意して、私は満さんにそう声を掛けたのだった。