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「……異性でも同性でも構わない、誰か目を惹かれる方はいたか、雪くん」
用意された個室にてそう聞けば、雪くんは下を向いて、悲しげな顔をした。
私が社交場に行くたびに、彼はそんな顔をするんだ。……きっと、彼は勘違いしている。
雪くんが誰かと接するたびに私が彼から離れて行ってしまうんじゃないかって。
「雪くん、勘違いしないで欲しい。
あなたは何れこの国のトップになる人間だ。
あなたはきっと後々、たくさんの人と接し、その数ほど裏切りに合うことになるだろう。
私は、雪くんに少しでも傷ついて欲しくない。
だから、私以外と接し、誰が信頼出来る人間なのか、あなたの目で確かめて欲しいのだ。
それと、私はいつでもあなたの味方だ。それだけは忘れないで欲しい、あなたが悪役になろうとも悪魔に魂を売ることになろうとも、どんなに嫌われ者になり、疎まれることになろうとも私はあなたと共にいる。例え、あなたが私ではない誰かと側にあることを決意しようとも、私は形を変えはするけれど、あなたの側にいると決めた。
だから、あなたは自分の目の惹かれた相手と仲良くして欲しい、私はあなたの相棒だからずっと側にいる。あなたが望んでも、望まなくても。
初めて会った時、約束しただろう?」
向かい合って座っていたところを、私はわざわざ移動して、雪くんの手のひらを包むように握る。
そんな私を見て、雪くんは柔らかい笑顔を見せた後、私の肩に顔を埋めてきた。
そんな彼の髪を梳くように、撫でてあげれば、蚊の鳴くような声でこう言ってきた。
「東雲、哉太と塩原希一と、話してみたいと思う。
あ……、でも僕にとっての1番は月穂だから……その、嫌いにならないで欲しいの」
嫌いになる? 雪くんを?
そんなのあり得ないことなのに、心配性が過ぎるぞ、雪くん。絶対に私は雪くんを裏切らない。
だから、私はあざ笑うように笑った。
そしてきっぱりと言う。
「そんなこと、ある訳ないだろう?」
そう言った後、私はにっこりと笑って見せた。
あなたが望むなら、私は……。
姑みたいだと言われても構わない。
冷たい人間だと言われても構わない。
そう考えながら、私はソファーから腰を上げて、雪くんに向けて手を差し出した。
「雪夜さん、欲しいものは自分から足を向けなければ手に入らないものなのですよ。
だから、そのお二人と友人になりたければ、あなた自身の言葉で行動でその気持ちを伝えるのです」
そしてそう言えば、雪くんは目を見開いて、私に向けて困ったように微笑んで見せた。
そしてまるで愛しさを抱いてくれているかのような、優しく穏やかな声で……。
「君には敵わない」
そう言われてしまったのだった。
1度個室に入れば、なかなか個室から出ず、社交場にいる時間は長くない私達が再び、会場に戻ってきたことに1部の人々がざわついていた。
たかが、それくらいの変化でざわつくなど、人は物好きなものだ……と言いたいところだが、雪くんは一応葉月家の人間だ。そんな彼がいつもとは違う行動をすれば、噂くらいにはなってしまうのは仕方がないことか。
私はそう考えながら、目当ての人物を探す。
彼が人に興味を持つなど珍しいこと。
出来るなら、友人になって欲しい。
上に立つと言うことは、信頼出来る人物を人数は少ないとは言えど、持っておかなければ雪くんは心のバランスを崩してしまいかねない。
雪くんには、そうなって欲しくない。
「東雲哉太さんですね? 私は、水月月穂と申します。隣にいる彼は、ご存知かもしれませんが葉月雪夜さんです」
営業スマイルを崩さないまま、そう告げた。
そんな私に、東雲さんは笑顔を崩さないでいるが、同時に警戒する姿勢も崩さなかった。
何故、葉月家の人間が、いち御曹司である自分にはなしかけてくるんだ、とそんな感じか。
水月も経営者として上の方の立場にある。
だからとは言え、私の価値が高いとは思ってはいないが、その血が流れているのはまた事実。
話しかけて警戒されるのは致し方ない。
「僕なんかに何の用ですか」
僕なんかと低評価をする彼。
元従者である私の観察眼をなめないで欲しいな。恐らく、彼は優秀な人間だ。
だけど、彼の身内には更に優秀な人間がいるのだろう。だから、自分はダメな奴だと卑下する。
それがなくなれば彼はきっと……。
まあ、この話は置いておこう。
今は彼の疑問に答えるのが優先だからな。
「東雲くんに興味を抱いたそうですよ、
雪夜さんが。ああ、でもやめて下さいね? 自分なんか雪夜さんに相応しくないから、話する価値ないし、別の方と喋った方がいいなんて言うのだけは。雪夜さん、メンタルが豆腐並みにか弱いですから」
と、脅すようで申し訳ないが、話さないなんて選択肢はないと事前に釘を刺しておく。
そんな意図に気づいているのか、東雲くんは困ったような表情をして、ため息をついた。
見れば見るほどに平凡顔だ。
だけど、優しくていい人過ぎる性格が雰囲気が、纏う空気感が滲み出ている。
誰かに騙されないか心配だ。
確か、彼には兄が居たはずだ。
従者だった頃の癖で、富裕層や政治に関わる家系のプロフィールはほぼ把握済みだ。
だから兄が居たことは確実で。
そして、彼以外の血縁者は端正な顔つきをしている人が大半を占めている。
彼みたいな例外は、彼の祖父も当てはまると聞いている。その影響か、彼は祖父を慕い、祖父は彼を孫の中でも特に溺愛していたらしい。
容姿も兄に負け、頭脳も兄に負ける。
卑下する原因はそれだろうな。
「ここでは目立ちます、場所を変えましょう。是非、私達と個室でお茶致しませんか?」
口説くのは今じゃない。
まあ、口説くのは雪くんなのだけど。
今はサポートしてあげるとするけど、口説くのはサポートなんてしてあげない。
本当に仲良くなりたいなら、雪くんの考えた言葉で、仲良くなりたいと伝えないと。
私達は強制している訳ではない。
だけど、立場の差は広い。だから、東雲くんはこの誘いを断ることが出来ないのだ。
強制をしていなくても、強制になる。
それが、上の立場に立つ人の運命だ。
「……わかりました」
やはり、断らなかったか。
……いや、断れなかったか。
本当、申し訳ない。
私はそう考えながら、さっきまで居た個室へと彼を案内するのだった。
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せめて、腹を割って話すことにしよう。
「雪くん、お膳立てしたんだからしっかりやるんだぞ。無駄足にしないで頂きたいね。
ああ、びっくりしただろう?
普段、猫被ってるんだよ。こっちが私の素だ。皆には内緒にしておいてくれよ、秘密ね?」
パチンッとウインクして見せれば、東雲さんは瞬きをひたすら繰り返していた。
そんなに意外だろうか?
「は、はい……!」
何故に顔を朱に染める?
何故に目をキラキラと輝かせてる?
まるで子犬の目みたいで、見つめてくるもんだからどうしたらいいのかわからない。
どうしたらいいのか訳がわからなくなり、雪くんの腕に抱きついた。
……もう、雪くん。早く本題に入ってよ〜!