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ーー君に、随分と大きすぎる我儘を言ってしまったようで悪かったね。


藤夜様はそう静かに言って、父上と話があるからと、二人はこの部屋から去って行ってしまった。

……本当、困ってしまう……。

どうして、どうしてまたあの方に似ている人が現れてしまうのだろうか?

いや、兄上よりも彼は、雪夜様はあの方に良く似ているんだ。雰囲気も、纏う空気感も。

優しげな瞳も、憂い気な表情も全て。

容姿は正反対なのに……、何処か似ていて、この人に従わなければと前世の記憶がそう考えさせる。


正直、わかっていた。

藤夜様がそう言うんじゃないかって。

消された穂月の存在について、そして語られなくなった一部の歴史を私に話してくれた時から。

私は大切な人のためなら悪役にも、悪女にも、悪魔にでもなれるような女の魂を持っている。

大切な人のためなら、自分を偽るなんて嘘は私にとってはとても小さなものだ。躊躇わない。


「水月月穂と言います、雪夜様。これからあなたが望むまで、あなたの側にいることになります」


前世の従者としての勘が教えてくれる。

この人は、トップに立つことを定められた運命を持って生まれてきた人だと。

私は令嬢らしく、スカートズボンの裾を持ち、礼をして見せ……、にこりと笑って見せる。

そんな私に、革靴を鳴らして雪夜様は近づいてきて、私の頬を触れて、にこりと笑う。


「僕は君を切り捨てたりなんかしない、絶対に。君だけは、見捨ててはいけないような気がするから、だから使い捨て覚悟に僕の側にいないで欲しい」


口角を少し上げて、雪夜様は笑う。

雪夜様の唇は色素が薄く、まるで少女のように綺麗な顔つきをしていて、雰囲気はとても優しい。

色素が薄かった唇は、まるで意志があるかのように、紅を塗ったかのように雪夜様が口角を上げるように笑ったと同時に唇が真っ赤に染まった。

変化はそれだけじゃなかった。

優し気な雰囲気は消え、狂気に感じるくらい、妖しげな雰囲気に変わり、子供とは思えないくらいにぞっとする深さのある色気を放つ彼。

私の視力はおかしくなったんだろうか?

雪夜様の背後に、彼岸花の花が見えるのは。


「わかり、……ました」


この人は、危うい。

……私が側にいなければ。

この人が悪役だろうが、悪魔だろうが、悪魔に魂を売ろうが、私だけは彼の側にいる。

藤夜様に頼まれたからではなくて、……私の意志で、この人に側に……いや、味方でいると決めた。


「今日から君は僕の相棒だ。だから、敬語も抜き、様付けもなしでよろしくね。建前上の敬語と様付けは妥協して諦めるから安心して」


ごめんなさい、お嬢様。

……私は私の意志で、お嬢様以外の人に敬愛の感情を抱いてしまいました。

そして、彼はきっと……。

いつか私の中でお嬢様以上の存在となり、またあの方以上に大切な人になることでしょう。

今はまだ、その気持ちは芽すら育っていないけれど、いつか芽となり、花となるだろう。

その感情が咲き誇るまで急かさず、欠かさずこの予感を育んでいこうではないか。


「了解した、……雪くん」


「雪夜」と呼ぶのは何処か歯がゆくて。

……恥ずかしくて。

「雪くん」とそう呼んでしまった。


「我儘を言ったのは、僕。様付けをしなければ、どう好きに呼んでくれて構わないよ。

でも、意外だったな。一応、僕は男なんだけれど……、よっぽど僕よりも男前なんだね」


にこりと笑う、雪くん。

笑いながら、ああ言ってくれたけど、その時にはもう、妖しげな雰囲気は全くなくなっていた。

さっきのことは、幻だったかのように。


感情は行き過ぎればその先に、「狂気」が待ち受けている、どんな感情でもだ。

その狂気に気づき、それでも見て見ぬ振りをする人もいれば、狂気に飲まれて闇に染まる人もいる。

その狂気に気づき、受け入れ、それでも闇に染まらない人もいれば、受け入れて狂う人もいる。

彼はその狂気に気づき、受け入れ、闇に染まらなかった。だけど、人とは何処か違う。

狂っているようで、狂ってない。

憎しみにかられ、人を殺めるくらいに人に関心はなく、ただただこの平坦な世界を生きている。

そんな感じが、した……。


「私が、あなたの抑止力になる。あなたが道を外してしまわないように、側にいる」


私は過去ばかりを見ていた。

もう、お嬢様もあの方もこの世界にはいない。

……だから、今を見ると決めた。

「月穂」として、生き抜くとそう決めたのだ。


「ありがとう、月穂」


その笑顔は穏やかで。

その笑顔は、彼が心から笑っていてくれていることを祈るばかりである。



それから、私は雪くんの婚約者と仮に位置付けられた。玉の輿目当ての令嬢を寄せつかせないために、私は社交場に彼が出るたびに付き添いをした。

雪くんは、私と結婚しても構わないよと言ってくれたが、ずっとそう望んでくれるかはわからない。

だから、18歳の雪くんの誕生日まで、その気持ちが変わらないのであればそうしようと約束した。

雪くんは、いずれはきっと葉月家の当主となることだろう。その約束が守られようと、守られない結果になろうと、私は彼の側にいると決めた。

雪くんを側で支え続けると決めた。

だから、私に出来ることは何でもする。

嫌いな社交場も、雪くんが出るたびに出ることになろうとも、もう苦痛ではない。

雪くんの腕に手を添え、派手やかな会場に集まる富裕層達に挨拶をしながら愛想を振りまく。

雪くんの愛想笑いに、令嬢達は甲高い悲鳴を上げ、そんな彼の横に並べる私を睨みつけてくる。


あー、怖い怖い。

そんな顔したら、余計に雪くんは近づいてきてはくれないよ、君達?


「あーあ、あの天使の振りした腹黒の何処が良いんだか、妹の私にはわかりませんわー?

顔も、鏡に映った自分みたいですし?」


高飛車な女性を演じてる雪くんの双子の妹、百合音ゆりねさんがすかさず私に向けられたたくさんの嫉妬が含まれた視線を分散させてくれた。

……私を苦手だと言っていたくせに、そんなやつ放っておけばいいものを助けてくれるんだから、百合音さんは本当にお人好しなんだな……。


「あなたを助けた訳じゃないですからね、陰口が気に食わなかっただけですから」


そう言って、百合音さんは壁の花に戻どろうと踵を返し、この会場の壁に向かおうとしていた。

彼女ほどの容姿、葉月家の血縁となれば、壁の花でいるのはもったいないと思うんだが。

本人が嫌でそうしているんだろうし、無理矢理そうさせるのは良くない。私達はまだ初等科に入る手前である、気にする必要はない。

嫁ぎ遅れにならなければ大丈夫。

お節介はしないでおこうか。


「わかっています、それでも助かったことは事実です。ありがとうございました、百合音さん」

「まあ、随分と猫かぶりがお上手なんですね」


わかっていたが、皮肉が込められた言葉が百合音さんから返ってくる。

そんな反応に私は、苦笑いをすることしか出来なかったのだった。

そんな私なんてお構い無しに、誰に話しかけられようとも壁に向かって真っしぐらに、百合音さんは歩いて行ってしまった。

その瞬間、嫉妬が含まれた視線をまた向けられた。……それには、懲りないなと呆れるしかない。


……お嬢様、お嬢様はこんな嫉妬混じりの世界で生きていたんですね……。






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