もう1つのものがたり
「また荒れそうですね、どうします?」
不吉な予感を悟るその言葉とは裏腹に、そう言った男性の表情はとても愛しそうだった。
その言葉を問いかけられた女性は愛しそうにお腹を撫でながら、その表情のまま男性に視線を移して、穏やかな声で、
「そうね、やはり繰り返される運命なのね。……でもそうはさせないわ、防いでみせる」
そう言った女性はふふっと艶やかに笑った。
そしてまた自分のお腹を優しく撫でた。
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隠された歴史が多いこの国は、その隠された部分の歴史が全ての真実が語られていると言われていて、今語られている歴史では今から10年前とある令嬢が現在では星稜学園と呼ばれている学園の制度を改革するキッカケとなった事件を起こしたと言われており、その令嬢の行方は行方不明だと言われてもいるが、死罪になったとも言われる説もあり、10年前と言う近い期間だと言うのに記憶が曖昧になっているらしい。
僕はこの時、この世界に産まれていなかったから、こうやって売られている歴史書を読むか、人伝で聞くことでしか情報を得られない訳だが、こうやって不利な歴史を隠すことでこの世界は平和を保って来たんだろう。
そんな平和はいつか脆く簡単に崩れてしまうんだろうが、それをまた政府は隠すのだ。
そしてまた繰り返される運命に、我々は逃れることが出来ないんだそうだ。
……今日はまだ、平和だな……。
そんな僕の平和を崩す、奴が現れる。
「また考えことをしていたのですか? また電柱にぶつかって。あなたは妙に電信柱を嫌う部分がありますが、ぶつかるのはあなたが周りをよく見ていないからであってですね……、いつか引かれないか私は心配です」
僕の平和を崩したのはオカンぶりを発揮する、この男ではない。
定期的に現れる、電信柱だ。
「奴らは定期的に現れるのだ。とある外国では、地下に電線を埋めているところがあるらしい。是非ともこの国にも取り入れて欲しいものだ」
むっとしたような口調でそう言えば、男は呆れたような口調で宥めるように、
「5歳児でそんな政治的なことを言うのはご遠慮くださいませ。普段は純粋な子供の素振りを見せているのが無駄になってしまいます。
あなたのお母様からのご命令で、政治に関わらせないようにとも、世間にその能力の高さを出来るだけ隠しておきたいと言うことでしたので」
どこで何を聞かれているのかわからない世界、だと言いたいのだろうな。
口は災いの元とも言うし、学んだことを口にするのはやめるとするかな。
……母さんの仕事がどんなものかは理解しているし、将来僕はあの役目を継がなくてはならないのも理解してる。その役目を継ぐことには文句は1つもない。
だが、なぜ僕は親元を離れ、一般家庭にホームステイしなければならないのだろうか?
ホームステイ先は、お母様の部下である隣にいるこの男の家庭らしい。
「それはわかった。だが、なんで僕は君の家にホームステイすることになっている?」
そんな疑問に男はクスリと笑った。
なんかバカにされたような気持ちになって、むっとした顔をして見れば、
「ちゃんと私の名前を言わないで、話しかけられているなと感心しまして。
バカにした訳ではありませんよ、話をするたびに私の名前を連呼するものですから心配だったんです。うっかり私の名前を呼んで、あなたの正体がばれてしまわないか。杞憂だったようですね、こう過ごすのは短期間になると思いますよ、見た目はあの方にそっくりですがきっと身長はあなたのお父様に似ることでしょうから。小学3年くらいになれば、中3くらいの見た目に見えるでしょうし」
男は寂しそうに笑いながらそう言った。
僕はまだ5歳児だ。僕がそうなるまでまだ後4年もあるじゃないか、相変わらず気が早いんだから全くしょうがない奴だ。
……しっかりしてるんだかしてないんだか、よくわからない奴だよ、この男は。
全くしょうがないこの男のために、
「大丈夫だ、僕がこの家を継ぐ気がある限り僕の居場所は決まった場所にあるんだから心配なら君はいつもそこにいれば良いんだよ」
とそう言ってやれば、しばらく呆然としていたものの、嬉しそうに笑って、
「あなたの仰せのままに、幸之助様。あなたが産まれた時から私は幸之助様のことを任せられています。それは私が望んだことであり、あの方が望まれたことであります。私の主人は、あなたとあの方だけです。
あなたのお父様はですね、私の弟のような存在ですから守るのは当たり前でのことと思っています。ですが、あの子は強いですからね……、それは必要ないんですけど。あなたが産まれた時から、私はあの子にあの方を守る役目を完全に任せました。今、私が1番優先して守るべき存在はあなたです。
ですから、何があろうと私はあなたの味方です。私だけは幸之助様のことを何があろうと裏切りません。それだけは忘れないでください」
そう改めて誓われてしまった。
……母さんの命令で側にいるって、この男を僕が疑っているとでもそう思ったのだろうか?
だがしかし、僕はこの男のことをその点では全く疑ってはいないのだ。
僕はよく知っている。
この男は、どんな相手だろうと尊敬出来ない相手に対しては愛想笑いを浮かべてる。
だが、僕に対しては気持ちが隠しきれないくらい、穏やかな笑顔を向けてくれている。
だから、その笑顔を疑いたくはなかったから命令だけで僕の側にいてくれるとは思ってもいなかった。尊敬はされてはないだろうが、恐らく主人としては認められているとそう思うようにしつつ、この男と過ごしてきた。
だから、
「そんなのずっと前から知ってるよ」
そう言った後、何か照れくさくなり、速足で歩き出してからしばらくした後、待ってくださいよと嬉しさを隠しきれてないそんな声でそう言って、僕を追いかける足音が聞こえてきた。
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「この方は水野幸之助様だ。私の主人であり、今日からルームシェアをしばらくする。
仲良くするように! 桜華、瑞樹、水帆」
桜華さん以外は全員男子のようだ。
予め、母さんからは全員のプロフィールは頭に叩き込むようにと言われているから、紹介してくれなくても平気なのだが通過儀礼なのだろう。
それの空気を壊すほど空気が読めない訳ではないからな、うんうんと適当に相槌を打っておく。
桜華さんは小学4年生なはずなのに、その歳には見えないほどの童顔である。
小学1年生に見えるくらいの童顔だ。若く見えるのは得することだと思うのだが女の子とは複雑だ、童顔がコンプレックスらしい。
童顔のことは触れないようにしよう。
瑞樹くんは小学2年生らしい。
こちらは女顔で、それはどれぐらいかと言うと女の子にしか見えないレベルだ。
こちらこそコンプレックスに思うはずなのだが、こちらはむしろ、女顔であることを誇りに思っているらしい。……凄いな、ポジティブだ。
……今度、メイクのモデルになってもらうとするかな。心から受け入れてくれそうだ。
そして最後に次男、僕と同級生らしいのだが、どちらかと言えば2人とは違い、何故か強面なのだ。無口でインドアで、性格は温厚で物静か。
何故かは親である男にもわからないらしく、あまり声を出そうとしないらしい。
……将来、不良とかに絡まれそうだな。何睨みつけてんだ? とかな。あの男のことだから、護身術を仕込んであるとは思うんだが……。
なんて、考えていると軽くポンッと肩をあの男に叩かれて、一気に我へと返る。
「悪い癖ですよ、幸之助様」
穏やかな笑顔を僕へと向けるものだから桜華さんの視線が鋭くなった。
……嫉妬か、そんなもんいつだって向けられてきた。もう、慣れている。
「今まで僕のことばかり気にかけてきたんだ、少しは家族サービスでもしてやれよ。
僕はしばらく部屋へと閉じこもる。ちゃんと結界も張るし、薬も飲むから気にするな。
体調悪くなったらいつもの手段で伝えるから、それまではつかぬ間の休日を楽しんでくれ。
僕にはやることがあるからな、放ってくれておいて構わない。衣食住さえあればそれで良いんだ、食事だけ貰えればそれで良い」
そう言って、僕は踵を返し仮住いになる部屋へと向かおうとすれば、首根っこを掴まれて……、
「この家に来れば、この家のルールに従ってもらう。働かざるもの食うべからずだ、食べたければ手伝いをする。剛に入ったら郷に従えって奴よ」
美人だが、肝が座っているこの女性は一部の事情を知る関係者だが、所詮一部の情報だ。まあ、当たり前か。母さんがひたすら僕の半分の情報を隠しているからな、知らないのも納得出来る。
「それなら食事はいらない」
そう言えば、彼女は驚いた顔をした。
当たり前か、彼女は僕に自分の財力がないと思っているらしいからな。
そう考えた後、僕はさらに、彼女に追い打ちをかけるためにこう口にする。
「事前に部屋にキッチンを設置させてもらった。身分上、普通の部屋では暮らせないから、術で別空間に部屋を何個か作らせてもらってある。
僕は一応、自分で稼いだ稼ぎがある。自分が食べていける分は余裕なくらいの稼ぎはな。
僕は5歳だが、2年前からしっかりと教育を受けている。今も通信課題による勉強と術指導もしっかりと変わらず学んでいるし、2年で稼ぎを得れるくらいのレベルまで得た分野もある。料理の知識も実践もしてあるから問題ない。その点は気にするな、だから仮住いとしてここに住ませてもらうだけで十分だ。
家賃を払えと言うならば払うぞ?」
淡々と事実だけ述べていけば、その言葉に過剰に反応したのはあの男だった。
「それはなりません‼︎
何故、あなたがこの家に来ることになったのか理解していないのですか⁈
幸之助様がこの家業を継ぐことになったからです‼︎ 春之様が納得していても、春之様派があなたを消そうとしてるからここに来ることになったのです‼︎
あなたは、呪いに耐えられるくらいに強い体ではありません‼︎ どれだけの防御の術をかけてるか、あなた理解しているのですか⁈
幸之助様、あなたはわかっていません。自分を大切になさってくださいよ……。あなたのことを直属の部下が、そうでない部下達がどれだけあなたを慕っているのかわかってくださいよ……、あなたがこの世界から消えることでどれだけの人が悲しむのかわかってくださいよ……。
あなたの食事は私が作ります」
春之とは、僕の兄だ。
家業を継ぐにはあまりにも優しすぎる人なんだ。社交的で、お人好しで真実を突き止めるために残酷な選択肢を選べないくらいお人好しな人。
だから、そんな春之には相応しい場所がある。母方のおじさんの後継者としての居場所だ。
だから、僕が家業を継ぐ。
本当は継げないはずだった、僕は異様に身体が弱いから。理由はわかっているから対処のしようはあるんだがな、少しでも無理するとな……、良く体調を崩すんだ。
酷い時は入院するくらいに。
だが、兄が継げばこの家業は途絶えてしまうと言うことで、僕が継ぐことになったのだ。
春之は優しすぎるのを除けば、申し分のないくらいに優秀で、賢くて、尚且つまるで未来が見えるかのような先見の目を持ち、そして大きな組織を保てるくらいのリーダーシップのある人だ。
だから、春之は表舞台にいるべきだと思う。
これで良かったと思っている。僕には表舞台に上がることは性に合わないから、母さんがそうすると決めてくれたことに感謝してる。
あの男は僕のことを身体が弱いと表現しただろう? ……それは事実である。
僕は小児喘息だ。まだ治る可能性があるから、諦めないで頑張っていこうと思っているが……、さらに問題なのは呪い関係の術にとても弱いと言うことだ。
だから、あんなにもあの男は僕の1人でいると言い切ったような発言に対して過剰に反応したのだ。それほど、呪いに対して対抗がない。
だから、母さんは僕の情報を半分……いや、それ以上に隠し続けているのだ。
僕はいつだって誰かに守られていた。
自由なんて、なかった……。
自分を守るための手段ばかり覚えさせられた。そうしなきゃ、僕は生きていけないから。
この能力は自分のことを守るために得た、言わばおまけのようなものなのだ。執着などないし、自慢にも思わない。自分のことを守るために得ただけなのだから。
……嫉妬されることなんて慣れている、桜華さんの嫉妬なんて可愛いものだ。
「大丈夫だ。2年間、血反吐を吐くような……いや、実際に吐いていたな。
それくらいの厳しい修行も受けたし、傷だらけになるくらい殺意のある実戦だって経験を積んできた。足止めくらいは出来るだろう、伝書鶴も常に常備しておくから、しばらくは放っておいてくれないか? 人付き合いなんて久しぶりだ、しばらくは1人でいたいんだ……」
そう言った途端、一瞬だけだが思い出したくない記憶を思い出して思わず首元に触れる。
そんな僕の仕草だけで、内心を読んだのか、あの男はそれ以上何も言ってこなかった。
その代わりに、紡いだ言葉は自分の嫁を説得するような言葉だった。
「……幸之助様はちゃんと働いている。だから、労働させるようなことをさせないでくれ」
そう彼女にあの男が頼めば、とても怪訝そうな顔をした。……当たり前だな、複雑に思うのはと僕がそう考えているうちに、彼女は喧嘩口調に変わっていた。
「自分の子供達には筋肉痛で辛くても手伝いをさせてるくせに、上司の子供に対する態度はまるで違うのね。やっぱりあなた、この子の母親のことの方が好きなんじゃないの⁈」
そう言った彼女の顔はまるで、鬼の形相のようだった。それでも、あの男は狼狽えない。
むしろ、あの男の怒りを誘ったようだ。
「この子達は健康体だから、将来困らないためにそうさせているだけだ。
幸之助様に対して過保護なのはわかってる。だけど、もう苦しそうにしながら救急車で運ばれる姿を2度と見たくないんだ‼︎ だから、頼む。あまり無理させないでくれ……、この人はあの事業には必要不可欠な人なんだよ」
言い方自体は諭すような言い方だが、雰囲気はそれ以上は異論を認めないと言うような感じだった。あの男は家庭より仕事を優先するタイプのようだ。
あの男と結婚した時点で、それを受け入れているようなものだ。だって、あの男は母さんの側にいた時もそうだったみたいだから。
独身時代からそんな生き方をしてきたんだから、彼女が知らない訳がないんだ。
だから、彼女は悔しそうな顔をして、悲しそうな声でこう言ったんだ。
「あなたはいつもそうだった。家庭より仕事を優先して、仕事場がここに変わるから少しでも家族のことも見てくれると期待してた私が馬鹿だったわ」
人間とはそういう生き物なのだ。
事実は変わらないと思っても、それがもしかしたら変わるんじゃないかと期待してしまう。
「この男は根っからの仕事人間だ、それは君が良くわかっているんじゃないか?
それを過剰にさせてしまったのは、僕の喘息かもしれないが、仕事人間から仕事を奪ってしまうのはあまりにも残酷なことだと思うぞ?
だが、子供から父親を奪うこともいかがなものかと思うな。それにな、この男は家族に対する愛情の向け方がわからないだけだと思うぞ。
君はこの男の過去を知らないのか?」
僕は淡々とそう言えば、また悔しそうな表情をしながら彼女は首を振った。
その様子を男はバツが悪そうな顔をしてそっぽを向いた。……これは話し合いが必要なようだな、全く世話のかかる部下達をもったな。
……これはおちおち弱ってられないな。
「命令だ、納得するまで話し合いをしなさい。信頼出来る部下のためだ、悪役ぐらいにはなってやろう。さっさとけりを付けてきなさい」
そう言い捨てて、リビングから逃げるように去れば、後ろから気配を感じ取り振り返る。
すると次男の水帆くんが着いてきていて、僕は驚いた。てっきりこの家族から嫌われているのかと思ったから、嫌われてない人もいたんだと安堵した。
思わずふらりとふらつけば、水帆くんが支えてくれた時、自分とは違って骨格がしっかりしていて、筋肉がバランスよく付いていることに気がついて、同じ年なのに全然違うなと劣等感を感じだ。
そんなネガティブな雰囲気を感じ取ったのか、水帆くんは思わずと言ってしまったかのような話し方で、フォローをするようにこう言う。
「体調、悪そうだなと思って」
落ち着いた綺麗な声だった。
5歳児の中では低いような声なのに、穏やかで優しい声で、何だか心に響く声だと思った。
何で、何でそんな綺麗な声を家族さえも隠してしまうんだろうともったいなく思う。
「……綺麗な声だな」
確かに彼の言う通り、僕は体調は優れない。
だけど、そんなことをお構い無しに僕はのんきにもそう口にしていた。
そんな一言に、彼は目を見開いて、一瞬支える腕に力がなくなり、床に頭をぶつけるんじゃないかと身構えるが、すぐに我に返った彼が支えてくれた。
本当に5歳児なのか? このしっかりとした骨格はこの歳で仕上がるものなのか?
僕なんか、医者に怒られるくらいに痩せすぎなのに、彼は5歳児とは思えないくらいの健康体だ。……羨ましいなとそう思う。
さすがはあの男の子供だと感心していると、水帆くんはいつの間にか顔に真っ赤させていた。……なんだ、年相応な部分もあるんじゃないかと好感を得た。
だが、今僕には気になっていることがある。
「いつまでこんな体勢でいるんだ?」
そう言えば、更に顔を赤くさせる彼をクスクスと笑いながら、彼に体重をかけて体勢を立て直すが、まあ離れろと言われるまではあえてこの体勢のままでいるかと悪巧みをしていれば、
「からかってるな……、全く」
と、照れながらそう言ってきた。
その空気感に、僕はなんだか懐かしさを覚えて、しばらくこの体勢のままで良いかなとそう思ってしまった。水帆くんは本当に5歳児なのかな、目測では110センチくらいの身長だと思うんだが、そうなると僕との身長差は40センチもある。その離れた身長差も、その穏やかな目も、泣く子も黙るその強面な顔も全てが懐かしくて。
そう感じた瞬間、一瞬心の中に突っかかっていた何かが弾けたように解き放たれた。
誰かの幸せな記憶だったけれど、僕はその記憶を受け入れることが出来なかった。
僕は僕、その人はその人。
そう言い切れたのはその人が生き切った人生に満足しているからだとそう思ったからで、僕は自分の人生を譲ったとしてもその人は喜ばないような気がしたから僕は僕らしく、今まで通りに生きることにした。
……あなたはあなたらしく、後悔しない人生を真っ当に生きなさい。
誰かの人生の生き方を手本にした生き方なんて、あなたには似合わないもの。
あなたはあなたよ。時には流されることは大事だけれど、意志をしっかり持って、あなたの個性を大切にして、後悔しない生き方をして欲しい。
母さんが僕によく言ってくれた言葉だ。
……そう言ってくれた母さんは、きっと僕であって僕じゃなくなったその日にそのことに気づいてしまうんだろうなとそう思う。だからさ、僕はこの人生でしか生まれない絆を信じてみようってそう決意したんだ。
だからね、例え水帆くんと前世どんな関係だったとしても、今を大切にしたい。
……ああ、生まれ変わって人格が変わっても、出会うタイミングがどんな時であろうともその魂に惹かれてしまうんもんなんだな……。
だからね、お願い。
……ねえ? 僕はさ、もうあの人じゃないけれど、前みたいに一緒にいてくれる?
なんて、言える訳がなくて。
気まずいくらいに沈黙が続いた。
なんて返事を返したら良いのかわからなくなって、もし水帆くんがあの人の記憶があったなら、僕は前世を受け入れた方が良かったのかなってそう深くまでこの沈黙が考えさせる。
……また、前世の時みたいに縁側でお茶を飲んでのんびりと過ごすことは出来ないかもしれないが、せめて友人として長い間過ごすことが可能なら、どんな形でも構わないからこの穏やかな居場所を守っていたいけど、きっと1番じゃなくなった時に僕は僕らしくなくなっちゃうからここまで側にいるのは今日で止めといた方が良いのかもしれない。
大切だからこそ側を離れる。
それが、1番良いのかもしれない……。
「お願いだからもう離してくれ」
だから、望んでもない言葉を口にした。
後ろを振り返らず、僕は部屋へと駆け込んで、部屋の鍵を閉じた。それと同時に心を閉じた鍵すらも、心の奥底に隠すことにした。
あれから2年後。
僕は7歳になった。水帆くんは小学校に通っているらしいが、あれから全く顔を見てない。
いや、僕だけがそれを拒絶してる。
向こうは1度しか会ったことのない僕に会いたがっているらしいが、それは本当に僕に会いたいんだろうか? もし、彼が前世の記憶保持者なら本当は前世の僕であることを期待して、何も知らずに会いたがっているだけじゃないのかと思う。
「幸之助‼︎ 何か俺が傷つけるようなことをしたなら、謝るから、お願いだからもう1回だけで良いから会ってくれよ、頼むから……」
毎日恒例になったドア越しの懇願。
その声を聞くたびに会いたくなる。
また背が伸びたのかなとか、相変わらず優しい声だなとか、そんなことばかり考えてる。
あの男は水帆くんに会えと言う。
だけど、どうしても会えなかった。
彼に、失望されることがどんなことよりも怖かったから。
そう考えた瞬間、懇願する声も、開けろと催促するようにドアを叩く音も聞こえなくなった。
だから、諦めたのかと思って安堵したその瞬間、普段は怒声を上げることがない水帆くんがもう我慢出来ないと言うかのように、
「もう我慢なんねぇ‼︎ そのドア蹴散らしてやる‼︎ こっちは2年待ったんだぞ、2年‼︎」
そうは言って来たが、僕は高を括っていた。このドアには結界が張ってある、だから超能力を使えない水帆くんに壊せるはずがないんだと。
だけど、僕は忘れていた。
人は強い思いを持った時、人知を超えた何かを引き起こすことがあることを。
1回目はびくともしなかったドアが、2回目にはガタリと大きく揺れて、3回目にはドア自体がキシリッと音を立てた。
4回目で強く結界を張ったはずのドアが真っ二つに割れて、小学1年とは思えないくらいの身長の高い姿をした水帆くんが僕の目の前に現れた。
激しい運動した後のようにたくさん汗を掻いて、激しく呼吸をする水帆くんはとても真っ赤な顔をして、そして必死な顔をしていた。
僕の側にすぐに来て、何も言うことなく棒っきれのように細い体格な僕の身体が折れそうなくらいに強い力で抱きしめた。
結界は強くかけたはずなのに、何故?
僕には術師としての才能がないと言うのか? 魔法と言う存在が表舞台から消え、科学中心となった世界に現れたのは超能力と言う存在。
とある令嬢が起こした騒動から5年後に現れた、何かを触媒にして人知を超えた何かの力を出現させる力、触媒魔法。その力と超能力が主流となった今、僕は呆然とすることしか出来なかった。
水帆くんの抱きしめる力が強すぎて、少しだけ我に返った時に思い出した。
……そうだ、そうだった。
「魔法はね、完全な存在じゃないのよ。だからね、魔法を使った時に多少の揺らぎがあれば負けてしまうのよ。だから魔法を使う時は強い意志を持って使いなさい。そうじゃなきゃ、どんなにあなたが強くても勝てないのよ」
その一言を思い出した時にはもう、僕は水帆くんの側から逃げられないんだと自覚した。
……水帆くんの側から離れたくない、その気持ちの方が僕の逃れたいと思う気持ちより強く、迷いがないことに気づいてしまったから。
……僕の逃れたいと言う気持ちに、迷いがあることを自覚してしまったから。
だから、水帆くんから逃れるために触媒魔法を使うことは出来ないから、僕はきっと彼から逃げられない。逃げる手段を失ってしまったから。
「僕の負けだよ、水帆くん……」
負けを認めることしか出来なかった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※
全く、この親子は似た者同士なんだから参ってしまうよ。勘弁してくれ。
「おい! 僕の全身の骨を折る気か!
手加減して抱きしめろよ、バカ!
親子揃いも揃って同じミスをするんじゃない、僕はお前らとは違って鍛えてないんだ、阿呆!」
それぐらいわかれよ……、僕はそう内心でそう考えながらあの男の抱擁を甘んじて受けた。全く、しょうがない奴らだ。
「武術は一通り出来るし、喘息を起こさないように調節した室内で運動量はそこそここなしてるのにどうしてこう筋肉がつかないのか、この体質が憎たらしくなるよ。どうして味方に骨を折られそうにならなきゃならないんだ。また、防御の術を強化しなきゃならなくなるじゃないか。水帆くんはどうしてこう防御の術を壊すのが得意なんだか。本当、敵側に居てくれなくて良かったよ、僕は防御の術なければ生きていけないからね」
ほら、さっさとこの部屋から出てよとそう言い放てば、水帆くんはショックを受けたような顔をするから、
「僕の負けって言ったよね? この部屋に、君の父親と君だけ入れるようにしておくからとりあえず今は出て行ってよ。
君に第二段階くらいまで防御の術を壊されちゃったし、術を構成し直ししなきゃいけないし、それに君に防御の術を壊されないように対策を練らなきゃいけないから、集中したいし、終わるまではこの部屋には入らないで。入って良いってなったら、連絡するし、もう拒絶もしないから安心しろ。
とりあえず、防御の術を構成し直したいし、そっちを優先しなきゃ。それとも君は、僕が死んでもいいと言うの?」
そう言えば、水帆くんは渋々と言ったような様子で部屋から出て行く。
哀愁帯びた背中を見守った後、僕は思わずクスリと笑う。
「彼となら、改革するのも夢じゃないのかもしれない」
その時、僕は冗談で言ったつもりなのに、本当にそうなると誰が想像しただろうか?
それに気づいていたのは恐らく、こうして出会わせた母さんくらいなのかもしれない。
これは、僕と将来ずっと右腕となる彼との出会いの物語。
完結です。
一年と何ヶ月かくらいの期間は掛かりましたが、完結することが出来て良かったです。
従者だった私の転生を読んで頂き、ありがとうございました!




