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「……おかえりなさいませ」


絶対、私服に着替えていたはずなのに、いつもの支給したスーツに着替えて私を出迎えてくれた理玖。


……驚く必要もなし。彼には、私の行動を把握する許可を与えたのだから。


「すまんな。協力者との話し合いでな、理玖を連れて行く訳には行かなかった。詳しい話はまた明日にしよう」


あの力の詳細を話すには時間がかかる。


「かしこまりました」


前世のこと、話すべきなんだろうとは思う。そう思うほど、理玖のことは信頼している。

だけど、私は話さないと決めた。

今の私は水月月穂。私は、水月月穂に転生したからこそ、理玖のことを好きになれたんだと思う。

だから、私は話さない。


昔は昔、今は今。

前世では得るはずもなかった恋の成就を果たそうとしている今、話すべきではないと思った。

理玖に話してしまうのはダメなような気がするのだ。……また、前世の恋が再燃してしまうような気がして。


私はもう、初恋を思い出にすると決めたから、もう迷わない。

私は、……僕は理玖と共にいることを選ぶと決めたから。


「理玖」


はい? 気の抜けたような声で振り返る。

理玖の仕草一つで、穏やかな気持ちになれるこの日常が続けば、それだけで幸せだと考えると思わず頰が緩み、


「約束は守るからな、引き締めて望めよ。死んだら、約束の意味がないからな」


これは私なりの覚悟表明だ。

それを汲み取ってくれたのか、満面の笑みで「勿論です」と彼は言った。




理玖と打ち合わせをした上で、作戦を実行する当日。

本来なら、卒業パーティでするつもりだったが、タイミングを早めた。

理由としては、父上たちに頼んでいたことが円滑に進んだと言うのが一つ。

主人公格である彼女が、雪夜くんの側にいる価値があると示すものが出来たこと、それが一つ。

また、秋葉のメンタル面を支える人が現れたと言うことと、理玖の編入先を事情を話した上で確保出来たことと、事情を話し、話し合いを重ねた上で私は秘密裏にこの学園の卒業資格を貰えることになったのも一つ。

そして、雪夜さんが彼女の想いを自覚したと言うのが最大の理由だ。


今日、見た感じ、雪夜さんは彼女に対して想いを寄せるような言動、仕草をしている。

今日は全校パーティだ。全学年の生徒が揃っている。

彼女がふさわしい女性だと言うこと、全学年の生徒に承認になって貰おうじゃないか。


「理玖、覚悟は出来てるか?」


「はい、あなたの為なら悪役の手先でもなってみせます。それがあなたの望みなら」


さて、学園史上の悪女となってやろうではないか。



「雪夜様? 婚約者の私を差し置いて、別の女性をエスコートするなどどう言うことなんですの? ……説明していただけますよね?」


内心、本当は嬉しいと思っている。

お互い、好きな人が出来て、円満に婚約破棄が出来るならそっちの方が良いに決まっている。

だけど、私はともかく、雪夜さんはこの国のトップに立つような人だ。

今まで彼の家系の奥さんとなる人は、それなりの地位と支えられるくらいの度量を持つ人がなってきた。

その立場に選ばれたことは光栄なことだとは思っている。

だけど、私はその地位よりも欲しい人が出来てしまったから、本当に好きな人と彼も一緒になって欲しい。

だから、私は悪役にも、悪女にもなれる。

その為なら、プライドなんて無しに、誰かに頼みごとだって出来る。

心に思っていないことも言える。


「あなたは葉月家の当主となる人です。

今は私があなたの婚約者なのですよ? わかっておいでですよね? あなたは葉月の名を汚すようなことを今、現在しているのですよ? あなたは葉月家の当主となる人です、婚約者が仮でもいると言う状況で婚約者ではなく別の女子生徒をエスコートするなど軽率過ぎます!」


嫉妬してなくとも、嫉妬してる風に見せるなど、私には容易いことだ。

頭だけは冷静なのに、態度は感情的に見せないといけないなんて、頭がおかしくなりそうだとそう考えていると……、


「君が、その秘書の教育している間に、僕がどれだけの思いを抱いていたか、何があったのか、知っているのか?」


秋葉を通して知っているが、表上は知らないと言う設定だから、


「……っ! 何があったのです?!

一言声をお掛けしてくだされば、すぐに駆けつけましたのにっ!」


そう言葉にすれば、雪夜さんは悲しそうな顔をして、


「……君にとって、僕は声をかけなければ気にしてもらえないくらいの存在なんだね?」


悲しそうな顔をしてそう言った。

普段なら、自分の思い通りにいかないと、あの妖しげな雰囲気と殺気が混じったような気配になるのに、そうならかったことで確信した。

雪夜さんの側にいるのは、かのじょでなければいけないんだと。


「そんなことはありませんよ」


私にとって雪夜さんは、大切な人であることには変わらないし、興味がなければ大切な秋葉を潜入とは言え、行かせたりはしないのだから。

……それは今は言えないけれど。


「私は、今まであなたに尽くして生きてきましたわ。それなのに、あなたはそれを裏切るのですね。

それなら、私にも考えがありますわ」


私はわざと靴音を鳴らして、彼女へと近づいて、


「あなたは、一般家庭に生まれたそうですね?」


彼女はコクンと頷いて、手を後ろへと隠した。


「私は雪夜様の妻になる人が別に地位のある人でなければいけないとは考えてはいませんよ。礼儀などはあなたの努力次第なのですから。

……ですが、あなたが葉月に入ることでどんなメリットが生まれるのですか?

あなたは確かに頭も良いし、お強い。文武両道かもしれません。

ですが、あなたは上に立つ覚悟と、あなたの行動一つで使用人が路頭に迷ってしまうんだと言うことを覚悟が出来ているんですよね?」


彼女は肩をビクッと揺らすだけで、何も言わない。

それでも私は追求を続ける。


「その様子では、出来ていないようですね」


そう言った時、初めて彼女は口を開き、


「出来てはいませんが、どんな手を使っても私は必ず雪夜様の隣にならんでみせます。十年後、二十年後の雪夜様の隣にいるのは私です。そのためなら、血を吐くくらい努力するなど痛くもかゆくもない!」


強気にそう言う彼女に、私は顔を真っ赤にさせて平手打ちをするような動作をした。

それが魔法開始の合図。

平手打ちがされた音と同時に、彼女を中心に強い光が放たれた。

その光が弱まった頃には、私は自分の移動車へと転移させられていた。


彼女に教えた魔法とは、光魔法と瞬間移動魔法である。


理玖が帰って来れば、これで終わる。

やっと言える。

その前に、彼にも言っておかなければ。


「長年、役目ご苦労様だったな」


あの方の記憶を所持していた運転手に対してそう言葉をかけた。


「あなたの役に立てるなど、幸せでしかありません」


ミラーに映る彼は、本当に幸せそうに笑っていた。




計画通り、理玖は彼女に対して、復讐を匂わすような発言をしてきたらしいと車で報告を受けた。


「……褒美は何が良い?」


「何もいりません。欲しいものは自分で手に入れてみせます」


お礼をしたかったのだが、理玖に拒否されてしまった。

ずるい手で思いを伝えようとしては、伝わらないんだな……。


「理玖」


そう呼べば、にっこりとした笑顔をしながら、私のいる方へと体ごと向けた。


「理玖に私の残りの人生の時間あげるよ。

…………そんなことが言えるくらいには、理玖のこと、好きなんだけど?」


好きなんだけど? それだけは、すごく小さな声になってしまったが、自分から言えたことは大進歩だよな……? と考えた瞬間、唇に噛みつくかのようにキスをされ、すぐに離される。

その時の理玖の顔は、男性の顔をしていて、私だけを見ていて胸の鼓動が強くなる。


「俺も好きです。大好きです」


……ああ、やっと幸せになれる。

私は理玖に抱きしめられながら、そう考えていた。





本編としては最終回となります。

次回、この話の未来の話を乗せて、完結とさせて頂きます。

ありがとうございました。

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