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「私が、水月家が、穂月の人間?
穂月の血を継ぐ、唯一の家系……?」
そう言った後、くっと喉がなり、その瞬間、咳が切れたかのように大声で笑った。
まるで、狂ったかのように大声で笑って、
「私はあの方を愛していた!! それなのに、私の祖先はあの方? 今更、諦めるように釘を刺すことはないじゃないか!! 私は、あの時から、あの方に愛されることを諦めていたと言うのに!! 今更、この仕打ちは酷い! 酷いではないか!!
私は過去の片想い相手として、あの方を愛すことも許されないのか?! 確かに今はあの方をそう言う意味では愛していない。でも、尊敬はしてる。……この恋を、なかったことにしろと言いたいのか……。この身体は、あの方の血が流れている、私が抱きつつも大切にしまいこんでいたこの感情の行き場は何処に行けば良い?
私は水月月穂……、水月家の人間だ。私は山城唯じゃない、水月月穂として転生してからは生きて来た。……これからも、そう生きていく。ならば、片恋として終わった感情を今もなお、大切にしまい込んでいるこの気持ちは祖先に抱く感情ではない。それでは、完全な水月月穂として生きて行けないではないか。この感情を捨てろと言うのか?? 片恋でも幸せだったこの感情をただの記憶と捉えろと言うのか!!
今の私の一番はあの方じゃない、それは私自身も自信を持って言えること。それでも、恋だと気づけたきっかけを作ったのはあの方との過去の片恋の記憶だ!! それを……、それを否定したら、この気持ちも否定することになる!! どうしたら良い、どうしたら良いの?」
頭が真っ白になった。正気に戻った時には私の手は真っ赤に染まっていて、ジンジンとした痛みを感じ、この血は私の血なのだと自覚した。
穂月家が存在したことは喜ばしいことなのに、喜べない自分が嫌だ。
……こんな弱い自分が嫌いだ……。
「月穂様!! その怪我は……、まさか! ご自分でされたのですか……!! あなたに死なれては、私はどう生きて行けば良いのですか? あなたが先に死んでしまわれたら、たくさんの方が涙を流すことを自覚してくださいませ!!」
……ああ、理玖か。普段ならお前の足音くらいすぐ見分けられるのに、気づかないとは、余程気が動転していたのだな?
理玖に触れられていると、不思議と傷みが感じなくなってくるな。どうしてだろうか? どんどん、心の痛みも、手の痛みも感じなくなって、ただただ血が流れる感覚のみが今は残っている。
血に染まる手を、素手で触ることを躊躇わず理玖は私の手を包み込んだ。……優しく、温かい手だった。
そんな手に私は包み込まれる価値などない。
私はな、誰かに悲しんでもらう価値なんてないんだ。自分が穂月家の血縁だと知って、無意識に命を絶とうとした自分勝手な人間だ。私が死ねば、あの会社の人間達は路頭に迷うことになると言うのに、自分の絶望に負けて、自分の責任を忘れて無意識に命を絶とうとするなど、上に立つ人間として失格だ。
それでも尚、自分のことを傷つけなければ生きていけないと思ってしまうのは、私が弱い人間だからなのだろうか?
それとも、私はまだあの方のことを、進行形で愛していると言うことなのか。
そう考えるたびに、命を絶ってはいけないとわかっているのに、いつの間にか壊していたティーカップの破片に手を伸ばすことを自分の意思では止められなかった。
「おやめください!! 月穂様!!」
ーーまるで、悲鳴のようだ。
なんて、呑気にそう考えていれば、理玖は先程まで冷静さのかけらもない声を出していたとは信じられないくらいに、冷静で、淡々とした口調で、
「あなたがどんなに重いものを背負っているのか、私にはわかりません! あなたと出会った時、あなたの中には私ではない誰かが一番であることは気づいてました。初めは、その誰かは雪夜様であると信じて疑いはなかった。ですが、あなたの次期当主様に対する目はただの兄に向ける視線でないと、あなたを想っているからこそいつからか気づいてしまいました。まるで、誰かと重ねているような目で、愛おしそうにしている姿を見て、私はあなたの忘れられない方は雪夜様ではないといつからかそう思うようになりました。
ですが、それを言葉にすると、その方に負けを認めたようで口にすることは出来ませんでした。……私、気づいてました。初めて、あなたに出会ったあの日、一瞬、ほんの一瞬のことでしたが、誰かと重なって見えたんです。その時は疲れているのかなと思っただけでしたが、今となれば何となくあの姿こそが月穂様の本当の姿なんだとわかります」
そう言われた瞬間、握りしめていた瀬戸物の欠片を思わず床に落としてしまった。
……思ってた以上に、私のことを深く想っていてくれたことに対する驚きで。
理玖が、どれだけ私に対して深い愛情を持っていてくれているのか、その言葉で気づいてしまった。そんなに、私以上に私を愛してくれている人の前で血を流せないとやっと我に返ることが出来た。
が、あまりに痛いところを突かれすぎて、その言葉をそらすことが出来なかった。理玖は優秀だ、そんな私の隙を逃すはずがなく……。
「……私にとって、水月月穂はあなた一人であることは一生変わらない事実です。私が好きになった水月月穂は、あなたであることは変わることはありません。月穂様が何に絶望しているのか私には話してはくれないのでしょうが、私はそもそもあなたの正体を突き止めようとはしておりません。先程も言いましたが、私が好きになった水月月穂はあなた一人です。意識が誰であろうと、あなたである限りどうでも良いことです。
あなたが私の知らない誰かを想っていたとしても、私に振り向いてくれないとしても、私と同じ感情になるまで何年、何十年かかったとしても私は……、待っています。例え、振り向いてくださるのが来世になったとしても、例え、私らの関係が血縁者となったとしても私はこの感情を忘れることは出来ないでしょう。それでも、私はこの感情を否定しません。例え、生涯独身を貫くことになったとしても、私にとってあなた以上に好きになれる人はいないでしょう」
私が恐れたことを、彼はそんな運命になったとしても想い続けると言い切るような言葉を強い意志でそう言った。そのおかげで、この気持ちを否定しなくて良いんだと、この過去の片恋を大切にしてて良いんだとそう気づかせてくれた。
「……ありがとうな、理玖」
私はそれ以上のことを、言葉に出来なかった。




