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あの綺麗な涙は私にはないもので。
不老不死だなんて思えないくらいに彼は純粋で、綺麗な心を持っていた。
1度は人として死に、記憶を持ったまま生まれ変わった私はこんなにも歪んでしまったと言うのに。
秋葉は危ういが、私はもっと危うい。
一歩踏み外せば、私は前世と同じ人生を歩みかねない。
人に恨まれ、歪んだ感情を持たれているか私にはわからないのだから。
「未来は見えないから怖いな、いつ消えるかわからない未来が怖い」
いつかは死ぬ、それがわかっているからこそ言えるこの言葉。
後悔しないためにも、理玖へ想いを伝えるべきなのはわかっている。
だけど、もし理玖が感じている感情が恋情ではなく、敬愛だったとしたら? そしたら、今までの関係でいられなくなるんじゃないかと思うと、好きのたった二文字が言えなくて。
いつだって私はそうなのだ。
立場の違いを理由にして、私はこの感情から逃げている。……本当は私は想いを伝えることに対して臆病になっているだけなのにな。
だから、あの計画を理由して、理玖との関係を現在のまま維持している。
強い生き物の振りをしている、ただの臆病者な私は意志を歪めすぎたせいであの綺麗な涙を忘れてしまった。
私が最期に流した涙は、どんな涙だったのか、もう思い出せない。
そんな考えごとを終えた時、その時にはもう理玖に手を握られていた。
どうして、そう聞こうとしても、なぜかその言葉が言えなかった。
理玖の苦痛そうな顔を見ては、そんな顔をさせてしまった私がどうしてなど聞ける訳がなく。私はただただ、理玖が話し始めるのを待った。
何秒、何分過ぎたんだろう?
緊張し過ぎて時間感覚が狂ってしまった。好きな人に手を触れられるのはこんなにもドキドキと胸が高鳴るものなんだと思い出した。
私はいつからこの感覚を忘れてしまっていたのか、もう思い出せない。
……今まで強い振りをしてきたツケが回ってきたようだな……、なんて考え始めた頃、理玖はやっと口を開いた。
「姫。未来が見えてはこの世界はつまらないものになってしまいます。
決められたレールを進み、そのレールから外れることは許されないそんな世界になるなんて私は嫌です。
そんな世界になってしまえば、私の恋は隠し通さなければいけなくなり、そしてこの恋は叶うことはないでしょう。
そんな未来は嫌です。
私は……、姫の支えになりたい。いや、私が姫の支えとなります。私は姫が好きだから、姫が恐れる気持ちを少しでもなくしてあげたいのです。
1人で苦しまないでください」
私は理玖を苦しませる顔しか出来ないのか……? 苦しませてばかりじゃないか、私から離れた方が幸せになれるんじゃないかとネガティブな方向ばかり思考が巡る。
私のたった一言で、理玖は苦しそうな顔をし、悲しそうな顔をする。
……そんな顔をさせたい訳じゃなかったのに……。今更後悔しても遅いか。
だけど、君を苦しませないために突き放したって話した時、君はまた悲しそうな顔をするんだろうからその一言が言えない、なんてそんなの君のそばにいたい私の言い訳。
そんなずるい私の言い訳を、君は……、理玖は優しいからきっと、受け入れてくれちゃうんだろうな。
それに約束したからな。
全てが終わった時、全力で理玖の想いと向き合うことを。
だから、今更理玖を突き放すのは嘘をつくことになる。
「それも、そうだな……。馬鹿なことを言ったな、ごめんな。
こんなずるい私を、こんな弱い私の側で支え続けてくれるか」
遠まわしの「プロポーズ」
君は気づかなくていいよ、まだ。
また、もう一回。君に言うから。
遠まわしじゃない、私の想いを。
「好き」だって。
君の想いを、決められたレールで打ち消させたりしないから。
今度こそ、復讐な結末じゃなくて、幸せな結末へと歩みたいから。
……君と、幸せになりたい。
私は君の手を取り、撫でる。
私が与えてしまった痛みが少しでも和らいでくれるように。
そんな私の動作に理玖は困ったように笑って、私の手に手を重ねて……、
「どんなに時間が経とうと、何度この時を繰り返そうと、私は今抱いている答えを言うことに後悔しません。……私を、姫の側にいさせてください」
そう言った理玖の手は震えていて。
どうして、今まで理玖の言葉を、想いを、決意を素直に受け止められなかったんだろうと後悔している。
こんなに真摯に向き合ってくれていたのに、私は見て見ぬ振りをしてた。心の何処かで、いつか裏切られるのではと疑ってしまっていたのかもしれない。そんな私が、心底嫌いだ。
……君はいつだって、私とまっすぐ向き合ってくれていたと言うのにな。
「私の側にいて」
私も、君とまっすぐ向き合う覚悟が出来たよ。……どんだけ、遠回りすれば気が済むんだろうな、私は。




