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母上は、不機嫌だ。
せめて、オシャレに見せようと巻きスカート風のスカートズボンを着たりと着こなしには気をつけていると言うのに、母上はいい顔をしない。何がいけないんだろうか?
私は、お嬢様らしい振る舞いは心がけていると言うのに……。まあ、口調はこのまんまだが。
あれから2ヶ月ほど経ち、冬となった。
前世の能力と月穂が持つ才能は相性が良く、まるでスポンジのように知識と言う水を吸い込んでいく、気持ちが良いくらいに。
従者だったのだ、なめないで欲しい。
……誰かを守る技術くらい身についている。
後は、その技術に耐えられる体を作るだけ。
「流石は椿の血が流れるだけはありますわね、月穂さん。私には到底出来ませんわ。
けれど、義母様も気が気ではないでしょうね、嫁入り前の娘が傷つくかもしれないと」
9歳とは思えない上品な雰囲気を持つこの方は、紅葉秋羅様である。将来のお姉さまとなるお方であるのは確かなのだが……。
何故か、敵意を持たれているような気がする。
……勘弁して欲しいわ、私は兄上の妹です。
「傷つかないために私は鍛えているんです、父上は椿の人間ではありません。もう水月の人間でございます。
それ以上椿、椿と言うのであれば容赦は致しません。紅葉家のように、お護りしてくださる方はいないのです。ならば、自分の身は自分で守る、それが私のポリシーであります」
カツンッとあえて靴を鳴らし、秋羅様に近づいて、まっすぐ彼女の目を見て再びこう言った。
「無礼覚悟ではっきりと言わせてもらうが、私情を抱きながら私のすることなすこと口出しするのはやめて頂きたいのですが。私が望んでしていることだから、あなたに言われてやめる必要もないでしょう?
それに私は、私らしくあるためにこうしているのだ、私が怪我しようがあなたには関係ないことでしょう。
そう、兄上の婚約者であるあなたに私がすることに口出しして欲しくないんです。
あなたは兄上の婚約者だから、私がすることに口出し出来る権利があると言うのであれば、秋羅様は随分と傲慢な方なのですね。
もし、兄上が悲しませないように牽制をしているのであれば思い違いですね、兄上はこうすることを認めてくれています。だから、私のことは構わないでください」
……これだから人の恋愛に関わりたくないのだ。
私は兄上の妹に過ぎないのだから、ほぼ嫉妬に近い敵意をこちらに向けないで頂きたいものだ。
私が例え兄上に恋情を抱いていたとしても、叶うことはないのだから、ライバル視しなくて良いじゃないかと思うのだが。同じ同性の私でさえも、乙女心とは理解出来ないものだ。
……兄上の大切な婚約者だから、あまりきついことは言いたくなかったのだが、あまりにも秋羅様の敵意に近い嫉妬の視線に耐えきれなくなってしまった。ああ前世の時もそうだった、自分は短気なのがたまに傷。
……あの時もそう。
まあ、今更後悔したところで……、あの時間が、あの幸せが帰ってくる訳でもない。
懐かしくもないことを思い出してしまった。
興がさめた、考えたって無駄だ。
「秋羅、やめてくれ。例え、秋羅であろうと月穂のやることに口出しするのは許さない」
冷たい、声……。
その声の持ち主は、兄上だった。
怒るなんて珍しい。
ましてや、その相手は好きで好きでしょうがない秋羅様。それでも私情を挟まないのは流石だ。
「どうしてです? 義母様は、あんなにも心配していらっしゃるから私はああ言ったまでですわ」
「母上は何も知らないんだ、……勿論君もね?
月穂は、……いや私もかな?
自分の身を自分で守らなければならない。そうでなければ、生きていけないんだ」
自分の疑問に対して、あやふやな答えを返されたことにより、秋羅様は怪訝そうな顔をした。
世の中、自分が思うがままに動くような世界ではないのだ、それを彼女は理解すべきである。
例え、秋羅様が兄上の婚約者であろうがそんなのは関係ない。親しく、身近な存在でいるからと言って我が物顔で、教えてもらうのが当たり前だと考えるのは良くない。
……言えないことだってあるのだ。
そう考えているうちに5分くらいが経ってからのことである、秋羅様はため息をついたのだ。
しょうがない、と言うかのように。
「良く言われますわ、私は世間知らずのお嬢様だと。身なりだって悪役顔、同世代の少女にも良く怖がられますし、年上からは妬まれもします。
だって、世間知らずのお嬢様が、かの水月家のご長男と婚約しているんですもの。
身なりだって良く、容姿が良ければ良いほど気にくわないことでしょうね、妬みでいじめる方は」
秋羅様は悲しそうに笑って、今日は帰りますねとそう言い、この場から去って行ってしまった。
その背中はあまりに寂しそうなものだった。
……好きな人に頼られない、その辛さを前世の私は痛いほど知っていて。
彼女のこと、放っておけなかった。
「兄上、いつか話してあげてください、あの方は信用出来ると思います。兄上が秋羅様を、いや……秋羅様が兄上を見限るような行動をしない限り、あの方は誰よりも兄上の味方で居続けてくれることでしょう。せいぜい、秋羅様に見限られないよう頑張ってくださいね?」
前世、唯一愛した人は、私を頼ってはくれなかった。……何も、話してはくれなかった。
兄上には、そうなって欲しくはない。
「君は、私の味方でも秋羅の味方でもないと言うことか。わかってるよ、愚かな行動はしない」
その言葉の強さに、私は安心した。
……この人なら大丈夫。
そんな気持ちを自然と持てた。
「ああ、やはりここにいたか」
その存在感のある声がいきなり現れて、私は思わず驚きから肩を小刻みに揺らした。
存在感のある人なのに、声を出すまではどうしてここまで存在感を消せる人なんだろうか?
そこは流石としか言えない。
「どうかしましたか、父上」
兄上がすかさず用件を聞いた。私は、ただ父上が次に言うであろう言葉を静かに待つだけ。
相変わらず、表情を変えずに父上は、
「月穂に会わせたい人がいる」
ただ、その一言だけそう言った。