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「まだ泣いてるんですか、姫君?」
抱きしめ返してくれていた腕を離して、片手は懐に顔を埋める私の顔を上げて、もう片一方の手の指先で私の涙をすくうように拭う。
そうしてくれた理玖は、見たことがないことくらい困惑したような表情を浮かべていて。
抱きついていることに困惑しているのだろうかとそう思った私は、理玖から離れようとするが……、彼はそれを許してはくれなかった。
「どうして……?」
そう聞けば、更に困ったような表情になっていく理玖。……困ったような表情になるその理由が全くわからないんだが、そう考えていると……、
「まだ、泣いてるじゃないですか……。そんな表情をしてるあなたを離せる訳がないじゃないですか、わかってくださいよ」
そう言って、理玖は私の首筋に困ったような表情を隠すためか顔を埋めた。
私の首筋にわずかにあたる、理玖の顔の熱さに思わずつられるように体温が上がる。
「……今日、暑いですね……」
まるで言い訳のように聞こえるその一言に、私は思わず笑ってしまう。
そんな一言にはにかみながら、
「そうだな。
まあ、暑いのはここだけみたいのようだが……、君に心当たりはあるだろうか?」
なんて、少し意地悪してみる。
そんな意地悪をする余裕が出た時には、すっかり涙は止まってしまっていて。
誰かあまりしたことがない意地悪は、どうやら理玖には効果がありすぎたようで、思わず関心するほどの早さでいつもの距離感に戻ってしまった。
意地悪の名残か、理玖は手で口元を隠しているが、わずかに隠しきれていない頬でどれだけ顔を真っ赤にさせているのかわかってしまった。
……さっきまで大人っぽかったのにな。
図体はでかくても、さっきまで大人っぽくても、私より5歳年下であることは変わらないんだなとそう実感させられた。
でも、その実感は別に残念感はなくて、私はむしろ安堵している。もし、理玖にもう少し余裕があったならきっと……。
……私は、甘えていたかも知れない。
だけど良かった、ここで甘えてしまっていたら私はこの計画から逃げていたかもしれないからこれで良かったんだ。この計画を達成しなければ、第2のお嬢様のような存在を助けてあげることが出来ない。
「理玖、ずっと私を支えていてくれるか?」
だから、重荷を一緒に背負ってくれると自ら言ってくれる人を探していた。
朔斗では駄目だった。夢でも駄目だ。
2人は私に、前世お嬢様に向けていた私の感情と似たような感情しか持っていないから。
彼らに依存する訳にはいかなかった。
もし、この計画で私が死んで、彼らに同じような復讐をさせたくはない。
だから、生きたいと思う執着する存在に側にいて欲しかったのだ。そんな存在が現れなければ、私はそのまま雪くんと共に生きていただろう。
この計画の運命を握るのは、理玖の一言である。
「何言ってるんですか、姫君。私はあなたが望むまで側にいると言ったではありませんか。
あなたを1人になんてさせません。
放っておけと命じられても、絶対に放っておきません。それがその問いの答えです」
私はその答えで今後する行動を躊躇わず出来る、そう内心安堵した。
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「久しぶりね。まさか引き受けてくれるとは思っていなかったわ。憎き相手がいるこの学園に、踏み込むだなんて嫌だったでしょう?」
理玖を教室に送り、事情を知る理事長から入学式には出ず、校内にいることを許可してもらった私はここぞとばかりに暗躍をする。
私相手は勿論、私が送り込んだこの計画の主人公格である。彼女もまた、理事長からの許可をちゃっかりもらっている。
「その憎き相手から招待状がくるなんて思ってもみなかったですけどね」
呆れたように主人公格はそう話す。
私は悪役らしく、高笑いをして雪くんの真似をして禍々しいほどの色香を纏い、声を意識してこう口にする。
「でも、それは逆恨みでしょう?
それに本来なら憎むのは私の方なのに、復讐を受ける義理などないわ。
私にはやるべきことがあるの。あなたは仕事をこなすだけでいいの。まあ? 仕事達成後、雪くんとどうなりたいかは好きにすればいいわ。だって、あなたの気持ちは決まっているからこの仕事を引き受けてくれたのでしょう?
シナリオの主人公格であるべき期間は私達の卒業する1年間までよ。それまではシナリオ通り、そしてシナリオ通りに進むようにあなたがアドリブで補助していかなきゃならないけれど、それ以降は私はあなた達に関わらないように生きていくもの」
意識して、妖しく微笑みながらそう言ってみせれば、彼女は悔しそうに唇を噛んだ。
私にはなんでそんな表情を彼女が浮かべているのか、その理由がよくわからなかった。
そんな私の内心を見破ったのか、彼女は諦めたような口調でこう言ってきた。
「あなたにはわからないでしょうね、彼に最初から愛されていたあなたには。
私の好感はマイナススタートよ、誰が好きで自分にひどいことをした女を好きになると思うんですか。私には、何故あなたがよりによって私を選んだのか理解できません。
ですが、与えられた役割はしっかり果たします。その後は自分の幸せを第一に考えますから、あなたの命令を聞くのは契約期間中だけです。
それから、この話を持ち掛けられた時から疑問に思っていました。私が集めてきた情報ではあなたは彼のことを盲信していたはずなのに、何故あなたは彼の計画を邪魔するような計画を始めたのですか? それと、あなたはもう彼のことを想ってはいないのですか?」
役割はしっかり果たす、彼女からその言葉を聞けただけ私には十分だった。
だから、躊躇いなく自分の内心を話す。
「彼のことをそういう感情で見てないと言ったら嘘になるわ。心の何処かでそう言う感情があるかもしれない、だけど私は自分だけが幸せになることなんて許せないからこの計画を立てただけのこと。私はね、自分の幸せよりも大切な人の幸せを優先してしまうのが癖になってしまっているの。
過去のしがらみに絡まっているだけの想いで、側にいられてもこっちが虚しいだけよ」
口調は偽ったままだが、これは紛れなく私の本心だった。




