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それから30分くらい、雪くんと私は話していた。私が本心を言わないばかりに彼は、側にいるのは藤夜様に頼まれたから渋々だと思っていたらしく、本心を言わないばかりに心配性にさせていたんだと思うと、本当に申し訳ないと思う。
つくづく本音は話さなければすれ違うものだと、今回のことでそう気づかされた。
もう少し、話していたいとそう思ったが、あれ以上話していれば直接会いたくなるから、もう少しで夕食だからと言い訳をして彼との電話を切った。
「あなたとこれ以上話していると、今すぐ会いたくなってしまうって素直に言った方が良かったんじゃないか、月穂? お前は素直になりきれないところがあるからね、たまにはそう我儘を言っても良いんじゃないかと思うよ。秋羅は、私に固執しすぎだとは思うが、愛されているか不安になりやすい私にとっては有難い愛の重さであるよ」
いつの間にか私の部屋に入っていたんだ? 妹とは言え、レディの部屋に了承を得ずに入るなど、何とマナー違反なんだろうか。
私には見られて困るものはない。
そう言う物は大体データ化してパソコンで持ち歩き、予備用に何も変哲もない見た目は鍵付きの日記帳みたいなメモ帳を必ず持ち歩いているからな。パソコンの方はウイルスやハッキング対策万全な状態にしてあるし、私のお出かけ着やパーティ用のドレスは完全なオーダメイドで、戦闘対策万全だ。
だから、見られて困るものはないから入られたところで普段は何とも思わないのだが……。
今回ばかりはそうはいかない。
「兄上、妹とは言え、電話中に了承もなしに入ってくるのはどうかと思うのですが?」
聞かれたくない会話だってあるんだが?
内心、そう呆れるしかない。
「そうだな、それもそうだ。すまない。
だが、安心してくれ。私がこの部屋に入ったのは電話を切るために断りをいれているところだった。
それだけは嘘じゃないと断言させて欲しい。妹の電話の会話を盗み聞きするなど、そんなことは一切してないし、するつもりもない」
兄上がそんなことしないのはわかっている、私が言いたいのはだな? 了承もなしに妹ととは言え、異性の部屋に入るなど言いたいのだ。
私を何だと思ってる?
確かに表面上は仮面的に良き令嬢を演じてはいるが、中身が男勝りだとは言え、私だって1人の女の子であることには変わりがないと言うのに。
何故、最近は使用人も家族も私を男扱いするのだ。私を女の子扱いするのは今じゃ、藤夜様か雪くん、父上くらいなものだ。
私の中身を知っている者たちは全て、次第に男扱いしてくるのだ。まあ、前世では女ではあったが従者であるために男として生きてきたものの、表舞台では女性らしく振舞っているのだから多少は女の子として扱ってくれても良いのではないかと思うんだが、まあ良い。女の子扱いをされ続けるだなんて最初からそうは思っていなかったからな。
「それなら良いのです」
そう言えば男装したまんまだったな。
と、ふとそのことを思い出し、着替えようと衣服に手をつければ……。
兄上は即座に私に背を向けた、そして呆れたような声をしてこう言ったきた。
「お前はつくづく男前なヤツだな。
だが、気をつけろ。お前は女なんだ。もし、今より大人になってみろ? 同級生の男子がお前を抑えるのは可能になってくる。自分自身の身を守るため、少し無防備であることをやめろ。そのまま続けたらいつか痛い目に合うぞ」
そう言うならば、着替えている間あなたもこの部屋から去ってくれてもいいのでは?
「内心、揚げ足とってるだろ?」
兄上は心が読めるんだろうか?
まあ、読まれて困るほどのことは考えてはいないから別にどうでも良いんだが。
まあ、一応否定しておくか。
「そんなことはないですよ」
我ながら清々しいほどの大根役者だな。まあ、兄上の前でガチな演技をしたところで疲れるだけだ。大根役者くらいでちょうどいい。
別に、兄上のことを揚げ足とってるつもりはなかったんだがな……。
そう考えながら、素早く普段着に着替え終える。スカートみたいなピラピラしたものは頑固として履かんがな、一応女子らしい服は着ておかねば、母上の目が絶対零度と化すからな。
「ならば、なぜにそんなにも棒読みなんだ、我がじゃじゃ馬姫な妹よ」
茶化すように兄上はそう言って、洗練された動きでこちらの方へと向いた。
なぜに着替え終わったことがわかったんだ? 我が兄ながら、恐ろしさを感じるくらいの優秀さよ。本当に8歳児か、この男子は。
「姫と言う器ではないでしょう?」
姫と言う表現は、前世で仕えていたお嬢様のような方にぴったりな言葉だ。
私のような男勝りには不釣り合いな表現だよ。まあ、表向きに見せている私ならば似合わないことがないレベルまで上がるかもしれないが。
なんて考えているうちに、考え事に集中し過ぎてしばらく気づかなかったんだが、兄上がクスクスと笑っていたことに今気づいた。
「なんですか。人の顔見て笑うなど失礼極まりないですね、兄上」
さすがに拗ねるぞ、馬鹿兄上。
なんて考えを察したかのように、兄上は私の頭をとても優しく撫でてくれた。
そんな兄上の表情はとても優しくて。
私は思わず目を奪われ、息を飲んだ。
「それは私が悪いな、すまない。
姫と言うのは間違えた。そうだった、お前は姫騎士の方がよく似合う。守られてるだけの女の子の器には、お前はなれないからな」
可愛げがない妹で悪かったな、私はそう可愛げのない言葉を言いかけた時に兄上はその言葉を言わせないと言っているかのように言葉をかぶせてきた。
「守られてるだけの女の子と、一緒に戦ってくれる女の子。どっちが可愛げがあるか否かなんて決められるのは、彼女らが愛した人だけだろう?
だから、無い物を得ろうとするんじゃない。月穂は月穂らしく兄上はいて欲しいな、そのままの月穂でいい。心だけは殺すんじゃないぞ」
なんで、そこまで私の言いたいことを理解できちゃうんだよ、馬鹿兄上。
なんで、欲しい言葉を言ってくれるんだよ。
「天然人たらしが。いつか、刺されたり殺されたりしたら許さないんですから。人生真っ当に生きた後、1発お灸を据えてやるから覚悟しておいてくださいね」
ありがと、兄上。
「おー怖い怖い。我が妹にお灸を据えられないため、兄上は日々精進しますか。さて、我が姫騎士殿。僭越ながらエスコート、させて頂きますよ」
「馬鹿なんですか、兄上。普通に夕食の時間だから呼びに来たで良いじゃないですか。
だから、私が秋羅様に嫉妬されるんです。少しはシスコン、直したら如何ですか」
「シスコン上等。秋羅に何かされたら言ってきて、後で叱っとくから。
その答え方ならエスコートすることを応じてくれたってことで良いんだよね?」
「ほんっ……とうに馬鹿ですね!!」
本当は、兄上と会話することが好きだ。
だけど、兄上に心を読まれているような気がするのが気にくわない。だから、素直になってやんない。
この穏やかな時間が2番目に好きだ。
1番目は勿論、あの人の隣にいる時だけれど、この穏やかな時間もなかなか好ましいと思う。
「本当は優しい子だって知ってるよ」
「うるさいですね、馬鹿兄上。エスコート、断ったら夢見が悪いですからね、しょうがなくですよ。勘違いしないで欲しいですね」
察してくれちゃうからこそ、甘えちゃうことを許して欲しい。……兄上。
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夕食を食べ終えた後、私は父上と共に書斎へと行った。父上がどれだけ努力をしてきたのか、この部屋を見れば一目瞭然だった。
天井近くまである棚なはずなのに、床に積み重ねられた大量の本や資料。
私のように、誰か1人のために知識や武力をつけている訳ではないと言われているようだと感じた。父上はきっと、従業員全員を路頭に迷わせないために知識をつけているんだと思う。
会社と言うのは、社長がいて成り立つものではない。従業員がいてこその会社と言えるはず。
だから従業員を無下にしてはいけないのだ。彼らが、彼女らがいなければ、社長がどんなに優秀な人間だとしても、その会社はいつか必ず潰れることだろう。会社経営に必要なのは運営するための資金も必要であるが、信頼や信用、従業員達のチームワークがあってこそ、会社は成り立っていくのだと思う。
お爺様や父上はそれが出来る人だ。
だからこそ、水月家の会社運営は安定しているのだと思う。私はその運営方針をするお爺様や父上、……先代達が築き上げた会社が好きだ。
雪くんに側にいて欲しいと言われた時、私は見守るだけでは駄目なんだと気づいたんだ。
守りたいものは自分の力で守らなければ。……それが、兄上が言う月穂らしさだと思うから。
父上が話したいことを話し終えた後、守りたいものを守るためにはどうしたら良いのか、考えた結果を話そうと思う。父上は基本やりたいことを反対はしない、だがその代わり最後まで全力でやり通すことを条件にだが。
その条件を出されても痛くも痒くもないくらいの覚悟で今回の行動をするつもりだ。
この提案は私のためであり、雪くんのためでもある。だから、私は途中で投げ出すつもりはさらさらない。これからする提案はこれからの私達のためにもなり、未来の水月家の人間を、そして第2のお嬢様のような被害者を出さないためにも必要なことなのだ。
「お前の方も話があるようだな。
私の方の話は何となくは察しているようだし、まずお前の話から聞こうか。
お前はあまり我儘を言わない子だ、お前の話から聞きたい。父上の我儘を、聞いてくれるだろうか?」
父上は、私の性格をよく理解してる。
お願い、そんな形で頼まれると断れないタイプだと理解してるから、自分の我儘を聞いてくれと言う言葉を選んだんだろうと思う。
……父上との話を聞いてから、話そうと思っていたのに、敵わないな……。
「……わかりました……。
私は、今まで鍛えてきたのは、学んできたのは……いえ、私がしてきたこと全て雪くんを支えるためでした。そして彼が成し遂げていくことを見守るためでもありますし、もしそれが間違っていると判断した時、自らの手で止めるためでもあります。
ですが、それでは駄目だと気づいたのです。見守るだけではなく、自らの手で行動しなければ運命は変えられないとそう思い直したのです」
自分のしたいことを話すのは苦手だ。
……だけど、今回ばかり話さなければならない。そう考えながら深く深呼吸をした後、私はまた話し出すために口を開く。
「そのために、私は表向きは別会社を運営し、本業は探偵事務所を作りたいと思っています。
これは冤罪を晴らすため、そして父上やお爺様のような良き経営者を守るためでもあります。
私は、探偵向きな能力ばかりを伸ばしてきました。その能力は雪くんのために伸ばしていたようなものです。ですが、それでは駄目なんだと気付きました。それでは、雪くんが道を外した時、食い止めることが出来ません。ですから、彼には内緒で運営していきたく、表向きの会社を作らなければならないのです」
それを成し遂げることで、雪くんに嫌われる覚悟は私はしてある。
それでもしなきゃいけないのだ。
「満。姿を現せ」
こんなに早くまた出会うことになるとは、予想すらしてなかった。もう、会うことはないと思っていたのに、私はまだまだだな。
「冬利、私は従業員の指導を協力すれば良いのですね。あなたって人はつくづく人間に甘い人。
だが、今回ばかりは心から月穂様の試みにご協力致しましょう。月穂様の試みがあなたのためになるならば、私は全ての技術を持って人材を育て上げます」
随分と、強力すぎる助っ人を用意されてしまったようだと私は苦笑いする。
「候補生はどうする?」
父上が思ったよりも協力的なのに驚いて一瞬言葉にすることを躊躇ったが、私は直ぐにこう言った。
「孤児院の子から選ぼうと思っております。けして、同情している訳ではありません。
ですが、彼らの中に勉強をもっとしたいのに出来ない賢い子もいます。
武術を習いたいのに、習えずにいる子だっているはずです。
才能があるのに、伸ばせない子だっているはずです。芸術、学者、経営者、俳優、ボディーガードなど……他分野で活躍してもらい、あらゆる経由で彼らに情報を集めてもらいたいと思っております。
その情報をまとめるのが、表向きは別会社の探偵事務所と言う訳です。
何箇所か、この試みを思いつく前にたまたま孤児院を調べ、何人か候補生となる子を見つけてあります。父上、どうかご協力お願いします」
私はそう言った後、頭を下げる。
すると、父上は珍しく声を上げて笑い始めた。
「こんなにも自分の子供の成長が嬉しいものなんだな、満! なんでだろうな、これは協力しなければと思わせる魅力がある。きっと、提案してきたのが誰であろうと私は全面的に協力していただろうと思うぞ。珍しく、月穂が頭を下げてまでもやりたいことだ、応援してやりたいと思うのは悪いことだろうか、満?」
「自分の子供だからと、何でも応援してしまうのは良くないことだと思います。
ですが、例え月穂様じゃない提案だったとしても協力していたとあなたが考えるのであれば、私は反対は致しません。最初から協力する気でしたから」
2人が協力してくれる、そう思っただけで私は前を向いて進めるような気がした。
この提案を肯定してくれたことが嬉しくて、自然と口元が緩んでしまう。
「月穂がそう笑うのは珍しいな」
口元が緩むように笑う私を、優しい目で見つめながら頭を撫でてくれた。
「父上の優しい顔も、久しぶりに見ました」
父上の本質は優しさに満ちていると思う。
だが、経営者は優しさだけでやっていけるほど甘い世界ではないのであろう。
時に諸刃の剣のような判断をしなければならないこともあると思う。
だけど、たまには父上の優しい顔も見続けたいものだとは思っていた。
「そうですね、月穂様。
私はこの顔を初めて見た時、私の主人はこの方しかいないとそう思いました。
優しすぎるこの方の心を守りたいとそう思ったのです。そのためなら、私はあなたの試みにどんな手でも貸しましょう。あなたが今から成そうとしていることは冬利を守るためにもなると感じましたから」
そう満さんが話したと同時に、父上は私の頭を撫でるのをやめて、呆然と満さんを見つめていた。
そんな満さんと私は見合って笑った。




