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厨二病から卒業したい

 葉宮(はみや) (せい)二十五歳。趣味、小説書き。


 執筆なんて言葉を使うのは自分ごときではおこがましいと、普段は小説を書くことを「作業」と名目している。


 葉宮が小説を書き始めたきっかけは、至極よくある話だ。中学生の頃に自作でセリフやポエムを考え、今で言えば黒歴史と言われるようなもののつまったノートに書き記していた。


 それから何を勘違いしたのか自分には才能があると信じながら通称、ネタ帳を持ち歩き、俳句でも思い付いたような表情で恥ずかしいポエムをひたすら書き殴って。


 ふと気がついた時には脳内で登場人物がその「我は魔界の王、混沌の闇だ!」のような厨二病全開な痛いセリフを高らかに言ってくれるようになっていた。後はそれを書くだけ。ストーリーも文体もめちゃくちゃなまま始まった作業は、葉宮を虜にしたのだった。


 本来、葉宮清という人間は、高校まではメガネの似合う本しか読まないオタクとして扱われてきた。

 

 女子からは、

「なんか暗いよね」

「頭良さそうなのに何で馬鹿なんだろうね可哀想」

と陰口を叩かれていたことを知っている。だからこそ心機一転大学デビュー、と思ってコンタクトにし、髪を切って茶髪に染めたはずが、酒を飲んでは吐いてお持ち帰り朝帰りの激烈ノックを打ってくる周りの人間に出会って、世界観の違いに驚愕した。


 そして、無理だ、と諦めた。決められた授業は息苦しく、他人とうまく接することができないもどかしさは腹立たしくて。


 結局、大学を二年生の途中で辞めた。


 それからはのんびり、というよりはずるずるとコンビニバイトをする傍らで、昔のような痛い単語に溢れたものではなく、清純でテンポを必要としない小説を書いていた。


「作家なんてどうせ一本で食ってけないし、オレ才能ないし」


 小説家になる気はなく、なれるとも思っていない。ただ漠然と、習慣的に小説を書いている彼の口癖は「オレ才能ないし」だった。


 面倒くさがりで基本ぼうっとしている葉宮は最後にいつ染めたのだと聞かれても覚えていないほどに頭髪の根元から半分以上が黒髪に戻っている。その毛髪の長さは例えるなら世界一毛が長いと言われているアンゴラウサギのような、最近流行りの顔が隠れてわけのわからないバンドマンのようなものだ。


 一人暮らしの葉宮の家は散らかっていて、他人など呼べる環境ではない。そもそも呼べるほど仲のいい友人がいないためどうでもいいのだが。


 擦り切れそうなジーンズによれたシャツ、伸ばしたままの髭でも爪だけは綺麗に切る、葉宮清という男はそんな男だった。そんなと言われても小汚いな、としか思えないような男だった。


「げ、タバコ切れた」


 四月の中旬。ほぼポンコツに近いデスクトップパソコンに入った原稿とにらめっこしていた葉宮は愛用のタバコを吸い終えてしまったことに気が付き椅子に凭れた。


 正直めんどくせえ、動くことすらめんどくせえ。そう誰に言うでもなく呟きながら作業をしていた自分の指先を光に照らす。そして、何かに気付き、跳ね起きて、資料だらけの机の上を漁った。


「あー……タバコ買いに行くのめんどくせえー!」


 爪ヤスリで欠けた右手の小指の爪を慎重に削りながら叫ぶように言う。途端、うるせえ! 怒号と共に隣人から壁を殴られた。

 

 ああこれこれ、日本の壁ドン文化(本物)だわ。つーか誰でも気軽に出来なきゃ文化じゃねーんだよガキ共が。なにがイケメンに限るだ、死ね。


 呑気にそんなことを考えつつ、整った小指の爪に満足して立ち上がった。


 玄関に向かうと、トイレでよく見るボロボロバージョンのサンダルを引っ掛けてアパートの階段を降りた。


「はぁ……」

「うん?」

「はぁぁ……」


 するとアパートの前を、小柄な女が溜め息を吐きながら通った。


 タバコの自動販売機の横に設置された飲み物の自動販売機前で立ち止まり、女は財布を取り出す。迷いなくコーヒーを選択して意を決したように一気飲みすると「うぇっマズッ!」と咳き込んだ。


 彼氏に振られて傷心中の高校生かな、と思いながらタバコの自動販売機前に立ち、尻ポケットから財布を取り出した時、パサッと何かが落ちた。


「あ」


 咄嗟にそれを拾い上げた女が、葉宮に向かって差し出す。


 悪いな、と受け取ろうとした瞬間、女は自分が手に持っている葉宮の落し物を凝視し始めた。そして、困惑して返せとも何とも言えなかった葉宮を船酔いしてリバースした後のような瞳をしていたはずの女の顔が生き返って見つめる。


「あの、あなた文章が得意だったりしませんか?」

「は? いやまあ書けますけど、あのそれ返し」

「エクセレント」

「あの」

「最高です! ああ、これで私の人生が急降下しなくて済む!」

「え、あの」


 葉宮の落し物、女が凝視したもの。それは葉宮の始まりの、ネタ帳だった。


 今では大人になって、カルマだのといった単語に触れることも恥ずかしい。自分はきちんと大人の文章を書かねばと考えている。しかし初心を忘れないためにとネタ帳は持ち歩いていたのだ。ポエムやらがぎっしりつまった黒歴史そのものを。


 それを初対面の女が見て、喜々として葉宮の両手をがっしりと握っている。これに順応しろという方が難しいだろう。全く話の読めない葉宮は女の顔をよく見て、いややっぱり高校生だな、とどうでもいいことを考えていた。


「あっすみません興奮しちゃって。私は桐野(きりの) (あんず)と申します。倒産しかけのWebページ制作会社、カーテンコールに入社したんですが、まあ倒産しかけなので無職まっしぐらなんですね。お先も真っ暗なんですね。そこでページの閲覧数を増やして広告をばんばんアピールしてくださる人間を探してました!」

「は、はあ……」

「あなたには才能があります! ぜひうちの会社のホームページで小説を連載していただけませんか!」

「小説、ですか」

「はい小説です、こんな感じの!」


 そう言って桐野と名乗った女は、葉宮に黒歴史帳を返して縋るような瞳をする。


 こんな感じの、どんな感じの?


 まさか二十五歳にもなって、恥ずかしい黒歴史を掘り返せって?


 まともに小説を書きたかった自分は。厨二病なんぞ卒業せねばいけないと抑制していた自分は。


 葉宮は直感した。これは多分恐らくきっと、頷けばろくでもない人助けになるぞと。


「あの、ライトノベル? でしたっけ、このジャンル、今、小説界でめちゃくちゃアツイじゃないですか! どうですか!」

「お断りします」


 タバコを買いに来たはずの葉宮は、桐野を振り切ると階段を駆け上がってアパートに引き返した。ヘルプミー! と叫ぶ桐野の声を背中に聞きながら、俺はちゃんとした小説を書くんだ! と玄関扉を閉める。


 隣から再び聞こえた壁ドンの音に心の中で土下座しながら、葉宮は玄関にずるずると座り込んだのだった。

突発的落書き。続くかは不明。

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