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ハレユキ!  作者: 滝川なち
第1章
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第1話 (4)

咄嗟に名前を呼ばれ、曖昧な返事をしてしまった。

日向自信、まさか自分の名前を覚えているなんで1ミリも考えていなかったため、拍子抜けしてしまったのだ。


ほんの数十分前のこと、部活動見学…日向の場合もう体験してきた帰りだった。

お目当ての陸上部に少しだけ参加してきたのだ。推薦をもらっていたこともあり、他の生徒よりも早く参加することができた。


久しぶりの感覚だった。


中学の部活を引退してから数ヶ月。自主的に練習していたとしても、"部活動"のなんともいえない爽快感、充実感は味わえなかった。


桜丘高校から徒歩3分の所に陸上競技場があり、400mのタータン(陸上競技用の全天候走路)で練習することができる。

中学のときはグラウンドに外の部活動が所狭しと活動していたため、何度か野球部やソフトボール部のボールが吹っ飛んできた。

しかし今はそんなことは考えなくてもいい。他の学校の生徒もいるが、逆にそれが闘争本能を駆り立てる。南雲日向という男はそういう人物なのだ。


だがさすがに放課後の遅くまで活動するにはまだ早いらしい。先輩方よりも早くに練習を切り上げることになった。


(ああ…この感覚、風を切る感じ。走り切った後の爽快感…タータンの少し癖のあるゴムの匂い…)


日頃無愛想で不機嫌そうな顔をしている日向が感動のあまり口の端が緩んでいた。

古くからの友人である浩平はサッカー部の見学に行っている。学校に戻ってくると、待ち合わせをしている校門の前にまだ彼の姿は見当たらなかった。

日向は先に着替えることにして、更衣室に向かうことにした。


ふと視線を向けた先、普通だったらあまり人が通らないような裏庭に見慣れた姿を発見した。

木の幹に手をつき、オロオロと辺りを見回している。


何度も見た銀髪。


朝も教室の時も、助ける義務なんてなかった。気まぐれに助けただけ…助けたと言っても特に何かをしたというわけでもない。

今もそれを思う。助ける義務なんてない。


ーーただ、身体が勝手に動いただけの話だ


話しかけると、群青のぱっちりしたふたつの目が、こちらを見た。

銀髪少女の氷室白雪は、恐る恐る右手の人差し指で木の上を指差した。

日向もつられてその指が指す先を見る。

(ああ…)

納得した。木の上の方に白い猫が震えて降りれなくなっていた。

どうやら助けたいらしいが、生憎猫のいる場所はそう簡単には届かない。

見た目からして、白雪が木登りをできるなんて到底思えない。

日向はふうと息を吐いた。

そして手に持っていた制服の入ったリュックサックとランニングシューズの入った袋を白雪に渡す。小さく持ってろと言えば、白雪は少し不安そうな顔をした。

日向はその不安を払わせるかのように、大丈夫と素っ気なく答えた。


小さい頃から浩平とやんちゃしていた。木登りでカブトムシを取ったり、川でザリガニ釣りもした。

昔から身体を動かすことが好きだったため、なにかとこういうのには慣れている。

枝を上手に使い、すいすいと上に登る。猫のいる場所まで簡単につけた。猫は日向を見ると一瞬ギョッとと身を震わせた。そして逃げるように後退りしてしまう。


「おい、危なーーー」


危ないと言う前に、猫は踏み外した。咄嗟に木から手を離す、が気付いた時にはもう遅かった。

迂闊だった。猫を抱きかかえ、背中の衝撃に耐えるように身体を緊張させる。

下から悲痛な悲鳴が聞こえた…そんな気がした。


ぼふ、


鈍い音がした。

だがそれは、日向が思っていたものとは違う。背中に感じた感触は痛みではなかった。

柔らかい、クッションのような感覚。そして服の上からじわじわと背中に冷たさが伝わってくる。

日向はこの感覚を知っていた。

しかし同時に、今この季節には到底あるとは思えないもの。

上体をゆっくりあげる。日向はどうやらその白い塊がクッション代わりになったようで、無傷で済んだ。

白いものに触れてみる。冷たさを感じ、しかしすぐに手の熱で水へと変わってしまう。

雪だった。


「あ…」


震える声に我に返った。はっと白雪の方に目を向ける。

こちらに右手を突き出している。その手は小刻みに震えている。しかし、それよりももっと目をひいたのは、突き出している右手の手首から指先にかけて"氷"に包まれていた。透明に透き通り、陽の光を浴びてきらきらと輝くその結晶に、思わず息を呑んだ。

しかし、白雪の顔に光などなかった。その顔は恐怖に怯え、だんだんと血の気がひいていくのが目に見えて分かる。

ばたばたと手に持っていた日向の鞄とシューズ袋を地面に落とす。


「…おい」

「…何も見なかったことにして」


震えていた。

声が身体が、全てが恐怖に怯えていた。

涙声が尻込みするように最後の方はとても小さい声になっていた。


「ごめ、んな…さい…」


そして逃げるようにーー背を向けて走り去ってしまった。追いかけることはしなかった。

言われてはいない、が無言で放っておいてと懇願しているような気がした。

クッションになっていた雪は、いつの間にか溶けてなくなっていた。

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