第1話 (2)
(み…られてる…)
白雪は教室に入った途端、目という目が自分に集中したのがわかった。口々に自分の外観のことを言う声が聞こえる。
「ハーフって噂ほんとなんじゃない?」
「すげえ銀髪だよ」
「お人形さんみたいだね」
「同じ人間なんて思えないよ」
「住む世界が違うよなー」
(住む世界が…違う…か)
白雪は特に表情に出すことなく、ただ俯き気味に文香の陰に隠れるように歩く。文香といえば白雪を心配するように顔を覗いたり、外野に対して厳しい視線を送っている。その獣のような鋭い視線に、数人の男子生徒は押し黙った。
黒板に貼られている席表を確認し、白雪は割り当てられた自分の席に腰をおろす。
窓際から2番目の列の、後ろから2番目。白雪がふうと溜息をついた、その時、前の席から声がかかった。
「ねーねー!君が氷室白雪ちゃん?」
「あ、はい…」
勢いのある声に白雪は尻込みしてしまい、語尾が少し小さくなる。顔もどこかひきつったように、またはもう笑ってなどいなかった。
相手の男子生徒は、そんな白雪とは裏腹ににこやかな笑顔で…白雪を観察するようにまじまじと見ながら白雪に話しかける。
「いやー外国人のハーフって噂、本当なの?」
「………ぇ、」
「ねえねえ彼氏いるの?」
「………えっと、」
止まらない質問に、白雪は対応しきれなくなっていた。
ちらりと前を向けば、再び目という目が自分に集中している。
その瞬間、白雪は身体中が緊張した。
(見られてる、怖い)
(お願いだから話しかけないで)
(私に関わらないで)
嫌な汗が背中を伝うのがわかる。
白雪はまだ何も入っていない学生鞄の肩紐を強く握り締める。
もう男子生徒が何を言っているのか耳に入ってこない。
先ほどまでのざわめきが、今では遠くに感じる。まるで自分だけがそこの空間に置き去りにされたように、白雪は自分と周りとを遮断した。
「ーーー白雪!」
はっと我に返る。
声のした方に目を向ければ、そこには顔を強張らせている親友の姿があった。文香は次に男子生徒の方に目をやった。
「白雪に変な質問しないで」
「いやー友好を深めるために…ね?」
文香の睨みに、男子生徒はひきつった笑みをこぼす。
白雪の震えは止まらない。
(クラスの…みんなが、自分を、"私"を見ている。)
…パリパリ、パリ
微かに聞こえた音
聞き覚えのあるその"音"に、白雪は絶句する。
ーーー手が、冷たくなった。
「そこ、こいつの席だから」
男子生徒が2人。そのうちの1人が無愛想に何処か不機嫌そうに呟いた。
もう1人の方は背中を押し出されたようだ。イテテと顔をしかめている。
あれ、と白雪の内心に疑問がうまれる。
そして今朝の出来事を思い浮かべる。
(この声は、)
「あー…そっか、ごめんごめん」
しつこい男子生徒はそそそと席を離れる。結果的に助け舟を出してくれた男子生徒は、白雪の方を一瞥もせずに前の方の席に座った。
ざわめく教室。先ほどの感覚が戻ってきた。
先ほど押し出された方の生徒もよろよろと席に着席する。白雪の方を見て、「あはは、お、おはよう」と照れながら挨拶し、さっと黒板の方に向き直る。
どうやらチャイムが鳴っていたらしい。自由にしていた生徒たちも、ほとんどが各々の席に座っていた。
「白雪…大丈夫?」
「う、ん」
白雪はゆっくりと鞄から手を離し、自分の両手を見る。
手がほんのり、温かくなっていた。
白雪の無事を確認して、文香も自分の席に戻る。
白雪はちらりと先ほど助け舟を出してくれた生徒の背中を見る。
(朝、見た人と同じ…)
黒くサラサラの髪。
座っていてもしっかりと背筋が伸びている。
白雪はしばらくの間、その後ろ姿を眺めていた。
*
入学式、担任の先生の挨拶が流れるように終わった。
式中、白雪はちらちらと視線を感じたが、文香のおかげであまり怖い思いはしなかった。そして、長い列の中に、何度も見た後ろ姿を見ていた。
(2回も…助けてもらった…)
嬉しい気持ちとは少し違う、複雑な気持ちが白雪の意識を何処か違うところへともっていった。
あとはクラス内で軽い自己紹介をする恒例の行事を残すのみだった。
白雪はこの時間がとてつもなく嫌いで、避けたい時間だった。
そして誰もが白雪の自己紹介に興味を示していた。それが分かっているから尚更気が重くなっているのもある。自然と顔を伏せてしまい、他の生徒の話はあまり耳に入らなかった。
「はーいじゃあ次」
「…ナグモです」
(…あ、)
はっと前を向く。何度も見た背中が背筋を伸ばして立っていた。
(ナグモ…ナグモくん)
何度も"ナグモ"と心の中でつぶやく。初めて名前を知った。名前だけ簡易に伝えると、さっさと座ってしまう。
そのあと、すぐに白雪の番が回ってきた。
そろそろと立ち上がる。一気に自分に視線がくる。ちらりと文香の方を見れば、口パクでがんばれと応援してくれている。
視線を黒板の方に戻す。彼ーーナグモはこちらを見てはいない。ナグモだけが白雪の方に視線を向けていなかった。
それが逆に嬉しくて、少し自信がもてた気がした。
「氷室…白雪、です」