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ハレユキ!  作者: 滝川なち
第1章
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第1話 「…何も見なかったことにして」

走っていると…まるで風になっているようだった。

景色が移り変わる。

風を割く音が耳を(くすぐ)る。

一瞬の間、頭が真っ白になって、何も考えずに一つのことに集中できる。


俺は走ることが好きだ。


真っ直ぐで、前だけ見ていればいい。

ごちゃごちゃ考えなくていい。走れ、走れ、走れーーー



女みたいだと言われるサラサラな黒髪。

170前半の身長で、いつもどこか無愛想な表情。左目の下には小さくホクロがあった。顔面偏差値が無駄に高い男子生徒ーー南雲日向(なぐも ひなた)は、私立桜丘高校の校門をくぐった。

ちらちらとこちらを見て話を膨らませる女子生徒をガン無視してただひたすらに玄関に向かう。


(陸上部はどこで練習してるんだろう)


表情には出していないが、頭の中は高校を選んだ第1理由である陸上部に思いを馳せる。

何校か推薦はきていた。有名な監督がいるわけではないが、大きなグラウンドを始め設備が立派で、家から近いこともあり桜丘高校にきめた。


新たな高校生活(主にクラブ活動)を思い浮かべ、口の端しが少しだけ緩むことがわかる。ーー楽しみの一言だった。


玄関につくと、大勢の新入生がクラス表の前に溜まっている。これでは後ろからは見えない生徒もいるだろう…と然程(さほど)気に留めた様子はなく、ぼーっと日向は思う。日向といえばそこそこ身長はある方なため、少し角度を変えればバッチリ確認できた。


(……Bクラス…浩平(こうへい)も一緒か)


Gクラスまであるので、縦に7列分書かれている名前の左から2番目のBクラスに自分の名前を見つける。

ついでに小、中と同じ学校でよく釣るんでいた友人の名前も確認。幸い同じクラスのようだ。


自分のクラスを一通り見たがほとんど知らない名前ばかりだった。同じ中学(だった気がする)やつもちらほらいた。

1人名前が気になった奴がいたが、そのまま深入りせずに立ち去ろうとした時、視界の隅にひょこひょこと飛び跳ねる存在に目が惹かれた。


(銀髪…?)


自分よりだいぶ背の低い、銀髪少女に息を飲んだ。

この日本には異様な存在すぎて思わず一瞬後退りもしかけた。

どうやらクラス表が見えないのか、どれだけ飛び跳ねても群衆の壁を越えられないらしい。

銀髪少女は諦めたと言わんばかりに肩を少し落とし、一歩距離を置く。


「……名前は?」


日向は、自分でも驚いたーーいつの間にか口が勝手に動いていた…そんな感じだった。

銀髪少女はちらりとこちらを向いた気がした。日向は正面を向いたままのため、顔は分からなかった。


少しの間をおいて、それはとても小さく、耳を澄ませていないと群衆のざわめきに吸い込まれて消えてしまうような…だが不思議と日向の耳の鼓膜を震わせるように、まるで鈴が鳴ったように、そんな声だった。


「ヒムロ……シラユキ」


反応に少し遅れた。その声のせいもあるが、理由は他にあった。頭の中を少し巡らせてみる。そして、焦点をクラス表のある部分に合わせる。


(…やっぱり、同じクラスだった)


先ほど変わった名前だなあと思っていた生徒だった。なるほど、本当に"白雪"って感じだなあと、日向は頭の片隅で思う。思っただけで特に話し込むことはせず、無愛想にクラスの名前を言い、そそくさと日向はその場を後にした。

小さく声が聞こえたが、振り返らず下駄箱に向かった。



「日向ぁあー!聞け!大ニュースだよ!」

「うるせえ浩平少し黙れ」


ざわめく教室に、さらに大声で叫ぶ1人の男子生徒がいた。橋野浩平(はしの こうへい)は、先ほど慌てて教室に入ってきたかと思うと、一目散に親友である日向の元に走り寄った。

そして先ほどから人目も気にせず興奮した面持ちで、日向に迫り寄っている。ただでさえ日向のそこそこ整った顔立ちに教室にいる女子は視線を集中させている。それに加え浩平の煩さだ。注目の的もいいところだった。


「なんでも、同じ新入生に超絶美少女がいるらしいんだ!」

「へー」


熱く語り、まるで小さな子供が欲しかった玩具を手に入れたか(ごと)くはしゃぎ回っている。


「外国人とのハーフっていう噂もあるぜ!なんせ日本人離れしているらしい!」


(日本人離れ…?ハーフ?)


日向はその単語に少し引っ掛かるものがあった。そしてそれは、ほぼ確実と言っていいほどの確信も同時に持った。


「それで名前が童話のお姫様みたいでーーーーッ?!」


突然今まで止まることない濁流のように話していた浩平が声を失った。

それは何も浩平だけではない。

教室で他愛もない話をしていた生徒全員の言葉が一瞬、とまった。

そして今まで日向たちに集中していた視線が、教室入口付近に一気に移動する。


まるでそれは、童話のお姫様がひょっこり本から出てきたかのように。


まるでそれは、今まで眠っていたフランス人形が呼吸を始めたかのように。


あの時はあまり見ていなかった。顔をまじまじと正面から見たのは、これが初めてだった。


彼女ーーー氷室白雪(ひむろ しらゆき)は一瞬にして人々の視線を奪いさった。

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