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第七章

 二人は、町の中心部から少し外れた、工場や大きな倉庫の並ぶ地域に来ていた。もともと工業施設を建てる為に区画された場所だけあって、住居は見当たらない。もう夜も更けていたので人気は皆無だった。

 雑木林を後にしてから、彼女の後をただついて来た。さっきから大分歩いて来ているが、その間彼女は何も話さなかったし、ケンも初対面の、しかも女の子の前で泣いてしまった恥ずかしさもあり、黙っていた。

 ケンは歩きながら、ぼーっと前を歩く少女の後姿を見ていた。多分年齢は自分と同じくらいだろう。先ほどエアバイクでケンを助け上げた時に見せたような覇気はなく、今見ればすらっと手足の長い、色の白い女の子、と言う感じだ。印象に残る長い髪は見たことのないような漆黒で艶やかになびいている。改めて見ると、綺麗な女の子だな、とケンは思っていた。

 ふと、黒いTシャツの袖から伸びる彼女の白い腕に目がいく。

 先ほどケンを引き上げた方の腕を、反対の手で押さえている。押さえた手の指の隙間から、大きな青紫の痣が見えていた。まさにケンがしがみついていたあたりだった。

 ケンは堪らず口を切る。

「ちょっと、その腕、大丈夫?! 痛そう……って、俺のせいだよな……ごめん。ああ……」

 そういえばまだ名前も聞いてなかった。

「名前、わかんないや。えっと、俺はケン。知ってるのかもしれないけど」

 彼女は答える代わりに足を止めた。どこかの建物の敷地内のようで、一帯が芝生になっている。

 景色に違和感を覚えてよく見てみると、地面の色が部屋一つ分程の大きさで変わっている部分がある。どうやら金属でできている開閉ドアになっているようだ。地下倉庫か何かか、と考えていると、少女がおもむろにその場にしゃがみ、それに反応するかのように地面にパネルのようなものが浮かんだ。

 ケンはその時はっとした。

 地面に穴? って、もしかして。

「まさか、地下へ!?」


 地下の世界は治外法権だ。この世界では地上と地下は物流以外では一切関わっていない。文化もルールも、決して干渉しない、交わらない。これは互いが作ったルール。もちろんケンは地下に行った事もないし、真偽もわからない噂話程度の知識しかない。とても怖い所で、行ったらすぐに殺される、地獄のようなところだ、と子供の頃はみんな教えられてきた。この地下に広がる閉鎖空間は、凶悪犯罪者や政治犯等を労働させる為に作られたが、やがて、そこで町が生まれ今のように一つのコミュニティにまでなったと聞く。限られた場所にあるシューターでのみ地上と行き来できると聞いてはいたが、それがどこにあるのかも公表されていない。こんな近くにあったなんて……。 

 彼女は振りむき、腕の事には触れず素っ気無く言った。

「私は、リリ。付いてきて。離れないように」

 リリが慣れた手つきでパネルを操作して、静かな摩擦音と共に地面に大きな穴が開いた。中からは黄色い光が立ち上がり、リリはその上に歩き出した。慌ててケンも光に足を乗せる。

 リリが再度パネルに触れると、体が一気に黄色い光の中に落ちていった。


 そこは別世界だった。

 地上の世界、明るい色の建物が並び。緑の溢れるそれとは、まるで異質。全体的に薄暗い。煙と排気で白く澱んだ空気に噎せ返りそうになる。さわやかな風の吹く地上とは違い、油っぽい熱気がべったりとしてくる。

 錆び付いた建物がひしめく様に建ち並び、通りには肉体労働者と思しき男達と、大声で叫ぶ女達がところ狭しとごった返している。

 躊躇いもなく歩き出すリリを追う。初めて見る世界に、ケンは緊張しながらも目を動かしていた。粗暴そうな輩ばかりが目に付く。彼らは、襲い掛かってこそこなかったが、見慣れないケンの風貌に不信そうな表情を見せてはいた。しかし、金目のものを持っているとも思えない少年の姿に、誰もがすぐに興味をそらした。

 しばらく路地を進み、一際ボロの建物の前にたどり着く。入り口でロック解除の為にリリが自分の手をリーダーに近づける。カチッと鍵の開く音がして、古びた自動ドアがケンとリリの存在に反応した。下からゆっくりと金属製のシャッターが開いていき、外見通りともいえる、散らかった部屋の中が見えてきた。

 そこにはケンと同年代らしき少年がいて、こちらに顔を向けて待ち構えていた。リリは、ただいま、と先ほどまでと同じテンションで声をかける。

 少年が、所々ほつれた古いソファーから立ち上がってこっちに歩いてくる。

「いらっしゃい。好きなとこ座ってよ。汚いとこだけどね」

 と、笑って話しかけてきた。ケンはどうしていいかわからずその場で答える。

「ああ、うん。ども」

 ケンよりニ、三歳は上だろうか。その少年は背が高く、無駄な肉のなさそうな締まった体には少し似合わない、ベビーフェイスだ。人懐っこい、目尻を下げて笑う顔が子供のよう。彼は柔らかそうな髪をくしゃっと掻きながら挨拶をした。

「俺はレンジ。今日は大変だったんだろ? 少し休んだらいい。リリ、お前も疲れているんじゃないのか?」

 リリは変わらず落ち着いた声で答える。

「ちょうど彼に会った時、奴等に襲われていたわ。なんとか逃げてこれたけど……」

 レンジはびっくりした様子で声を上げる。

「わお。じゃあ、ここでニュース見て飛び出して行ったのは正解だったな、リリ。すごいな。こういうのなんて言うんだっけ、デジャヴ?」

 それこそ命がけで逃げてきたっていうのに、深刻さの欠片もない話し方で、ついこっちまで脱力してしまいそうな雰囲気にさせる。でも憎めないタイプっていうのはこういう奴を言うのだろう。

 聞いているのかいないのか、リリはレンジの話には無反応でテーブルに置いてあった飲み物に手を伸ばしている。

 代わりに奥の部屋からもう一つの声が聞こえた。

「デジャヴってのは、どっかで見たような風景ってやつだろ。そういうのは、虫の知らせ、とでも言うんじゃないのか?」

 そっかそっか、と笑いながらソファーに座りなおしたレンジを呆れ顔で見た後、溜息を吐きながらこちらに歩む。その少年は言った。

「君、ケン、だったよね。僕はアッシュ。よろしく。というか、君は今聞きたい事だらけで何から聞いて良いか、っていう顔してるけど、当たり?」

 ずばり、だった。どこから切り出そうかと思っていたところだ。

 それを読み取ったのか、聡明そうな切れ長の目にかかる前髪を、少し疎ましそうにしながら、

「何から聞きたい?」

 と言った。

 まずは、落ち着きたかった。だから自分の今いる状況を把握したかった。そう思ってケンは切り出す。

「まず、君たちは何者で、なんで俺を助けてくれたんだ? なんで俺を知っている? 俺と君たちとの繋がりが知りたい」

 椅子に座り膝を抱えて、少し揺れながら、面白そうにアッシュが答えた。

「僕達三人とケンは共通点があると思うんだけど、わからない? よく見てみれば気づくと思うんだけど」

 共通点?

 ケンは質問の答えがクイズで返されたことに少し苛立ちを感じながらも、まずアッシュ、レンジ、そして最後にリリの顔を順に見ていく。

 なんだろう、言われてみれば彼らはケンにとって馴染みやすいように思える。何がそう思わせる?

 リリが壁にもたれながら、真っ直ぐこちらを見ている。ふと蘇る、さっきリリを見たときに受けた感覚。ケンははっとする。

「髪……。髪の毛の色! 目も!」

 そうだ、ここにいる三人はみんな黒い髪に深い色の瞳。LUVにはここまで濃い色はそういない。自分で見慣れているから気づかなかった。

「って事は、まさか……?」

 ケンは目を丸くして首を振りながら、答えを待った。

 リリがはっきりとした口調で答えた。

「そう、ここにいる三人は皆、PUREよ」

 レンジもアッシュもそれを肯定するようにケンを見つめている。

 ケンは驚き、息が荒くなる。それでもなんとかボソボソと言う。

「だって、父さんはもうPUREは俺たち家族しかいないって……」

 リリはレンジとアッシュに補足をするように語る。

「彼は今日、なぜ、誰に襲われたのか、見当がつかないと言っていたの」

 今度はレンジとアッシュが驚いた。

「PPPについて知らない、ってことか」

 アッシュが呟いた。

 動揺して落ち着きのないケンに、レンジが近づき、肩を押して椅子に座らせる。

「ケン、よく聞け。なんでケンのお父さんが、お前以外にもPUREがいることを知らなかったか。なんで今日、お前が襲われたか。これから俺たちが話すことで多分理解できると思う。それにはまず、お前が持っているかもしれない、遺伝子について話さないといけない」

 ポカンと口を開けてレンジを見返すケン。

「遺伝子……?」

 うん、とレンジは頷く。

「俺たちPUREの中の誰かに、生まれたときから備わっているDNAのことだ。このことは国家機密事項だ、関係者以外が知ることはない」

 アッシュが鼻をふん、と鳴らし説明し始める。

「詳しく説明するとね。そのDNAはPPPと呼ばれているものなんだ」

「PPP……」

 アッシュは頷く。

「これは遠い昔、僕達の祖先がこの星に移住を始めたとき、まだLUVとの友好関係に不安を抱えていた当時の人間側の研究者達が、すでに危機的状況であった僕達人間の絶滅を免れる為に防衛策として創ったものなんだ」

 ケンは眉間に力が入れ、首をかしげる。

「えーっと……よくわかんないんだけど?」

 まだケンには要領が掴めない。アッシュは椅子からポンと細い足を投げ出し、要するに、と続けた。

「せっかく遠い星まで子孫繁栄させる為にやってきたのに、もしもLUVとうまくいかなくって、LUVが人間を目障りに感じたら? あっという間に根絶やしされちゃうだろう? そりゃ、今となっては馬鹿げたあり得ない話だけど、まだこの星の事が未知で手探りの外交をしていた時代の中では、一つの不安要素だったんだろうね」

 確かに、人間とLUVが必ず友好関係になれるかどうかなんて、当時の人たちにわかるはずがない。それは理解できる。

「それでさっきのPPPって言うのは?」

 これもアッシュが答える。

「POTENTIALITYポテンシャリティ PROGRAMプログラム FORフォー PUREピュアの略だ。ウィルスを使った計画の名前さ。当時の人たちは考えたんだ。どうしたら絶滅せずに、この星で生き残っていけるか。それには、LUVに容認してもらうだけでなく、LUVに守ってもらえなるようになればいい、ってね。で、自分達がいなくなったらLUVも困るようにすればいいと考えたんだ」

 ケンはお手上げの様子で聞く。

「それで、それが俺にどう関係があるの?」

「まあ聞けよ、ケン。こっからが本題だ」

 両膝をポンと手で叩いてから、今までとは少し違った表情でレンジはこちらを見る。ずっと黙って様子を見ていたリリでさえ、表情を強張らせる。ケンは息を飲んだ。

 レンジは続ける。

「当時、そういう時代だったから人間の遺伝子研究はとても進んでいた。そして、それを利用して当時の人間達は、特別な遺伝子を持つ人間とLUVをこの世界に送り出したんだ」

「特別な?」

 ケンは聞いた言葉を繰り返す。アッシュが引き継ぐ。

「そう。PPPっていうのはその遺伝子の名前なんだ。とても特殊なDNAで、そこにはある暗号が隠されている。それは、ある化学兵器の在りかと制御装置の解除コードになっている」

「ちょっと、化学兵器って?」

「うん。その兵器の在りかについては、実はまだ詳しく解明されていない部分もある。でもその威力は、この星の全ての生命体を瞬時に亡き者にできるほどの恐ろしいものだという事が、残された資料によって明らかになっている」

 ケンは淡淡と話すアッシュを見つめなおす。

「当時の人はその化学兵器に名前をつけた。なんだかわかるか、ケン?」

「……さあ」

「『アース』地球と名づけたんだ。この計画への自分達の願いを込めてね」

 ケンは苦々しく呟く。

「いつか地球に帰りたい、って事……?」

 アッシュは頷く。

「人間側のPPPにはこうプログラムされている。『遺伝子は子供が誕生した時点で親から子に受け継がれ、親の能力はそこで消滅する。その遺伝子を有する最後の一人になったとき、暗号が現される』要は、PPPはどんな時も、この世界に一人しか持ち得ない遺ように設計されている。そして、その一人を残して血縁関係者が誰もいなくなった時、初めて、そいつのDNAは科学兵器を発動させるパスワードになるんだ」

「でも、どうやって最後の一人になったって事がDNAに影響するんだよ。それってすごく曖昧じゃない?」

 部屋の中を小さな円を描きながら歩いていたアッシュは、足を止めて言う。

「そこで出てくるのがPPPの開発と同時に作られたウィルスの存在さ。マナに来た時点で、あるウィルスが全ての人類に故意に感染させてある」

「ウィルス……?」

「もちろん人体には有害じゃないよ。でも、そのウィルスはマナ全域を網羅する範囲で、自分達の仲間のウィルスの存在を感知しながら生きているんだ。仮に、お互いくを知らない同士の親戚が、この星の裏と表で生きていたとしても、それは感知できる」

「ってことは、そのウィルスが仲間を感知できなくなったときが……」

「そう。一人きりになったという証拠。その時点でウィルスが反応し、DNAに異常な変化をもたらすという仕組み」

 ケンはあからさまに嫌な顔をする。

「それじゃあ……」

「そう。いまのケンのような状況のことだ」

「そんなこと、本当にあるの……?」

「普通、DNAは無二のものであると同時に、生まれてから死ぬまで不変のものだ。途中で変わるものじゃない。でもこのPPPは条件が揃うことで、変わるはずのないものが変わってしまうってことさ。しかも」

「しかも?」

「PPPを持っているPUREが死ねば、アースは自動的に発動する」

「!」

 ケンはまさに絶句した。

 あり得ない。平和に見えているこの世界にこんな影が潜んでいたなんて。

 そして、自分がその影に引き擦り込まれていく予感。

 リリが静かに、でも強い口調で言った。

「私も、レンジもアッシュも、皆両親を殺されたわ、政府の奴等にね」

 うな垂れていたケンは驚いて顔を上げ、リリを見る。

「政府が……? そんな、まさか」

 マナは一つの国で成り立っている。地域によって管轄分けされている連邦国家ではあるが、その全てを取り仕切るのが連邦政府。その政府に自分達が狙われているというのか?

 リリは部屋の隅を見つめながら話し出す。

「実際にはPPPの件を極秘に扱うIAAという特別な組織があって、彼らが動いているの。警察とは全く別管轄だけど、彼らは政府の後ろ盾がついているからどんなことも出来るわ。事故を装ったり、事件の被害者の様に仕立てられたりして、数年前から、手当たり次第のPUREの家族に牙を向けた」

「なんでそんなことを?」

「焦ったのよ。PPPが誰なのか把握できないまま、PUREの人口が年々減り続け、いつアースが発動してもおかしくない状況になってきたから。でも、このことを公にすることも出来ない。だから、わざと潜在能力を発動させる為に、PUREの親たちを殺し、その子供たちの血を調べた。私達だけじゃない。ここ何年かで沢山の命がそのせいで亡くなったわ」

「親を殺されて、そいつらに捕まったら、それで、その後どうなるんだよ……」

 ケンの質問にリリは苦しそうに答えた。

「みんな、組織に連れて行かれ、血を抜かれ体中を調べられて、PPPじゃないとわかると証拠隠滅の為殺されてしまった。アースの存在さえ公にできないのに、こんな非人道的な行為を、政府黙認の下繰り返されているなんて、知られてはならないから。お陰で、ここまでPUREは減ってしまった。私たちを守る為に作られたPPPが、逆に私たちを追い詰めている……」

 リリは瞼をきつく閉じ、堪えているのか手のひらをぎゅっと握って震えていた。

 レンジがリリの元に歩み寄り、リリの頭をポンポンと優しく撫でた。物憂い表情を浮かべながらレンジはケンに向き直る。

「今日お前を襲ったのは、間違いなくIAAの奴らだろう。多分お前のご両親を事故に遭わせたのもな。俺たちは、最後のPUREの家族がお前たちだと知って、なんとか危険を知らせようとしていた。だけど、俺たちも逃げ隠れしてる身だから、なかなか動けなくてな。でも今日ニュースで事故を知って、リリはお前のとこに飛んでっちまった」

 そうだったのか、とケンにやっと少しずつ事の成り行きが見えてきた。きっとケンの父が今日話そうとしていたのも、このことだったに違いない。

 でもそれは、ケンが今日一日感じてきた悲しみや不安よりも、もっと深く残酷な現実でもあった。

「じゃ、リリが来てくれてなかったら、俺は今頃どっかに連れて行かれて、殺されていたかも知れないって事なのか」

 レンジの背中に顔を隠すようにして立っていたリリは何も言わなかった。

「ケン、聞いてくれ」

 レンジが口を開く。

「俺とアッシュは一度奴等に捕まっている。施設に連れて行かれて、DNAの検査やら色々された。でもたまたま二人同じ部屋に突っ込まれたのがラッキーだった。二人で協力してセキュリティーシステムをぶっ壊して命からがら逃げてきた。運も良かったんだけどね」

 レンジとアッシュはお互いの顔を見合わせて、口元だけで笑う。

「俺が言いたいのは俺たちの運の良さじゃないんだ、ケン。まず俺たち二人はPPPを持っていなかった。検査済みだからな、間違いない。でも、リリは事前に俺たちがコンタクトを取ることができて、奴等に捕まる前に逃げることが出来た。そして政府はまだPPPを見つけることが出来ずに最後のPUREであるお前を捕まえようとした。と言うことは」

 レンジはわざと言葉を切り、クッションを入れて続けた。

「今日まさに襲われたケン、あるいは検査を受けてないリリ、どちらかがPPPを持つ可能性のある最後のPUREだ、と言うことなになる」

「……そんな!」

 レンジの話を頭で整理しながら聞いていたケンだが、最後の所でまたパニックになる。

「しかもPPPの能力はもう開放されている。どちらかのDNAがアースを発動をさせる為の暗号を示しているってことだ」

 ケンは無意識にリリを振り返る。

「リリも、家族も親戚も一人もいない。お前と同様にな」

 ここまで聞いて、ケンはぞっとした。今自分に流れている血が、とんでも無い力を持っているかもしれない。あるいは、この少女が。しかもその為に、家族を奪われ、政府に追い回された。

 今日一日の、日常を逸脱するような事実の中にいながらも、それは受け入れがたいものであった。

「まだ続きはあるんだ」

 アッシュの声がケンを振り向かせる。

「続き?」

「そう。PPPは人間だけではない、LUVにもいるって言ったよね?」

「うん」

「でも、LUVに全く同じ物を与えるのでは人間の優位な立場を作ることは出来ないだろう。昔の人は当然考えた。そしてLUVのPPPには、PUREのPPPに仕組まれた能力を完全に無効化させるDNAを仕組んだんだ。それぞれの能力を発動させて、人間のPPP保持者の血液に、LUVのPPPの血液を輸血すればいい」

「つまり、アースを無効化するには、両方のPPP保持者が揃ってないといけないって事?」

「そう。有事の時には人間とLUVが仲良く解決して欲しい、っていう事じゃない?」

 馬鹿げてる。

 ケンは思った。そんなことでしか、自分達の子孫を守ることは出来なかったのか。そんな力ずくの考えだから、祖国の星ですら捨てざるを得なくなったのではないか。絶望にも似た気持ちでその当時を思う。

「あと問題は、LUV側の能力発動条件がわからないってこと。隠された能力を封印されたままでは、なんの効力もないからね」

 ケンは椅子から立ち上がる。

「でも、その条件がわかったって、そのLUVのPPP保持者も探さないといけないって事だろう? PUREの中から探すのなんかより、よっぽど大変じゃないか」

 解決にたどり着くには、あまりにも仮定の多すぎる話に、ケンは苛立った。

 レンジがまあまあ、と言う顔をして微笑む。

「それが十五年ほど前にLUVのPPP保持者は見つかっているんだ。今は政府に保護されている。だから政府も早いところ人間側のPPPを見つけて、このアースの恐怖の芽を摘み取りたいのだろう。最近では段々、手段が荒々しくなってきてる」

 ケンは不思議そうな顔をする。

「待てよ。それなら話は簡単じゃないか。俺かリリがPUREのPPPなら、素直に政府に申し出ればいい。LUVのPPPとアースを無効化できるんだろう? それが目的なんじゃないの? 政府はなぜこんなに強引に解決しようとするんだ?」

 レンジが続ける。

「政府が歓迎パーティでもしてくれるとでも思うのか? あいつらは俺達のことを命あるものだなんて思ってないさ」

 苦い顔のケン。

「そんなの……なんでわかるんだよ」

「奴らが何が何でも急いでPPPを探し出したいのには、もう一つ理由があるんだ」

「もう一つの理由?」

「俺たちが今いる、ここ地下は地上の手が及ばないところだ。例え政府だろうが自由に動き回ることは出来ない。ここにはここのルールと秩序がある、それを侵さないことが鉄則だ。その代わり、ここに住む住人は決して地上に姿を現さない。地上の生活を脅かすようなことはしない、そういう決まりで今までうまくやってきた。お陰で、俺たちは政府から逃げることが出来た訳だけどね」

 確かに先ほど見た限りでは、大分怪しそうな商売をする人や、地上では見ないような物騒な武器のような物を手にしている人もいた。地上であれば許されない事だ。

「以前から、ここの住人達の中には、地下に閉じ込められている現状を打破しよう、という考えの奴等でできたレジスタンスの集団がいてね。どうやらそいつらに、アースの件が知られてしまったらしいんだ。レジスタンス達は、政府がアースを無効化してしまう前にどうにか阻止してやろうと動き出しているらしいんだ」

 ケンは話を遮った。

「でも、アースが発動されて危険なのは、自分達だって同じだろ?」

 それが、とレンジは続ける。

「この地下都市は、人間がこの星に来てから大分経ってから出来たものだ。アース実装時の計画では、この地下は計算に入っていない。つまり、ここは安全なんだ」

 アッシュは自嘲気味に笑う。

「わかるかい?地下の奴らは、アースなんて怖くない。自分達は安全な場所にいながら、地上を更地にしてしまたっていいんだ。PUREのPPPさえ手中にあれば、まさに下克上さ。そこで、政府より早くPPPを見つけようと、地下の奴らも探し始めたらしいんだ」

 奪われた光と引き換えに、この住人は偉大なチャンスを手に入れたということ。なんて皮肉なのだろう。

「もうわかるだろう。取られる前に取れ、さ。どちらが早くPPPを見つけられるか、勝者がこの世界のイニシアティブを取るって事さ」

「じゃあ、俺たちは今、地上にも、地下にも狙われてるって事」

 ケンは一気に不安で気持ちが一杯になる。

 たった一日で、こんなに世界が変わることなんてあるのだろうか。あったとして、これは本当に自分に降りかかった現実なのだろうか。

 泣き出したくもあり、叫びたくもあり、全てが夢だったら、と逃げ出したくもある。

 落ち着きを取り戻したリリが、虚ろなげ顔をしながら口を開いた。

「LUVのPPP保持者も私たちと同じくらいの年齢の男の子だって聞いたわ。名前は、ソウ」

 えっ。

 思わず聞き返す。

 十五年前に政府に保護されたという事は、生まれてからほぼずっと。

 どんな思いで待っているのだろう。どんな思いで過ごしているのだろう。この現実を抱えて。

「ソウ」

 ケンは小さく呟いた。


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