第四章
四
ケンはやっと泣きつかれ、今いる状況を確認し始めた。
「ここ、警察か……」
周りを見ると、急がしそうに人々が行き来しているロビーだった。ケンはその端にあるベンチに座っていた。
先ほど話しかけてきた警察官が、奥の事務室らしきところから顔を出した。ケンを確認すると、こっちこっちと手招きをする。ケンは大人しくそちらに歩き出す。
「君、どうだい、落ち着いたかい? 君が大丈夫なら、少しさっきの事故の話を聞かせて欲しいんだけど。なに、そんなに時間はかからない……」
「父さんと母さんは……?」
警察官が話し終わらないうちに、ケンは真っ赤な目を向けて警察官に聞いた。
「……。残念だけど……」
警察官はすまなそうに答えた。
わかってはいた。まだ目の裏に焼きつくあの惨状では、助かるはずがない。
それでも僅かながらの期待は持っていたのだ。
「そうですか……」
一体、両親に何が起こったというのだろう?
ケンも詳細を聞きたいと思った。
「俺、いや僕は大丈夫です。お願いします」
警察官は安心した顔をして言った。
「よかった。じゃ奥の部屋で」
通された部屋は壁も床も白くて、それほど広くはない部屋だった。部屋の中央に小さめのグレーのテーブルと椅子が二脚向かい合わせに置いてあった。
手前の席に警察官が座り、どうぞ。と奥に勧められた。
「簡単に質問させてもらうけど、覚えてる事だけ話してくれればいいからね」
首だけでコクンと頷いた時、さっきからずっと肩を強張らせていた自分に気づいた。
ケンは少しずつ緊張をほぐしていった。
「どうして君はあの場に居たんだい?」
警察官の問いにそろそろとケンは話し始めた。
家族三人で夕食をする予定だったこと。約束のレストランにエアバイクで向かっている途中で、自分の両親の乗る車を見つけた。追いかけようとしていたら、突然車が爆発して炎上したこと。そしてそれ以上の事は何もわからない、と。
「それで。それで原因は何なんですか? 両親の車はなんであんな風に突然爆発なんか……」
ケンは自分で話しながら、また涙が溢れてくるのを感じた。
「それに関しては調べている途中なんだ。考えられるのは車の故障による引火か、あるいはあの道路に何らかの爆発物が置かれていて、それに接触してしまった、とかなんだけどね。今のところは何もはっきりとした証拠も形跡も見つかっていないんだ」
すまなそうに警察官は話すが、もうケンの意識は聞いていなかった。
故障だろうが事故だろうが、事故の原因なんてどうでもよかったのかもしれない。本当にケンが聞きたいのは、そんな事じゃない。
どうしたら両親は帰ってくるのか?
明日から俺はどうしたらいいのか?
一人ぼっちなんだ。この広い世界、一人きり。しかもPUREの最後の一人になってしまった。その事実が尚更孤独を感じさせる。
ケンは机に突っ伏して、また声を上げて泣いた。
その薄暗い部屋には、本当であればここでは傍受することのできないはずのニュース映像が、違法なデジタル回線を使ってハンディーミニターに映され、そこから音声がこぼれていた。
少女は、画面をじっと見ていた目を、一度強く瞑ってから、おもむろに立ち上がって出かける用意をする。
「おい、リリ。どこ行くんだよ」
呼びかけられた少女は、長い髪が乱れているのも気にせずに、小さなバッグを腰に巻きながら答える。
「ちょっと……。気になるから」
「気になるって言ったって……行ってどうするつもりだよ」
「わからない……。でも、私を……私を見ているみたいで……ほっとけない!」
「おい、待て! リリ!」
静止を聞かずに、リリと呼ばれたその少女は足早に部屋を後にしてしまった。
「……行っちゃったよ」
その少年が一人零していると、奥の部屋から、そのやりとりを聞いていたもう一人の少年が、ゆっくりと姿を現す。
「リリは、ここでじっとしてられなかったんだろう。すぐ戻ってくるさ」
その声に振り向きながら、少年はタレ目気味の瞳を更に細めながら頷く。
「きっと、リリも、あの時の俺達と同じ気持ちなんだな」
あの時。
それだけで、何を言わんとしているか、その二人には十分わかり合えた。
リリは走っていた。
どこに行くのか、何をするのか、具体的には本人にもわかっていなかった。でも、進める足を止めるとこもできない。ただ、僅かな情報を頼りにその近くまで行ってみるつもりだった。
リリは走りながら、あの時のことを、まるで昨日のことのように思い出していた。
心の準備のないままに放り投げだされる孤独。現実を受け入れる前に差し出される恐怖。すがる誰かのいない暗闇。
でも、リリはあの二人に救ってもらえた。そのことが、どんなにその後の毎日を変えてくれたか。そうでなかったことを想像することすら、恐ろしい。それを知っている。
「絶対一人になんてしてられない」
つい、声に出してしまう強い思い。
自分を見ているようだから、だからわかる。自分が助けてもらったから、だからわかる。
しなければならないこと。
私にとっても。あの子にとっても。
「私が、そばにいてあげなきゃ」