第十九章
十九
「で、これからコア・シティにはどうやっていくんだ? ラウ・ジンはどうした?」
レンジは走りながら質問する。先程のアジトからエア・バイクで逃げ出してきた四人は、人目の多くなる手前で、バイクを捨てて走っていた。息を切らせながらも、ケンは言う。
「ラウ・ジンを待たせてるんだ、とにかくそこに行かないと」
四人は当初の約束の場所であった、A-三シューターについた。
「もう、限界ギリギリ、早く早く!」
ラウ・ジンが手招きする。いつもの笑顔も曇り気味だ。きっと内心は焦ってる様子の彼にケンは意地悪を言う。
「お前が変な気を回して二人を捕まえさせたりしなければ、こんなことにはなってないんだからな。自業自得だ、なんとか間に合わせろ」
「わかってるよ、だからここまで荷物の発送を遅らせたんじゃないか。大変だったんだぞ、ありもしない事故を装って、新しい車を手配するってことにしてさ。全てのデータの改ざんは手間かかったよ」
初めて見る友人の慌てぶりに、ケンは思わず噴出す。
「はいはい、分かったよ。で、これに入ればいいの?」
ケンはラウ・ジンの後ろにある黒いケースを指差した。人が二人寝て入れるくらいの大きさだ。
そのケースを見ながらアッシュが言う。
「時間がないって事だけはわかったんだけど、大雑把でいいから、どうやってコア・シティに入るつもりなのかだけ教えてくれない?」
ラウ・ジンが早口で答える。
「簡単な事さ。今からこの箱に入ってもらう。僕が地上に持って行って、待機してる車に乗せる。その車は、コア・シティ、しかもIAAの施設の中にこの荷物を運ぶ。だからあとは寝てるだけでつくよ」
レンジが次に聞く。
「俺もコア・シティの事は詳しくないけど、荷物も中身をチェックされるんじゃないのか? 中を確認されたら、それこそ入り口で捕まっちまわないのか?」
あー、もう。と地団駄を踏みながらラウ・ジンはもっと早口になる。
「当然の質問だけど、これを答えたらすぐ箱に入ってね、本当に時間が無いんだ。うんとね、IAAの施設では、公にできないような実験や調査、例えばPUREの子供たちの検査のような、そういう水面下でしか動けない事をしてきている。だから、そこでは通常なら使わないような薬品も必要になることがあるんだ。例えばこれ」
ラウ・ジンは積み上げられたケースの中の一つを開けて、透明な液体の入るボトルを取り出して見せる。
「ただのミネラル・ウォーターに見えるでしょ? でも、これを飲んだら、三分以内に痛みも苦しみもなく、ゆっくりと心臓が止まる薬剤が混入されているんだ」
レンジに手渡されたそのボトルは、蓋が開けられている形跡はない。まさに新品の状態である。思わずレンジはアッシュにボトルを投げ渡す。
「飲んでみても無味無臭。しかも死体から毒物反応もでないし、この水も、空気に触れると次第に薬物は中和されて、検出不可能になる。まさに、一切痕跡を残さず、しかも本人自らの手で毒殺を行える魔法の水」
あからさまに苦い顔をしている四人に、ラウ・ジンは事もなく続ける。
「こういうのは正規のルートで作ったら問題あるだろう?でも、地下ではなんでも作れる。だから、証拠を残したくないような薬品は、地下で作らせる。そして、数ヶ月に一度、そういうのを一度に納品させるのさ」
「それが今回の荷物ってことか」
アッシュが頷きながらケースに足を入れる。
「そう。だから、この荷物に関してのみ、一切のチェックが免除されている。逆にされたら困るんだ。わかった? オッケー、じゃ閉めるよ」
なんとなく流れで、レンジとアッシュが先に一つのケースに入り、その蓋をラウ・ジンが閉めた。箱の中からは、蹴るな、そっちいけ、と二人の掛け合いが聞こえる。
「んじゃ、二人で入って。スペースの問題でもう一つ分しか空けられなかったんだ」
「う、うん」
ケンは、赤くなる自分を戒めながらリリを見る。
「さ、さきにどうぞ」
「うん、わ、わかった」
そういってケースに収まったリリの顔も少し赤くなっていたが、半パニック状態のケンには気づくことすら出来なかった。
蓋を閉めようとするラウ・ジンにケンは聞く。
「おい、ラウ・ジン、お前はどうやって? もう空きはないんだろ?」
大丈夫、と殆ど閉まった蓋の隅から、後で。と言い残し、完全にそれは閉じた。
ケンもリリもどうするつもりなのだろう、としばらく話していたが、シューターで地上に運ばれ、更に車の中に運び込まれる衝撃と振動で、その続きは消えていった。
車の中に入れられると、外部からの明かりが遮断され、何も見えなくなるので、ケンにとってはありがたい状況だった。車が揺れるたびに、隣に寝そべるリリの体にぶつかってしまうのを、その都度謝っていたが、それも十回を数えるくらいになると慣れてしまった。
ケンは沈黙を破ってリリに話しかける。
「リリ、怖くない?」
「ん? んー。怖くないわけじゃないけど、とうとう、っていう感じのほうが強いかな」
「すごいな、リリは。俺なんてうまくソウのところまでたどり着けるか、自分にできるかどうか、心配でしょうがないよ」
笑い交じりに、ケンは言った。
「私だって、自信はないよ。でも」
リリは一呼吸置いて続けた。
「一人じゃないもん。ケンがいる。レンジもアッシュもいる。一人だったら、絶対私ここまで来てないし、勇気出なかったと思う。でもさ、同じように苦しんでたり、悩んでたり、追い詰められたりしてる仲間と、抜け出してみようって、やってみようって励ましあえたでしょ? きっとこれって、前に進む為のゴーサインだったんだと思うの」
「ゴーサイン?」
「そう。行きたい方向は決まっても、信号が赤なら進めないでしょ?でも、私には信号を青にしてくれる仲間がいた。青信号は、進めって小さいころ教えてもらわなかった?」
笑いながらリリは言った。
「ねえ、ケン? 私とケン、どちらがPPPだったとしても、それは私たちが決めた道じゃない。でもね、ここから先は、私たちが決めた道。選んだ道。だから、自信はないけど、迷わないで進もうと思うの」
視界を奪われた状態だからか、リリの言葉がケンの心にすーっと染みてくる。決して嘘のない、心からの気持ちでケンは答えた。
「うん。俺もそう思うよ、リリ」
「うん」
「リリ。聞いてもいい?」
「ん?」
「もし、今日全部終わらせられることが出来たら、リリは何をしたい? 夢とかあるの?」
「んー。その後か。考えたことなかったかも知れない。んー、何かな、わかんないや。ケンは? ある?」
「俺? 俺は……うん、笑わない?」
「笑う? 笑うわけ無いじゃない。笑わないよ」
「そうか。うんとね、もしできるなら、地球に行ってみたい。行って見てみたい。だってさ、昔の人たちは、まあやり方はどうかと思うけど、いつかまた俺たちに地球に戻って欲しいから、こんな馬鹿げた仕掛けをしたんだろ? その為に、子孫が絶えないよう、願ったんだろう? その思いのせいで、俺たちがこんな思いをさせられたんだもん。気になるじゃないか。地球ってのは、どんだけ素晴らしい星なのか。どんだけ美しい星なのか。だから、俺が見定めに行ってやる! ってさ」
リリは黙っていた。
「ほらー。笑うの我慢してるんじゃないだろうな、見えないからってずるいぞ」
「違う、違う。笑ってなんかないよ」
「本当かなー、言うんじゃなかったな、恥ずかし」
「……ケン」
「なんだよお」
「私もその夢、一緒に見ていい?」
「……」
お互い、その顔は見えていないけれど、二人ともがまっすぐ前を見つめていた。そして、テレながら、ケンは言った。
「いいよ」