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第十七章

十七

 ヴィカは、手元にあるデータを、目の前で横たわる二人の少年と見比べていた。二人とも手足を縛られ、身動きは取れず、ケンの時の様に、引き摺られて連れて来られたのか、体中がボロボロに擦り切れていた。

「確かに、データのPUREに間違いないようだね」

 運んで来た大柄な男四人は、代わる代わる自分のお手柄とばかりに、その経緯を口走っている。 

「ヴィカ様に言われたとおり、大通りで待ち伏せてたら、まんまと二人揃ってノコノコ来ましてね」

「チョロいもんでしたぜ」

 昨晩、突然訪れたLUVの少年の情報を聞いたヴィカは、半信半疑のまま、手近にいた男達に言われたとおりの場所を見張らせていた。そして、その通り引っ掛かった、と言うわけだ。うますぎる、という気がしないわけではない。

「喋れるようにしておやり」

 ヴィカがそう言うと、そこにいた男達が、レンジとアッシュの体を起こし、口に挟まれた布を解いて、また乱暴に地面に倒した。

「お前たち、何でここに連れてこられたか、見当は付いてるんだろうね」

 先程まで、口を縛られていたのが息苦しかったのか、二人とも荒い息を繰り返していた。

 レンジは辛うじて答えた。

「はあ、はあ。さあな、俺たちがPUREだからってところか?」

「近からず遠からず、と言ったとこだね。安心をし、すぐに殺したりはしない。大切なお客様だからね」

 二人は、少しずつ状況が見えてきた。昨日ケンを捕まえたのは、こいつらの仕業であろう事、こいつらがPPPを狙っているであろう事。しかし、どこまで知っているか分からない以上、多くは語らないほうが良いと感じていた。

 アッシュはしきりに辺りに目を動かし、逃げ場はないかを探していたが、広い建物のほぼ中央に連れてこられている為、どこの出口も不意を突いて逃げるのには遠すぎた。 

 楽しそうに笑みを浮かべながら、アッシュの頬を優しく撫でる。

「お前、さっきから出口を探しているようだけど、決して逃がしはしないから、安心して捕まっているといい」

 触る手を、大袈裟に嫌がって上目使いにアッシュは言った。

「そう。なら、地面に転がって汚れたから、シャワーと着替えを用意してくれるとありがたいけど」

「あはは。言うことは立派だね。まあ、泣かれるよりはマシだ」

 自由に動かない体をくねらせ、顔を上げてレンジは聞く。

「俺たちを捕まえて、あんた達の目的はなんなんだよ。それくらい教えてくれよ」

「知りたいなら教えてやろう」

 ヴィカは機嫌の良さそうな顔を、少し歪ませて言った。

「ひっくり返してやるのさ」

「あ? ひっくり返す? 何を?」

「この世界そのものさ。この間違った世界をね」

 レンジはヴィカの話す先に、素直に興味を持った。

「世界を……? なんであんたが?」

「私はね、この地下で生まれて育ったんだ。物心ついたら、母親と二人、ここで、まさにこの工場で働いていてね。父親はもういなかった、必要もないから、なんでいないのかも知らないけどね。来る日も来る日も働いて、食べるもんを買う。その繰り返し。それが普通だと思っていたよ。生きるって事は、こういうことだって思ってた。不思議にすら思わなかった。母親が倒れるまではね」

 ヴィカは、この工場に昔から置いてあろう作業台に手を付いた。

「働きすぎさ、あっさり逝っちゃったよ。知ってるかい? ここにはね、医者はいないんだ」

「医者がいない!?」

 レンジは目を丸くして驚いた。

「それでも法外な値段で薬を処方するヤブ医者みたいなのはいるけど、そんな金持ってるのは、あくどいことやって儲けてるような奴だけ。まだ十にもならない子供の私なんか、もちろん追い返されてね。その時は、これもしょうがないことだと思ってたんだ。貧乏人は病気になったら死ぬしかないってね……」

 小さく、奥歯を噛む音が聞こえた。

「地上があることは、やはり知らされずに育つのか……?」

「ここじゃ、上の話をするのはタブーとされている。それでも薄々気づいてくるのさ、大人になるにつれてね。でも、その存在に気づく頃には、皆ここの生活に心底染まりきった後だから、誰も抜け出そうとしない。知らない振りをしているほうが利口だと気づくからさ。変な劣等感を持ったところで、自分が嫌な思いをするだけだ、とね」

 例えようのない絶望の未来。

 見上げることのない空。

「私だってそうさ。何も知らずにいた。目に見えるものだけが現実の全てだと思ってきたんだ……。母親が死んだとき、そのヤブ医者が『上なら、こんな病気じゃ死ぬことはないのに』ってぽろっと言うまでは」

 今まで周りに意識を巡らせていたアッシュも、思わずヴィカの話に引き付けられて聞いていた。

「でも、私は諦めるなんてごめんなんだよ! 誰にだって可能性を持つ権利はあるはずだ。地面で隔てられた二つの世界を、自分の力で乗り越えるチャンスをね。そして政府の奴らに思い知らせてやるんだ。道を閉ざされる暗闇。そして、選ぶことのできない悲劇を」

 ヴィカは瞳に抱える真っ赤な炎に、油を注がれたような顔を向ける。

「私は必ずひっくり返してみせる!」

 レンジもアッシュも、ヴィカから溢れ出す覇気に触れていた。この世界の常識を変えたいという。誰もが、見てみぬ振りをし続けた、世界の隔たりを。それは、ただの野蛮な野心ではない、強い信念と確固たる想いがあるような。

「お前たちは、やっと手に入れた好機さ」

 ヴィカは寝転がる二人の顔の前に膝を付き、わざと声を落として言った。

「お前たちには、なんの恨みがあるわけじゃないけが、政府への餌に使わせてもらう。悪く思わないでおくれ」

 レンジもアッシュも、ヴィカの確信めいた言い草を訝しく思っていたが、次の言葉ですぐに意味を理解した。

「どちらがPPPなんだろうねえ。コア・シティの奴らが調べないと分からないらしいが。まあ、そんなのは構わないさ。両方捕まえておけば、間違いはない」

 二人は、ピンときた。

 勘違いしている。

 自分達を、政府から追われているPUREだと信じ込んでいる。何故だかは分からないが、しかし、それはこの最悪に見える状況の中で、唯一と言っていい好材料だった。

 ケンとリリは無事だ。

 レンジは自分に背中を向けて横たわるアッシュを、ごく小さな声で呼んだ。それを耳で捕らえたアッシュは、周りに気づかれないように、そのままの体勢で首を縦に動かした。二人には、それだけで、今すべき事は了解しあえた。

「お前たち、この子達を奥の部屋に繋いでおきな。見張りを必ずつけておくんだよ」

 うい、と男達が二人を運ぼうと歩んでくる。

 さすがに、縛られたままではレンジもアッシュもなす術がない。レンジが唯一自由の利く口を使ってあがく。

「やさしく運んでくれよお? 体中痛いんだからさあ、俺たち人質だろう?」

 少々わざとらしいレンジに、アッシュは一人溜め息を漏らした。

 あまり自分達の先行きは良くないが、とにかく、ケンとリリをソウに会わせるには、今は大人しく捕まっておくべきだろう。PPPだと思われているのなら、命を取られることもない。ひとまず、ここは言われるままして、後から逃げ出すチャンスを伺うつもりだ。なにせ、この二人でコア・シティからも脱出できたのだから。

 二人が腹をくくったと同時に、新たな男達の声が建物に響いて聞こえた。二人の体勢では、声の主達を見ることは出来ないが、会話の様子から、仲間なのだろうとわかった。

「今頃手ぶらでお戻りか。お目当てのPUREは俺達がちゃーんと捕まえてきたぜ、この役立たず共め」

 その声に、今戻った男達は愚痴る。

「聞いたぞ。お前たちはヴィカ様から新しい情報をもらってたそうじゃないか。偉そうに言うな」

「負け惜しみか。お前たちだって、ガフがいたじゃねーか」

 仲間達の輪の一番後ろにいたガフは、決まり悪い表情で苦笑いをしていた。

「こいつがいれば、楽に見つかると思ってたら、とんだ間違いさ。なんの役にも立たねーし、腹が空いたしか言わねーんだ」

 どっとその場にいた男達が笑い声を上げる。

 その内の一人がガフに言う。

「どうした、ガフ。先に自分の獲物を取られてそんなにショックか?それともただのお荷物だったのが恥ずかしいのか?」

 また、豪快な笑いが起きる中、ガフは体に似合わない小さな声で言った。

「おかしいなあ……」

「何がおかしいんだ。おかしいのはお前の胃袋だろう?」

 馬鹿にされる声も聞こえていないように、ガフは不思議そうな顔で呟く。

「これ、どっちも俺の捕まえたPUREじゃ……ないと思うんだよなあ……?」

 レンジとアッシュは二人とも、しまった。と体が反応してしまった。昨日ケンを捕まえた男がいるかも知れないことを、予測することまではできていなかったのだ。

 その様子を、少し離れたところにいたヴィカは見逃さなかった。

「ガフ。お前が昨日捕まえたPUREと、この二人はどちらも違うっていう事かい?」 

 ガフはすごすごとヴィカに近づき、レンジとアッシュの顔を覗き込みながら言った。

「あい、ヴィカ様。おいらが捕まえたのは、もっと小柄で、弱そうな奴でした」

「間違いないね?」

 ガフは小刻みに何度も、首を縦に振った。

 ヴィカは、二人を奥に連れて行こうとしていた男達の前に、立ちはだかるように進んで言った。

「どうやら、少し話しが違うようだね。PUREはお前たち以外にもいるってことか……? さては! お前たち二人は囮ってことかい? くっそ! そっちがPPPか! どこだ、どこにいる!」

 その激怒する表情は、女とは言え、何人もの男衆を束ねるだけの凄みがあった。紅い瞳が燃えるように睨み付ける。

「よく聞きな。私はね、『知らない』って言う事が、何より嫌いなんだよ。怒らせない内に言うのが利口だよ」

 返事を待つが、二人は答えるどころかピクリともしない。ヴィカはしゃがみこみ、刃物のように研ぎ上げた爪を立てた。長い爪は、レンジの首筋に舐めるように這いながら細い血の跡を残していった。

「くっ、痛いってー! 何の話だよ! 俺たちにはさっぱりわかんねーって!」

「そうかい。何も知らないのは、こっちの坊ちゃんも同じかい?」

 足でアッシュの体の向きをわざとレンジの首もとが見えるようにしてから、ヴィカはもう一度聞いた。

「私はね、長い間この時を待っていたんだ。お陰で、もう待ちくたびれちゃってねえ。気が短くなってるんだよ」

 ヴィカの鋭い爪が、レンジの動脈の上に置かれている。アッシュの目は、見たくなくてもその先に釘付けになってしまう。

「PPPの可能性があるうちは、命は取られないとでも思っているのかい? 残念だけど、私はギャンブルが好きでねえ。アースが上をふっ飛ばすかどうか、ワクワクしながらお前たちを少しずつ弱らせていくのも、楽しいだろうねえ」

 周りの男達が、耳障りな声で笑っている。ヴィカはその間もレンジの喉に爪を這わす。

「私にはアースなんて怖くもなんともない。お前たちを生かしておくかどうかなんて、その程度のことさ。さあ、どうする!」

 ぐっとヴィカの指に力が入る。堪らずアッシュは声を上げる。

「ま、まて! 話す、話すから、その手をどけろ!」

 悔しさと痛みでぎゅっと絞った目を、ゆっくり開けてレンジはアッシュを振り返った。

「だ……だめだ! 言うな、バカ!」

「バカっていうな、バカ。逆なら同じことするさ」

 冷たい笑いを溜めながら、ヴィカは指を離し、その先についた血をアッシュの額に擦り付ける。

「さあ、教えてくれ。仲間のPPPはどこにいるんだい」

 アッシュの口が開きかけた時だった。

「ここだよ!」

 その声は、影の重なり合う、目を細めるほどの暗い物陰から聞こえた。


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