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第十六章

十六

「見る限り、怪しい男たちどころか、誰もいないんだけど」

 ケンはその場で、くるっと回りながら周囲を確認してみた。

「これだけ人気が無いと、奴らを見つけるのも簡単だけど、逆に見つかるのもあっという間って事だね」

 そう言ったアッシュに頷き、気合の入った様子のレンジが言う。

「うっし。とにかく、向かうか」

 大した荷物など無いケン達には、身の回りの物だけをまとめ、ラウ・ジンとの約束の場所に向かって、隠れ家を後にした。

 昼前になろうというのに、地下の街は閑散としている。日の光の届かないこの場所で、朝だから動き出す、ということのメリットもないからだ。それに限らず、ここには無駄な道徳などはない。何が正しく何が正しくないかは自分で決めること。何をするのも、何をしないのも、自分で決めること。それがどんな結果になろうと、全てが自分の責任。誰にも迷惑はかけない、誰にも束縛されない自由と、誰にも甘えられない厳しさが裏表に存在する世界。これが、ここでのやり方なのだ。

 先頭を歩くレンジはたまに後ろを振り返りながら、辺りを警戒していた。

「どうした、ケン」

 何かを考えるように、伏し目がちに歩いていたケンは、その声に反応した。

「ああ、うん。俺、こんなことにならなければ、きっと地下に来ることなんか無かったんだろうな、って。知らないことばっかりだな、って思ってさ」

「まあ、そうかもなー。でも、何事も経験って言うだろ?やっておいて損ってことなんか、なんもないと思うぜ」

 と、首を後ろに倒して 目を細めて笑った。

「俺なんか、ここ来て、すぐ街を探検したんだけど、見たことも無いような食べもんとかあって、びっくりしたなー」

「僕はこの汚さに戸惑ったよ、当初は」

 肩を窄めて、本当に嫌そうな顔をしながらアッシュは言う。

「でも、非効率的な事を一切しないスタンスは、僕にも合うな、って思うこともあるし」

 足を進ませながら、四人のPUREは思い思いの印象を話した。

「私、ここに来るまで、地下なんて本当にあることすら知らなかったんだけど、ここで育った子供達も、地上のことは知らないのかな」

 誰もそれには答えられなかった。作為的に隔てられたこの世界にも、命が生まれ、育っていく。その命には、この世界は余りにも狭いのではないだろうか。もっと広い世界があることを、知らされてはいないのだろうか。

 ソウと同様、選ぶことすら許されない、選択肢のない一本道。

「俺たちって、幸せだったんだなあ」

 前を歩きながらレンジが言った一言に、ケンはやけに共感した。


 ラウ・ジンの言っていた、A―三のシューターは、街の中心部から五分程進んだところにある。四人は、先ほどの男達に見つかることも無く、大通りに出る脇道で一旦様子を伺っていた。

「おお、さすがにこっから先は人が多くなるな」

 路地から見える限りでも、かなりの往来がある。シューターへはこの大通りの反対側に渡るのだが、そこまで誰にも見られずに、と言うのは不可能だ。人が多いだけに、見つかりにくいだろうが、こちらも警戒しづらい。

「さて、約束の時間も迫ってるし、躊躇してるわけにもいかないね。四人はさすがに目立つから、二人ずつ離れて移動しようか」

 アッシュはそう提案して、すかさず続けた。

「んじゃ、僕とレンジは後から行くから、ケンとリリは先にどうぞ。リリ、シューターの場所は分かるよね? そこで落ち合おう」

 いきなりケンの顔が、ボッと音がする程の勢いで赤くなるのを見て、レンジは背中を向けて笑いを噛み殺している。それを知らない振りをするアッシュと本当に気づいていないリリは、場所の確認をし合っていた。

「万が一、変な奴らが二人に近づいて来ても、僕たちが後ろから見ているから、大丈夫」

「わかった」

「忘れないで、リリ。ここから先、何があっても、リリとケンは必ずコア・シティに向かう事を最優先に考えて。いいね?」

「……わかった」

 色々な意味の込められた言葉であることはリリにも分かっていた。分かっているから、しっかり返事をした。リリは、少しだけ肩に力を入れてケンの手を引いた。

「行こう、ケン」

 突然手を握られて、びっくりしたケンだが、リリの真剣な横顔を見て、自分の軽薄な態度を恥じつつ、改めた。

「うん、行こう」

 二人、雑踏の川に飛び込んだ。

 

 ただでさえ、柄の悪い大人の多いこの街で、顔もわからない相手を警戒しろ、と言うのも無理がある話だ。誰もが自分達を狙っているように見えるし、誰もが無関心のようにも見える。いつどこから、手が伸びて肩を摑まれないか、大きな声で呼び止められないか、という不安で一杯になりながら、二人は人の波を掻き分けて、振り返らずに進んだ。

「あんまりキョロキョロしすぎるのも、変だよね……」

 不安そうなリリの声に、ケンは握られていた手を逆に握り返して言った。

「大丈夫、もうシューターはすぐなんでしょ? このまま一気に行っちゃおう」

「うん。ここを真っ直ぐで着く」

 足早に通りを抜けて、今までの混雑が嘘のように人気の引いた小さい空き地に出た。やけにひっそりしているが、この先にはシューターしかない、用がなければ来る事のない所だからだろう。

 見るとラウ・ジンが笑顔でそこに立っていた。

「待ってたよ」

 ケンとリリを満足そうに見ながら言った。

「早速だけど行こうか」

 そう言いながら、側に置いてあった大きな黒いケースに近づいて行く。

「ちょ、ちょっと待ってよ」

 早い展開に、少し焦りながらケンは引き止める。

「どうしたの? そんなにゆっくりしている余裕もないんだ」

「レンジとアッシュも一緒なんだ。もうすぐそこまで来てるはず」

「ああ」

 なるほど、といった様子のラウ・ジンはいつもの笑顔のまま言った。

「来ないと思うよ、彼らは」

 ケンとリリはラウ・ジンの言った言葉を飲み込めずに呆けた。

「多分、大通りあたりで、地下の組織の奴に捕まったんじゃない?」

 ケンの額に一気に汗が噴出した。

「おい、なんだよ、それ。なんでお前がそんな事。お前! 何したんだよ、あの二人に何をした!」

 ラウ・ジンは顔色一つ変えず、あっさりと言う。

「ごめん、ごめん。言って無かったのは悪かったよ」

 詰め寄ってくるケンを宥めるように、説明を始める。

「昨日、ケンがここの組織の奴に捕まっただろう?でも、今日もそんな奴に着け回されたりしたら困るじゃないか。計画を台無しにされる訳にはいかないだろう?」

 理解を求めるラウ・ジンと、不信感で一杯になったケンの目がぶつかり合う。

「だから、あの二人に何をしたんだって、言ってるだろう」

「ケン達と昨日別れてから、その組織に行って、レンジとアッシュのデータを置いて来たんだよ。ケンとリリの代わりに、政府が探してるのはこの二人だって、嘘の情報を流して標的を掏りかえたのさ」

 ケンはあまりの事に声も出ない。リリは無言で、今来た道を足早に戻って行った。

「これで奴らの追跡は、ケンとリリからは離れるだろう? その為さ」

 ケンはここまで聞いて、怒りに溢れかえった気持ちを抑えた。そして、鼻の先まで詰め寄った距離を一歩引く。それほどにケンの理解を超えた話だった。

 いつも見ていたはずの友人の笑顔は、こんなに冷たいものだったろうか。

 ケンはうまく息が出来ないような、胸苦しさを味わっていた。

 ラウ・ジンは目的を果たす事しか考えていないのか? その為なら、一切の犠牲と私情を見ない振りが出来るのか? 何も感じないのか……?

 ラウ・ジンから目を離すことも、沢山あるはずの言いたいことをうまく口にすることも、できずにいた。

 そこにリリが走って戻ってきた。

「ケン、いない、レンジもアッシュも、ここから見えるところにはいない!」

 ケンはハッとして、振り返る。

「大通りまで戻ってみたんだけど、どこにもいないの。レンジは背も高いし、居れば見つかるはずなのに」

 リリは、言い終わるやいなや、ラウ・ジンの方にズンズンと向かっていく。

「ちょっと! あの二人はどこに連れて行かれたの? 知ってるんでしょ? 教えてよ!ねえ!」

 ラウ・ジンはどこまでも冷静に答えた。

「奴らのアジトはわかるよ、昨日行ったからね。でも、今から助けに行くわけにはいかないでしょ?」

「行くに決まってるじゃない。どこなの!」

「今から? じゃ、コア・シティには行かないつもり? 今日を逃したら、また数ヵ月チャンスは無いんだよ?」

 リリは電気が走ったように、ビクンとして体が止まった。

 忘れていた訳じゃない、大切な目的。

 わかっている。行かないと。でも!

 リリの様子を見たケンはリリに駆け寄る。

「リリ……!」

「……ケン」

 振り向いくリリの表情は、ラウ・ジンへの怒りから、徐々に視線の定まらないような、ぼんやりとした目になっていく。

「さっき、アッシュが言ったの……。何があっても、ソウに会いに行け、って……」

 ケンに顔を向けたリリの目には、今にも頬に零れそうな涙が溜まっていた。

「私、約束した……『わかった』って」

 悲しい涙ではない。苦しい涙。

 ケンにも、その約束の意味がわからないわけではない。こういう事態が、ありうるからこそのメッセージだということも。

 ケンはリリの目に頷いて、側で肩を竦めて立つラウ・ジンにきっぱりとした声で問う。

「どうやってコア・シティに行く計画なのか、説明してくれ」

 一瞬面食らったようだったが、すぐにニコリと笑ってそのLUVは言った。

「もちろん」



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