第十五章
十五
四人は今後の動きについて、昨晩から話し合いを続けていた。
政府に名乗り出て、穏便に事態を収拾させるという方法も選択肢にはあったが、やはり政府への不信感は拭いきれなかった。四人の心の底辺に、政府にされた非道は、ずっしりと沈殿していた。
コア・シティに向かうにしても、いま一つ素性の知らないラウ・ジンに着いていくのは、抵抗がある。ならば、彼に頼らないで行くことはできないか、と話し合っていたところだった。
レンジとアッシュが以前、施設にいたことがあるので、内部には多少の案内があるが、施設周辺については大分勝手が変わってしまった様だ。
両手を後頭部で合わせて、椅子の上で伸びながら、レンジは思い出していた。
「あん時はさ、施設の裏側がまだ建設中の更地だったんだよ。だから、敷地の外に出ればもう、走るだけって感じだったんだよな。な? アッシュ」
「そう。でもネットで調べたところによると、既に裏側は施設の新しい研究所が建っている。だから同じルートで潜り込むことは不可能。どちらかと言うと、僕達のせいでなおさら警備システムは強化されてしまっているようだね」
お役所相手に、してやった過去を思い出しているのか、アッシュはなんだか嬉しそうだった。
どこか緊張感のない二人とは別に、リリはいたって真面目な顔で持ちかける。
「ソウって子は街の外には出ないのかな。中に入るのが難しいというなら、外に出たときに狙って、っていうのは?」
ケンが大きく頷いて
「そうだよ、そうだ! なんでそんな簡単なことに気付かなかったん……」
「気が付いてたよ、そんな事は」
言い終わる前にアッシュに遮られる。
「でも、残念ながらそのアイディアは没。彼は十五年前に保護されてから、ただの一度でさえも、施設の外には出ていない」
その情報はケンとリリの気持ちを曇らせた。かわいそうだ、などという陳腐な感情とは違う、なんだか釈然としない様な、チクンと胸を刺された様な気持ち。
リリは長い髪を指でとかしながら、言い出しにくそうな顔で、珍しくはっきりしない口調で言い出した。
「私……ね。こんなのおかしいのかもしれないけど、そのソウって子、とても気になって頭を離れないの」
その発言に、なぜか全く関係のないはずのケンが動揺している。その様子を見て笑うレンジと、リリの目を見て続きを待つアッシュ。
「と、いうと?」
「うん。その子、きっと私たちなんかよりずっと、辛い思いをしてきたんじゃないのかな、って。小さい頃から、そんな施設に入れられて、色んな責任を勝手に背負わされて、何が普通で何が普通じゃないかもわからないままで。うまく言えないけど。ずっと。寂しくないかな、って」
たしかに、とケンは思った。
ケンは今まで、選択することができる環境にいた。少しの努力があれば自分の意思で進行方向を変える事ができた。ただ、何でも面倒だ、面倒だ、と楽なほうにしか進んで来ていなかったのは、今では自分でもわかっている。でも、ソウという少年は選ぶ道はあったのだろうか。道は目の前の一本しかない、分岐がない事を不思議に思うことすらない。環境、と一言で言ってしまえば簡単だが、それでは余りにもモヤモヤする。
ケンは思い切って相談する。
「あのさ。俺たち、ソウって奴に会いにいくついでにさ、そいつを助け出してやることって出来ないのかな」
リリが真一文字に結んでいた口を、ぱっと開いて言った。
「うん! 私も同じこと考えてた!」
二人はお互いを見合い、大きく頷く。
茶化す様に視線を送るレンジとアッシュ。ケンがそれに気が付く。
「ああ。あの。ごめん。そんな簡単な話じゃないって事は、わかってるよ。でも、そのソウって奴も、俺達と同じように、政府の奴らにいいようにされているのであれば、黙っていられないって思うんだ」
レンジが照れくさそうなケンをなだめる。
「安心しろ、ケン。俺たちも賛成だ。見てみない振りは俺も好きじゃない」
昨日までとは少し雰囲気の違うケンに、みんな気付いていた。でも、言えばそんな気持ちに水を差してしまうのではないか、と三人とも同じ腹積もりのようだった。
その時、少しだけ開いている天窓から入る物音に反応して、アッシュが右手で仲間に制止を合図する。ピタリと会話と動きが止まる。ゆっくりと外部のカメラに繋がっているモニターの前に移動してみる。
「なんだ、こいつら」
画面には、体の大きな男が二人映っていた。キョロキョロと辺りを見回しながら、何かを探しているようだ。熱反応を映し出す画面に切り替えて確認してみると、写っている二人以外にももう二人居るようだった。
「もしかして、こいつら、俺たちを探しているんじゃ……」
アッシュは部屋に顔を向けて言った。
ケンが画面を見て驚く。
「こいつ……昨日俺のこと捕まえた奴だ……間違いない、あの大男だ!」
それを聞いた三人は改めて画面に向かう。
息を殺して、男達の動向を見ていたが、どうやら建物の中まで押し入ってくる気配はなく、そのままゆっくりと離れていった。
レンジがわざとらしく汗を拭うような素振りで言う。
「そろそろ、ここもあぶねーな。まあ、大体にして、ここにずっと隠れていたからって、何が好転するわけでもないしな。どうしようか」
アッシュが物知り顔で言う。
「遠まわしに言わないで、はっきり言ったらどうだ?」
ケンは意味がわからず、レンジとアッシュの顔を見比べる。
「へへへ、ばれたか。じゃあしょうがない、はっきり言うけど」
リリが噴出しそうになりながら、代弁する。
「行きたいんでしょ? ラウ・ジンのところに」
「正解!」
にかっと笑い、ケンに向き直る。
「ここにいて、悩んでたってしょうがないだろう?行く道はもう、決まったんだ。ラウ・ジンが一体何者なのかは俺もわかんないけどさ、でも、俺たち四人もいるんだぜ? なんかあったら、なんとかできるさ、なあ? アッシュ」
「俺に責任を押し付けるなよ、バカ。まあ、なんとか出来るかどうかはわからないけど、ここでさっきみたいな怖そうなお兄さん達に、いつ襲われるか分からない中で怯えてるよりは、僕も外に行きたいとは思う、かな」
リリが改めてケンに聞いた。
「ケンはどう思う? ラウ・ジンについて行くの、反対? 賛成?」
ケンは首だけを下に向けて、意味ありげな数秒をわざと作ってから言った。
「大賛成」
顔を上げたその表情は、レンジも顔負けの、大きな笑顔だった。
「さあ、出かける準備しないと!」