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第十四章

十四

 カルヴァーは朝から行われた、この国の首席にあたる、連邦議長との報告会を終え、施設に戻ってきた。一昨日の取り逃がしの件で、回りくどい嫌味を言われて珍しく虫の居所が悪い。

 荒れた気分のまま廊下を進み、その勢いで自室のドアを開けようと手を伸ばしたが、ピタっと止めた。

 ドアロックを外す為の操作パネルが、緑色になっている。閉めて行ったはずのロックが解除されているという意味だ。

 一瞬戸惑ったが、カルヴァーはすぐに先ほどまでの強張った表情を和らげた。この部屋のロックを開けられるのは、部屋の主ともう一人しかいないのを心得ているからだ。

 静かに中にはいると、手前のソファーにはその影はなかった。その場から部屋の奥に目線を延ばすと、窓際のデスクの上に置いてある大きなモニターの端から、細い肩がちらっと見えていた。

「今はフィジカルトレーニングの時間ではなかったですか?」

 咎める気など更更無い気安さで声をかける。

 一瞬の間を置いて、ひょっこりとその侵入者は顔を出した。

「ごめん、ちょっと今日は気が乗らなくて」

 言いながら立ち上がり、カルヴァーに席を譲る素振りを見せた。

「ははは。ここはいい隠れ家になるでしょうからね。しかし、ここで匿っているのがわかったら、私も共犯で叱られてしまいますから、あまりトレーナーを怒らせないでくださいよ」

「うん。カルヴァーには迷惑かけないようにするよ」

 自ら言うように、どことなく少年は元気が無いように見える。

「でも、どうしても辛いときは、いつでも来て、休んでいいのですよ、ソウ」

「ありがとう、カルヴァー。今からトレーニングしてくるよ」

 ドアに向かうソウの背中に、カルヴァーは問いかける。

「何か、私に用事があったのではないのですか?」

 聞かれた少年は、後ろを向いたまま、ううん、と答えたが、振り向き様に見せた笑顔はいつものそれだった。

「なんにもないよ、大丈夫。安心して」


 カルヴァーはソウが出て行ったドアをしばらく見つめ、デスクについた。最近カルヴァーのいない時に、よくこの部屋に逃げ込んでいることも知っていた。少し気がかりではある。

 あまり過保護もよくないかも知れない。

 どうしてもソウには甘くなってしまう。自省しつつ、椅子に座りなおし、モニターに向き直る。画面に、新しい報告ファイルが受信されているのに気づく。

『重要』

 と、書いてある。専用パスワードを入れて開く。

 メールは、先日解明された、LUVの潜在能力発動条件についてだった。念のために再調査を命じた専門チームの報告内容を一通り読む。

「やはりそうか……」

 呟いて、そのファイルを閉じた。

 それはカルヴァーが予想していた通りの結果だった。既に、ソウはこの条件を充たしているという事で間違いない。未だソウの血液からは暗号らしきDNA配列は見つかっていないことから再調査を命じたが、これで確定されたということだ。が、なぜソウのDNAはまだ変化を見せていないのか。また追加の検査が必要になりそうだ。

 しかし、もうあとはPUREだけ。それも、手の届くところにある。

 カルヴァーは別のファイルを開く。

 ケンとリリの顔が映し出され、彼らのプロフィールと、近況が添えてあった。どちらもまだ子供だ。しかし、必ずどちらかに、太古の愚かな人間が仕込んだ遺伝子が隠されている。そして、ソウを自由の身にする為の、鍵を持っている。

「とうとうここまで追い詰めたか……。長かったな」

 カルヴァーの容赦のない術策で、PUREの子供たちは次々にこの施設につれて来られた。親をはじめとする親族を全て殺し、遺伝子を調べ、PPPを持っていないとわかると、彼らの命も無情に奪った。

 カルヴァーには夢があった。いつか全てが終わったらソウを引き取り、今まで彼が知らずに過ごした幸せを、自分が与えてやろうと。全てはその為、致し方ないことだ。自分がしていることは必要悪だと考えた。

 早くソウをここから出してやりたいが。

 ソウ自身が待ち焦がれているのはもちろん、カルヴァーの望みでもある。しかし、実際のところ、この二人を捕まえてからの流れを考えると、そうそうすぐには叶いそうも無い。

 まずは二人のDNAを徹底的に調べ上げ、どちらがPPPであるかが判明しても、その後すぐに無効化に着手するわけではない。アースの所在の確認から始まり、このPPPプログラムの解明、実際の被爆時被害シュミレート、更にはアースを有効利用できないかどうかの模索もされる。カルヴァーは気が進まないが、これは政府の意向であるから逆らえない。少なくとも、数ヶ月は要するだろう。

 ソウは、PUREに会えることも楽しみにしている。しかしそれも、ソウの楽しみにしているようなものにはならないだろう。二人のどちらがPPPでも、しばらくの間は実験材料として、死なない程度の扱いで拘留されるはずだ。そんな姿でソウに会わせる訳にはいかない。

 カルヴァーはモニターの画面を閉じて、一つ溜め息を漏らした。

 今度はスピーカーフォンのボタンを押す。

「シュリを」

『かしこまりました』

 スピーカーの向こうから秘書の声が聞こえた。すぐに部屋のベルを鳴らす音が聞こえる。

「入れ」

 ドアが開き、紺のスーツの男が入ってきて敬礼する。

「お呼びでございますか、カルヴァー様」

「一昨日の少年の居所は掴めたのか」

「はい、地下に入って行ったのはどうやら間違いありません。目撃者がおりました。黒髪の少女に連れられて、同じく黒髪の少年が町の中に消えていったと」

「……やはり一緒にいたか」

 シュリは何も言わないが、視線だけを下に向け肯定した。

 カルヴァーは軽く溜め息をつく。

「地下では大規模な捜索はできんな。衛星からの追跡もできん。人員は送ってあるのか」

「はい、目立たないよう少人数でのチームをいくつか送ってあります。地上との出入り口全てにも見張りをつけました。それから、地下の情報屋にも手を回してあります」

「うん。最近、地下の動きが活発化してきているらしい。PPPを奴らの手中に渡そうものなら、厄介極まりない。何としても、地下の連中に捕まる前にこちらで見つけ出せ」

 カルヴァーは椅子から立ち上がり厳しい表情で言った。

「多少揉め事になっても構わん。必ず捕まえろ」

「かしこまりました」

「邪魔をする者があれば、地下の者だろうと、構わん、殺せ」

 無表情ながら、戸惑っている様子の部下に続ける。

「捕まえろ、必ず。何をしても構わん」

 敬礼をし、出て行こうとするシュリを、それから、とカルヴァーは引き止める。

「何か」

 シュリは足を止め振り返る。

「ソウのトレーナーに、今日は緩めのメニューにと」

 先ほどの鬼気とした表情を緩める上司に、シュリは再び敬礼をする。

「かしこまりました。カルヴァー様」

 残された部屋で、今しがた自分が言った言葉を思い返し心の中で言う。

 ソウには汚れた世界を見せたくない。その代わり、自分はどこまで汚れても構わない。そうする事でしか、彼を守ってやることが出来ない。その為には、PUREのPPPを何としても捕まえなければ。

 何としても。


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