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第十二章

十二

「っだあーっつ!」

 奥の部屋では、アッシュがケンの背中を消毒していた。

「痛いって、アッシュ。もういいって、沁みるってばー」

 なんとか声を殺して訴えるケンだが、アッシュは手を止めようとはしなかった。

「ここは地下なんだから、どんな雑菌がいるかわからないよ。我慢しなよ、男だろ」

 くっくと笑ってから、アッシュはケンに小声で聞いた。

「なあ、ラウ・ジンって一体何者なの? 信用できるの?」

 ケンは肘にできた一際大きな擦り傷に、ふうふうと息を掛けながら首をかしげた。

「それが、俺もよく考えたら、あいつのこと何にも知らなかったんだ。普段は気の合ういい奴だったけど……」

 へえ、と言いながら、アッシュはラウ・ジンの待つ部屋を見やる。ニコニコと笑っているLUVの少年が座っている。

 根拠のない胸騒ぎを感じながら、アッシュはケンの背中を軽く叩いた。

「ぎゃあ!」

「ほら、終わりっと」

「いたたた……」

 情けない声を出しながら、ケンがヨタヨタと部屋から出てきた。

「大きな怪我が無くてよかったよ」

 いつもの口ぶりで声をかけてきたラウ・ジンを、ケンはつい見いってしまう。

 ケンには、ラウ・ジンがここにいる風景がとても不思議なものに見える。昨日までの平穏な日々も、両親の事故後に起きた全ても、どちらも間違いなく現実ではあるが、ケンにとっては別世界の事にすら思える。しかし、ラウ・ジンは唯一そのどちらも知っていて、その二つを繋げる存在なのだ。

 ケンが何も言わないのを見て、話を進めたのはレンジだった。

「それで、と。ケンを怪しい奴から救ってくれたのはわかった。礼を言うよ」

 レンジは横に立っているケンをちらっと見た。ケンは少し決まりの悪い顔をして視線をそらした。

「ラウ・ジン、って言ったな。どうやら俺たちの事はご存知のようだから、自己紹介はしないけど、君の事を聞かせてもらえるか?」

 温厚な顔のレンジが、今は隙を与えない表情を見せている。リリはその横でじっと少年の顔を見据えていた。

 終始にこやかに構えているラウ・ジンは、隠すことはないとばかりにあっさりと答えた。

「僕は、ケンをずっと監視していたんだ」

「は?」

 それを聞いて、ケンの目と口の全ての力が抜けて開ききった。

「監視って、なに? いつから?」

「ケンがPPPであるかも知れないとわかってから」

 その場にいた全員が驚いた。それを承知しながらラウ・ジンは続けた。

「学校に潜り込んで友達になる事から始まって、情報収集をしながら、普段の生活も殆ど把握させてもらってた。ちなみにリリのことも地下に逃げ込まれる前までは、見張りがついてたし」

 リリは顎に指を当て、心当たりを思い出そうとしている。

「ちょ、ちょ、ちょっと、おまえ、PPPのこと、知っているのか?」

 力が入らない様子でケンは聞いた。

「うん。PPPの事なら、ほぼ全ての情報を持っていると思うよ」

 それを聞いていたアッシュが、こちらの部屋とを隔てる壁に寄りかかりながら聞く。

「何の為にケンを監視していたの? 目的は?」

 これには少しだけ困った顔をして、うーんと言ってから答えた。

「そうだな、強いて言えば今日ここに来る為、かな」

 レンジが我慢しきれず言う。

「それじゃ意味がわからない。具体的に言ってくれないか」

「具体的に、ね。ケンとリリをLUVのPPPに会わせる為、って事になるかな」

「あなた、一体何者? 何を企んでるの?」

 これには堪らず反応したリリの声も険しい。

 ラウ・ジンはいささかも動揺する様子もない。椅子に座りなおして、こう言った。

「アースの無効化」

「はあ?」

 レンジは顎を外す勢いで言った.アッシュもリリも解せないといった顔をしている。ケンに至ってはもう立っていられないようで、ソファーに崩れている。

「ああ、びっくりするよね、突然こんなこと言われてもね」

 ここでラウ・ジンの表情から笑顔が引いた。

「実は、LUVのPPPの潜在能力の開放条件がわかったらしいんだ」

「それって……」

 強い眼差しで、ケンを見つめてラウ・ジンは言った。

「そう。あとはケンかリリにLUVのPPPを輸血すれば、全てが終わる」

 四人は、凍りついたようにしばしの間動かなかった。それぞれの心の中で、それぞれの思いを巡らせていたのだ。

 その静寂を壊したのは、いつもの笑顔に戻ったラウ・ジンだった。

「だから、コア・シティに潜入して、ソウに会いに行こう。僕が連れて行くから」

 ケンは跳ね上がる心臓と共に勢いよく立ち上がった。今朝のリリとの話を聞かれていたかのような展開に、オロオロして、言葉になっていない声をもごもご発していた。

 リリは慌てる様子もなくただラウ・ジンを見つめている。ケンはレンジとアッシュの様子を伺おうとするが、二人も神妙な顔をしているだけだった。

 そんなケンの様子に気が付いたレンジが落ち着いた声で言った。

「ケン。朝の事なら俺たちも聞いていた。悪い、寝てたら耳に入ってきちゃったんだ。でもな、リリにも言ったが、二人だけで何とかしようなんて、俺たちは許さないぞ」

 ケンは何も言えなかった。

 かっこ悪い弱音を吐いて逃げ出した始終を聞かれていた上に、ここから逃げ出し、挙句みんなに迷惑をかけた自分が、とても居た堪れなくなった。

「なるほど。今の感じだと、話し合いが必要そうだね」

 そう言いながらラウ・ジンは立ち上がる。

「明日、コア・シティに潜入できる、数少ないチャンスがあるんだ。偶然だけど、これを逃すと、また数ヶ月チャンスはないだろう。君たちが、僕を信用して一緒に来てくれるなら、明日の正午にA―三のシューター前に来て。迎えにいく」

 ラウ・ジンは出口に向かいながら笑顔で言った。

「それなりの準備と情報がなきゃ、コア・シティに潜入することなんて不可能だと思う。でも、僕にはそれが、できる」

 

 ドアの閉まる音と共に、部屋がしんとなる。

 レンジが相変わらずの口調で言った。

「なんなんだ、あいつ。ニコニコしてるけど、とんでも無いことあっさり言ってのけやがって」

「しかし、興味深いね。彼の話しぶりだと、本当にPPPに関してかなりの情報を持っているようだし。でも、彼の立場が全く見えない」

 口を曲げて考え込むアッシュ。確かに、彼が本当は何者で、彼の属するところが全くわからないままだ。

 リリが重い口を開く。

「ラウ・ジンの事もそうだけど、その前に、ちゃんと話し合わないといけないよね」

 リリはケンの前に歩み出る。

「ケン、今日はごめんなさい。私、あなたが全てを知ったのが、ほんの昨日だってことを考えてなかった。あなたの気持ちを全くわかってあげてなかった。自分勝手に言いたいことを。挙句に危険な目にまで遭わせてしまって……。本当にごめんなさい」

 ケンはどもりながら答える。

「そ、そんな、お、俺だって突然飛び出したりして、大声出してごめん。それに怪我したのは、リリのせいじゃないよ。そんな謝らないで」

 顔を赤くしながらお互いに気を遣いあう二人のその光景は、どこにでも居そうな、出合ったばかりの、ほんの少し意識しあう、普通の高校生といった様子だ。

 ただ、いま彼らを取り巻く環境だけが普通ではないというだけ。それだけ。

 レンジがまあまあ、と収拾をつける。

「それはそうと、ケンを連れ去ろうとしたのが何者かも気になるな」

 アッシュが答える。

「ケンの話では、PUREを探していたって話だ。間違いなく地下で活動するレジスタンスだろう。PPPの話を嗅ぎ付けて、片っ端からPUREらしい奴を捕まえる気だろうね」

 先ほどのラウ・ジンといい、そのレジスタンスといい、PPPを取り巻く動きは静かに、でも着実に広がっている。もはや、知らん振りをすることは難しい。

 アッシュが腕を組みながら、真剣な顔で言う。

「政府の動きが慌しくなったのを知れば、ここで先に手を打とうと、地下の奴らも必死になるだろうし。僕達もうかうかしていられなくなってきたね」

 レンジは髪の毛をかき上げながら、軽く言い放つ。

「俺たちを利用しようとするばか者共に、一花吹かせてやる」

「レンジ、それを言うなら、一泡、ね」

 呆れてアッシュが答え、笑う。つられてレンジも噴出す。

 ケンはそんな二人を見つめる。

 なんで……。

 こんな事を言ったら怒るだろう、でもこの二人は、今政府やレジスタンスが追いかけているPUREではない。当事者であるケンとリリに比べれば、彼ら自身の身の危険は極めて低いのに、わざわざ渦中に居続けようとする。手を貸そうとし、共に戦おうとする。その上、こんなに明るく、こんなに前向きに。

「なんで……」

 ケンはふと言葉で漏らしてしまう。

 ん?と、レンジが笑いながら振り向く。

 でも、頭で考えたことがそのまま口から出てくるのを止められない。

「なんで、レンジもアッシュも逃げないんだよ。俺とリリだけでソウに会いに行こうとしたっていいじゃないか。だって、二人には関係ないだろう? わざわざ危険なトコに行かなくたってよくなるんだから。寝たふりしてたらいいじゃないか。見ない振りして、知らない振りしればいいじゃないか。それなのに……。それなのに、なんで一緒に戦おうとするんだよ! どうしてそんなに笑ってられるんだよ!」

 はっと、ケンは我に返る。

 なんて事を言うんだ。力を貸してくれている仲間になんて事を……!

「ご、ごめん……。こんなこと言うつもりじゃなかっ……」

「ケン」

 レンジが、先ほどと何も変わらない笑顔で呼ぶ。

「俺ももし、お前の立場だったら同じ事を思うかもしれない。確かに、逃げ出すほうが得策なのかもしれないし、知らん振りして、安全なところで事が過ぎるのを待ってることだってできるしな」

 レンジはケンの両肩に手を置く。

「でも、それじゃ、俺は嫌なんだ。俺の家族もみんな殺された。強引に施設に連れて行かれて、気が狂いそうな怒りに震えたよ。もう死んだっていいとも思った。でもそこで同じ状況のアッシュに会った。アッシュも俺と同じ様に落ち込んでてさ、俺、励ましたんだ。バカ言うな、諦めたら終わりだろ! って。でもそれって、自分を励ましてたって事なんだよな。あそこから脱出できたのは、確かにアッシュと協力したからだけど、でも、もし一人だったら、生きて出てやろうって、気持ちにすらなれなかったと思うんだよ」

 レンジは恥ずかしいのか、わざとアッシュから顔を背けた。

「ここにいる俺たちは、同じ痛みを持っている。でも、運よくこうやって集まることが出来た。今を悲観して慰めあうことも出来るけど、それは何も生みださない。辛いからこそ、なにくそって立ち上がる力を与え合えるんだ」

 ケンは肩を持つレンジの手に力が入るのを感じた。

「だから、俺は行くよ、お前たちと一緒に。危険だろうが、なんだろうが、一緒に行く。前を見る生き方、したいんだ。それに、ケンとリリの二人じゃ、どうなるか心配で昼寝もできねーよ」

 リリは顔を伏せて半べそをかいていた。レンジが何で泣いてるんだ、と慌ててタオルを渡している。

 ケンも言葉を発することが出来なかった。ただ立ち尽くしてレンジの横顔を見返して佇んだ。

「レンジ、それを言うなら『夜も眠れない』だろ」

 アッシュがソファーにゆっくり腰を下ろして静かに言った。

「僕も同じようなもんだ。野次馬だから、首を突っ込みたくなる。それに、結末を知りたいんだ、この、人類の偉大なるおバカ計画の、ね」

 リリがタオルの下から口だけだして、おバカ、とアッシュに言い、軽く蹴った。

 誰もが、この払拭したくてもできない現実を、真っ向から受け止めている。それでも尚、笑って居られるのは仲間が居るから。一人ではないから。

 昨日初めてあった三人が、いまケンにとって一番身近に居て、一番親身な存在になっていた。

 そうか。

 ケンは理解した。

 昨日からずっとイライラしていた。

 自分の置かれた境遇に悪態をつき、自分だけが辛いと思い過ごした。それは、ケンにとって心のいい逃げ場になっていた。可愛そうな自分に気持ちよくなれば、現実は少し霞む。

 でも、わかっていた。そんな事をしていたって、何一つ変わらない。

 両親の死、PPPの存在、アースの脅威、地下の世界。

 もう驚くことも、悲観することも、散々し尽くしたはずだ。文句や弱音を言うのも、そろそろ終わりにしなくてはいけない。

 きっと、ここにいる仲間も、怖くないはずはない。逃げることを全く考えないわけではないだろう。

 俺と同じなんだ。でも、それを乗り越えて、前へ進もうとするかしないか。一人ではないから、その先に行きたいと思うんだ。

 かっこ悪いところを見せたくないって思える仲間がいるから。

 見栄を張るんだ。怖くない、俺は怖くなんか無いって、精一杯カッコつけて、見栄張ればいい。

 きっと、みんなそうなんだ。全部、お見通しでいいんだ。

「やってみよう」

 ケンは決心したように、微笑む。

「俺も、やれるだけやってみるよ、みんなと」

 三人は揃ってケンを見つめた。初めて四人が、一緒に笑った。


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