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第十章

 全ての政府機関の中枢が集まる街、コア・シティ。街と言うものの、ここは一つの隔離された敷地の中にそれぞれの行政機関の建物や、研究施設等が集中するところで一般の市民が中に入ることはまずない。見張りなどはいないが、張り巡らされたセンサーとカメラが、どんな異物も見逃さないとばかりに全域を監視している。人気の無い警備が作る、一層人を寄せ付けない雰囲気。

 街自体は白で統一され、所々に植物が植えられている。しかしその計算された配置や個性のない草花がより不自然さを際立たせて、温かみのない風景を見せていた。

 そのコア・シティの最深部に、要人の住居や最高機密機関の施設が集まる、最も厳戒されたエリアがある。それまでのような大きな建物はこの辺りにはなく、それぞれ敷地もゆったりと取られ贅沢に設計されているのがわかる。

 その中でも更に奥まった場所、背の低い建物が四角く囲うように建つ施設がある。ここは、IAAと呼ばれる組織が集まる場所だ。IAAは、ここコア・シティにある、全ての行政機関を不定期に調査し、不正や不穏な動きなどが無いかを報告する、内部監査機関。組織の性格上、いかに政府関係者といえども、滅多にこの施設に入ることも出来なければ、ここに働く職員とも許可なく接触をすることは許されていない。いわば、コア・シティにありながらも、孤立した立場にある組織。そして、それは完璧な隠れ蓑となって、秘密を覆う。

 そんな建物の中心にある、広い吹き抜けの中庭で、少年が一人ブラブラしながら立っていた。庭の角には紺のスーツを来た男が対角に佇み、表情を変えずに少年の動きに合わせて目を動かしていた。

 少年は白いシャツをふわりと風に揺らしながら、つまらなそうに地面を見ていた。透き通るような肌が強い日の光にあたる姿は、光に同化してしまいそうな儚さがあった。

 少年は視線を床に向けたまま、声を出す。

「もう戻ってもいい?」

 すると、その空間のどこからともなく返事をする声がする。

「あと五分、日射時間が必要です」

 少年は、はぁ。と溜息を付く。

 最低限の健康維持。週に二度はこうやって日の光に浴びさせられる。体力低下を防止する為のトレーニングや健康診断、メンタルチェックという目では見えない精神状況を調べる検査の時間もある。どれもスケジュールの下、監視がついて行われる。

 そういう時間は大嫌いだった。時間の過ぎるのがとても遅く感じるから。

 でもそれ以外の時間は、もっと嫌いだった。

『好きな事をしていてください』

 寝ていても、遊んでいても、食べても飲んでも何をしてもいい時間。彼にとって、それほど退屈な時間はない。もう全てに飽きてしまうには十分な程、ここにいるのだから。

 自分がPPP保持者だと言うことは物心付いたときには知っていた。この施設で育ち、ここ以外知らない彼にはここでの生活が全てだった。みんなから大切にされていると、幸せに思っていた時期もあった。しかし、日々を重ねるごとに、湧き上がる疑問がそんな毎日を困惑に変えていった。

 なぜ自分に家族は居ないのか、自分の将来はどうなるのか、いつまでここにいればいいのか。

 誰に聞いても満足の得られる答えを返してはくれなかった。皆一様に、ここにいてくれるだけでいい、とはぐらかした。

 望んだわけではない、あまりに大きすぎる自分の存在理由に自己が追いつかない。平常を装った異常な生活がただ続くだけ。

「日光浴が嫌いなのですか?」

 建物の方から聞きなれた声がした。男は少年に向かって歩きながら言う。

「気持ちのいい日ではありませんか、ソウ?」

「カルヴァー。何か、用?」

 カルヴァーはIAAの最高責任者であり、PPP対策に関わる全ての全ての決定権を持つ。いわば高級官僚であるが、その風貌はどこまでも温和なものだった。

 オレンジの瞳が少しだけ表情を硬くして、またすぐにニコっと笑う。

「用という程の事でもないのですけどね」

 カルヴァーは、まだ陰鬱そうなソウの肩に手を置きながら一緒に中庭を歩き始める。

「もうすぐ、見つけられると思いますよ」

 ソウはピタっと足を止め、遥かに自分より背の高い男の顔を見上げる。

「本当、なの?」

 濃いグレーのかっちりとした制服を着たカルヴァーが頷く。この制服は相応の地位の役人にのみ支給されるものだ。

「昨日、寸でのところで逃げられてしまいましてね」

 ソウの金の瞳が大きく覗き込む。

「逃げる? どうして?」

 カルヴァーは目を細めて冗談っぽく答えた。

「そうですね、泥棒か何かと勘違いされてしまったのかな。お仲間が連れて逃げていってしまったそうですよ。我々の組織の人間は強面が多いですからね」

 ソウも、そうだね、と笑う。

「でも、安心してください。大体の居場所は押さえてありますから、すぐまた見つけられるでしょう」

「信じていいんだよね?」

「ええ、もちろん」

 ぱっとソウの顔が明るく広がる。

「その人はどんな人なんだろう? カルヴァーは知っているの?」

 答えを待つ少年は、好奇心の塊のような顔だ。久しぶりにこんなに明るい表情を見せる。

「黒い髪で、ソウと同じ歳の子、ですよ」

「うわあ。会ってみたいな」

 人工に敷き詰められた芝生の上を小躍りするように喜ぶソウ。そしてそれを微笑みながら見守るカルヴァー。

 カルヴァーは思い出していた。初めてこの施設にやってきた時、既にソウはここにいた。まだ五歳だというのに、ここにいる理由を理解し、どんな検査にも泣き言一つ言わずこなしていると聞いていた。

 どんなませた子なのかと向かった部屋で待っていたのは、小柄な男の子だった。その子は大きな部屋の中で、一人ソファーにちょこんと座っていた。カルヴァーの存在に気づくと、金色の大きな目でこちらをしばらくじっと見、にこっと笑った。髪は薄い蒼色、「美しい子」だと思った。その笑顔につられて、なんの事無く微笑み返したカルヴァーに、少年は破顔してこう言った。

「わあ。僕、大人が笑うところ、初めて見た」

 この少年に向き合う誰もが、この少年と私的に関わることなどない。それぞれの任務を背負い、何かを期待する眼差しを向ける。笑いかける事すら、与えられていなかった日々。カルヴァーはこの子の背負う運命について十分理解していた。でも、その全てが、この子に責任はない事だと、その時に初めて気づいた。そして、この子を救ってやりたいと、思った。

 肩に掛かった光るようなカルヴァーの銀髪が、風にゆらっとなびく。

「もうすぐ見つけてきますからね、どんなことをしても」

 とうとう芝生に寝ころがり、眩しそうに空を見上げて夢を馳せるソウを見て、カルヴァーは聞こえない声で約束をした。


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