目を閉じるとそこにいる。
教室の中、16人の生徒が黒板に向かって座っている。
机は教室内全体に置かれているというのに、全員が廊下側に寄っていて教室の半分は空席だった。
ここがどこなのか、なぜこんなところにいるのか
そもそも 自分 は自分なのか。
何もわからないはずなのに紗江の心の中は得体の知れない不安に苛まれていた。
この教室から逃げなければ、今すぐにここから逃げなければ。
何から?何から逃げる?
分からない、けど私の勘が 離れろ と言っている。
教壇には気の強そうな女性が腕を組み、ため息を吐きながら眉を顰めていた。
「はぁ。それで?平岡さんが余計なことをしたからこうなったのよね?」
女性はそう言いながら紗江の二つ前に座っていた女子生徒を見つめている。
大人しそうな女子生徒は俯き、体を縮こませて震えているように見えた。
「だいたい何も出来ないくせに余計な事するなよ」
追い討ちをかけるように粗暴な男子生徒が彼女に向かって荒々しく言い放つ。
他の生徒たちは何も言わないが粗暴な男子生徒と同じように蔑むように彼女を見つめる者もいれば、自分は関係ないと目を逸らす子、困ったように周りを見回す子もいたりと反応は様々だった。
話の内容が全く見えない。
ただ、一人の女子生徒が何らかの理由で責め立てられている事だけはわかった。
紗江は何も話さず、一番後ろの席から様子を伺い続ける。
とにかく何でもいいからこの教室を出なければ。
そんなことを考えていると責め立てられていた女子生徒の様子が少しおかしい事に気付く。
隣の列の二つほど前の席に座っている彼女が何か小さな声でぶつぶつと呟いているようだった。
先程よりも首はガクッと項垂れ、後ろから見ても異様な雰囲気を放っている。
その様子に紗江は身の毛がよだつ。
心臓が冷え上がるような感覚に、本能でこれ以上は駄目だと体が勝手に椅子を少し後ろに下げた。
そんな中でも男子生徒と教師らしき女性は彼女を責め続ける。
二人が口を開くたびに彼女の異様な雰囲気は増していく。
紗江は耐えきれなくなり「そんな言い方しなくても」と口を動かした時だった。
皮膚を剥いだような巨大な腕が教壇にいた女性の頭を押し潰していた。
私はこうなる事を知っていたのか?
わからない、でも私のあの感情の正体はこれだったのだと紗江は理解する。
教壇には血を噴き出しながら女性だったものが立ったままだ。
巨大な腕はどこからきたのか、全員がその元凶を見つめる。
「…」
彼女は死んだ目で無表情に噴き出す血を見つめる。
その腕は巨大化し、皮を剥いだように血管を露出しながらまっすぐと教壇へと伸びていた。
「うわぁぁぁぁぁああぁああ!!!」
「逃げろ!!!!」
「キャァァァァァアア!!!!」
皆が一目散に廊下へと逃げ出す。
彼女は座ったまま動かない。
彼女を責め立てていた男子生徒が廊下に出て走ろうとすると教壇に刺さっていたはずの腕が血を撒き散らしながら男子生徒を掴もうと教室の壁を破壊し突き抜け、男子生徒の目の前を通り壁を握りつぶす。
「ア…アッ…」
男子生徒は腰を抜かしたのか座り込み、這いつくばりながら逃げ出した。
全員が廊下へと逃げ出す中、紗江は教室から動けずにいた。
廊下は安全ではない、左に出ても右に出ても逃げ場などないのだと紗江はわかっていた。
わかっていても必死に別の方法を考えた。
ふと教室の窓を見る。
外の景色を見るにここは2階、窓は開いたままだ。
上手く降りれなければ、打ちどころが悪ければ死ぬかも知れない。
その前に気付かれたら…それでもやるしかなかった。
廊下の騒がしさに隠れながら紗江は体を少しづつ窓際に動かす。
彼女は男子生徒に向かって巨大な腕を伸ばし続けている。
もう窓に触れる位置まで来た。
今しかない。
紗江は勢い良く窓の外へと体を乗り出す。
それに気付いたのか彼女は体をこっちに向けてもう一本の巨大な腕をこちらに勢い良く伸ばしてきた。
あぁ。
ダメだ。
頭を握られるような感覚と共に紗江の意識は途切れた。
「2日、未明に〇〇県〇〇市のマンションで25歳の小林紗江さんが転落する事件が発生しました。被害者の状況から警察は事件の可能性も視野に入れて捜査を始めております。
それでは次のニュースです。」




