誕生日プレゼントというにはちょっと
夏休み。
家族でキャンプに行こう、なんて話になったものの正直乗り気ではなかった。
小学生や中学生の頃なら素直に喜んだかもしれないけれど、高校生になって家族でキャンプはちょっとな……と、大人ぶったというか、どうせなら友達と行きたかったなとか。
ともあれなんだか家族とのキャンプが妙にこどもっぽく思えてしまったのである。
だが、じゃあ友人たちとキャンプに行こうぜ! なんて計画を立てるにしてもそれぞれが部活の合宿だったりバイト三昧だったり、悲しい事に予定が合わなかった。
それに友人同士でキャンプに行くにしても、その場合はあまり遠出できない。何故ならまだ免許なんてないのだから。公共の交通機関を利用して出かけるにしても、なんていうかそれもそれで面倒で。
かといって家族の誰かに車で連れていってもらって、帰りにまた迎えに来てもらう、なんていうのも大人の助けを借りなきゃ結局……って思うとなんか違うって気がして。
友人同士で行くのは大学に入ってからとかかな、なんて思う事にして家族とのキャンプで妥協してやるか、なんて。
なんだかんだ楽しみにしていながらも、別にそこまで楽しみにしてるってわけじゃないけど、なんて表面上は澄ましてキャンプ場までやって来たのである。
湖の近くのキャンプ場には既にちらほらと人がいて、家族連れや恋人だろうか、ともあれそれなりに賑わっていた。
「陽太、ちょっとこっち押さえててくれ」
「うん」
父に言われてテントを組み立てるのを手伝う。
そうしてテントを組み立てて、次にやるのはバーベキューのための火熾しだ。
キャンプ場に着いたのは昼少し前。
バーベキューを食べ始める頃には丁度いい時間帯だった。
「あれ? 陽太?」
「え、彩月!? なんでここに?」
「なんでって、うちは今日家族とキャンプに……って、そっちも。
あっ、おばさま、おじさま、こんにちはー」
「あら彩月ちゃん。あらあら、そっちも今日キャンプだったのー?」
「そーなんですよー、あ、おかーさーん、こっちこっちー」
ぶんぶんと手を振って母親を呼ぶ彩月は、陽太の幼馴染である。
家は隣同士。
夏休みにキャンプに行く、という話を聞いてはいたが、具体的な日時までは聞いていなかったし、どこにキャンプに行くかも聞いていなかった。
両親も驚いている様子だし、決して示し合わせた……というわけでもなさそうだった。
駐車場からキャンプ道具を運んでいた彩月の両親が陽太の両親を見て「あらー」なんて声を上げる。
偶然ねぇなんて母親同士で笑って、陽太の父は彩月の父のテントの組み立てを手伝う事にしたらしい。
学校ではあまり堂々と話す事もなかったが、ここには茶化してくるような第三者はいない。
だからこそ、二人は学校でのよそよそしさを取り払って、久しぶりに親し気に会話に興じた。
家族とのキャンプなんて今どきはしゃぐほどのものでもないよな……なんて思っていたけれど、彩月と一緒というのもあって陽太は内心浮かれていた。
昔から仲は悪い方ではない。
むしろ小さい頃は二人して大きくなったら結婚するー、なんて無邪気に笑っていた事だってあったのだ。
恋という感情に気付いてからは――いや、気付く前から陽太はずっと彩月の事が好きだった。
ただ、堂々と告白する度胸まではなかったけれど。
彩月たちの方も遅めの昼食を済ませて、その後は特にやらなきゃいけない事もなかったので、折角だからと彩月と二人で湖の付近を散策していた。
「なんだかこうして二人っきりになるのも随分と久しぶりだね」
「おう」
「学校だとあんまり話す機会もないし」
「そうだなー。ってか、幼馴染って知られてはいるけど、あんまり話してると付き合ってるのかとか聞かれるのがな」
「そうだね。付き合ってる、なんて話になったら今度はどこまでいったのとか、お約束みたいに突っ込まれるし。
正直それは面倒、かな」
「どこまで、ってデートでってことか?」
「あっは、そっちじゃないよ。えーっと……ね」
陽太の言葉に笑ったのも束の間、彩月は声を潜めて陽太の耳元でそっと囁く。
「ヤッたのか、って話よ」
「あ……!」
陽太も今更のように意味に気付いて、思わず顔を赤くする。
「そっちか」
「そっちよ」
「そういう生々しい話って聞きたいもんかね」
「コイバナの延長だもの。そりゃ興味津々でしょ」
「エロい事に興味がないって言ったらウソだけど、知り合いのそういう話生々しいからあんま聞きたくねぇなぁ」
「私もー」
きゃらきゃらと笑う彩月に、陽太も同じように笑い返す。
そんな風に湖の近くを歩いて、他愛のない話をして。
湖からくる風の心地よさに思わず足を止めて、それからふと彩月の方を見る。
彩月もまた陽太を見ていたようで視線がばっちりと絡み合った。
「…………」
「…………」
それから同じだけ沈黙して――
「あの、さ、あ、先いいよ」
「えっとさ、あ、ごめん何?」
互いに切り出すのも同時だった。
互いに譲り合った結果、二人はどちらも何も言えないまま視線をまごつかせ、言おうと思っていたはずの言葉は結局出てこなかった。
勢いに任せて言えば良かったのかもしれない。けれど、同じタイミングで相手が何かを言おうとしたのもあって、先にそちらの話を聞こうと思ったら、言おうとしていた言葉は急速に勢いをなくして言えなくなってしまった。
自分が言おうとしていた言葉と同じ内容だったらいいけれど、そうじゃなかったら。
そう思うと、途端に言えなくなってしまったのだ。
偶然とはいえこんな風に一緒にいて。
これってチャンスなんじゃないのか、なんて思ったりもしたけれど。
だが、そう思っているのが自分だけだとしたら……?
困ったように拒絶されたらきっと立ち直れない。
嫌われていないとは思うけれど、でも、絶対という言葉もない。
上手くいくと思いたいけれど、思い通りになるとは限らないのだから。
いっそ言ってしまえば、一歩進む事ができたならば。
そしたらこんな風にうだうだと悩む事もないのだけれど。
それでもあと一歩。ちょっとの勇気が出てこなかった。
そんな風に意識しだすと、さっきまで互いに顔を合わせて笑っていたのが嘘みたいで。
もしかして今、顔が赤くなったりはしていないだろうか。
そんな風に思うと途端に恥ずかしくなってしまって、つい視線を逸らしてしまう。
そうやって顔を合わせるのがなんだかやけに照れ臭くなって、反射的にそっぽを向いてしまったけれど次の瞬間流石に態度が悪かっただろうかと思ってそろそろと顔を相手の方に向ける。
そのタイミングが同時で、またしてもバッチリ視線が合った。
「……そろそろ戻ろっか」
「うん、そうだね……」
少し前に勇気を出して言おうとしていた言葉は結局言えないまま、湖の向こうに沈みかけた太陽を見て、二人はテントへ戻る事にした。
普段家にいる時ならまだまだ夜更かしをしているはずだが、しかしここはキャンプ場。あまり遅くまで起きていてもやる事がない。そもそも真っ暗だし、下手に騒いで他のキャンプ客の迷惑になればトラブルが発生する。
なので夜は驚くくらいに静かだった。
何も音が聞こえないわけではないけれど、しかし家にいる時と比べると圧倒的に静かなのは確かだ。
最初はまだ寝る時間には早いよなぁ、なんて思っていても結局やる事なんてないからか目を閉じて明日へ思いを馳せる。帰るのはきっと昼くらいか。だったらその前にもう一度……
そんな風に考えていくうちに自然と意識は沈んでいった。
そうして起きたのは、普段とは比べ物にならないくらい早い時間だった。
他のキャンプ客はまだ起きていないのか、驚くくらい静かだった。
見れば両親もまだ眠っている。
二度寝するにも眠気が綺麗さっぱり消えてしまって、音を立てないようそっとテントから顔を覗かせてみれば、遠くの空はまだかすかに暗かったがそれでも反対側からは太陽の姿が見え始めている。
けれどもそれもぼんやりとしていた。霧が出ている。
だからといって何も見えないわけではない。
折角早起きしたのだから、とテントから出てぐっと伸びをして適当に身体を動かしてみれば、少し離れたテントから誰かが出てくるのが見えた。誰だろう、と思って見ていれば声をかけられて彩月だとわかった。
「おはよ、早いね」
「そっちもな」
まだ周囲の人は起きてもいないようなので、互いに小声だ。
「霧が出てるね」
「そのうち晴れるだろ」
「そうだね、天気はいいみたいだし」
これが今にも雨が降りそうなどんよりとした空模様だったならまだしも、そうではない。
太陽が昇ればこの霧も自然と晴れるだろう。そんな風に思っていた。
「折角だし少し歩かない?」
「いいぜ。昨日引き返したけどもうちょい先行ってみるか」
「いいね、行こう」
彩月が笑って、手を差し出す。
昨日、顔を合わせるのも照れ臭くなってしまったのが嘘のように自然とその手を掴む事ができた。
そうやって歩いているうちに、まだ暗かった一部の空も白みはじめ太陽も先程より見えるようになってきた。
けれどもそれと同じくして、霧も濃くなったように思う。
「白いな」
「そうだね。全然見えないわけじゃないけど」
手を繋いでいるからいいけれど、そうじゃなかったらあっさりと互いの姿を見失ってしまいそうだ。
そんな風に思いながらも、引き返そう、とは思わなかった。
風に吹かれて波打ったのか、時折水の音がする。もしかしたら魚が跳ねた音なのかもしれない。
遠くの方から鳥の鳴き声も聞こえてきた。
けれど、それらの音は決して雑音や騒音とも思えないくらい静かなもので。
繋いだ手を伝って、まるで自分の鼓動の音が相手に聞こえやしていないだろうか……なんて事を思い始める。
自然に手を繋ぐ流れになりはしたが、今になって緊張してきたのだ。
緊張を自覚した途端、どっと汗が出るような感覚もした。
手汗とか、大丈夫だろうか。
いやでもここで手を離したら、それもそれで感じ悪いかも……
そうじゃなくてもなんだか本当に霧が濃くなってきたし、ここで手を離したらすぐに相手が見えなくなりそうだ。
「ねぇ」
「えっ!?」
そんな風に色々と思っていたら、彩月がふと声を出したものだから思わず陽太は驚いてしまった。
「あれ、なんだろ」
「どれ」
あれ、と彩月が指さす先を見ても霧に覆われて何も見えない。
目をじっと凝らしてなんとなく何かがあるような気がしたが、はて、あちらにはそもそも何があっただろうか。
湖の近くを歩いていたが、見ている方向は湖ではない。木々が立ち並んでいたとは思うが、そういったシルエットとも違う。
もっと大きな……何かの建造物のように思える。
だがしかし、キャンプ場の近くにある建物で、あんな大きな影に見えるようなものが果たしてあっただろうか……?
駐車場から陽太たちがテントを設置したところまでにある建物なんて、キャンプ場の管理小屋くらいだ。キャンプ道具一式をレンタルしているようではあったから、そういった道具を管理しているのも含め確かに管理小屋はそこそこ大きくはあったけれど、霧の向こうに見えるそれはもっと大きなものに見えた。
「なんだろな、ちょっと行ってみるか」
「うん、あんなのあったかな」
もしかしたら霧のせいでただの管理小屋のはずが、錯覚で巨大な建物に感じているだけなのかもしれない。
だったら確認してみれば、疑問はあっさり解決するはずだった。
静かな中を歩いて、そうして見えてきたものに、二人は同時に足を止めていた。
「城?」
「お城だね」
そんな馬鹿な。
あるはずがない。
キャンプ場の近くにこんな馬鹿みたいに巨大な城なんてあるわけがなかった。
キャンプ場に行くまでの道にだって、こんな建物があった記憶はない。
けれども今目の前にあるのは確かに城であった。
なんだこれは。
まるで見知らぬ世界にでも迷い込んだかのようではないか。
あり得ない。
二人は歩いていただけだ。
何かおかしなことをしただとか、特別な事をしただとか。
そんな心当たりすらないのだ。
「……引き返そうぜ。なんか嫌な予感がする」
「うん……」
先程まで感じていた静けさは、それでも心地の良いものだった。
しかし今となってはその静けさが途端に不気味なものに思えてくる。
心臓が早鐘を打ち、これ以上ここにいてはいけないと警告しているようですらあった。
だから彩月の手を引いて、来た道を引き返そうとしたのだ。
しかし――
「え、ひゃあっ!?」
「お、うわっ」
ぐいと後ろに身体が引かれるような感覚がして振り返れば、彩月の身体に何かが巻き付いていた。
それは凄まじい力で締め上げているらしく、陽太と繋いでいた手が滑るように外れてしまう。
「やっ、陽太! いやああああああ!」
「彩月ぃっ!」
咄嗟に再び伸ばされた手を掴もうとしたがそれよりも速く彩月を捕らえ縛り上げている何かは、あっという間に彩月を連れ去ってしまった。
伸ばされた手が互いを掴もうとするも、触れる事なく距離はどんどん開いていく。
彩月の姿を見失わないように陽太は弾かれたように走り出し、彩月を追いかけていた。
けれど、霧で周囲が見えにくい状態のまま駆け出した陽太は何かに足をとられ、バランスを崩しよろける。
その一瞬で彩月との距離は更に開き、もう彼女の姿は見えない。遠くの方からそれでもまだ彩月の声がするから、陽太はおおよその目星をつけて再び走り出す。
そうしてたどり着いたのは、今しがた足を踏み入れる事なく引き返そうとしていた城の中だった。
霧のせいで外観はふわっとしかわからなかったが、中に足を踏み入れてみればそこは大分古いのだと嫌でも理解できた。
壁や柱のところどころに亀裂が生じ、なんていうか今にも壊れたっておかしくはない気がしてくる。
かつてはここに多くの人がいたのだろうとわかるものの、今は誰一人姿が見える事もない。
けれどこの城のどこかに彩月がいるはずなのだ。
エントランスを恐る恐る通り抜け、その先へ進む。
いくつかの扉は打ち付けられて開かないようになっていたし、いくつかの扉は歪んでしまったせいで押しても引いてもビクともしない。それでもどうにか進めるところを移動して――
「なんだよこれ……」
恐らくは城の中央だろうか。
一際豪華な扉の前には、行く手を遮るように巨大な像があった。
像は二体。片方にだけ翼の生えた人のようなものが向き合うように置かれている。
その像が扉の前にあるせいでこの向こうに行く事は難しいだろう。
それだけなら別に陽太だって邪魔だな、と思うだけだった。
異様だったのは、その二つの像には鎖が巻き付いていたのだ。
太く頑丈そうな鎖が一つの像にそれぞれ二つ。巻き付いている鎖がどこに続いているのかというと、塞いでいる扉を貫いてその先に繋がっているようだった。
扉を貫通しているのに扉に傷がついている様子はないし、扉は固く閉ざされたままだ。
その異様さに陽太は思わずたじろいでいた。
像に巻き付いている鎖が固定している役割を果たしているのか、一人でこれを動かすのは無理そうだ。
鎖を外すにしても、流石に素手では難しい。
結局気になりはするものの、今の自分にできる事はない。
他に行ける範囲のどこかに彩月がいる事に賭けて、陽太は城の中を一通り見て回った。
だがしかし彩月の姿は見えなかった。間違いなくこの城の中に引きずり込まれていったのに。
探し方が悪かったのだろうか。
そう思って、改めて陽太は城の中をじっくりと探索する事にしたのである。
そうすると、意外とこの城にはおかしなギミックが溢れている事に気付いた。
ただの城だ。
もしかしたら外敵が攻めてきた時の罠のつもりでこんなヘンテコギミックを仕込んだのだろうかとも思うが、どうにも違う気がした。
そのギミックはどうしたって外敵の侵入を阻止しようとするよりも、行けなかった場所へ行けるようになるものが多かったから。
そうやって行ける場所を増やして探索を続けていくと、どうにもこの城ではおかしな儀式を行おうとしていた……というような記録書が発見された。
儀式の間と呼ばれるものはこの城の中央にあり、そこへ行くためには扉の前にある像の鎖を解放しなければならない。
扉をすり抜けてその先に続いている鎖があの扉を封じているらしく、陽太としては別に儀式の間になんてこれっぽっちも用はないのだけれど。
しかし彩月を連れ去った謎の物体――化け物の手だったのか、それとも触手だったのか――がもしあの儀式の間よりも更に城の奥へと彩月を拉致したのであれば。
あの扉を開けるしかないのかもしれない。
そう、陽太は考えたのである。
なんだか嫌な予感がしたものの、しかしだからといって彩月を置いて自分一人だけでここを出るつもりもなかった。
自分一人の手に余る事態ではある。
一度ここを出て、どうにかキャンプ場へ戻って両親に助けを求めるというのも確かに頭によぎりもした。
だがしかし、キャンプ場の近くに城なんてなかったはずだし、戻ったところでこの話を信じてもらえないかもしれない。そう考えると、一度引き返すというわけにもいかなかった。
陽太は普通の人間である。格闘技を習ったりしたわけでもなければ、特殊能力があるでもない。どこにでもいる平凡な人間だ。
だからこの異常な状況を恐れていないわけではなかったけれど。
それでも大切な幼馴染で、ずっと好きだった彩月を助けたい一心で城の中を彷徨っている。
隈なく移動した結果、最初は行けなかった場所にも移動できるようになってきたし、途中から奇妙な形をした化け物と遭遇もしたけれど。しかし化け物は目が悪いのか近くにいてもこちらが音を立てなければ襲ってくるような事はなかった。
もしそうじゃなければ、きっと陽太の命はいくつあったって足りなかっただろう。
時としてそこらで拾った物を投げて音をわざと立てて化け物をそちらに誘き寄せたりしつつ、更に城の中の仕掛けを動かしていく。
そうして像についていた鎖のうち一つが解除されたらしく、城の中で大きな音が響き渡った。
鎖がじゃらじゃらと重々しい音を立てて扉の向こうへ吸い込まれていったらしく、陽太が確認のために戻った儀式の間の扉前にあった像からは、確かに鎖が一つだけ外されていたのである。
時折遭遇する異形の化け物とのスニーキングミッションという、どう考えても単なる高校生には荷が重すぎる事をこなしながらも残る鎖も解き放って。
鎖が像から外れた時点で、扉を塞いでいた像はそれぞれが寄り添い合うように傾いて――互いに抱擁するような形で接触したところで跡形もなく消滅した。
行く手を遮る像がなくなった事で陽太は意を決して扉を開く。
もしこの先に恐ろしい化け物がいたらどうしよう……そう考えながらも、彩月が見つからない以上先に進むしかない。
「え……」
そうして足を踏み入れた儀式の間とやらは、思っていたよりは広々としていた。
大勢が集まってダンスでも踊れそうな広い、広いこの場所の中央には魔法陣のようなものが描かれていて、その周辺には赤い――血が、大量に広がっていた。
所々に何かが落ちている、と思ってそれが何なのか、陽太は凝視して気付いてしまった。
手足だ。
人間の、両手両足が落ちている。
無造作に引き千切られたかのようなそれに陽太は思わず目を逸らしかけ――そこで気付く。
魔法陣を汚している血はまだ鮮やかで、まるで少し前にぶちまけたかのようだという事実に。
そしてその血は上から今もなお、ぼたぼたと滴っているという事に。
視線を恐る恐る上へ向ける。
「ぁ……あ、さ、さつ……う、うわぁぁあああああああああ!!」
そこで見てしまった。
魔法陣の上、天井から吊るされるようにぶら下がっている幼馴染の姿を。
身体に巻かれた鎖が彼女を天井につなぎ留めているが、そこに手足はなかった。
その手足がどこにあるのか、なんて言うまでもない。
たった今目にしたばかりなのだから。
彩月の身体に巻き付いている鎖は見覚えがあった。
この部屋の前にあった像に巻き付いていたものと同じものだ。
もしかして。
あの像と彩月は鎖で繋がっていたのではないだろうか。
そしてあの像から鎖が外れた時にその勢いで彩月の手足に巻き付いていた鎖が彼女の手足を引き千切ったのだとしたら。
「そん、そんな……俺、の……せいだって言うのかよ!?」
立っていられる気力すらなくなって膝から崩れ落ちる。
手足が引き千切られた時の痛みでショック死、というのも考えられるが、もしその時点でまだ生きていたとしても出血多量でどうあっても死からは逃れられない。
助けたかった相手をそうとは知らず、自分が殺した。
その事実は陽太を打ちのめすには充分だった。
喉の奥からひきつったような叫びが上がる。
それと同じくして、大量の血に塗れた魔法陣が輝きを放ち――
「ひっ……」
そこから出てきた腕のようなものが陽太へと伸ばされ――
ぐちゃり。
かくして、物語はエンドロールを迎えた。
「――で、どうだった?」
「どうもこうもねーよお前これどんな情緒で作ったん?」
しかもこれトゥルーエンドじゃねーかマジかお前……とどういう気持ちで喋ればいいのかわからないまま、翔太は星夜にじっとりとした視線を向けた。
星夜は翔太の友人である。
そんな彼は趣味でゲームを作っているのだが、このたび新しいゲームができたからテストプレイをしてほしいと頼まれた。
よりにもよってホラーゲーム。しかもアクション要素あり。ぶっちゃけ翔太の苦手なジャンルである。
それでも友人の頼みだ。そこまで難易度が高くなかったのもあって、途中危ないところはあったがどうにかクリアした。
謎解きもそこまで理不尽に難しいのはなかったし、サクサク進んだと言えなくもない。
だが――
「お前これどんな情緒で作ったん?」
あまりにもあんまりだったので、思わず同じ事を聞いていた。
ゲームの中の主人公、陽太。そしてヒロインの彩月。
両片思いではあるものの幼馴染という昔からずっと一緒にいたこともあって、互いの気持ちを素直に言えずにいるままずるずると中途半端な関係できてしまったもどかしい二人。
てっきり最後に彩月を助けて互いの気持ちを告白してハッピーエンドかなと思ったら、実は陽太が知らなかったとはいえ自分の手で彩月を殺す事になっていたという鬱仕様。
そりゃ最後の最後で発狂しますわ。
これだけなら、そういうホラゲーもあるよな、で翔太だってスルーできる。
しかしこのゲームの主人公にはモデルがいる。
星夜の兄、陽太である。
そしてヒロインの彩月は、まんま陽太の幼馴染で互いに片思いしあっているという甘酸っぱい関係だ。
現実の二人の関係をゲームに落とし込んで、よりにもよってこの弟はとんでもねぇバッドエンドをトゥルーエンドとしてゲームを作り上げてしまったのだ。
なんなの、二人の仲上手くいくなって気持ちだったの? それともこうなる前にさっさとお互いに告白してエンディングで幸せなキスでもしてろって事なの?
翔太も星夜とは長い付き合いではあるけれど、正直何を思ってこんなゲームを作ったのか翔太にはさっぱり星夜の考えがわからなかった。
「どんな、って……救いのないエンディングのホラーゲームを作りたいなーって気持ちで」
「だからって主人公とヒロインの名前まんま持ってくんなよ。お前これ……バハ〇ートラグー〇のヨヨとは別方向で嫌な気持ちになるやつじゃん」
「だってこれ、兄ちゃんの誕生日に誕生日プレゼントのつもりだったし」
「こんな救いのない内容のゲームを!? 誕生日にこんな絶望お届けされるとか陽太ニキだって思ってないだろ!? 一体どんなカルマを背負ったら実の弟からこんな心無い仕打ち食らう事になるんだよ」
「冷蔵庫の中のプリン勝手に食べたとか」
「それは確かにギルティ」
「まぁプリン食べられたりはしてないんだけど」
「なんだよ」
「食べられたのはダッツです」
「もっと悪いやつじゃん」
「目立ったバグもないようだから、誕生日には間に合いそう」
「なぁおいこれ他のエンディングないの? なんか普通にプレイしてトゥルーエンドって事は他にもあるんだろエンディング」
「途中のギミック失敗で死亡エンドとか、化け物に殺されて終わる死亡エンド以外だと、途中陽太が引き返して助けを求めるかどうかの下りで引き返すを選べばもう一つのエンディングいくよ」
「そっちはどういう?」
「城から脱出して霧の中を無我夢中で移動していくうちにキャンプ場に戻ってくる一人帰還エンド。
その場合、彩月の事を陽太は憶えてるけど陽太の両親とか彩月の両親からは彩月の存在が記憶から消えてるし、霧も晴れた後はどれだけ湖周辺を移動しても二度とあの城には行けないっていう」
「後味最悪なやつじゃん」
ハッピーエンドはないのかよ、と問えば、
「現実でハッピーになれっていう気持ち」
「それは確かにそう」
悲しい事に否定できなかった。
「えーっと、じゃああの城なに?」
「霧と共に移動するなんか古代に存在するやべぇ城」
「説明がとても雑。儀式の間での儀式って何するやつ」
「悪魔召喚。なんかすっごいのを呼ぶために愛する者を生贄に捧げて召喚するはずが、その城の城主や一族は代々政略結婚とかで愛のなんたるかをわからないまま生きてきたから儀式が成功しないままで、考えた末に愛する者を持つ誰かを使って儀式をさせようと目論んだ結果。
死後もなお妄執の念が強くて怪異化した」
「城の中の化け物は」
「あれは儀式失敗した人たちの成れの果て。
途中で城から脱出して捕らわれの愛する人をそのままだと、いずれ彩月があの化け物みたいになって城の中を彷徨って次の獲物が来た時に襲い掛かってたし、そうじゃなくても……
そうだなぁ、愛する人が捕らわれて、それを助けに行く時に一人だけじゃなかった場合とかもかな。
友達と一緒に助けに向かって、途中で友達だけが生き残った場合、捕らわれの人とその友達は愛し合ってるわけじゃないから愛する者を捧げるっていうのからは逸脱しちゃって失敗、とか。
愛してるって言ってたけど実際は口だけでなんとも思ってなかったとか。
これは最初の頃の城主たち一族がそう」
「って事はつまり、あの化け物の中にはかつての城の主がいたって事かよ」
「そうなるね。
うん、そういうのもうちょっと詳しく情報ちりばめた方がいいかもしれない」
「そんな事よりハッピーエンドを追加しろ」
「それは現実で直接なってもらう事に期待」
「そうなんだけどそうじゃないんだよなぁ……」
って事はさ、と翔太は思いついた疑問をもう一つ投げかけた。
「最後、魔法陣から出てきたあれ悪魔の腕っていうなら、陽太も生贄にされたんだよな。儀式が成功したあと、あれどうなるわけ」
「そこまでは考えてなかったな。バッドエンドである事に変わりはないから、そこら辺はプレイヤーの解釈に任せるつもりだった」
「誕プレで自作ゲームもらってプレイした陽太ニキの解釈とかする以前に何故こんな内容のゲームを……? って虚無るから無理では」
そう言えば星夜はそうかな? なんて首を傾げていたが、数秒後には「そうかも……」と翔太の言葉に納得する要素をみいだしたらしい。
「えー、それじゃあもうちょっと色々練ってみるかぁ……」
「内容を練り上げるっていうのはいいけど、主人公とヒロインの名前は変更した方がいいと思う」
「任意?」
「おう。その上で自分と好きな相手の名前つけたらもうどうしようもないけど」
「それこそさっき言ってたバ〇ムー〇ラグーンじゃん」
「三大悪女って言いながら実質ヨヨ一強な気がしている」
そんな風に軽口をたたきはしたものの、翔太は改めて念を押す事にした。
「とりま、ゲーム作るのやめろとは言わないけど。
それを陽太ニキの誕プレにするのはマジやめとけ。ホラゲーもバッドエンドも苦手な部類なんだから」
弟からの誕プレが手が込んでるとはいえ、手の込んだ嫌がらせ認定されかねない。
むしろ弟から嫌われてる……!? とショックを受けかねない。
それは流石になんていうか……
「うん、ホント、マジで誕プレは別のにした方がいい」
思うところしかなさすぎて、それしか言えなかった。
何年かおきに唐突にゲーム作りてぇなぁ、って思ってとりあえず作り方とか素人にでもどうにかできそうなやつ調べるんですが、大体調べてものの数分で「……うん、無理!」ってなります。
こんな感じのゲーム作りたかったな、のノリでとりあえず創作に仕立て上げました。
次回短編予告
婚約者の男は言った。
虐待されていた従姉妹を引き取る事になった、と。
女は答えた。
「それでしたら――」
次回 思い通りにはさせません
婚約を控えた男女。そこにやってきた儚げ少女。そんなよくあるテンプレです。




