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小種79:マシロとマシロの間

【with ブラック】

 週末、私はブラックの書斎を借りてレポートを書き進めていた。

 外はほぼいつもと同じように晴天で穏やか。日向ぼっこをしつつ、のんびりお昼寝とかしたらきっと最高に幸せだと思う。


 何より、今この現状よりは数段ましだ。


「私は今仕分け作業をしているのです、邪魔しないでください」

「あ、ちょっと、舐めては駄目ですよ」

「くす、くすぐったいのであまり擦り寄らないでください」


 ―― ……バキンッ


 思わずペン先を折ってしまった。


「ブラック! ペン先が折れたっ! 新しいの頂戴っ」


 ぶっすーっと机に突っ伏す。

 新しいものがどこにあるのかくらい知っている。知っているけれど、私はブラックを呼びつけた。

 ブラックは私の立てた派手な音に驚きはしたものの「待ってくださいね」と穏やかに口にして作業していた応接セットのソファから腰を上げる。


「何か厄介なレポートですか? 手伝いますよ」

「別に良い。レポートならカナイにでも手伝ってもらうから」


 かたりと、私の座っている隣りの引き出しを開けて小さな箱から新しいペン先を取り出し、握ったままになっていた軸を私の手から抜き取ったブラックは「私の方が優秀なのに」と少しむくれる。


 どうぞ。とペン先を新しくしてくれたものを机に肘を突きその上に頭を載せたまま空いた手で受け取った。

 足元をちょろちょろと灰色毛の混じった白猫がうろうろしている。

 ギルド依頼――という名目――で一日預かることになったギルド管理人の愛猫。マシロちゃんだ。――何度もいうが、改名しないのは立派な嫌がらせだと思う――


 ブラックが小動物に好かれている図は、初見だ。

 考えてみると、そういう機会がなかった。

 因みにマシロちゃん(猫)は同族としてブラックを見ているから、なんか、面白くない。


 その証拠に最初マシロちゃん(猫)はブラックに見向きもしていなかったのだ。してなかったんだよ、本当にっ! 可愛らしく猫らしく、私にべったりだった。それはもう可愛くてカナイが見たら垂涎ものだというくらいには懐いていた。


「今日丸一日この猫が居るんですか?」


 私が猫の相手ばかりしているので、むくれたブラックが不服そうに零すのを楽しく見ていたのに……。


「マシロなら、人間のマシロのほうが可愛いですし、猫なら私の方が絶対に美形で可愛いです」


 どうせなら、私を可愛がってくださいと。と、ブラックが猫になったのが拙かった。

 マシロちゃん(猫)は猫の姿を取ったブラックを見て、恋に落ちてしまったのだ。


 多分、きっと恐らく。

 まあ、本人がいうように美人さんだからね。


 人に戻ったというのに、せっせと擦り寄っている。

 猫じゃないと切々とマシロちゃんに説明しているブラックが面白くて最初は観察していたのだけど、段々わかってもらえなくて、ブラックも面倒臭くなったようで、どうせ一日だからと好きなようにし始めたら……。


 私が面白くなくなった。


 普段なら絶対に有り得ない。

 有り得ないのに。ブラックが私よりも猫にかまけている。いや、擦り寄っているのはマシロちゃんなんだけど。


「マシロちゃん可愛い?」

「マシロは可愛いですよ」


 ……私ではなくて。

 じっとりと瞳を細めて足元のマシロちゃんを見れば、つんっとそっぽを向かれた。


 ―― ……この猫。


 あんなに懐いてきたくせに、ブラックの順位が当然のように、私>マシロ猫だと気付いた途端、敵対し始めたのだ。

 なんて気まぐれなっ!


「この猫ですか?」


 不貞腐れたままの私を見て、ブラックはおもむろに足元からマシロちゃんの首根っこを掴まえて、でろーんっと持ち上げたので慌てて手を差し出すと、にゃっ! と引っかかれた。


「っ、大丈夫ですか!」


 ぼとっと、ブラックがマシロちゃんを落としたのは本猫は気にならないらしい。

 猫らしく華麗に着地。

 ブラックはそれを無視して私の手を取り、傷付いた右手の人差し指を痛々しげにそっと擦ってくれる。

 傷にはなったけど、別にそんなに痛くない。


「平気だよ」

「では、どうして平気そうな顔をして居ないのですか?」


 今にも泣きそうです。とそっと頬に触れてくれる。ブラックの手はひんやりと心地良い。頬の熱を優しく吸い取ってくれて、荒立った気持ちが凪ぎいてくる。


「もっと私も構って欲しい」


 うぬぅと眉を寄せ零せば、ブラックは不思議そうな顔をして首を傾げる。


「マシロがレポートがあるから寄るなと……」

「いった。いいました。いいましたよ? でも、でもでもっ! 実際放って置かれると詰まんないっ! 寂しいっ! 面白くなーいっ! マシロちゃんばっかり! ずーるーいーっ!!」


 ぺいっとブラックの手を剥ぎ取ってじたばた暴れたら、


「ふぎゃっ」


 直ぐに私の自由は奪われた。

 ぎゅうぎゅうと抱き締められ、ぐへっと息が詰まる。


 ギブっ!

 ギブアップです。助けてっ。



 ***



「何かペットを飼いましょうか?」

「……は? 何その発想」


 結局、私はレポートを放り出しブラックは仕事を放り出して、庭で日向ぼっこになってしまった。

 手入れの行き届いた――手入れしているところなんて見たことないけど――芝生の上に腰を降ろした私をブラックは後ろから、ぎゅーっと抱き締める。

 マシロちゃんはというと、ブラックの尻尾と戯れている。背にしてなかなか見れないのが口惜しい。


「マシロが動物にも嫉妬するという新発見が出来たので、是非にと思うのです」

「……ふーん。いっとくけど、私、小動物好きだよ」


 さらりと零せば、ブラックは私の肩に額を寄せて背中を丸めると、うぅと唸る。


 お馬鹿さんだ。


 多分、今、『私が嫉妬する』のと『自分が嫉妬する』のとどっちが先か程度のことを考えているのだろう。


「やめておきます」


 ―― ……勝った。


 しょぼーんっと口にしたブラックに、勝った感が否めない。大体、猫が猫を飼うとか、猫が犬を飼うとか猫がハムスター飼うとか……ちょ、飼ったら可愛いかもしれない。


「これまでは? これまでは何か飼ったことあるのかな?」

「え、歴代の種屋という話ですか?」


 ああ、猫が小動物を愛してやまないなんて、素敵過ぎる図だと思う。

 ちょっとうっとり……。


「人間くらいじゃないですか」


 ……あ、れ、うっと、り?


「幼女とか、美少年とか、美少女、美男、美女……美しい人間は好ましかったようですよ? まあ、美醜の基準はそれぞれですが、」


 聞くんじゃなかった。


「それらを囲って……」

「ストップ、ストップストップストーップ!」


 どこまで語り出すのか分からないブラックに私は両手をばたつかせて、ストップを掛ける。

 ブラックは、まだ途中なのにというように顔を上げると、きょとんとして私を見た。


「も、もう良いよ」

「顔が赤いですよ?」


 ごめんねーっ!

 私も子どもじゃないから色んな想像しちゃったよっ!


 恥ずかしいったらないっ。普通に考えて恥ずかしいとか倫理道徳的にどうかということでもブラックは特に反応しない。その限りではないのだと思うけど……分かってるけど、それを普通だと思わないで欲しい。

 私に説明を求める視線を投げないで、益々赤くなるからっ。


「マシロ?」

「なんでもないよ、聞いてごめん」

「別に構いませんよ? っと、もしかして、私もとか、思わないですよね? それで赤いんですか? 私は、息のあるものはマシロ以外興味ありませんよ?」


 それはそれでどうだ。

 私は喜ぶところか? そうなのか? わー嬉しい……って、極端すぎて喜べない。


「マシロ以外のぬくもりなんて不要です。歴代の種屋は寂しかったのです。それに気がつけないほど、寂しかった。ぬくもりを欲しても奪うことしか知らないから、何度も何度も同じことを繰り返して……」


 愚かだと笑ったブラックはどこか遠くを見ていて、過去に仁愛を向けているようだ。

 そんなブラックを見るとほっこりと暖かい気分になる。

 ブラックの愛情はとても偏っているけれど間違いなく私に注がれている。だからちょっとくらい、それが逸れたからって面白くなく思うなんて心狭すぎ。

 そんな自分にちょっぴり溜息を零して、私は身体を捻り座る位置を変えると、そっとブラックの頬に手を添えた。

 手のひらの端が唇を掠めると、ぺろりと舐められてくすぐったい。


 ふふっと笑いあったあと、くんっと伸びをして近づけば自然と縮まる距離に瞼を落とす……


「っ!」


 唇が重なると思ったのに、突然ブラックに抱き締められて、驚いて目を開けると弱々しい声でブラックが助けを求めた。


「マシロを、マシロを離してください……」

「私が、何?」

「猫、、猫です」


 すっかり忘れていた。

 微妙に震えていたブラックの背後を見れば、しっかりマシロちゃんがブラックの尻尾を捉えて、はむはむしていた。


 はむはむ……はむはむ……


「か、可愛い」

「可愛くないです。早く、早くどけてください」


 私はもう少し見ていても良かったのだけど、ブラックの声が切実過ぎるので可哀想になって助けてあげようと手を伸ばしたら、ぷいっと背を向けられた。


 うう。

 カナイの切ない気持ちが今なら分かる。


 仕方ないからちょっと無理矢理マシロちゃんの首根っこを掴まえて私とブラックの間に入れてあげた。


「全く……貴方だって、尻尾を弄られるのは嫌でしょう?」


 ブラックはやっと人心地付いたのか、そういって、ぴんっとマシロちゃんの狭い額を弾く。

 言葉とは裏腹にその表情はとても柔らかい。

 そんな甘い表情かおを私以外にするなんて面白くない!


「ブラック!」

「はい?」


 ―― ……どんっ


「……っぅわ……ちょ、、……ん……」

「……ふっ、……ぅ」


 ブラックの視線が私に戻ったタイミングを見計らって押し倒した。

 突然重ねた唇に刹那驚いた風だったけど、直ぐに甘く応えてくれる。


 これなら、私しか見えないはず…… ――


「っん! ちょ、」


 そう思ったのに、


「どうしたの?」

「マシロ、が、くす、くすぐったぃ」


 私はキスをしただけで……眉を寄せ、ちらりと身体の隙間からもう一匹のマシロを見れば、衝撃から守ってくれたのだろうブラックの手のひらを、薄く小さな舌でぺろぺろと舐めていた。

 ふと顔を上げたマシロ(猫)と目が合う。


 ……確実に喧嘩を売られた感がある……


「マシロちゃん、ちょっとお話をしましょう」


 むくりと起き上がって、ぺしぺしと芝生を叩けば、とっとその場にお座りしてくれる。


 うむ。

 良い子だ。

 基本的には良い子だよね。可愛いしっ。


「この猫は、おねーちゃんの猫なの。分かる?」


 指差し確認。


「マシロちゃんの猫じゃないんだよ」

「……私は猫では」

「うるさいな! 今はマシロちゃんとお話をしているんですっ」

「はぁ、すみません」


 可愛らしく小首を傾げて、きょとんっと見上げても駄目だからね。

 可愛い、それは、可愛いけど、今すぐにでも抱き上げて、ふぎゅっ! ってしたいくらいだけどね? おねーさん、怒ってますからね。


「だからね、マシロちゃんの気持ちはよーっく分かるよ、分かるけど、この猫は……」


 私のこの切々とした説得でお日様は傾いていった。それが、実を結んだかどうかは、また別の話だ。



 ***



「とりあえず、暗くなってきましたし、二人とも食事にしませんか?」

「うん!」

「にゃーっ」


 ブラック一人が終始楽し気だったのはいうまでもない。

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