(1)
「ふぇっくしゅん!」
「典型的なくしゃみですね?」
アルファに揶揄されて、ずずっと、鼻を啜ったのはカナイだ。
そのカナイのくしゃみに応じたように、部屋の中が軋んだ気がする。
本人曰く高熱のせいで、魔力が多少なり漏れでてしまっているらしい。
「熱まだ高いね。何か、欲しいものとかある?」
「ない。強いていうなら静寂が欲しい。こいつどっかやってくれ」
ぴとりと額に手を置いて、そういった私の手を、ぺっぺっと払って眉を寄せ、カナイは気だるそうにそういって、アルファを指差した。
ちらりとアルファを見ると「ここは僕の部屋でもあるんです」と、不貞腐れていた。
アルファのいうことも尤もだけれど、カナイは今病人だ。
風邪ではあると思うし、ここは図書館だ。
治療に困るようなことはない。それを差し引いて困るといえば、この環境だ。
「アルファ、外出ようか? 私、何か買いに行くよ、一緒に行かない?」
「何かってなんですか?」
「カナイ、何か食べたいものとか」
「ない」
即答。
カナイは掛け布をぐぃっと頭の先まで引っ張りあげて、背を向けてしまった。
「別に、マシロちゃんのせいじゃないですよ。カナイさんが変なところでデリケートなだけで……」
アルファはしょぼんとしてしまった私の背中を、ぽんぽんと叩きつつ慰めてくれる。私は曖昧に微笑んでありがとうと答えた。
「さ、デートでしょう? 行きましょうー! もう直ぐエミルさんが薬持ってきてくれると思うし、カナイさんは放置決定」
ぐいぐいとアルファの腕を引かれて、二人の部屋を後にした。
カナイの風邪の原因は、私だった。ギルド依頼でちょっとしたミスがあって……まぁ、簡単にいえば、今の季節は冬。依頼地は極寒だった……そこで、さ、ほら、氷が張った湖に落としちゃったんだ。て、てへ?
私にすれば、風邪で済んでいるほうが不思議だ。
よく即死しなかったな……とちょっと思う。いや、不幸中の幸い。そんなわけで、カナイは極悪状態で寝込んでいる。
「―― ……りんご、とかなら、剥くだけだから食べるよね。きっと……オレンジとかもいけるかな?」
「マシロちゃん、分かるんだけど、量が多くない?」
「失敗しても大丈夫!」
「いや、剥くだけって……良いですけどね? 別に。これ余ったら食堂でアップルパイ作ってもらって良いですか?」
大きな紙袋二つにりんごとオレンジを山ほど買って、寮に戻ったらエミルが薬湯を飲ませたあとだったようで、片付けをしていた。
「王子にやらせることじゃないですよねぇ。看病とか」
どさどさっと中央のテーブルに紙袋を載せて、相変わらずチクチク攻撃をする。
「僕は別に構わないよ。マシロが寝込んだわけじゃないから、良かった。それにアルファ、カナイ、眠りが余りにも浅いから薬で眠らせてるんだ。何いっても起きないよ?」
くすくす愉快そうに笑ってそういったエミルに、アルファはカナイの顔を覗き込んで鼻を摘む。ぐっと苦しそうに唸っても、それ以上動かないのを確認して「ホントですねぇ」と解放し、残念。と肩を竦めた。
「カナイさんが寝てるんじゃ、つまらないんで、ちょっと早いけどロードワークいってきます」
「僕も、次の準備をしてくるよ」
マシロはどうする? と続けられて「どうせ起きないから、部屋に戻っていても良いよ?」と重ねられ、私は机上のりんごとカナイを交互に見たあと
「皮むきの練習してる」
と曖昧に笑った。エミルは、少し驚いたような顔をしたけどマシロが良いならと、残してくれた。
「―― ……というか、確実に、それ全部剥くつもり? っていうので驚いてたんだよね、あれ……」
二人が出て行ったあとぽつりと零す。いくら私でも、食べる分くらいしか剥かない。よ?
カナイの額のタオルを取り替えて、そっと頭を撫でる。苦しそうな眉間の皺に申し訳ない気持ちが再び戻ってきて、溜息を零した。
ミニキッチンから勝手に果物ナイフと、お皿を持ってきてよいしょと腰を降ろす。しょりしょりしょりと、軽快に剥いていく。
私だってそんな筋金入りの不器用さんではない、漫画みたいにりんごの芯だけにしたりはしない。
「……若干、分厚いだけだよね」
時折カナイの口の端から漏れる、熱い息遣いを苦しく感じる。本当に申し訳なかったと思う。
そういえば、エミル……カナイの眠りが浅いっていってたな。熱が高すぎて眠れないのかな? それとも、普段から、なのかな? みんなにはいつも気に掛けてもらっているのに私はみんなのことをやっぱり知らなさ過ぎると思う。
でも、私がどこまで踏み込んで良いのかやっぱり分からない。
男の子の世界って難しいな。異世界なら尚のことかな。
郁斗も、そうだったもんね。
最近なんて『真白には関係ないだろ』の一点張り。おねーちゃんって呼べっていうのよねっ! 全く。




