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第八話:種屋の静観―後編―

 稀にあるあの男の訪問は愉快ではあったが、毎日が退屈なのに変わりはなく時は唯流れていくだけに過ぎなかった。

 

 種の回収ついでに王都の様子も見た。

 第五ターリの末子は思っていたよりもずっと弱弱しく不安定な存在だった。

 稀代の天才術師と名高い少年はその力と才を持て余し、天才と呼ばれる剣士はその剣をいつ折られてもおかしくない状態だった。


 そしてそれらを取り巻くものたちはいつも通り王宮も、大聖堂も馬鹿馬鹿しい小競り合いを繰り返していた。

 図書館だけは性質上日和見をしている風だったがいつでも内包した火種は何に燃え移るか分からない。


「少し星が足りませんねぇ……」


 夜空を仰ぐとひときわ大きく輝く力強い星に目を細める。


 星詠みはあまり好きではなかった。

 だから読み解こうとは思わない。

 これ以上毎日を退屈なものにするのはたまらない。


「今日は依頼に来たんです」

「は?」


 驚いた。

 強欲だとは思っていたが愚かだとは思っていなかった。


「まぁ、依頼というかちょっと試してみたくて」

「何です。次は王にでもなるつもりですか?」

「はい。ちょっと王家の素養に興味があります」


 言葉を失った。

 愚かしい。


 別の相手ならそういって捨てただろうが目の前の男は本気だ。

 これまでも王家の血を引かないものがその種に手を出すことはあったが……。種が根付くことはなかった。


 そのことを話したからといって目の前の男は納得しないだろう。


「無駄、だといっても納得はしないのでしょうね。まあ、良いでしょう。お得意様ですしね」


 ほんの気まぐれだった。


「それで? 王でも消そうというのですか?」

「まさか! それではうちの父君の据わりが悪くなる。彼にはまだまだ働いていてもらわないと困るからね。王子が良いな。それも立ち居地が微妙な王子が良い……」


 楽しげに語る男の口調は余りにも軽く、命を軽んじてきた自分自身を見ているような気がした。

 そして、その気まぐれで様々な局面が動き始めた。

 

 沈着状態だったものが動を成した。


 


「―― ……っ」


 どくんっと内包された種が疼いた気がした。

 ぎゅっと胸を押さえると、その気配に気が付いたのか、傍で丸くなっていたマシロがうっすらと瞼を持ち上げる。


「大丈夫?」

「起こしてすみません。大丈夫です」


 いって額に口付けるとくすぐったそうに肩を竦めた。


「それなら良いけど、眠れないの?」

「平気です。眠りましょう」


 起き上がりそうだったマシロをもう一度ベッドに戻して横になる。マシロは直ぐに再び夢に落ち私は眠れない夜を過ごす。

 種は肉体の内側から四肢の先まで根を張り同化している。


 過去の種屋の歴史はもう己の一部だ。

 今更、それが疼くはずもないし、自分のこれまでがそれほど後ろめたいとは思わない。


 寧ろ今までの店主に比べれば、無関心を貫いただけ平和的といっても過言ではないと自負できる。しかし、それでもマシロが知れば傷つくだろうし、私の為に憂いでくれるだろう。

 そして、友達とやらの為に自ら面倒ごとに足を踏み入れる。


 白い月青い月二つ月……月が揃ってしまったら望む望まないに限らず、赤く染まってしまうのだろうかと思うと、正直、止まることのない時間を恐ろしく感じてしまう。


「ねえ、ブラック」


 もぞりと動いて顔を上げたマシロと目を合わせる。

 目が覚めてしまったのか先ほどまでの夢うつつという感じではなさそうだ。


「私、一度聞きたいと思っていたんだけど」


 忘れてたと続けた彼女に曖昧な笑みが零れる。忘れる程度の質問なら別の機会にすれば良いのにといっても聞かないのだろうな。


「何ですか?」

「ブラックって木の上で昼寝するのが趣味なの? でもあれ以来そんな姿見ないけど?」

「……何を突然……」


 マシロがいっているのは多分一番最初に出会ったときのことだと思う。


「ブラックがあそこで寝てたのは偶然?」

「まさか、必然ですよ。変化の兆しがあの辺りだったので、暇を見つけては張ってました」


 確かにあの夢見草の木は大きくて登ると見渡しも良い。

 だから嫌いではないのも事実だけれど……気まぐれで見上げた空に兆しを見付けてしまったから気になって仕方がなかった。


 胸騒ぎがした。


「まあ、人が落ちてくるとは思いませんでしたけど」

「……私も落ちるなんて思わなかったわ」


 それにそれが一生を左右する出来事になるとは思わなかった。と、しみじみ口にしたマシロの頬を撫でる。


「マシロは……」


 いい掛けて口を噤むと変わりにマシロが口を開く。


「私は人に恵まれているんでしょう? ブラックって、何でも出来るし基本的に強気なくせになんていうか時々脆い感じがするよね。そんな顔しなくても、私は後悔してないし、幸せだと思ってるよ?それなのに、不安や不満を感じて後悔していると思うならそれは私に失礼だよ」


 眉間に皺を刻んで不機嫌そうに口にしたあと、ぴんっと額を弾かれて苦笑する。きっとそのまま謝罪したら刻まれた皺は深くなるだろ。そんな言葉が欲しいわけじゃないと怒るに違いない。


「ねぇマシロ。折角起きたんですから」


 いって口付けると意味を解したのか、直ぐに顔を真っ赤にさせて逡巡してしまう。


 時折真理に近い言葉を紡ぎだし翻弄するくせに、ちょっとしたことで羞恥を露わにする。少女のような愛らしさを含んでいて飽きることがない。

 複雑に絡み合った歯車は一度動き始めたら止まることはない。

 時折じくじくと古傷を抉るように痛む胸は何代もの種屋が得なかったものを初めて刻んでいる痛みだと思うことにした。

お付き合いありがとうございました。

連続投稿は一応ここが区切りです。もし続きを手がけるとしたら銀狼譚投稿後となると思います。

次回予定は、作られた天才と、一般人という感じです。その次は蒼月教徒とマリル教会について書きたいなと思っています。その際にはお付き合いいただけると嬉しいです。


感想など寄せていただけるとかなり喜びますのでお時間有りましたら相手してやってくださいませ^^

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