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小種54:歯車(エミル視点)

【with エミル】

「―― ……ル、おい、エミル」

「っ! え、あ、ああ。何?」

「いや、別に何でもないけど、それ、もうペン先潰れてる」

「あ、あぁ、本当だ」


 ハクアと馬車に乗ったマシロを見送って、図書館の一角でいつものように過ごしていた。

 僕はぼんやりと考え事中で、開いた本のページは一枚も進むことなく、広げた紙はこつこつと打ち付けられるペン先で穴が開いていた。見かねたカナイが何度か声を掛けてようやく顔を上げた僕に苦笑する。


「ブラックなら絶対良しといわないだろ?」

「え、ああ、うん。いわないよね、いわないよ……」


 重ねつつも何か不安だ。念を押しておいたほうが良いだろうか? でも、いくらなんでもマシロの傍に白銀狼を置くなんてことブラックは許さないだろう。


 それに、白銀狼と種屋は良い関係にあるとはとてもいえなかったはずだ。


 僕は駄目にしてしまったペン先を軸から抜き取りながら新しいものと取り替える。


「……にしても、やっぱり偶然なんてないのかなぁ?」

「白銀狼の件ですか? 僕があんな道選んだから……」


 ごめんなさいと、肩を落とすアルファに笑みが零れる。別にアルファが悪いとは微塵も思っていない。通常の通り道でなかったのなら、それはやはり必然で、呼び寄せられたようなものだろう。運命的な何かに……。


「ううん、ただ、なんとなくマシロって本当に世界にとって特別なのかなぁ……? と思って……だったら、あまりにも遠いよね」


 もっと遠くなるのだろうかと思うと怖い。今なら手を伸ばせば届く距離にいてくれるし、声を掛ければ微笑んでくれる。でも、もっと遠い何か、それこそ『聖女』なんてものになってしまったら、彼女の籠はマリル教会になってしまうんだろうか?


「遠くないだろ? 俺らの持つ“美しいとき”の認識とあいつが持ってる認識は随分違う。もっとずっと近いものだ。だからもし、世界が、白月の信者がマシロを求めたとしても、マシロは遠ざからない。あいつは常に他人との距離が近い……」

「馬鹿正直ですからね」

「いや、それはいったら駄目だろ。俺ですら避けたのに……」


 二人の台詞に笑いが零れる。


「マシロは素直なんだよ」


 マリル教会の動向は気になる。でも、全てのものに門を開くといわれるあの場所も、蒼月教団と同じで、内部は閉鎖的だ。なんの気負いもなく入っていけるのは、マシロくらいだろうなぁ。シゼを向ける気にはなれないし……。


「エミル様たちだけですか?」

「あー、シゼだ。どしたの?」

「いえ、食堂で、マシロさんが犬を拾ったのだと聞いたので、少し様子を見に……」

「犬ならマシロが連れて出たぞ? お前犬好きなのか?」

「は? まぁ、猫よりは従順なので好きですけど……そういう意味ではなくて、あの人に何か飼うなんて出来るのかと思って」

「心配してくれたんだね?」


 ぶつくさといっているシゼににこりと声を掛けると、直ぐに顔を赤くした。シゼも分かりやすくて可愛い。


「ち、違います」

「大丈夫だよー。マシロちゃんはもう猫飼ってるから、飼いならすのは得意だと思うし、それに、もう連れて帰らないと思うよ?」

「獣族と犬は違うでしょう?」

「シゼって堅物で融通が利かないよね。あれはどう見てもただの猫だよ。マシロちゃんに擦り寄ってるときなんて猫以外の何者でもないね」

「うん、気持ちが悪いくらい猫だよね……」


 種屋店主という肩書きを忘れそうなほどだ。


「全く! 何がきっかけで姿を変えるか分からないのが青い月ですよ? あまり寄ると足元掬われますからね! お二人とも護衛の要なのですからもっとしっかり」


 シゼはぶつぶつが始まると僕よりずっと口煩い。腰に両手をあてて気難しそうに口にする姿は他の追随を許さない。というか、正論だから強いんだよね。


 感情論に流され難いのが、シゼだと思う。傍仕えに置く身としてはとても心強いけれど、とても年相応とはいい難い。

 だからやはりシゼにはマリル教会のことは任せたくないなと、改めて思う。


 アルファとシゼが口喧嘩とまでは行かないまでも、ぶつぶついい合いをはじめたのを横目に、僕は席を立った。窓から見える景色は冬支度を始めている。


「別の聖女様でもでっち上げるか?」


 ふぅと嘆息した僕の隣に歩み寄ったカナイの台詞に少し唸る。


「あれが、黙って騙されてくれると思う?」

「思わない。でもまぁ、目くらましくらいにはなるし、時間稼ぎにもなるかもしれない……」

「ばれたらマシロに怒られそうだよねぇ」


 怒られるのは嫌だなぁ……立場上、怒られたり貶されたり……そういうのは少なくないけれど、マシロに怒られるのは少し意味合いが違う。

 マシロは僕らを心配して怒るから……立場とか素養とかそういう価値観ではなくて、僕らを思って怒るから、怒られてもどこか気恥ずかしい。それにそのあと必ず、しょんぼりするから、ものすごーく悪いことをしてしまった気になる。


「もうっ! って?」

「そうそう、もうっ! って」


 同じことを思ったのかそういって笑ったカナイに釣られて笑う。


「あぁっ! カナイさんとエミルさんだけ楽しそうっ! シゼが喧嘩売ってくるからっ!」

「僕は別に喧嘩なんて売ってません。ただ、アルファさんにですね」

「ああ、ああ、もう良いよぉ! 聞こえません、きーこーえーまーせんっ!」


 あの二人はあれで多分仲が良い。


「チビが騒いでるな」

「木偶の坊がなんかいってるよ、シゼ」

「木偶の坊は酷いですよ、アルファさん。せめて縦ばかりに伸びた……とか」

「んだと……」


 結局みんな仲が良い。ひんやりとした窓に背中を預けて、ぎゃいぎゃいと騒ぎ始めた三人をのんびりと眺める。


 ―― ……マシロ、早く戻らないかな……


 今度はどんな歯車とかみ合ったのか分からないけれど、目に届くところにさえいえてくれれば、安堵出来る。


 白銀狼か……マリル教会か……それとも、――


 ちらりと硝子越しの窓を仰げばうっすらと白月の影が残っている。


「あれ、かなぁ……」

 

 それを無駄に睨みつけた僕は、小さく嘆息した。



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